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宗像 淳 / イノーバCEO2024/12/06 15:16:092 min read

次世代BtoB営業③|製造業 ―EVシフト、デジタル化の波に飲み込まれないために―

SIer業界に続き、製造業においても大きな構造変革が求められています。前回見たように、デジタル化による既存モデルの崩壊は、製造業においてはEVシフトという形で現れています。本質的な課題と、その対応策を考えていきましょう。

▶前回の記事を読む

はじめに:日本の製造業の苦境

「主要取引先から『EVシフトに伴い、今後の取引を見直す』と告げられました」 

「海外製品との価格差が開きすぎて、もはやコスト削減だけでは太刀打ちできない」 

「このままでは、築き上げてきた技術が死んでしまう」

自動車部品や電機部品のメーカーから、こんな切実な声が聞こえてきます。

EVシフトによる部品点数の激減、海外生産の加速、新興国メーカーの台頭―。100年に一度と言われる産業構造の大変革期に、日本の製造業は存続の危機に直面しています。この荒波を乗り越えるために、今、製造業は何をすべきなのか。本記事ではその解決策を探ります。

目次

 

1. 急速に進む構造変化

製造業における構造変化は、予想をはるかに超えるスピードで進んでいます。特に深刻なのが、主要取引先の事業構造そのものの変容です。

主要取引先の変容

最も劇的な変化が、自動車産業におけるEVシフトの加速です。その影響は、以下のような形で製造業全体に波及しています。

  • EVシフトによる部品点数の激減
    • エンジン車の部品点数は約3万点であるのに対し、EV車は約2万点
    • 電動化による新規部品は、既存の技術が活かせないケースが多発
    • 代替技術の確立には巨額の投資が必要

令和4年度 電動化シフトを踏まえた 地域自動車部品サプライヤーの技術力・開発力向上 に向けた動向調査

さらに深刻なのが、海外生産シフトの加速です。

  • 生産拠点の海外移転
    • 主要取引先の海外生産比率が年々上昇
    • 現地調達率の引き上げ要求
    • サプライチェーン全体の再編が進行

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日本の自動車メーカーは、国内生産数がやや減少する一方で、海外生産数が大きく増加している傾向にあります。しかし、海外進出には多額の投資が必要となり、中小企業にとってはハードルが極めて高いのが実情です。

 

価格競争力の喪失

主要取引先の変容に加え、価格競争力の面でも深刻な課題に直面しています。

  • 新興国メーカーの台頭
    • 品質面での差が急速に縮小
    • 人件費格差を背景とした圧倒的なコスト優位性
    • 政府支援を背景とした積極投資

特に中国メーカーの躍進は目覚ましく、従来は日本企業が優位性を保っていた高精度部品の分野でも、急速な追い上げが見られます。

中国の3Dプリンター市場における進展!衛星、自動車、材料に向けたBLT社の取り組み

 

一方で、日本企業のコスト構造は硬直化の一途をたどっています。

  • コスト構造の硬直化
    • 人手不足を背景とした人件費の上昇
    • 新技術対応のための設備投資負担増
    • 原材料費の高騰
    • 円安による輸入コストの上昇

この結果、従来の「高品質・適正価格」という日本企業の競争優位性が根本から揺らぎ始めています。もはやコスト削減だけでは太列打ちできない状況に追い込まれているのです。

2. 現場の危機感

こうした構造変化は、製造業の現場に深刻な影響を及ぼしています。特に顕著なのが、技術・製造現場と営業現場における意識のギャップです。

技術・製造現場の苦悩

長年、日本のものづくりを支えてきた技術・製造現場では、かつてない危機感が広がっています。最大の問題は、築き上げてきた技術力の活かし所を失いつつあることです。

特に以下の課題が、現場に大きな影響を与えています。

  • 既存技術の価値低下
    • 内燃機関関連の精密加工技術が不要に
    • デジタル化・電動化への対応の遅れ
    • 新技術導入のための設備投資判断に迷い

特に自動車関連産業では、この問題が顕著です。新技術への対応を迫られていますが、必要な設備投資の判断すら難しい状況に直面しているのです。

さらに深刻なのが人材面での課題です。特に地方の製造現場では、若手採用が困難を極めています。技能伝承の機会は失われ、先行き不安からベテラン社員のモチベーションも低下。新技術習得の遅れと相まって、現場の空洞化が加速度的に進んでいます

 

営業現場での戸惑い

一方、営業現場では従来の商習慣が通用しなくなり、新たな対応を迫られています。現場では主に以下のような課題に直面しています。

  • 従来型営業の限界
    • 「品質」だけでは差別化できない状況
    • 際限のないコストダウン要求
    • 新規開拓ノウハウの不足
    • オンラインでの情報発信力不足
    • デジタルを活用した顧客接点の不足

特に深刻なのが提案力の弱さです。技術はあるのに、その価値を顧客に伝えられない。価格以外の軸で勝負する方法が分からない。こうした危機感が広がっています。

従来のような技術営業では、もはや顧客の課題に応えることができません。求められているのは、顧客の経営課題を理解し、解決策を提案できる営業力です。しかし、そのようなスキルを持つ人材は限られており、組織としての対応も遅れています。

これらの課題は、単なる個別の問題ではありません。技術と営業の分断、現場と経営層の認識ギャップなど、組織全体の課題として表面化しているのです。危機を乗り越えるためには、部門間の壁を取り払い、全社一丸となった取り組みが必要となっています。

 

3. 生き残りをかけた構造改革

事業構造の再定義

このような危機的状況を打開するために、今までの「できることを売る」という発想から、「市場が求めるものを作る」という視点への転換が必要です。製造業各社は、事業構造の抜本的な見直しを迫られています。

  • 強みの選択と集中
    • 既存技術の棚卸しと市場価値の再評価
    • 経営資源の最適配分
    • 不採算事業からの撤退判断

ここで重要なのは、既存技術の持つ本質的な価値を見極めることです。長年培ってきた技術の中には、異なる市場で、より高い付加価値を生み出せる可能性を秘めているものも少なくありません。精密加工技術、品質管理手法、生産管理ノウハウ――。これらは、適切な市場さえ見出せれば、新たな成長エンジンとなる可能性を秘めています

そのためには、以下のような方向性を検討する必要があります。

  • 異業種展開への挑戦 

成長市場への参入においては、自社技術の強みが最も活きる領域を見極めることが重要です。高い品質管理能力が求められる医療分野、耐久性とメンテナンス性が重視される農業分野、信頼性が重要視される環境分野など、日本企業の強みが差別化要因となる市場は確実に存在します。

  • 新規用途開発による市場創造 

既存技術の新たな活用可能性を探ることで、これまでにない市場を創造できる可能性があります。重要なのは、技術起点ではなく、社会課題や市場ニーズから発想することです。

  • 独自製品の開発 

部品メーカーから完成品メーカーへの転換も、一つの選択肢となります。これにより、より高い付加価値の獲得と、市場との直接的な対話が可能となります。

 

組織能力の転換

事業構造の転換と同時に、それを支える組織能力の再構築も不可欠です。中でも重要なのが、デジタル技術を活用した生産革新です。

製造現場では、デジタルツイン(=現実世界の物理的な対象をデジタル上にリアルタイムで再現する仮想モデル)やIoT(=家電・車・機械などの物理的なデバイスがインターネットに接続し、データをやり取りする仕組み)、AIといった技術の活用が、もはや選択肢ではなく必須要件となっています。これらの技術は、単なる効率化ツールではありません。製品開発期間の短縮、生産の最適化、品質管理の高度化、予知保全の実現など、製造業の競争力そのものを大きく左右する要素となっているのです。

一方、営業面での改革も急務です。顧客企業の経営課題を理解し、技術的なソリューションを提案できる人材の育成が不可欠です。それは単なるスキル習得の問題ではなく、組織の在り方そのものの見直しを必要とします。

提案力強化に向けては、以下の取り組みが重要となります。

  • 技術の価値転換力強化 

業界別の課題を深く理解し、自社技術がどのような価値を生み出せるのか。その可能性を探り、経済的な価値として定量化する能力が求められます。

▶技術の価値転換力について詳しく解説している資料を読む

  • 組織連携の強化 

営業、技術、製造の連携なくして、真の価値提案は実現できません。部門間の壁を取り払い、一体となって顧客価値を創造する体制の構築が必要です。

  • デジタルマーケティングの確立 
    •  技術情報のデジタルコンテンツ化 
    •  ウェブサイトを通じた情報発信強化 
    •  オンラインでの顧客行動分析 
    •  リード獲得の仕組み構築

顧客の情報収集行動がデジタルにシフトする中、製造業においても戦略的なデジタルマーケティングの確立が不可欠です。これまでは営業担当者が対面で説明していた技術情報を、分かりやすいデジタルコンテンツに転換し、ウェブサイトを通じて効果的に発信する。さらに、顧客の閲覧履歴や問い合わせ内容を分析することで、真の課題やニーズを把握し、適切なタイミングでアプローチする。このような仕組みを構築することで、従来の「待ち」の営業から、より能動的な営業スタイルへの転換が可能となります。

 

4. 今、取るべきアクション

製造業の変革は、一朝一夕には実現できません。しかし、行動を起こすための時間は残されていません。変革を実現するためには、短期と中長期の両面から計画的なアプローチが必要です。

短期的な取り組み

まず着手すべきは、自社の現状を客観的に分析することです。技術、市場、人材、これらの要素について、冷静な評価が必要です。

  • 技術・製品の棚卸し 

競争力の源泉は何か、市場環境の変化によってその価値はどう変わるのか。既存技術の市場価値を、改めて評価し直す必要があります。特に重要なのが、コア技術の見極めです。それは必ずしも、現在の主力製品を支える技術とは限りません。

  • 収益構造の見直し 

製品別、顧客別の収益性を分析し、経営資源の最適な配分を検討します。ここで重要なのは、将来の市場変化を見据えた判断です。現在は収益性が高くても、EVシフトで消滅する可能性がある製品には、過度な投資は避けるべきでしょう。

また、デジタルマーケティングについても、すぐに着手可能な施策から開始する必要があります。

  • 情報発信基盤の整備 

自社サイトの分析と改善から始めることが重要です。技術情報や製品情報が顧客にとって理解しやすい形で提供されているか、必要な情報にたどり着きやすい導線が設計されているか。まずはこれらの基本的な要素の見直しをしましょう。

 

中長期的な施策

一方で、将来を見据えた変革も同時に進める必要があります。

  • 事業ポートフォリオの再構築 

現在の主力事業が縮小することを前提に、新たな収益の柱を育てる必要があります。その際、鍵となるのが異業種展開の可能性です。自社の技術やノウハウは、他の産業でどのような価値を生み出せるのか。従来の発想にとらわれない検討が求められます。

  • デジタル化対応 

デジタル技術の導入は、もはや避けて通れません。しかし、ただ新しい設備を導入すれば良いわけではありません。デジタル技術を活用して、どのような価値を生み出すのか。その戦略を明確にすることが重要です。

デジタル技術の導入は、もはや避けて通れません。しかし、ただ新しい設備を導入すれば良いわけではありません。デジタル技術を活用して、どのような価値を生み出すのか。その戦略を明確にすることが重要です。

  • デジタルマーケティングの高度化 

短期的な施策として始めた取り組みを、より戦略的なものへと進化させていく必要があります。具体的には、

    •  営業活動との連携強化(デジタルとリアルの最適な組み合わせ)
    •  データに基づく顧客インサイトの把握
    •  コンテンツマーケティング戦略の確立
    •  顧客データベースの構築と活用

組織体制の整備

これらの取り組みを実効性のあるものとするために、組織体制の整備も不可欠です。

  • 人材育成の刷新 

求められる人材像が大きく変化する中、従来の育成手法は通用しません。デジタルスキル、提案力、異業種への適応力など、新たなケイパビリティの開発が必要です。

  • 評価制度の見直し

 変革を促進するためには、それを後押しする評価の仕組みが必要です。工数や生産高だけでなく、イノベーションや価値創造を評価する基準を設ける必要があります。

重要なのは、これらの施策を統合的に推進することです。個別の対応では、真の変革は実現できません。全社的な視点で、短期と中長期、攻めと守り、それぞれのバランスを取りながら、着実に実行していく必要があります。

 

まとめ:次世代のBtoB営業の成功の鍵

EVシフトの波は、当初の予想をはるかに上回るスピードで押し寄せています。米国では2030年までに電動車両の比率を50%以上に引き上げる計画を打ち出しており、その影響は確実に日本の製造業全体に及びます。

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このような環境下で、従来型のビジネスモデルに固執することは、企業の存続すら危うくする可能性があります。一方で、この変革期は、新たな成長の機会を掴むチャンスでもあります。

重要なのは、以下の3つの視点です。

①危機感の共有と方向性の明確化

変革には、組織全体の理解と協力が不可欠です。現状を正確に把握し、目指すべき方向性について、経営層から現場まで共通の認識を持つ必要があります。部分最適ではなく、全体最適の視点で変革を推進することが求められます。

 

②実行力の強化

計画を立てるだけでは、変革は実現しません。優先順位を明確にし、限られた経営資源を効果的に投入する。そして、スピード感を持って実行に移す。これらの実行力が、変革の成否を分けることになります。

 

③持続的な進化

変革は一度の取り組みで完結するものではありません。市場環境は常に変化し、技術革新は加速度的に進みます。それに対応し続けるために、組織自体が持続的に進化できる仕組みを作ることが重要です。

今、製造業は大きな岐路に立っています。しかし、日本のものづくりが長年培ってきた技術力と創造性は、確かな競争力の源泉となりうるはずです。その力を、新しい時代にふさわしい形でぜひ活かしていきましょう。そのための変革に、残された時間は決して多くはないのです。

 

▼次世代BtoB営業シリーズ全8記事

次世代BtoB営業①|BtoB企業の構造改革:下請けモデルからの脱却を迫られる日本企業

次世代BtoB営業②|SIer業界 ―クラウド時代の新たなビジネスモデル―

次世代BtoB営業③|製造業 ―EVシフト、デジタル化の波に飲み込まれないために―

次世代BtoB営業④|医療営業 デジタル時代における価値提供モデルの再構築

次世代BtoB営業⑤|ルートセールス デジタル時代に求められる営業改革とは

次世代BtoB営業⑥|無形商材営業 価値の可視化がカギを握る時代に

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宗像 淳 / イノーバCEO

福島県立安積高校、東京大学文学部卒業。ペンシルバニア大学ウォートン校MBA(マーケティング専攻)。1998年に富士通に入社、北米ビジネスにおけるオペレーション構築や価格戦略、子会社の経営管理等の広汎な業務を経験。 MBA留学後、インターネットビジネスを手がけたいという思いから転職し、楽天で物流事業立ち上げ、ネクスパス(現トーチライト)で、ソーシャルメデイアマーケティング立ち上げを担当。ネクスパスでは、事業開発部長として米国のベンチャー企業との提携をまとめた。 2011年6月にコンテンツマーケティング支援の株式会社イノーバを設立、代表取締役に就任。