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宗像 淳 / イノーバCEO2025/01/09 10:25:021 min read

失敗事例から学ぶ③|マーケ部門が孤立する構造的問題

目次

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「私たちの仕事は単なる事業部のサポート係なんでしょうか?」

これは、某SI企業B社のマーケティング部門責任者の言葉です。3名の専門チームを立ち上げ、意気込んで始めたマーケティング活動でしたが、1年後には疲弊と諦めの色が濃くなっていました。

この事例は、多くの日本企業が直面する「マーケティング部門の孤立化」という構造的な問題を浮き彫りにしています。マーケティングへの投資が進む一方で、実際には事業部の下請け的な立場から抜け出せない組織が数多く存在するのです。

 

専門部隊の挫折:なぜ期待された成果を上げられなかったのか

立ち上げ時の期待

B社がマーケティングの専門チームを立ち上げた背景には、以下のような期待がありました。

  • デジタルマーケティングの本格的な展開
  • 営業活動の効率化とリード獲得の強化
  • 全社的なマーケティング戦略の確立

しかし、この取り組みには当初から構造的な問題が内在していました。最も大きな問題は、予算と権限の所在でした。マーケティング予算は事業部の販促費から捻出され、施策の承認も事業部の判断が必要とされたのです。この結果、マーケティング部門は独自の戦略を進めることが難しく、施策の主導権を持てない状況に陥っていったのです。

 

半年後に表面化した問題

チーム発足から半年が経過し、次のような問題が顕在化してきました。

 

1. 事業部ごとのバラバラな要求への対応に追われる日々

マーケティングチームは、事業部それぞれの個別要求に応えることを求められました。ある事業部からは展示会の集客支援を、別の事業部からはウェブサイトのリニューアルを、というように、場当たり的な要望が次々と舞い込んできます。本来目指していた全社的なマーケティング戦略の立案や実行どころではない状況に陥っていったのです。

 

2. 営業部門との溝が深まる

営業部門からは「マーケティングから来るリードは質が低い」「現場を理解していない」という批判が聞かれるようになりました。一方、マーケティング部門も「営業がリードを適切にフォローしていない」「受注につながったかどうかのフィードバックがない」と感じており、両者の溝は深まる一方でした。

 

3. チームの士気低下

専門性を活かした戦略的な施策を展開したいというチームメンバーの思いとは裏腹に、日々の業務は事業部からの依頼をこなすことが中心となっていきました。その結果、メンバーのモチベーションは低下し、離職のリスクも高まっていきました。

孤立を招いた3つの構造的要因

この状況を招いた根本的な原因を探ると、以下の3つの構造的な問題が浮かび上がってきます。

1. 予算と権限の問題:事業部依存の罠

事業部の販促予算に依存する体制は、次のような問題を引き起こしていました。

  • 事業部の承認なしには施策を進められない
  • 事業部の担当者が営業・マーケティングの専門知識を持たず、施策がプロモーション中心、売り込み中心になる
  • 結果として、顧客課題への訴求ができず、顧客ニーズを引き出せていない状態になってしまっていた。

この結果、マーケティング部門は顧客課題に基づく戦略的な施策を打ち出せず、事業部の意向に従った短期的なプロモーション中心の活動に終始してしまいました。本来必要な顧客育成の視点が欠け、「このままでいいのか」と感じつつも、予算の制約で抜本的な転換ができないという構造的な課題があったのです。

 

2. 営業との分断:リードの育成不足が招く衝突

営業部門との連携不足は、リードの質と育成に対する認識の違いから生じていました。

  • 営業の視点:今すぐ商談につながるリードを求める
  • マーケティングの視点:獲得したリードの多くはまだ検討段階の「見込み客」

 

このギャップにより、次のような問題が発生していました。

  • リード育成のプロセスが不明確:マーケティングが獲得した「見込み客」を、営業が受け入れられる「商談可能なリード」に育てる仕組みが整備されていない
  • 役割分担が曖昧:誰がリードを育成するのか明確な取り決めがない
  • 両部門の不満が募る
    • 営業は「見込み度が低いリードばかり渡される」と不満を抱く
    • マーケは「せっかく獲得したリードが活用されない」と感じる

 

本来であれば、リードを適切に育成し、営業がスムーズに商談へつなげられる状態にする仕組みが必要でした。しかしそれが整備されていなかったため、営業とマーケティングの対立を招いてしまったのです。問題の本質は「リードの質が低い」ことではなく、「リード育成の仕組みそのものがなかった」ことにありました。

Forrester Research社の資料を元に作成

 

3. 組織的な位置づけの曖昧さ

より根本的な課題として、マーケティング部門がコストセンターとして位置づけられ、戦略的な役割を果たせていないという問題がありました。

  • 独自の予算や戦略を立案する権限がなく、事業部の要請に依存せざるを得ないため、自由度の高いマーケティング施策が打てない
  • 組織的に「サポート部門」として扱われ、主体的に施策をリードしにくい
  • 経営層と直接対話する機会が少なく、重要な意思決定に影響を与えられない

この結果、マーケティング部門は事業の成長を牽引する役割ではなく、各事業部を支援する立場にとどまり、リソースや権限が限定されることで、組織全体に貢献する施策を推進しにくい状況が生まれていました。さらに、経営層との関与が薄いため、マーケティングの価値が正しく認識されず、持続的な成長に必要な基盤の確立が難しくなっていたのです。

孤立からの脱却:3つの具体的アプローチ

B社の事例から、マーケティング部門の孤立化を解消するための3つのアプローチが見えてきました。それぞれについて、具体的な実践方法を見ていきましょう。

 

1. 予算と権限の自主性確保

全社戦略としてマーケティング活動を推進するためには、まずマーケティング部門に予算を集約し、自主性を確保することが不可欠です。

しかし、それだけでは十分ではありません。 もし個別施策ごとに事業部や営業と協議を重ねる形になると、意思決定が遅れ、施策のスピードが損なわれる可能性があります。そのため、以下のような体制を整えることが重要です。

  • マーケティング戦略全体の方向性と主要KPI(例:リード獲得数・商談供給数など)を事前に合意
  • 個々の施策の詳細な判断は、マーケティング部門に一定の裁量を持たせる
  • 進捗状況や施策の実施結果を定期的に営業・事業部と共有し、フィードバックの仕組みを整える

つまり、従来のように施策の承認をマーケティングの専門知識のない事業部に仰ぐのではなく、マーケティング部門が専門性を生かして施策を主導しつつ、成果に対して責任を持つ体制へと移行することが求められるのです。

また、中長期的な投資判断についても、ROIを前提にした予算確保と施策評価の仕組みを構築する必要があります。そのために、以下のようなPDCAサイクルを確立します。

  • 施策実施前のROI試算:目標リード数や商談数への影響を予測
  • 施策実施後の振り返り:実際の成果を測定し、次の施策に反映

これにより、マーケティング部門が独立した意思決定権を持ちながらも、事業部や営業と連携し、結果に対して責任を持つ仕組みを確立できるのです。

 

2. 営業との連携強化

営業とマーケティングの協働体制の構築は、特に重要なポイントです。両部門が「顧客価値の創造」という共通の目的に向かって協力できる体制を作る必要があります。

具体的なアプローチとしては、

  • 週次または月次での定期的な情報共有の場の設置
  • リード品質や商談化率などの共通KPIの設定
  • 成功事例の共有と横展開

特に重要なのが、共通KPIの設定です。例えば、マーケティングから営業への「リードの質」を評価する基準を両者で合意し、定期的にレビューする仕組みを作ります。同時に、営業からのフィードバックをマーケティング施策の改善に活かすサイクルも確立する必要があります。

 

3. 組織的位置づけの強化

最後に、マーケティングの戦略的役割を組織的に確立することが重要です。これは単なる組織図上の位置づけの問題ではなく、企業全体としてマーケティングをどう活用していくかという本質的な問題です。

具体的な施策としては、

  • 経営会議への定期的な報告と提案
  • 全社的なマーケティング戦略の策定と共有
  • 専門性を評価する人事制度の整備

この3つのアプローチを段階的に、かつ着実に実施していくことで、マーケティング部門は「下請け」的な立場から脱し、企業の成長を牽引する戦略的パートナーとしての地位を確立することができるのです。

 

4. 専門性の高いマーケ人材を育成・評価する仕組みの構築

マーケティング部門の孤立化を解消し、戦略的な役割を果たすためには、人材の育成と評価の仕組みを整えることも重要です。特にBtoBマーケティングでは、以下のような高度な専門スキルが求められます。

  • 戦略設計:市場分析をもとに、長期的な成長を支えるマーケティング戦略を策定する力
  • データ分析と活用:MA(マーケティングオートメーション)やSFA(営業支援ツール)を活用し、施策の効果を定量的に評価・最適化する力
  • デジタルマーケティング:SEO、コンテンツマーケティング、広告運用などの最新トレンドを理解し、適切に活用する力
  • 営業・経営との連携力:マーケティングの成果を社内で共有し、営業や経営層と協力しながら施策を推進する力

しかし、多くの日本企業では、これらのスキルを社内で計画的に育成できる仕組みが十分に整備されていません。特に、従来のOJT(=実務を通じて行う社内教育)中心の育成モデルでは、体系的なマーケティング教育が難しく、担当者のスキル習得が属人的になりがちです。

この課題を解決するには、以下のような仕組みを導入することが有効です。

  • キャリアパスの明確化:マーケティング部門内での専門職としてのキャリアパスを設定し、スキル向上に応じた昇進・評価基準を整備する
  • 研修・外部リソースの活用:最新のマーケティング手法を学ぶための研修プログラムや、外部専門家のノウハウを活用する仕組みを導入する
  • 専門資格の取得支援:デジタルマーケティングやデータ分析に関する資格取得を推奨し、組織全体のスキルレベルを向上させる

このように、マーケティング人材の育成と評価を体系的に行うことで、企業の成長を支える「戦略的マーケター」の育成が可能になります。マーケティングが単なる支援部門ではなく、事業の成長を牽引する存在になるためには、個人のスキルアップと組織全体での学習体制の確立が不可欠です。

 

まとめ:マーケティング部門を企業成長の中核へ

B社の事例は、マーケティング部門の孤立が単なるコミュニケーション不足ではなく、組織構造や人材戦略の課題に起因することを示しています。本記事で述べてきたように、この課題を克服するには、以下の4つの取り組みが不可欠です。

  1. 予算と権限の自主性確保:マーケティング部門に独自の予算と意思決定権を持たせ、短期的な販促施策から戦略的マーケティングへと移行する
  2. 営業との連携強化:リードの育成プロセスを明確にし、営業と共通KPIを設定することで、スムーズな商談創出を実現する
  3. 組織的位置づけの強化:経営層との対話の場を増やし、マーケティングを企業戦略の中核として位置づける
  4. 専門人材の育成・評価の仕組みを確立:高度なマーケティングスキルを持つ人材を計画的に育成し、適切に評価する制度を整える

これらの施策を段階的に実施していくことで、マーケティング部門は「単なるサポート部門」から脱却し、企業の成長を牽引する戦略的パートナーへと進化できるのです。今こそ、マーケティングの役割を再定義し、持続的な成長を実現するための仕組みを構築し始めましょう。

次回は、「BtoB向けSEO施策の誤算」として、デジタルマーケティングのSEO施策で陥りやすい問題について見ていきます。

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失敗事例から学ぶ③|マーケ部門が孤立する構造的問題

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宗像 淳 / イノーバCEO

福島県立安積高校、東京大学文学部卒業。ペンシルバニア大学ウォートン校MBA(マーケティング専攻)。1998年に富士通に入社、北米ビジネスにおけるオペレーション構築や価格戦略、子会社の経営管理等の広汎な業務を経験。 MBA留学後、インターネットビジネスを手がけたいという思いから転職し、楽天で物流事業立ち上げ、ネクスパス(現トーチライト)で、ソーシャルメデイアマーケティング立ち上げを担当。ネクスパスでは、事業開発部長として米国のベンチャー企業との提携をまとめた。 2011年6月にコンテンツマーケティング支援の株式会社イノーバを設立、代表取締役に就任。