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「メールを送っているのに、開封率もクリック率もどんどん下がっていく」
「製品の活用事例を作って配信しているのに、問い合わせが増えない」
「受注にどれだけ貢献できているのか、正直よく分からない」
これは、ある大手製造業A社のマーケティング担当者から聞かれた悲痛な声です。多額の費用をかけてソリューションサイトを構築し、メールマーケティングに取り組んだものの、期待した成果は得られませんでした。なぜ、このような結果になってしまったのでしょうか。
モノからコトへの転換を目指して
A社は多岐にわたる事業を展開する大手の素材メーカーです。従来は原材料や素材を中心としたビジネスを展開し、商流も大口取引先への直接販売や商社経由の販売が中心でした。しかし、市場環境の変化に伴い、同社は従来のビジネスモデルに限界を感じ始めていました。
背景には、
- 製品単体での差別化が難しくなってきた現実
- 顧客からの「個別の課題に応じた提案型アプローチ」を求める声の高まり
といった状況がありました。
そこでA社は「モノからコトへ」の転換を決断します。単なる素材の提供から、その素材を活用した課題解決の提案へとビジネスモデルを進化させようとしたのです。
本格的なデジタルマーケティングへの挑戦
この変革を実現するため、A社は外部の支援会社も入れて本格的なデジタルマーケティングに取り組みました。その中心となったのが、以下の2つの施策です。
1. ソリューションサイトの構築
- 従来の製品別構成から脱却し、顧客の課題別に活用事例集を作成
- 具体的な活用事例を中心に据え、顧客が自社の課題に即したソリューションを見つけやすい設計を目指す
2. メールマーケティングの展開
- 構築したソリューションサイトの認知を広げ、継続的な関係構築を図るため、定期的なメール配信を開始
- 業界別のソリューション提案や、新規コンテンツの告知などを実施
表面化した3つの深刻な問題
しかし、この取り組みは期待した成果を上げることができませんでした。特に深刻だったのが、以下の3つの問題です。
1. 効果指標の継続的な低下
メールの開封率とクリック率は、配信を重ねるごとに低下していきました。当初は新規性もあって一定の反応があったものの、時間の経過とともに著しく悪化していったのです。
2. 問い合わせの伸び悩み
ソリューションサイトへのアクセス数は確保できたものの、肝心の問い合わせは増えませんでした。メール経由での資料請求や相談も期待を大きく下回る結果となりました。
3. 運用負荷の増大
活用事例の作成には予想以上の工数が必要でした。また、事業部間の調整にも多くの時間が取られ、効果が見えないまま負荷だけが上昇していく状況が続きました。
なぜ失敗したのか:3つの構造的問題
表面的な問題の背後には、より深刻な構造的な問題が潜んでいました。順に見ていきましょう。
1. 顧客との不適合:一斉配信が生んだミスマッチ
A社では、製品単位の情報発信から一歩進み、用途別の活用事例を定期的に作成・配信する取り組みを行っていました。しかし、業種ごとのニーズや課題の違いを考慮せず、すべての顧客に同じコンテンツを一斉配信してしまったことが、逆効果を生む結果となりました。
例えば、機械メーカーの技術者が「食品のとろみを均一にする活用事例」のコンテンツを受け取るといったケースが発生。BtoBの世界では、業種ごとに技術要件や規制、課題が大きく異なり、こうした事例は参考にならないだけでなく、「この会社は自分たちのビジネスを理解していない」とネガティブな印象を与えてしまいます。
製品ベースの情報発信から用途ベースへと進んだ点は評価できるものの、業種ごとの課題や活用ニーズまで理解が進んでいなかったため、適切なセグメント配信ができず、結果的に顧客にとって無関係な事例を送り続ける形になってしまいました。
2. コンテンツ戦略の誤り:事例偏重の罠
A社では、顧客向けの情報発信として、主に活用事例を中心にしたコンテンツ戦略を展開していました。確かに事例は、購買を具体的に検討している顧客にとっては有益な情報です。しかし、まだ自社の課題を明確に認識していない潜在層にとっては、以下のような基礎的な情報を提供するコンテンツが必要でした。
- 業界のトレンド情報:「今後の市場の変化にどう対応すべきか?」といった視点で、関心を持ってもらう。
- 共通する課題の解説:「この業界ではどんな課題があり、なぜそれが重要なのか?」と問題提起をする。
- 新しい技術や手法の紹介:「どのようなソリューションがあり、それが自社の課題解決にどう役立つのか?」を示す。
しかし、これらの情報提供が不足していたため、潜在顧客が自社の課題を認識する前に離脱してしまい、リード獲得の機会を逃していたのです。
3. 運用面での躓き:セグメンテーションの失敗
さらに根本的な問題として、適切なセグメンテーションができていませんでした。その背景には、以下のような組織的な課題が存在していました。
- 名刺データベースの質的な問題(業種や役職の分類が不統一)
- 事業部ごとに異なるデータ管理
- 営業部門との情報連携の不足
これらの問題により、せっかく集めた顧客データを効果的に活用できない状況に陥っていました。
深層の課題:組織的な問題
これらの問題の根底には、さらに深い組織的な課題が潜んでいました。
1. 事業部主導の限界
事業部主導の取り組みには、以下のような本質的な限界がありました。
- 製品やサービスの視点が優先され、顧客視点が不足
- 事業部間の連携が不十分で、総合的な提案ができない
- 成功指標が「情報発信量」など、内向きの指標に偏重
この結果、せっかくのソリューション型ビジネスへの転換も、実質的には従来の製品販売の延長線上から抜け出せない状況に陥っていたのです。
2. 顧客理解の浅さ
また、以下のような点で顧客理解が不十分でした。
- ペルソナ設計ができていない
- 顧客の購買プロセスの理解が不足
- 業界特性への考慮が不足
このため、発信する情報が顧客のニーズや課題と噛み合わず、結果として顧客との関係構築が進まない状況が続きました。
3. 成果測定の不備
さらに、以下のような測定面での課題もありました。
- MAとSFAの連携がなく、データが分断
- 受注貢献度が測定できていない
- 改善のためのPDCAが回せない
こうした状況では、投資対効果の説明ができず、マーケティング活動の価値を社内で証明することができません。そのため、本来必要な施策に注力することやリソースの確保も難しくなり、負の連鎖に陥ってしまうのです。
この事例から学ぶ3つの重要ポイント
A社の事例から、BtoBマーケティングについて、以下のような重要な学びが得られます。
1. セグメンテーションの重要性
効果的なセグメンテーションには、以下の3つの視点が重要です。
- 業種、規模、役職だけでなく、課題の類似性でグルーピング
- 購買ステージに応じたコンテンツ提供
- きめ細かい配信ルールの設定
これにより、受信者にとって本当に関連性の高い情報だけを届けることができ、開封率やクリック率の維持・向上につながります。
Mailchimpによると、セグメント化されたメールでは、全体配信のメールに比べ開封数が 14.31% 高く、クリック数が 100.95% 高くなるという調査結果が出ています。
つまり、適切なセグメンテーションを行うことで、メール施策の効果を大幅に向上させ、リード獲得や商談へのつながりを強化できるのです。
Effects of List Segmentation on Email Marketing Stats | Mailchimp
2. コンテンツ設計の基本
効果的なコンテンツ設計には、以下の要素が不可欠です。
- 顧客の課題を起点とした企画
- 購買ステージに応じたコンテンツの組み合わせ
- 具体的な価値提案の組み込み
これらを徹底することで、単なる情報発信ではなく、顧客にとって本当に価値のあるコンテンツを提供でき、商談や受注へとつながる確率が高まります。
3. 組織的な取り組みの必要性
最後に、以下のような組織的な取り組みが重要です。
- 全社的な顧客理解の共有
- データ統合による効果測定の実現
- マーケティング部門と営業部門の密接な連携
マーケティング活動を単独の施策としてではなく、営業や他部門と連携した全社的な取り組みとして進めることで、一貫性のある情報提供が可能になります。その結果、リードの質が向上し、商談や受注につながる確率も高まるでしょう。
まとめ:B2Bマーケティング成功のために
A社の事例は、B2Bマーケティングにおいて、「情報を発信すれば反応が得られる」という単純な図式が成り立たないことを示しています。
成功の鍵は、顧客理解に基づいた戦略的なアプローチ、適切なセグメンテーション、そして組織全体での取り組みにあります。とりわけ重要なのは、顧客の立場に立って「この情報は本当に価値があるか」を常に問い続けることです。
次回の「マーケ部門が孤立する構造的問題」では、SI企業B社のマーケティング部門孤立化の事例から、組織的な課題の解決方法について探っていきます。
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