はじめに
近年、クラウドコンピューティングの普及に伴い、ソフトウェアをサービスとして提供するSaaS(Software as a Service)事業が急速に拡大しています。SaaSは、従来のパッケージ販売型のソフトウェアビジネスとは異なり、サブスクリプション型の課金モデルを特徴としています。この独特のビジネスモデルは、収益認識や会計処理の面でも、特有の論点や実務上の課題を生み出しています。
本稿では、SaaS事業における収益認識の基礎知識について、わかりやすく解説することを目的としています。SaaS事業者の経理担当者や、SaaS事業への理解を深めたい方々に、収益認識の基本的な考え方をお伝えできれば幸いです。
まず、SaaS事業における収益認識の重要性と、収益認識の5つのステップについて解説します。次に、SaaS事業における収益認識の具体的な論点として、初期費用の取り扱いや月額利用料の計上方法などを取り上げます。
本稿が、SaaS事業者の皆様にとって、収益認識への理解を深める一助となることを願っています。それでは、SaaS事業における収益認識の基礎知識について、見ていきましょう。
SaaS事業における収益認識の基礎知識
収益認識の定義と重要性
収益認識とは、企業が事業活動によって得た収益を、財務諸表に計上するための基準と手続きのことです。売上高や利益の数値は、投資家や債権者など、企業外部のステークホルダーが企業価値を評価する際の重要な指標となるため、適切な収益認識は財務報告の信頼性確保に不可欠です。
特にSaaS事業においては、サブスクリプション型の課金モデルが主流であり、一時点ではなく一定期間にわたって収益が計上されるケースが多いため、収益認識の方法がより複雑になる傾向にあります。したがって、SaaS企業にとって、収益認識の基準と実務について深く理解することが重要になるのです。
以下に、SaaS事業において収益認識が重要な理由をいくつか挙げてみましょう。
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サブスクリプションモデルへの適合:SaaSは、通常、月額や年額の利用料を対価として、一定期間にわたってサービスを提供するビジネスモデルです。こうしたサブスクリプション型の取引では、収益を一括で認識するのではなく、サービス提供期間に応じて分割して認識することが求められます。
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取引の複雑性への対応:SaaS事業では、初期設定料、月額利用料、追加機能の利用料など、様々な料金体系が用いられます。これらの料金を適切に収益認識するためには、取引の内容を詳細に分析し、収益認識基準に照らして適切な処理を行う必要があります。
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投資家への情報提供:SaaS企業の投資家にとって、売上高や利益の動向は重要な関心事項です。適切な収益認識は、こうした投資家の意思決定に資する情報を提供することにつながります。
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経営管理への活用:適切な収益認識は、SaaS企業の経営管理においても重要な役割を果たします。例えば、サブスクリプション契約の更新率や解約率、顧客生涯価値(LTV)などの重要な経営指標は、収益認識を起点として算出されます。
このように、SaaS事業においては、収益認識が財務報告の適正性だけでなく、経営管理の基盤としても重要な意味を持っているのです。
収益認識の5ステップモデル
国際会計基準(IFRS)や米国会計基準(US GAAP)では、収益認識に関する新しい基準が導入され、5つのステップに基づいて収益を認識することが求められています。日本基準においても、2018年に企業会計基準委員会(ASBJ)から「収益認識に関する会計基準」が公表され、2021年4月1日以後開始する事業年度から適用されています。
SaaS事業における収益認識も、この5ステップモデルに沿って行われます。以下、各ステップの概要を説明します。
ステップ1:契約の識別
第1ステップは、顧客との契約を識別することです。SaaSの利用契約は、通常、サービス利用規約や個別の契約書によって取り交わされます。この契約において、サービス提供の対価として利用料が定められ、支払義務が発生します。
ただし、契約の成立には、以下の要件を満たす必要があります。
- 契約当事者が契約を承認し、義務の履行を約束している。
- 移転されるサービスに関する各当事者の権利を識別できる。
- 支払条件を識別できる。
- 契約に経済的実質がある(将来キャッシュ・フローが変動するリスクがある)。
- サービス提供の対価を回収する可能性が高い。
これらの要件を満たさない場合、契約が成立しているとは言えず、収益認識の対象とはなりません。
例えば、SaaSの利用規約に同意したものの、支払方法が確定していない状態では、まだ契約が成立していないと判断されます。また、利用料の回収可能性が低い場合も、契約の識別要件を満たさないことになります。
ステップ2:履行義務の識別
第2ステップは、契約における履行義務を識別することです。履行義務とは、顧客に対して「別個のサービス」を提供する約束のことを指します。
SaaS事業においては、以下のようなケースが考えられます。
- 基本的な機能を提供するサブスクリプションサービス
- 追加機能やオプションサービス
- 初期設定サービスやデータ移行サービス
- 利用サポートやメンテナンスサービス
これらのサービスが「別個のサービス」に該当するかどうかは、以下の2つの要件で判断します。
- 顧客がサービスからの便益を単独で、または容易に利用可能な他の資源と組み合わせて得ることができる。
- サービスを顧客に移転するという企業の約束が、契約における他の約束と区分して識別可能である。
例えば、基本的なサブスクリプションサービスと追加機能が密接に関連しており、別々に提供することが現実的でない場合は、一つの履行義務として扱います。一方、初期設定サービスが、サブスクリプションとは独立した価値を有する場合は、別個の履行義務として識別することになります。
履行義務の識別は、収益認識の時期と金額に大きな影響を与えるため、慎重に検討する必要があります。特に、複数のサービスを組み合わせて提供する場合は、それぞれのサービスが別個の履行義務に該当するかどうかを丁寧に判断することが求められます。
ステップ3:取引価格の算定
第3ステップは、取引価格を算定することです。取引価格とは、顧客に移転することを約束した財またはサービスと交換に企業が権利を得ると見込んでいる対価の金額のことです。
SaaS事業においては、月額または年額の利用料が取引価格の中心となります。ただし、以下のような要素も考慮する必要があります。
- 変動対価(ボリュームディスカウントや実績ベースのインセンティブ等)
- 現金以外の対価(顧客によるサービスの提供等)
- 顧客に支払われる対価(リベートや値引き等)
変動対価は、期待値法や最頻値法等により見積もります。ただし、変動対価の全額を取引価格に含めると収益の著しい減額が生じるおそれがある場合は、収益累計額が重大な戻入れとなる可能性が非常に高くなくなるまで、変動対価の一部または全部を取引価格に含めません。
現金以外の対価や顧客に支払われる対価は、通常、公正価値で測定し、取引価格から控除します。
例えば、ユーザー数に応じたボリュームディスカウントを提供している場合、過去の実績等に基づいて割引額を見積もり、取引価格から控除します。ただし、ユーザー数の増減によって割引額が大きく変動するリスクがある場合は、そのリスクを考慮して、取引価格に含める金額を慎重に判断する必要があります。
ステップ4:取引価格の配分
第4ステップは、取引価格を履行義務に配分することです。複数の履行義務がある場合は、それぞれの履行義務の基礎となる独立販売価格の比率に基づいて、取引価格を配分します。
独立販売価格とは、企業が約束した財またはサービスを別個に顧客に販売する場合の価格のことです。SaaS事業においては、以下のような方法で独立販売価格を見積もることができます。
- 調整後市場評価アプローチ(同様の財またはサービスの市場価格を参照し、必要に応じて調整)
- 予想コストにマージンを加算するアプローチ(履行義務を充足するための予想コストにマージンを加算)
- 残余アプローチ(他の履行義務の独立販売価格の合計を取引価格から控除)
例えば、基本サブスクリプションが月額10,000円、追加機能が月額5,000円で提供されている場合、取引価格15,000円のうち、基本サブスクリプションに10,000円、追加機能に5,000円が配分されることになります。
ただし、これらの配分額は、それぞれの履行義務の独立販売価格を合理的に反映したものでなければなりません。単に契約上の金額で機械的に配分するのではなく、市場価格等を参考にしながら、適切な配分を行うことが求められます。
ステップ5:収益認識
第5ステップは、履行義務を充足した時に又は充足するにつれて収益を認識することです。履行義務の充足とは、約束した財またはサービスを顧客に移転して、顧客が当該財またはサービスに対する支配を獲得することを指します。
SaaS事業においては、以下のような収益認識のパターンが考えられます。
- 一定期間にわたって充足される履行義務:サブスクリプション期間に応じて収益を按分計上
- 一時点で充足される履行義務:サービス提供完了時に一括で収益を計上
多くのSaaSサービスは、顧客が契約期間にわたって便益を享受するため、一定期間にわたって収益が認識されることになります。
例えば、1年間の利用契約で、月額10,000円のサブスクリプションサービスを提供する場合、契約開始月から毎月10,000円ずつ、12ヶ月間にわたって収益が計上されます。
一方、初期設定サービスのように、一時点で完了するサービスについては、サービス提供完了時に一括で収益が認識されます。
ただし、一定期間にわたって収益を認識する場合でも、履行義務の充足に係る進捗度を合理的に見積もることができない場合は、履行義務の充足に係るコストが回収される範囲でのみ、収益を認識することになります。
以上が、SaaS事業における収益認識の5ステップモデルの概要です。次節以降では、SaaS事業特有の論点について、具体的に見ていきましょう。
SaaS事業の収益認識における主な論点
初期設定費用の会計処理
SaaS事業では、サービス提供開始前の初期設定や、データ移行などに対して、初期費用を顧客から受領するケースがよく見られます。こうした初期費用の会計処理は、SaaS企業の収益認識実務における重要なポイントの一つです。
初期費用の分類と収益認識のタイミング
初期費用の会計処理を検討する上で、まず重要なのが、その性質の識別です。初期費用が、以下のいずれに該当するかによって、収益認識のタイミングが異なってきます。
- 契約獲得のためのコスト(販売手数料など)
- 契約履行のためのコスト(設定作業など)
- 契約とは別個のサービスの提供(初期研修など)
契約獲得のためのコストは、顧客との契約が獲得できなければ発生しなかったコストのことを指します。こうしたコストは、回収可能であると見込まれる場合には、資産として計上し、顧客との契約期間にわたって償却します。
契約履行のためのコストは、契約した財またはサービスを顧客に移転するために発生するコストのことを指します。こうしたコストは、履行義務の充足に直接関連し、将来の履行義務の充足に使用される企業の資源を創出または増価し、回収可能であると見込まれる場合には、資産として計上し、関連する履行義務が充足される期間にわたって償却します。
契約とは別個のサービスの提供は、それ自体が独立した履行義務を構成します。したがって、そうしたサービスの提供が完了した時点で、収益を一括で認識することになります。
例えば、SaaS企業が顧客に対して初期設定を行い、その対価として初期費用を受領したとします。この初期設定が、SaaSサービスの利用に不可欠であり、設定作業の対価がサービス提供期間にわたって回収されるのであれば、契約履行のためのコストと判断され、サービス提供期間にわたって償却されることになります。
一方、初期設定とは別に、操作方法の説明や個別のカスタマイズを行い、それに対して追加の初期費用を受領する場合は、独立した履行義務として識別し、サービス提供完了時に収益を認識することになります。
ただし、初期費用の会計処理を行う際には、以下の点に注意が必要です。
- 初期費用に含まれる項目の性質を適切に識別すること。
- 契約獲得のためのコストや契約履行のためのコストについては、回収可能性を慎重に見積もること。
- 独立した履行義務に該当するサービスについては、その独立販売価格を合理的に算定すること。
初期費用の会計処理を誤ると、収益認識のタイミングや金額が適切でなくなるおそれがあります。したがって、初期費用の内容を詳細に分析し、適切な会計処理を行うことが重要です。
具体的な例を挙げると、あるSaaS企業が、新規顧客から初期設定費用として100万円を受領したとします。この初期費用の内訳は、以下の通りだったとします。
- システムの設定作業:60万円
- 操作マニュアルの作成と従業員研修:30万円
- 営業担当者の販売手数料:10万円
この場合、システムの設定作業は契約履行のためのコストに該当するため、サービス提供期間(例えば2年間)にわたって償却します。操作マニュアルの作成と従業員研修は、独立した履行義務として識別し、サービス提供完了時に30万円を収益認識します。営業担当者の販売手数料は、契約獲得のためのコストとして資産計上し、契約期間にわたって償却します。
このように、初期費用の会計処理は、その内容を適切に識別し、関連する履行義務の充足状況に応じて行うことが求められるのです。
月額利用料の会計処理
SaaS事業の主な収益源は、サブスクリプション形式の月額利用料です。この月額利用料の会計処理は、SaaS企業の収益認識実務の中核をなすものと言えます。
月額料金の計上方法
月額利用料は、通常、契約期間にわたって履行義務が充足されるため、一定の期間にわたって収益が認識されることになります。具体的には、以下のような計上方法が考えられます。
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月次計上:月額料金を、その発生月に収益として計上する方法。毎月の収益が契約内容を直接反映するため、わかりやすい反面、月ごとの収益にばらつきが生じやすい。
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日割計上:月額料金を、日数に応じて按分し、日割りで収益計上する方法。月をまたぐ契約期間にも対応しやすい反面、計算が煩雑になる。
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期間均等計上:契約期間の月数で月額料金を除し、各月に均等に収益計上する方法。収益が平準化されるため、安定的な収益認識が可能になる反面、契約期間中の解約等への対応が難しくなる。
どの計上方法を採用するかは、SaaS企業の事業特性や契約形態によって異なります。
例えば、ある企業が、1年間の契約で月額利用料1万円のサービスを提供しているとします。この場合、以下のように収益認識することになります。
- 月次計上の場合:毎月1万円ずつ、12ヶ月間にわたって収益を計上。
- 日割計上の場合:1ヶ月を30日とし、1日あたり約333円(1万円÷30日)を、利用日数に応じて収益計上。
- 期間均等計上の場合:契約期間の合計額12万円(1万円×12ヶ月)を12で除した金額である1万円を、毎月均等に収益計上。
ただし、いずれの計上方法を採用する場合でも、以下の点に留意が必要です。
- 契約条件に基づいて、履行義務の充足パターンを適切に見積もること。
- 計上方法を会計方針として明文化し、首尾一貫して適用すること。
- 契約期間中の解約や変更等に対応できる仕組みを整備すること。
月額利用料の計上方法は、SaaS企業の収益認識実務の根幹をなすものです。事業の実態を踏まえて、適切な方法を選択し、確実に実行できる体制を整えることが求められます。
契約期間と収益認識期間の関係
SaaSサービスの利用契約には、様々な契約期間が設定されています。月単位の契約もあれば、年単位や複数年単位の長期契約もあります。こうした契約期間と、収益認識期間との関係を整理することも、SaaS企業の収益認識実務における重要なポイントです。
原則として、収益認識期間は、履行義務の充足期間と一致します。つまり、サービスの提供期間にわたって、収益が認識されることになります。したがって、契約期間と収益認識期間は、基本的に同一になると考えられます。
ただし、以下のようなケースでは、契約期間と収益認識期間が異なる可能性があります。
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契約期間よりもサービス提供期間が長い場合:例えば、1年契約の自動更新条項により、実質的なサービス提供期間が1年を超える場合などです。この場合、1年を超える部分についても、合理的に見積もった期間にわたって収益を認識することが求められます。
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契約期間よりもサービス提供期間が短い場合:例えば、1年契約の中途解約条項により、実質的なサービス提供期間が1年未満となる場合などです。この場合、中途解約時点までの期間について収益を認識することになります。
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契約期間内に複数の履行義務がある場合:例えば、1年契約の中に、初月に提供される初期設定サービスと、2ヶ月目以降に提供される継続利用サービスがある場合などです。この場合、それぞれの履行義務の充足パターンに応じて、収益認識期間を設定することになります。
具体的には、以下のような事例が考えられます。
- あるSaaS企業が、2年契約で月額利用料1万円のサービスを提供しているとします。ただし、この契約には、1年経過後に顧客が契約を解約できる条項が含まれています。過去の実績から、2年目に入って解約する顧客の割合は20%であると見込まれます。
この場合、契約期間は2年ですが、実質的なサービス提供期間は1年9ヶ月(24ヶ月×80%)と見積もられます。したがって、1ヶ月あたりの収益認識額は、契約総額24万円(1万円×24ヶ月)を実質的なサービス提供期間の21ヶ月で除した約1.14万円(24万円÷21ヶ月)となります。
こうした見積りを行う際には、過去の契約データの分析や、顧客の利用状況のモニタリングなどが重要になります。また、状況の変化に応じて、見積りの前提を適宜見直していくことも必要です。
SaaS企業においては、契約期間と収益認識期間の関係を明確に整理し、合理的な見積りに基づいて収益を認識することが求められます。そのためには、会計処理だけでなく、営業やサービス提供の現場とも連携しながら、適切な情報を収集・分析する体制を整備することが欠かせません。
契約変更の会計処理
SaaS事業では、契約期間中に、顧客のニーズや状況の変化に応じて、契約内容を変更するケースがしばしば見られます。例えば、利用プランのアップグレードやダウングレード、ユーザー数の増減、オプションサービスの追加など、様々な契約変更が行われます。こうした契約変更が行われた場合、収益認識にどのような影響が生じるのかを検討することが重要です。
契約変更の会計処理は、変更後の契約内容が、既存の契約と別個のものと判断されるか、既存の契約の延長と判断されるかによって異なります。
変更後の契約が別個のものと判断される場合、変更前の契約は終了し、変更後の契約が新たに開始したものとして処理します。この場合、変更前の契約に基づく収益は、変更時点までの期間について認識し、変更後の契約に基づく収益は、変更日以降の期間について認識することになります。
一方、変更後の契約が既存の契約の延長と判断される場合、変更前の契約と変更後の契約を一体のものとして処理します。この場合、変更前の契約に基づく収益と、変更後の契約に基づく収益を合算し、残存する履行義務の充足期間にわたって収益を認識することになります。
契約変更が別個のものか、既存の契約の延長かを判断する際のポイントは、以下の通りです。
- 変更後の契約によって追加される財またはサービスが、既存の契約とは区分して識別可能か。
- 変更後の契約の価格が、追加される財またはサービスの独立販売価格を反映したものとなっているか。
例えば、利用プランのアップグレードにより、新たな機能やサービスが追加される場合、それらが既存のサービスから区分して識別可能であり、アップグレード料金がその独立販売価格を反映したものであれば、別個の契約として処理することになります。
一方、ユーザー数の増減のように、既存のサービス内容は変わらず、利用量や利用期間のみが変更される場合は、既存の契約の延長として処理することになります。
具体的には、以下のような事例が考えられます。
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あるSaaS企業が、顧客との間で2年契約を締結し、月額利用料1万円のサービスを提供していたとします。契約開始から1年が経過した時点で、顧客からユーザー数を2倍に増やしたいとの要望があり、月額利用料を1.5万円に変更する契約変更が行われたとします。
この場合、追加されるユーザーへのサービス提供は、既存の契約の延長と判断されます。したがって、契約変更前の1年間については、月額1万円×12ヶ月=12万円の収益を認識し、契約変更後の1年間については、月額1.5万円×12ヶ月=18万円の収益を認識することになります。 -
同じ企業が、別の顧客との間で、月額利用料1万円のサービスを提供する1年契約を締結していたとします。契約開始から半年が経過した時点で、顧客から新機能の追加を求められ、その対価として月額利用料を1.5万円に変更する契約変更が行われたとします。
この場合、追加される新機能は、既存のサービスとは区分して識別可能であり、料金改定額もその独立販売価格を反映したものと判断されます。したがって、契約変更時点で、既存の契約を終了し、新たな契約を開始したものとして処理します。具体的には、契約変更前の半年間については、月額1万円×6ヶ月=6万円の収益を認識し、契約変更後の半年間については、月額1.5万円×6ヶ月=9万円の収益を認識することになります。
以上のように、契約変更の会計処理は、変更の内容や対価の設定方法によって異なります。個々の契約変更について、その実質を適切に判断し、必要な会計処理を行うことが求められます。
なお、契約変更の会計処理を適切に行うためには、以下のような体制整備が必要です。
- 契約変更の内容を漏れなく把握し、会計システムに反映させる仕組みの構築。
- 契約変更が収益認識に与える影響を適時に分析・判断できる体制の整備。
- 契約変更に伴う請求金額の調整や、既収益の修正等を適切に行うための、請求管理システムと会計システムの連携強化。
特に、契約変更が頻繁に行われる場合は、その都度、収益認識への影響を判断することが煩雑になります。そのため、あらかじめ想定される契約変更のパターンを類型化し、それぞれのパターンに応じた処理ルールを定めておくことが有効です。
また、契約変更による収益認識への影響は、財務諸表の利用者にとって重要な情報となります。したがって、契約変更の内容や影響を適切に開示することも重要な実務ポイントと言えます。
SaaS企業においては、顧客との契約関係を適切にマネジメントし、契約変更が収益認識に与える影響を的確に把握・対応することが求められます。そのためには、営業部門と経理部門が緊密に連携し、契約管理と収益認識の一元化を進めることが欠かせません。
まとめ
本稿では、SaaS事業における収益認識の基礎知識について解説してきました。
SaaS事業の収益認識は、従来の一時点での販売とは異なり、サブスクリプション型のビジネスモデルに適合した会計処理が求められます。契約の識別、履行義務の識別、取引価格の算定と配分、収益認識のタイミングなど、5つのステップに沿って、適切に収益を認識することが重要です。
実務上は、初期費用の取り扱いや、月額利用料の計上方法、契約変更時の処理など、様々な論点に対応する必要があります。
こうした論点に適切に対応するためには、以下のようなポイントが重要になります。
- 契約内容を詳細に分析し、履行義務を適切に識別すること。
- 初期費用などの区分を適切に行い、それぞれの収益認識の時期を判断すること。
- 月額利用料については、サービス提供期間に応じて、合理的な方法で収益を按分計上すること。
- 契約変更の内容を適時に把握し、変更の実質に応じた会計処理を行うこと。
SaaS企業においては、こうした収益認識の論点について、経理部門だけでなく、営業部門やシステム部門とも連携しながら、適切な対応を行うことが求められます。
本稿が、SaaS企業の皆様における収益認識の理解と実務対応の一助となれば幸いです。
適切な収益認識は、SaaS企業の財務報告の適正性と信頼性を支える重要な基盤です。
皆様の実務の参考となるよう、私たちも引き続き、SaaS事業の会計実務に関する情報発信に努めてまいります。
FAQ:
Q: SaaS事業における売上計上基準は?
A: 契約期間にわたり履行義務を充足する場合は期間按分、一時点で充足する場合はその時点で売上計上します。
Q: 初期費用は一括計上?それとも繰延処理?
A: 初期費用の性質により判断。契約獲得コストや履行コストは繰延処理、別個のサービス提供対価は一括計上します。
Q: 月額利用料の計上方法は?
A: 契約期間にわたって、月次・日割・期間均等など合理的な方法で按分計上。独立販売価格に基づいて収益を配分します。
Q: 契約変更時の会計処理は?
A: 変更内容が独立したサービス提供の場合は別個の契約として処理。利用量等の変更は既存契約の延長として処理します。
Q: ユーザー数に応じた従量課金の場合の収益認識は?
A: 各月のユーザー数に応じて、利用料を請求・収益計上。ユーザー数の合理的な見積りに基づく処理も可能です。
Q: 解約による収益認識への影響は?
A: 解約時点で未充足の履行義務がある場合は、その部分の収益認識を取り消します。将来の解約を見積もった収益認識も検討します。
Q: 事業セグメント別の収益認識は必要?
A: 事業セグメントの区分方法に応じて、適切に収益を配分する必要があります。セグメント別の履行義務の識別と取引価格の配分を行います。