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宗像 淳 / イノーバCEO2024/12/06 15:10:351 min read

次世代BtoB営業①|BtoB企業の構造改革:下請けモデルからの脱却を迫られる日本企業

本シリーズでは、デジタル化の波に直面するBtoB企業の構造改革について、業界別の課題と打ち手を探っていきます。第1回となる今回は、日本の産業を支えてきた下請け構造の変容と、その中でマーケティングの重要性が高まる背景を見ていきましょう。

はじめに:BtoB業界の大変革

B2B業界は今、かつてない大きな転換期を迎えています。デジタル技術の急速な進化、グローバル競争の激化、そして顧客ニーズの多様化により、従来の商習慣や取引構造が大きく変容しつつあるのです。

特に、長年日本のB2B業界を支えてきた下請け構造が、その持続可能性に大きな課題を抱えている点は、多くの企業にとって切実な問題となっています。

本記事では、なぜ今、B2B企業がマーケティングを強化する必要があるのか、業界構造の変化と市場環境の変容から紐解いていきます。

目次

 

1. 下請け構造の現状と限界

1-1. 安定性と依存性のジレンマ

多くのB2B企業は、大手企業からの安定した受注に依存することで、継続的な事業運営を実現してきました。この構造は、日本の高度経済成長期において、品質の高い製品・サービスを効率的に提供するうえで大きな役割を果たしてきました。

東京都中小企業振興公社の調査によると、主要取引先(取引金額が最も多い先)に対する依存度は、「10%超〜30%」の企業が33.1%、「30%超~50%」が21.5%を占めています。依存度が「50%を超える」企業の比率は36.2%にのぼっています。

しかし、この安定性は諸刃の剣とも言えます。

  • 意思決定の自由度の制限:取引先の意向に大きく左右され、自社の経営判断が制限される
  • 技術・ノウハウの活用機会の損失:持っている技術力を他の市場で活かせない
  • イノベーション機会の逸失:新規事業開発や新技術導入の機会を逃している
  • リスクの偏り:取引先の業績変動や方針転換の影響を直接受ける

特に深刻なのは、取引先が海外展開を進める中で、国内取引が縮小するリスクです。

国際協力銀行の調査によると、製造業の海外生産比率は2022年時点で35.7%まで上昇しており、2026年度には37%まで上昇する見通しを立てています。

製造業では、取引先の生産拠点の海外移転に伴い、長年の取引関係が見直されるケースも増えています。この状況は、単なる取引量の減少に留まらず、新規取引先の開拓にも時間を要することから、事業継続そのものを脅かす深刻な問題となっているのです。

 

1-2. 価格競争の泥沼化

このような構造変化の中で、特に深刻化しているのが価格競争による収益性の低下です。

以下のような要因が、この状況を加速させています。

  • グローバル調達の一般化による海外サプライヤーとの価格競争
  • 原材料費の上昇と価格転嫁の困難さ
  • 人手不足による人件費増加
  • 技術革新対応のための設備投資負担増 

特に深刻なのが、グローバル競争の激化です。新興国メーカーの技術力向上により、以下の点で日本企業の優位性が急速に失われています。

  • 製品品質の差が縮小
  • 価格差が競争力を左右する決定的要因に
  • 海外企業の方が圧倒的なコスト優位性を保持

 

さらに、コスト面での圧迫要因が重なっています。下請け構造の中では価格転嫁が困難なため、以下のようなコスト増加を自社で吸収せざるを得ない状況が続いているのです。

東京商工リサーチの調査によると、2024年1月の本業に関わるコストが前年1月より増加したと回答した企業は73.6%と7割を超えていました。

さらに、コスト上昇分を「価格転嫁できていない」は、「原材料や燃料費、電気代の高騰」を挙げた企業の37.9%を占めています。

 

▼それらのコスト上昇のうち、何%を価格転嫁できていますか?

また、「労務費(人件費)の増加」分を価格転嫁できていない企業は48.5%と、半数に迫る水準でした。

 

▼労務費(人件費)の増加に伴うコスト上昇のうち、何%を価格転嫁できていますか?

このように、売上高が維持できたとしても、利益率は年々低下傾向にあります。従来の「質の高いものづくり」だけでは、適正な利益を確保することが困難になってきているのです。この状況を打破するためには、価格競争から脱却し、新たな価値提供による差別化が不可欠となっています。

 

1-3. エンドユーザーとの関係構築機会の損失

こうした収益性の低下に直面する中、本質的な課題として浮かび上がってきているのが、エンドユーザーとの関係構築機会の損失です。この問題は、主に以下の3つの機会損失として表れています。

① 市場ニーズの把握機会の損失

  • エンドユーザーの生の声を直接聞く機会の欠如
  • 市場トレンドの変化を察知する感度の低下
  • 新製品開発のヒントとなる情報の不足

② 提案機会の逸失

  • 自社の技術やノウハウを直接アピールできない
  • 顧客課題に対する解決策を直接提案できない
  • 新たな用途や活用方法の提案機会を失う

③ 価値創造機会の制限

  • 独自のブランド価値構築が困難
  • 価格以外の競争優位性を示せない
  • 新規事業展開における障壁

これらの課題は互いに連関し、「市場ニーズ把握の困難さ」→「的確な提案の機会損失」→「ブランド価値構築の遅れ」という負の連鎖を生み出しています。この連鎖を断ち切り、持続的な成長を実現するためには、エンドユーザーとの直接的な関係構築が不可欠となっているのです。

 

2. 市場環境の変化

このように従来の下請け構造が限界を迎える中、市場環境そのものも大きく変化しています。特に注目すべきは、デジタル技術の進化が、これまでの業界構造を根本から変えつつある点です。

2-1. デジタル技術の進化がもたらす構造変革

最も大きな影響を与えているのが、クラウドサービスの普及です。「所有」から「利用」へのシフトは、単なるコスト構造の変化ではなく、企業間の関係性そのものを変えつつあります。例えば、中小企業でも最新のシステムやサービスを利用できるようになり、規模による競争力の差が縮小しています。

さらに、AIとオープンソースの発展は、技術的な差別化を困難にする一方で、業界知識や運用ノウハウなど、より本質的な価値提供の重要性を高めていると言えるでしょう。

▶クラウドサービスとAIが迫る変革についての記事を読む

 

2-2. エンドユーザーの購買行動変化

このようなデジタル技術の進化は、エンドユーザーの購買行動も大きく変えています。

特に顕著なのが、情報収集から意思決定に至るプロセスの変容です。

B2B Buying: How Top CSOs and CMOs Optimize the Journey

現代の購買行動は、はるかに複雑化しています。この購買行動モデルが示すように、

  • 各段階でオンライン調査が行われる
  • 検討と意思決定が並行して進む
  • 社内での検討と外部からの情報収集が絡み合う
  • 予期せぬ要因で検討がリセットされることも

このような変化は、従来の「営業マンから情報を得て検討を始める」というプロセスを完全に覆しています。現在の顧客は、営業接触の前に相当量の情報を入手し、ある程度の判断を行っているのが実態です。

デジタル時代における顧客行動の変化について記事を読む

 

2-3. グローバル競争の本質的な変化

デジタル化の進展は、グローバル競争の性質を根本的に変えつつあります。かつては大企業のみが直面していた国際競争が、今や企業規模を問わない普遍的な課題となっています。

この変化は、主に3つの側面で表れています。

① 取引のボーダレス化

  • オンラインプラットフォームを通じた国際取引の一般化
  • 海外企業の国内市場参入障壁の低下
  • 価格・仕様の国際比較の容易化

②技術格差の縮小 

特に製造業において、「日本品質」という従来の差別化要因が、その相対的な価値を低下させています。

  • 新興国企業の技術力向上
  • 製造設備・技術の標準化
  • 品質管理手法のグローバルスタンダード化

③競争軸の変化 

このような環境下で、競争の焦点は「品質」から「総合的な価値提供」へとシフトしています。

  • 価格競争力
  • 納期対応力
  • ソリューション提案力
  • アフターサービスの質

こうした変化は、従来型の下請けビジネスモデルの持続可能性に大きな疑問を投げかけています。今後は、品質や納期だけでなく、より包括的な価値提供を通じた差別化が求められているのです。

 

まとめ:下請けモデルからの脱却に向けて

本記事で見てきたように、デジタル化とグローバル化の波は、従来の下請け構造を根本から揺るがしています。品質だけでは差別化が難しく、価格競争も限界を迎える中、多くのBtoB企業は新たな成長モデルを模索しています。

この変革期を乗り越えるためには、エンドユーザーとの直接的な関係構築、新たな競争優位性の確立、そして組織能力の進化が不可欠です。これは容易な道のりではありませんが、変革を先送りにする余裕はもはやありません。

次回からは、この変革期にそれぞれの業界が抱える課題について考察していきましょう。

 

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次世代BtoB営業②|SIer業界 ―クラウド時代の新たなビジネスモデル―

次世代BtoB営業③|製造業 ―EVシフト、デジタル化の波に飲み込まれないために―

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次世代BtoB営業⑤|ルートセールスデジタル時代に求められる営業改革とは

次世代BtoB営業⑥|無形商材営業価値の可視化がカギを握る時代に

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宗像 淳 / イノーバCEO

福島県立安積高校、東京大学文学部卒業。ペンシルバニア大学ウォートン校MBA(マーケティング専攻)。1998年に富士通に入社、北米ビジネスにおけるオペレーション構築や価格戦略、子会社の経営管理等の広汎な業務を経験。 MBA留学後、インターネットビジネスを手がけたいという思いから転職し、楽天で物流事業立ち上げ、ネクスパス(現トーチライト)で、ソーシャルメデイアマーケティング立ち上げを担当。ネクスパスでは、事業開発部長として米国のベンチャー企業との提携をまとめた。 2011年6月にコンテンツマーケティング支援の株式会社イノーバを設立、代表取締役に就任。