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宗像 淳 / イノーバCEO2024/12/06 15:16:551 min read

次世代BtoB営業④|医療営業 ―デジタル時代における価値提供モデルの再構築―

これまでSIerや製造業など、モノづくりの現場における変革を見てきました。一方、医療業界では規制環境という独自の課題を抱えながら、同様の変革が求められています。製造業とは異なる切り口から、デジタル時代の営業改革を考えます。

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はじめに:医療業界営業の岐路

「去年まで月50件以上回っていた病院が、今は10件も回れない。それなのに営業成績は変わらず求められる。このまま続けていけるのか...」 

「デジタル化しろと言われるが、結局データを見ても商談には繋がらない。このまま我々は必要なくなるのではないか」 

「若手が入ってきても2-3年で辞めていく。このままでは組織が持たない」

製薬会社やメディカルデバイスメーカーのマーケティング責任者たちが、こうした懸念を口にします。

製薬会社やメディカルデバイスメーカーの現場から、こうした切実な声が数多く上がっています。医療業界の営業は今、まさに存続の危機に直面しているのです。

目次

 

1. 危機的状況の本質

伝統的な営業手法の限界

医療業界の営業活動を根本から揺るがす変化が、急速に進んでいます。MCI DIGITALの2023年4月の調査によると、病院の80%で何らかの訪問規制が実施されており、その内訳を見ると、完全アポイント制が57.5%、時間規制が14.2%となっています。特に完全アポイント制は、2019年の37.1%から大幅に増加しており、より厳格な面会管理が定着しつつあることを示しています。

MR訪問規制 病院の6割近くで完全アポイント制、高水準をキープ 23年4月調査 | ニュース | ミクスOnline

しかし、この数字以上に現場を悩ませているのが、面会の質の変化です。特に大学病院や基幹病院では、かつて当たり前だった医局での情報交換が完全に失われています。さらに、製品説明に必要な時間が確保できないケースも増加。「5分しかないから主要なポイントだけ」という状況が日常化しており、特に新製品の導入や安全性情報の詳細な説明において深刻な問題となっています。

 

情報提供活動の規制

さらに、情報提供活動自体への規制も強化されています。

  • 情報提供活動の制約
    • 規制強化による活動制限
    • 製品説明の機会損失
    • 学会活動のオンライン化

業界の自主規制や監督官庁からの規制により、従来の営業手法の多くが制限対象となっています。特に接待を伴う情報提供や、製品説明以外の話題での面会などが厳しく制限され、関係構築の機会が大きく失われています

医薬品の「販売情報提供活動ガイドライン」きょう運用開始―製薬会社、対応手探り | AnswersNews

 

深刻化する人材育成の課題

そして、人材育成の課題は、単なるOJTの機会損失を超えた構造的な問題となっています。

現場の疲弊は深刻です。ベテランMRは従来の業務に加えて、デジタルツールの習得、医療経済的な知識の獲得、さらには若手の指導まで、様々な役割を求められています。「今までのやり方が通用しない」というストレスは、ベテラン層にこそ重くのしかかっています。

そんな中、若手の早期離職の背景には、以下のような具体的な課題があります。

  • 面会機会の制限により、医師との関係構築の成功体験が得られない
  • 目の前の業務(面会アポイント取得、報告業務)に追われ、専門性を高める時間が確保できない
  • デジタル対応とリアルな営業活動の両立に悩む
  • 先輩社員の苦労を目の当たりにし、将来への不安を抱える

 

特に、ベテランMRの学び直しと若手育成の両立は、現場に大きな負担を強いています。

  • デジタルツールの導入研修と実践が同時進行
  • 新しい評価制度への対応に追われる
  • 規制強化による情報提供方法の変更への適応

このまま放置すれば、単なる人材育成の問題を超えて、組織の存続自体に関わる危機となりかねません。なぜなら、若手の早期離職とベテランの疲弊が同時に進行することで、組織の知識やスキルが急速に失われていく可能性があるからです。医療業界の営業改革において、人材育成の課題解決は、あらゆる施策の前提条件として位置づける必要があるのです。

 

2. デジタル時代の課題と可能性

デジタル化の現状

医療業界の営業改革を考える上で、避けて通れないのがデジタル化への対応です。しかし、総務省の2021年の調査によれば、医療・福祉業界のデジタル化は他業種に比べて大きく遅れています。

総務省|令和3年版 情報通信白書|我が国におけるデジタル化の取組状況

 

医師の情報収集行動の変化

一方、医師の情報収集行動の変化は、私たちの想定以上に急速です。Medinewの2024年調査によれば、全体の約8割の医師が製薬企業の医療従事者向けサイトを利用しており、そこから積極的に情報収集を行っています。

【DL資料あり】医師の情報収集方法および製薬企業との関わりに関する調査レポート2024年版 -オウンドメディア編- | Medinew [メディニュー]

医師がデジタルでの情報収集を活発化させている現状を踏まえると、企業側のデジタル対応は必須です。

しかし、これはMRという職能の否定ではなく、むしろその役割の進化を示唆しています。なぜなら、デジタルツールを通じた基本情報の入手は、より深い専門的な対話への「入り口」として機能しているからです。

 

現場の課題とデジタル化の方向性 

このように、デジタル化はMRの役割を否定するのではなく、基本情報提供と専門的対話の適切な役割分担を促進する方向に作用しています。しかし、その実現に向けては、現場で以下のような課題に直面しています。

  • わずか5分の面会時間で新薬の安全性情報を説明しなければならないのに、デジタルツールの操作に時間を取られてしまう
  • Web面談では処方医の表情や反応が読み取りにくく、製品使用時の課題や副作用の把握が極めて困難
  • リアルタイムで医師からの質問に対応する必要があるのに、デジタルツールの画面展開が固定的で、柔軟な説明ができない

これらの課題を乗り越えるために、現場のMRと開発部門の密な連携のもと、以下のようなデジタル化の取り組みが求められています。

  • 限られた面会時間を最大限活用できる、使いやすいツールの開発
  • 医師の反応を適切に把握できるWeb面談の仕組みづくり
  • 現場のニーズに応じて柔軟に情報提供できるコンテンツの整備

このように、現場のMRには、デジタルツールを効果的に活用しながら、より高度な価値提供を実現することが求められています

つまり、デジタル化は「情報提供の効率化」というだけでなく、「MRだからこそできる専門性の高い価値提供」を実現するための重要な手段として位置づける必要があります。この認識に立ち、現場の課題を一つずつ解決しながら前進することこそが、医療営業のデジタル化を成功に導く鍵となるのです。

 

3.デジタルを活用した顧客接点の構築:先進企業の挑戦

前章で見てきたように、医療営業のデジタル化には様々な課題がありますが、既に先進的な取り組みを始めている企業も出てきています。ここでは、イノーバがご支援した実際の事例から、効果的なデジタル化の方向性を探ります。

 

事例①デジタルを活用した新しい顧客接点の創造 

ある医療機器メーカーの事例は、デジタル化を通じた顧客接点の再構築に成功した好例です。同社は高品質な医療機器を多数開発していましたが、リース型の商品特性上、顧客接点が3-5年周期の機器更新時に限られ、幅広い製品ラインナップを活かしきれないという課題を抱えていました。

この課題に対し、同社は以下のようなアプローチを取りました。

  • 顧客視点のオウンドメディアの構築:製品紹介ではなく、医療現場の課題や成功事例を中心とした情報発信
  • 医療機関への取材記事や、医師向けの基礎知識コンテンツの継続的な提供
  • 製品情報は活用事例として自然な形で織り込む構成

特筆すべきは、このデジタル基盤が新型コロナウイルスによる営業活動制限下で真価を発揮した点です。ウェビナー告知やホワイトペーパーの提供など、オウンドメディアを起点とした新たな営業活動が可能になりました。

 

事例②エビデンスを軸にした信頼構築 

もう一つの示唆に富む事例が、ある外資系製薬企業の取り組みです。同社は海外では高い評価を得ていたものの、日本での知名度が低く、限られた営業リソースでの市場開拓に苦心していました。

この課題に対し、以下のような戦略を展開しました。

  • 充実したエビデンスを中心とした製品専門サイトの構築
  • 国内外の症例データや評価の体系的な提供
  • 製品情報と課題解決策を効果的に組み合わせたコンテンツ設計

この取り組みは、製品の科学的根拠に関心の高い医師のニーズに的確に応え、知名度向上と信頼構築につながりました。

 

成功事例から学ぶ重要なポイント 

これらの事例から、効果的なデジタル化推進のための重要な示唆が得られます。

1.製品中心から顧客中心への転換
  • 単なる製品情報の発信ではなく、医療現場の課題解決に焦点を当てたコンテンツ設計
  • 実際の医療機関の声や事例を効果的に活用

 

2.デジタルを活用した「継続的な関係構築」
  • 更新サイクルに縛られない、定期的な情報提供
  • オンラインセミナーやホワイトペーパーなど、多様な接点の創出

 

3.エビデンスに基づく信頼関係の構築
  • 科学的根拠の体系的な提示
  • 実臨床での活用事例との効果的な組み合わせ

これらの事例が示すように、デジタル化は単なる情報提供の効率化ではなく、より深い顧客理解と価値提供を実現するための重要な手段となり得ます。前章で述べた「MRだからこそできる専門性の高い価値提供」と、このようなデジタルでの取り組みを組み合わせることで、真の意味での医療営業改革が実現できるのです。

 

まとめ:医療営業の新たなスタンダードを目指して

待ったなしの課題である、医療業界の営業改革。本記事で見てきたように、その方向性は明確です。

  • 製品説明から医療課題解決支援への転換
  • 単なるデジタル化ではなく、最適なチャネルの組み合わせ
  • 新しい時代に適応できる人材の育成
  • 価値提供を適切に評価できる仕組みの構築

しかし、これらの改革は決してトップダウンの机上の空論であってはなりません。現場のMRこそが、医師との直接の接点を持ち、リアルな課題を最も深く理解している存在です。彼らの知見と経験を活かし、現場発の改革を進めることこそが、真の意味での営業改革につながるはずです。

また、デジタル化は確かに重要な手段ですが、それは目的ではありません。最も大切なのは、限られた面会機会の中で、いかに医師に価値ある情報を提供できるか。その答えは、常に現場にあるのです。

現場の声に真摯に耳を傾け、その経験と知恵を活かした改革。それこそが、医療業界の営業改革を成功に導く唯一の道であり、新しい時代の医療営業のスタンダードを作り出していく原動力となるはずです。

 

▼次世代BtoB営業シリーズ全8記事

次世代BtoB営業①|BtoB企業の構造改革:下請けモデルからの脱却を迫られる日本企業

次世代BtoB営業②|SIer業界 ―クラウド時代の新たなビジネスモデル―

次世代BtoB営業③|製造業 ―EVシフト、デジタル化の波に飲み込まれないために―

次世代BtoB営業④|医療営業 デジタル時代における価値提供モデルの再構築

次世代BtoB営業⑤|ルートセールス デジタル時代に求められる営業改革とは

次世代BtoB営業⑥|無形商材営業 価値の可視化がカギを握る時代に

次世代BtoB営業⑦|商社ビジネス ―デジタル時代に問われる存在意義―

次世代BtoB営業⑧|なぜ今、BtoB企業にマーケティングが必要なのか

 

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宗像 淳 / イノーバCEO

福島県立安積高校、東京大学文学部卒業。ペンシルバニア大学ウォートン校MBA(マーケティング専攻)。1998年に富士通に入社、北米ビジネスにおけるオペレーション構築や価格戦略、子会社の経営管理等の広汎な業務を経験。 MBA留学後、インターネットビジネスを手がけたいという思いから転職し、楽天で物流事業立ち上げ、ネクスパス(現トーチライト)で、ソーシャルメデイアマーケティング立ち上げを担当。ネクスパスでは、事業開発部長として米国のベンチャー企業との提携をまとめた。 2011年6月にコンテンツマーケティング支援の株式会社イノーバを設立、代表取締役に就任。