前回では、IT業界のマーケティング・セールスにおける部門間の認識のズレや連携強化について語り合いました。
今回のテーマは、大企業向け提案の限界と、“選ばれる営業”へのシフト。
従来の営業スタイルが通用しなくなりつつある今、どうやって顧客の心をつかむべきか?
顧客に価値を届けるための次の一手を探ります。
東京大学文学部卒業。ペンシルバニア大学ウォートン校MBA(マーケティング専攻)。
1998年に富士通に入社、北米ビジネスにおけるオペレーション構築や価格戦略、子会社の経営管理等の広汎な業務を経験。
MBA留学後、インターネットビジネスを手がけたいという思いから転職し、楽天で物流事業立ち上げ、ネクスパス(現トーチライト)で、ソーシャルメディアマーケティング立ち上げを担当。ネクスパスでは、事業開発部長として米国のベンチャー企業との提携をまとめた。
2011年6月にコンテンツマーケティング支援の株式会社イノーバを設立、代表取締役に就任。
慶應義塾大学法学部卒業。
NTT→NTT東日本にて、企業向けネットワーク等の実装および運用の企画提案・プロジェクトマネジメントを行う。その後マイクロソフトにて、Office 365 を中心としたクラウドサービスのソリューションスペシャリストとしてセールス・マーケティングを推進。
イノーバでは、インハウスマーケティングを経てマーケティングコンサルティングに従事。
目次
TABLE OF CONTENTS
「大企業向けにがっつり提案」スタイルの限界
宗像:
ここまで話してきたように、IT業界って営業もマーケティングもけっこう複雑で、「誰にどう届けるか」を社内でちゃんと共有するのがますます大事になってきてますよね。
でも実はその前に、「そもそも、うちはどの規模の企業を相手にすべきなのか?」っていう戦略の根っこの部分を考えることが欠かせないと思うんです。
いろんな企業とお付き合いしてると、会社ごとに「どの規模の顧客まで追いかけるか」ってなんとなく「下限」のようなものがありますよね。たとえば中堅企業まで狙うのか、それとも中小企業の「中」の規模までは行く、とか。
高村:
それはありますね。顧客の規模感によって、そもそも営業の仕方や見せるべき価値も変わってきますし。
宗像:
例えば僕がいた富士通で言うと、昔はこんな感じでした。大企業向けには本体の営業が担当して、中堅企業は富士通マーケティング、さらに小規模層は地方のパートナー企業に任せる、みたいな。
自社でハードウェアを作って、それをいろんなチャネルで売るっていう構造ができていたんです。
高村:
なるほど。今もそうした仕組みを一部残している企業はあると思いますが、だいぶ変わってきてますよね。
宗像:
そうなんです。今はクラウド前提の時代になっていて、以前のように「ある程度の規模がある企業を対象に、がっつり提案する」っていうやり方が通用しにくくなってると思うんですよ。
大手企業はもうすでにクラウド導入が進んでいたり、自社内で内製化を進めていたりして、提案の余地が少なくなってきている。
高村:
正直なところ、狙うべき企業も中小規模の企業にまで広がってきていますよね。
宗像:
そう。あの世界的大手のSAPでさえ、中小企業の社長さん向けにCMを打つ時代ですから。
つまり、従来は「うちは大手向けです」って言っていた企業ですら、ターゲットを中小まで広げざるを得ない状況になってる。
当然競争も激化しているし、製品スペックだけを並べても選ばれない。そうなると、マーケティングにも違う視点が求められますよね。
高村:
「うちの技術はすごい」じゃなくて、「この顧客の課題にどう応えるのか」を語れないと響かない時代ですよね。
▶関連記事:【対談】ITよもやま話-2|「会社に強みがない」は嘘?理想の顧客像と価値の見つけ方
重要なポイント
- クラウド化・内製化が進み、大企業に特化した提案が通用しにくくなっている
- 中堅・中小企業へのターゲット拡大が進み、競争が激化している
- 製品スペックではなく、「顧客課題にどう応えるか」という視点が重要に
“ソリューション型”の営業力が問われる時代へ
宗像:
だからこそ、SIerのような立場の企業にも変化が求められてくると思うんですよ。
高村さんは今のSIerにどんな役割が求められていると感じていますか?また、直面しているチャレンジなんかもあれば、ぜひお聞きしたいです。
高村:
そうですね。宗像さんの話にもありましたけど、昔はそれぞれのIT企業に“主力製品”がありましたよね。
たとえば、富士通はサーバー、私がいたNTTでは回線。こうしたコア製品を軸に、周辺のビジネスも展開できていた時代は、営業のやり方も比較的シンプルだったと思うんです。
宗像:
そうですよね、主力プロダクトが強いと、それを軸に代理店も自然についてきてくれるし、営業の切り口も明確ですもんね。
高村:
ただ今は、サーバーはクラウドに移っちゃってますし、回線はもう本当に大小色んな会社がいっぱいある。そうなってくると、「この製品はこの会社じゃないとダメ」という状況がかなり減ってきたと思うんです。だからこそ、いかにお客さんの課題に合わせた提案ができるかという、“ソリューション型”の営業力が本当に問われてくるんじゃないかと。
宗像:
なるほど。まさにそこが、従来型の「モノを売る」営業からの大きな転換点ですよね。
高村:
はい。だからこそ、「顧客の課題をどう解決するか」を起点に考えるアプローチが欠かせないですよね。そのためには、お客さんの要望を丁寧に聞くことはもちろん、なんなら要望を「つくる」のも大事だと思うんです。まだ顕在化していないニーズを“言語化”して引き出す力、要件を一緒に“つくる力”が求められると思っています。
宗像:
いいですね、「要望をつくる」っていうのは、まさに現代の営業やマーケティングに欠かせない視点だと思います。
重要なポイント
- 「製品ありき」の営業が通用しづらくなってきている
- 今求められるのは、顧客の課題に寄り添う“ソリューション型”の営業スタイル
- 潜在ニーズを言語化し、要望を「つくる」力が営業力の差になる
「狙いを定めて、深く理解する」ABMの視点
高村:
それと、もうひとつ重要なのが、アプローチする企業の「層」によって、求められる営業のやり方も全然違ってくることですね。
宗像:
というと、企業規模やセグメントによって戦略を変える必要がある、という話ですか?
高村:
はい。いわゆるターゲットの“ピラミッドの頂点”、つまり大手企業のように個別対応が欠かせない重要顧客には、営業のエースがついて、じっくり要件をヒアリングしたり、提案を練ったりできるじゃないですか。エース1人が数社をじっくり担当するスタイルなので、ある程度人の手で回せますよね。
宗像:
そこは“人で勝負できる層”ですよね。
高村:
でも、その下の層、中堅企業や中小企業になってくると、一気に対象の企業数が何倍、何十倍にも増えますよね。そうなると、ひとつひとつ丁寧に要件を聞いて対応するのは、物理的に無理になってくる。
宗像:
そうなんですよね。営業のリソースが限られている中で、全部に“人力”で対応するのは現実的じゃない。
高村:
さらに言えば、営業一人ひとりのスキルもまちまちですし、全員が同じレベルで「課題を聞き出して要件化する」ことができるかというと、なかなか難しい。
そこでやっぱり重要になってくるのが「ABM」(※)だと思うんですよ。
(※)ABM…アカウントベースドマーケティングの略。狙うべき特定企業(アカウント)を絞り、その企業に合わせた最適なアプローチをマーケティング・営業・カスタマーサクセス(CS)が一体となって行う手法。部門横断で「この会社に、今なにを届けるべきか」を可視化し、戦略的に動くのがポイント。
宗像:
いや〜ほんとそれですよ。限られた人数の営業で、しかもスキルもまちまちとなると、今までみたいな“人海戦術”ではもう到底まわらないですから。
高村:
そうなんですよ、そこをいかにまわしていくか、ですよね。ABMってまず注力すべき企業を絞り込んで、「この企業のこの部門は、こういうことに関心を持っている」とか「A部署・B部署・C部署がそれぞれどんな情報を見ているのか」といったことの「見える化」に近いんじゃないかと思うんです。ABMをやることで、「自社にとって本当に重要な企業に、今どうアプローチすればいいか」がだんだん見えてくる。
宗像:
それってまさに「狙いを定めて、その顧客を深く理解していく」という発想ですよね。
高村:
はい。今まさに多くのSIerが狙っている市場って、特に中堅から中小の上の層あたりだと思うんですけど、そこにしっかり対応していくには、ABM的な視点で狙いを定めた上で、関心テーマやキーパーソンの動きなどを追いながら、着実にアプローチを設計していく必要があると思います。
宗像:
ほんとそう。営業マンの人数も限られてるし、今の時代はそう簡単に人を増やせるわけでもないですから、余計にね。限られたリソースを最大限活用するには、「そもそもニーズがない」「今じゃない」企業に“無駄打ち”してる場合じゃないわけで。確度の高い相手に集中する体制を、ちゃんと設計しないとですよね。
高村:
もはやABMは「やった方がいい」じゃなくて、「やらなきゃ戦えない」ぐらいの基本戦略と言えるかもしれませんね。
重要なポイント
- 企業規模やセグメントに応じて営業戦略を最適化する必要がある
- 限られた営業リソースを最大限活かすにはABMが有効
- ABMは「やらなきゃ戦えない」基本戦略になりつつある
まとめ
クラウドや内製化の進展により、大企業向けの営業スタイルが通用しづらくなった今、IT企業は中堅・中小企業への対応力を求められています。ただ数を追うのではなく、顧客の課題に寄り添った“ソリューション型”の営業へシフトすること。そして限られたリソースで確度の高い企業に集中していくためにも、ABMの視点がますます重要になっていくでしょう。
次回予告
次回「『ABM=うちには必要ない』という誤解」では、なぜ今、多くの日本企業がABMの本質を正しく理解できていないのか? そして、実は“今すぐニーズ”も“これからニーズ”も逃さないABMの真価をひも解きます。お楽しみに!
