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馬場 高志2025/03/14 10:00:001 min read

生成AIは思考力低下を招くか?AI時代に必要な批判的思考力とは?|イノーバウィークリーAIインサイト -42

生成AIは、情報収集の効率化、クリエイティブなアイデア出し、業務の自動化、データ分析など、多様な面で知識労働者の生産性を高めてくれるツールとして欠かすことのできないものになりつつあります。一方で、インターネットやゲーム、SNSと同様に、生成AIへの過度な依存が人間本来の思考力を弱めてしまうのではないかという心配の声も上がっています。

 

マイクロソフトとカーネギーメロン大学の研究者は、この問題に焦点を当てた「生成AIが批判的思考に与える影響(The Impact of Generative AI on Critical Thinking: Self-Reported Reductions in Cognitive Effort and Confidence Effects From a Survey of Knowledge Workers)」と題された調査を2月に発表しました。

 

この調査報告の中で、著者たちは「生成AIは知識労働者の効率を向上させることができる一方で、仕事への批判的態度でのエンゲージメントを阻害する可能性があり、ツールへの長期的な過度の依存や、自主的な問題解決のスキルの低下につながる可能性がある」と述べています。

 

批判的思考 (クリティカルシンキング)とは、物事や情報を無批判に受け入れるのではなく、多様な角度から検討し、論理的・客観的に理解することであり、合理的な意思決定に欠かせないプロセスです。生成AIの使用が、批判的思考を強化するのではなく、弱めているとすれば、それは重大な問題です。

 

本記事では、この調査で明らかになったことを紹介し、仕事に生成AIを活用する上で留意すべき点について考察します。

 

調査の概要

この調査では、知識労働者が生成AIを使用する際に、どのように批判的思考を活用しているか、そして生成AIが批判的思考の努力にどのような影響を与えているかを理解するために、オンラインアンケートが実施されました。参加者は、多様な属性を持つ319人の知識労働者で、全員が仕事で週に1回以上生成AIを使用していると自己申告した人々でした。

 

アンケートでは、参加者に、表1に示すような異なるタスクタイプ(作成、情報、アドバイス)の例を3つ共有してもらいました。

 

表1 生成AIツール使用のカテゴリ/サブカテゴリ

カテゴリ

サブカテゴリ

説明

作成

成果物

直接あるいは一部修正して使用する新しい成果物を生成する

 

アイデア

アイデアを生成する

情報

検索

事実または情報を探す

 

学習

新しいトピックについてより広く学ぶ

 

要約

重要な要素を記述したコンテンツの短いバージョンを生成する

 

分析

情報やデータに関する新しい洞察を発見する

アドバイス

改善

より良いバージョンを生成する

 

ガイダンス

意思決定の方法に関するガイダンスを得る

 

検証

成果物が一連のルールや制約を満たしているかどうかを確認する

(調査報告 P.5 Table 1を翻訳)

 

アンケートの質問では、まず批判的思考に関する質問への理解を深めるため、認知活動を「知識」、「理解」、「応用」、「分析」、「統合」、「評価」の6つに分類し(表2参照)、それぞれの活動で批判的思考をどのように適用できるかの具体例を示しました。その上で、参加者には、各事例について批判的思考を行ったかどうか、その理由、直面した課題などを自由記述式で回答してもらいました。さらに、批判的思考に要する労力が生成AIの使用によって増加したか、減少したかを5段階で評価してもらいました。

 

表2 認知活動の分類(教育心理者ベンジャミン・ブルームの分類法を採用)

認知活動

説明

知識

事実、用語、基本概念、または回答を認識または記憶する

理解

整理、要約、翻訳、一般化、説明し、主要なアイデアを記述する

応用

習得した知識を使用して、新しい状況で問題を解決する

分析

情報を構成要素に分解し、各要素が互いにどのように関連しているかを判断し、動機や原因を特定し、推論を行い、一般化をサポートする証拠を見つける

統合

多様な要素から構造またはパターンを構築する。全体を形成するために部品をまとめるか、新しい意味を形成するために情報をまとめる

評価

一連の基準に基づいて、情報、アイデアの妥当性、または仕事の質を判断することにより、意見を提示し擁護する

(調査報告 P.6 Table 2を翻訳)

 

収集されたデータは、どの要因が批判的思考活動にどのように関連しているかという観点から、定量的分析と定性的分析の両方を用いて分析・評価されました。特にタスクに対してユーザーが抱いている3つの側面の自信が批判的思考にどう影響するかに着目した評価が行われました:

  • 自己への自信:生成AIを使用せずに、タスクを遂行する能力に対する自信
  • AIへの信頼:生成AIがタスクを遂行する能力に対する信用
  • 評価への自信:生成AIが生成したアウトプットを評価する能力に対する自信。

 

主な結果と批判的思考を促進するための対策

主な調査結果と批判的思考の低下を防ぐための提案は次の通りです。

 

  • 認知的努力の低下

生成AIの使用によって、ユーザーは全般的に批判的思考に必要な認知活動の努力レベルが減少したと報告しました(下記の棒グラフ参照)。 

 

(調査報告 P.13)

  • 棒グラフは生成AIを使用しない場合に比べた使用時の各認知活動 (知識、理解、応用、分析、統合、評価)における努力を5段階(非常に少ない労力、少ない労力、同じくらいの労力、多くの労力、非常に多くの労力)で評価した結果を示す。
  • 生成AIは、知識労働者の認知活動における努力を全体的に減少させる傾向があることが分かる。
  • しかし、「評価」の活動では、「多くの労力」または「非常に多くの労力」と評価した知識労働者の割合が他の活動よりも高くなっている。

 

重要性に欠けると認識されたタスクでは、批判的思考が省かれがちでした。AIツールに批判的思考が見落とされがちな状況でその必要性と機会を強調する機能を実装することで、ユーザーの意識向上が期待できます。

 

知識労働者がAIによって生成された回答を検証・改善するスキルを持たない場合、批判的思考は行われません。AIの推論プロセスの説明や改善点の提案など、ユーザーの学習を促進する機能をAIツールに統合することで、批判的思考の実行能力を高めることができるでしょう。

 

  • 自信レベルの影響

ユーザー自身の能力と生成AIに対する自信のレベルが、批判的思考の実践に大きく影響していることがわかりました: 

  • 生成AIへの信頼が高いほど、批判的思考の必要性が低いと認識され、批判的思考に費やす労力も少なくなる
  • 自己への自信(タスクに関する知識、経験、能力に対する主観的な自己評価)が高いほど、生成AIを使用する際に批判的思考を行う傾向が強くなる

 

この調査結果に基づき、AIツールを設計する際には、以下の点に留意することが重要です。

  • AIの信頼性評価: ユーザーがAIツールのアウトプットの信頼性を評価し、自身の批判的思考を適用する必要があるか判断できるようなフィードバック機能を組み込む。
  • ユーザーによるアウトプットの調整: ユーザーがAIによって生成されたコンテンツをカスタマイズし、改善できるようにすることで、アウトプットに責任を持てるようにする
  • AI支援レベルの調整: ユーザーが自信レベルやタスクの複雑さに応じてAI支援のレベルを調整できる機能を提供する。

これらの設計上の工夫により、ユーザーのスキルを向上させ、AIとのバランスの取れた関係を維持できるようになることが期待できます。

 

  • 批判的思考の焦点の変化

生成AIの利用によって、思考努力の方向性に3つの変化が生じました:

 

知識と理解

情報の収集から情報の検証へと重点がシフトしました。生成AIがプロセスを自動化するため、情報を取得して整理する作業は容易になります。しかし、AIが生成した情報が誤っている場合があるため、その検証に多くの労力を費やす必要性が生じます。

 

応用

問題解決からAIによる応答の統合へと重点がシフトしました。生成AIは質問に対して幅広い知識を応用できるため、問題解決の努力は軽減されます。しかし、AIが生成したアウトプットをタスクの文脈に応じて統合するために、その形式や内容を調整する作業が必要になります。

 

分析、統合、評価

タスクの実行からタスクの管理へと重点がシフトしました。生成AIは複雑なタスクや情報の整理を支援し、成果物の作成を自動化し、フィードバックを提供することで、タスクの実行を容易にします。その一方で、意図を的確に質問に変換し、AIの応答を適切に誘導し、その品質を評価するAIの管理に多くの労力を費やす必要が生じます。

 

こうした変化を踏まえ、生成AIを利用する知識労働者に対して、情報の検証、応答の統合、タスクの管理に関するスキルを開発するためのトレーニングを行うことが重要になると本調査の著者たちは言います。また、AIへの過度な依存を避けるために、情報収集や問題解決の基礎的なスキルを維持することも重要になると指摘しています。

 

関連する他の研究

生成AIが批判的思考能力に与える影響に焦点を当てた研究はこれだけではありません。スイスビジネススクールのミカエル・ゲルリッヒ教授は、多様な年齢層と教育歴を持つ666人を対象に調査を行い、以下の結果を示しました

  • AIツール使用と批判的思考スキルとの間に非常に強い負の相関。AIツールの使用頻度が高いほど、批判的思考スキルが低い。
  • 若い調査参加者は、高齢の参加者よりもAIツールへの依存度が高く、批判的思考スコアが低い
  • 教育レベルが高いほど、AIツール利用に関係なく、批判的思考スキルが高い

 

おわりに:AIが批判的思考に及ぼす影響の調査からの示唆

認知負荷理論によると、人間の認知能力には限界があり、認知負荷を減らすことで、学習とパフォーマンスが向上します。生成AIに情報の収集、整理などの認知活動の負荷をオフロードすることで、人間は問題解決や創造的な知的作業に集中することができるようになります。このようにして、本来、生成AIは人間の思考能力強化のツールになりうるものです。

 

しかし、本記事で紹介した調査は、AIへの認知タスクの習慣的な依存が逆効果をもたらす可能性を示唆しています。過度な依存は深い批判的思考の機会を減少させ、長期的には思考スキルの衰退につながるおそれがあるというのです。

 

生成AIの真の可能性を引き出すためには、AIを「思考の代替手段」ではなく「思考の触媒」として再定義する必要があります。AIからの情報を鵜呑みにするのではなく、批判的に検証し、自らの思考を深化させるための補助ツールとして活用することが重要です。

 

▼参考記事

https://gizmodo.com/microsoft-study-finds-relying-on-ai-kills-your-critical-thinking-skills-2000561788

https://bigthink.com/thinking/artificial-intelligence-critical-thinking/

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馬場 高志

1982年に富士通に入社、シリコンバレーに通算9年駐在し、マーケティング、海外IT企業との提携、子会社経営管理などの業務に携わったほか、本社でIR(投資家向け広報)を担当した。現在はフリーランスで、海外のテクノロジーとビジネスの最新動向について調査、情報発信を行っている。 早稲田大学政経学部卒業。ペンシルバニア大学ウォートン校MBA(ファイナンス専攻)。