「展示会では500人の名刺を集めました」
「Webサイトのアクセス数は20%増加しています」
こんな報告をしても、経営陣から必ず出てくる質問があります。
「それで売上にどう貢献したの?」
多くのBtoB企業のマーケティング担当者が、この質問への回答に苦慮しているのではないでしょうか。効果が見えないマーケティング活動、それに伴う予算確保の難しさ、そして営業部門との不信感。これらの課題は、実は全て「ROI思考の欠如」という一つの原因に帰結します。
ROI視点で戦略を再考
私が多くの企業のマーケティング部門と対話をする中で、BtoBマーケティングのアプローチに関する2つの問題点が繰り返し浮かび上がってきました。
1.「戦術重視」問題
これは、マーケティング活動の本質的な目的を見失い、個々の施策の実施自体が目的化してしまっている状態を指します。
例えば、多くの企業で見られる典型的な例として、以下のようなものが挙げられます。
- 毎年継続的に出展している展示会。「15年間出展しているから」という理由で継続しているが、実際の受注貢献度は把握できていない
- Webサイトの運営において、ページビュー数やセッション数は毎月レポートしているものの、それらの数字が実際の商談創出にどうつながっているのかは不明確
- オンライン広告では表示回数やクリック数だけを指標として見ており、そこから実際にどれだけの質の高いリードが生まれているのかは評価できていない
2.「勘と経験による予算策定」問題
これは、データに基づく判断ではなく、過去の慣習や感覚的な判断で予算を決めてしまう傾向を指します。多くの企業では、以下のような状況が日常的に発生しています。
- 「去年と同じで」という前年踏襲型の予算設定
- 「これくらいあれば十分だろう」という感覚的な判断
- 「上司を通せそうな金額」での予算申請
このような状況で起こる典型的な悪循環を見てみましょう。
- 効果測定が不十分なため、予算獲得が困難に
- 予算不足によりリソース不足が発生
- 施策の質が低下し、成果も低迷
- 部門間の不信感が生まれる
- モチベーションが低下
- さらなる効果測定の困難さへ
このような状況は、単にマーケティング部門の問題として片付けることはできません。
なぜなら、この悪循環は企業全体の成長機会を失うことにつながるからです。営業部門は質の低いリードに時間を取られ、本来注力すべき有望な案件に十分なリソースを割けなくなります。マーケティング部門は短期的な数値目標に追われ、中長期的な施策を打つ余裕を失います。
マーケティング環境の急速な変化
このような戦術重視のアプローチや勘と経験による予算策定の問題が、より一層深刻さを増している背景には、BtoBマーケティングを取り巻く環境の急速な変化があります。
BtoBマーケティングの複雑化
まず、デジタル技術の進化により、マーケティングチャネルが急速に多様化しています。従来の展示会や紙媒体による広告に加え、以下のような選択肢が次々と登場しています。
- SNSを活用した情報発信
- メールマーケティング
- オンラインセミナー(ウェビナー)
- コンテンツマーケティング
- デジタル広告
しかし、単にチャネルが増えただけではありません。より本質的な変化として、顧客の購買行動が大きく変化していることが挙げられます。
かつての購買プロセスでは、製品やサービスの情報収集の段階から営業担当者が深く関与していました。しかし現在では、
- 顧客は自社でオンラインリサーチを行い、かなりの情報を収集した上で
- 検討が具体化した段階になって初めて営業担当者との接触を求める
という流れが一般的になっています。この変化は、マーケティング部門の役割をより重要なものにすると同時に、その責任も増大させています。
なぜ今、ROIを見直すべきなのか
かつて、マーケティング活動は営業部門の「補助的な役割」という位置づけでした。展示会は業界でのプレゼンスを示す場、広告は認知度向上のための手段として捉えられ、直接的なROIを問われることは少なかったのです。
しかし、コロナ禍を経て状況は一変しました。
デジタルマーケティングの台頭により、マーケティング部門は「商談創出の主役」としての役割を期待されるようになりました。営業部門からは「より多くの質の高い商談を」という要望が、経営層からは「営業部門の受注増に対する貢献」が求められるようになっています。
つまり、マーケティングは「あれば望ましい補助的活動」から、「具体的な成果を求められる投資対象」へと変化したのです。この変化は、マーケティング部門に新たな課題を突きつけています。
- 活動の費用対効果を明確に示す必要性
- 限られた予算での最適な施策選択
- 営業部門との密接な連携
- 経営層への説得力のある報告
このような状況下で、ROIを軸としたマーケティング活動の見直しは、もはや選択肢ではなく必須となっているのです。
パラダイムシフトの必要性:投資家の視点から学ぶ
この状況を打破するために、私たちは具体的に何をすべきなのでしょうか。その答えは、マーケティング予算を「コスト」ではなく「投資」として捉え直すことにあります。
投資家としての成功を収めている孫正義氏やウォーレン・バフェット氏の投資判断の考え方が、ここで大いに参考になります。彼らに共通するのは、案件を評価する際の「投資家視点」です。新しい案件が持ち込まれた時、彼らはすぐさま以下の点を検討します。
- この投資がうまくいった場合、どれくらいのリターンが期待できるか
- 失敗した場合のリスクはどの程度か
- 通常ケースでどの程度のリターンが見込めるか
マーケティング投資先進国に学ぶ
米国企業の事例を見てみましょう。
CMO調査によると、興味深い数字が明らかになりました。なんと、米国企業の38.4%でマーケティング部門が収益成長を手動する責任を担っているのです。さらに、マーケティング部門が収益成長を主導する企業では、全社予算に占めるマーケティング予算の割合が14.5%に達している一方、そうでない企業は10.8%に留まります。
Marketing Budgets Vary by Industry THE WALL STREET JOURNAL
この差は単なる数字の違いではありません。マーケティングを「収益の原動力」として位置づけ、積極的な投資を行う企業と、「必要経費」として最小限の予算で抑えようとする企業との、根本的な考え方の違いを表しています。
一方、日本のBtoB企業の現状はどうでしょうか。残念ながら、その投資規模は米国企業の1/20から1/50程度(注)に留まっています。この差は、将来の競争力に大きな影響を及ぼす可能性が高いと言えるでしょう。
(注)Medix社が毎年行っているBtoBマーケティングアンケート調査結果からの試算
これからのマーケティング予算管理に求められること
では、我々はどのように変わっていけばよいのでしょうか。以下の3つのポイントが重要です。
1.投資としての明確なROI計算
例えば展示会への出展を検討する場合、以下のような計算が必要です。
- 投資額:出展費用、人件費、制作費等
- 利益:受注単価×受注件数×利益率
- ROI:利益÷投資額
具体的な数字をあてはめて計算してみると、以下のようになります。
- 投資額:200万円
- 受注件数:1.5件
- 受注単価:500万円
- 利益率:50%
⇒利益=受注単価500万円×受注件数1.5件×利益率50%=375万円
ROI=(利益375万円÷投資額200万円)×100=187.5%
2.データに基づく効果測定
「なんとなく効果がありそう」ではなく、具体的な数値で効果を測定します。
- リードの獲得数だけでなく、質の評価
- 商談化率、受注率の把握
- 投資対効果の継続的なモニタリング
3.継続的な改善サイクルの確立
効果測定の結果を次の施策に活かす仕組みづくりが重要です。
- 成功・失敗要因の分析
- 新しい施策のテスト
- 効果の高い施策への予算の重点配分
まとめ:今こそマーケティングROIを見直すとき
BtoBマーケティングは今、大きな転換点を迎えています。本記事で見てきたように、多くの企業が直面している課題 - 効果が見えないマーケティング活動、予算確保の難しさ、部門間の不信感 - これらはすべて「ROI思考の欠如」という根本的な問題に起因しています。
ここで重要な気づきがあります。私たちは長年、マーケティングを「コスト」として捉えてきました。しかし、米国企業や投資家たちの例が示すように、マーケティングは明確に「投資」として捉えるべきなのです。
この考え方の転換により、以下のような具体的な変化が期待できます。
- 経営陣との建設的な対話
「展示会で500人の名刺を集めました」ではなく、「この展示会投資により、○件の商談が創出され、●●円の売上貢献が見込めます」という対話が可能になります。 - 営業部門との信頼関係構築
質の高いリードを適切に定義・測定し、営業部門と共有することで、部門間の協力関係が強化されます。 - 予算の最適配分
ROIに基づく判断により、効果の高い施策への重点投資が可能になります。
マーケティングROIの改善は、すぐに実現できるものではないかもしれません。しかし、本記事で解説した考え方を実践することで、確実な一歩を踏み出すことができます。日本企業が米国企業との投資規模の差を埋めていくためにも、今こそマーケティングROIを見直してみませんか?
次回「ROI計算の第一歩:リード管理の基本」では、ROI計算の根幹となるリード管理について学んでいきましょう。
▶ROI攻略シリーズ記事一覧
ROI攻略①|待ったなし!なぜ今、マーケティングROIが重要なのか【本記事】