複数の事業を展開する企業においては、見込みのある特定の事業を選択し、その事業に経営資源を集中させることが重要となります。
この記事では、「事業の選択と集中」に役立つフレームワークであるPPM分析について、概要から実践方法まで紹介します。
目次
TABLE OF CONTENTS
プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント(PPM)とは
プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント(以下、PPM)とは、多角化企業における各事業の位置を確認することで、経営資源(ヒト・カネ・モノ)の最適な分配を可能にする戦略を策定するための分析手法の一つです。
PPM分析では、「市場成長率」と「市場シェア率」の2軸で各事業の規模をプロットし、追加投資や撤退の判断を行っていきます。
PPMはもともと、ボストン・コンサルティング・グループによって1970年代に構想された経営分析の手法です。
当時のアメリカは、戦後日本の高度経済成長に伴う輸出の伸びと、日本企業の低価格で市場シェアを拡大する戦略によって、米国企業の国内市場シェア率が低下していました。これに対応するため、巨大企業が事業再編に着手し、その際の「事業の選択と集中」のフレームワークとして、PPM分析が構想されたのです。
50年近く経過した現在でも、PPM分析は多角化企業の「事業の選択と集中」に活用されています。
PPM分析の4象限
PPM分析では、縦軸に市場成長率、横軸に市場シェア率を取り、各事業を4つの象限に分類していきます。ここでは、その4つの象限について見ていきましょう。
花形
「花形」は、市場成長率が高く, 市場シェア率も高い事業が分類されます。
市場成長率と市場シェア率が高いことから、売上を伸ばしやすいのが特徴です。
一方で、市場シェア率が高いことは競合企業が多いことも意味しているため、競争優位性を確立するためには積極的に経営資源を投下していく必要があるでしょう。
そのため、花形に分類される事業は売上と費用両方が高くなるため、利率は低い傾向にあります。製品ライフサイクルにおいて、花形は成長期に当たるでしょう。
金のなる木
「金のなる木」は、市場成長率は低いが、市場シェア率の高い事業が分類されます。
金のなる木に分類される事業は市場シェア率が高いため、高い売上を確保できるという特徴があります。
しかし、市場成長率が低いことは市場規模が縮小傾向ないしは頭打ちになっていることを示しているため、経営資源の投資を増やすことは必要ありません。
金のなる木で得た利益は、花形や問題児といった、成長性のある別の事業に投下していくのが有効です。製品ライフサイクルにおいて、金のなる木は成熟期に当たると言えます。
問題児
「問題児」は、市場成長率は高いが、市場シェアを獲得できていない事業が分類されます。
問題児に分類される事業は、市場成長率は高いものの、市場シェアを獲得できていないことから、そのままでは売上は伸びにくいです。
ただ、市場シェア率を上昇させることができたら、花形へと成長する可能性もあるため、経営資源を積極的に投入していくことが求められます。利率は低い傾向になり、金のなる木や花形で得た余剰資金の投入が不可欠となります。製品ライフサイクルで、問題児は導入期に分類されます。
負け犬
「負け犬」は、市場成長率が低く、市場シェア率も低い事業が分類されます。
市場成長率、市場シェア率共に共に低く、売上も利益も少ないため、事業撤退が賢明な判断となるケースも往々にしてあります。
負け犬を製品ライフサイクルに分類すると、衰退期にあたります。
PPM分析からみる事業成長の流れ
PPM分析を用いると、事業を花形、金のなる木、問題児、負け犬に分類することができますが、分類後の事業成長の流れには、事業が良い方向へ成長していくものと事業が悪い方向へ成長していくものがあります。
問題児の事業に経営資源を投入することで市場シェア率が上昇し、花形の事業となります。その後、金のなる木となると多くの利益を生み、これが次の問題児の成長資金となります。企業はこのような好循環の流れになることを目指すべきでしょう。
一方、花形が問題児となったと負け犬へ転落したり、金の生る木が負け犬に転落することで、利益が伸び悩む悪循環となるケースもあります。このような悪循環の状態になることは絶対に避けなければなりません。
PPM分析のメリット・デメリットと事例
これまでPPM分析について概観してきましたが、本項ではPPM分析のメリットとデメリットについて事例とともに確認することで、PPM分析のより実用的な側面への理解を深めていきます。
PPM分析のメリット
PPM分析のメリットとしては以下の2点があります。
- 事業の「選択と集中」が行いやすくなること
- 経営資源を効果的に配分できるようになること
PPM分析によって、自社の事業が花形・金のなる木・問題児・負け犬のどれにあたるかが明確になると、多角化企業における事業の取捨選択が容易になります。また、それと同時にヒト・モノ・カネの経営資源をどの事業に集中するべきなのかという点もはっきりとします。
ここでは、ファーストリテイリングを例として取り上げます。
ユニクロを展開する会社として知られているファーストリテイリングは、90年代後半発売のフリースによってユニクロ事業が「金のなる木」となり、多くの資金を手にしました。
その後この資金を元手に生鮮野菜の生産・販売事業「SKIP」を開始。ユニクロで得た生産や流通の合理化のノウハウを生かせると考えていましたが、既に生鮮野菜を販売していたスーパーなどから市場シェアを奪うことができませんでした。
その結果、「負け犬」となったSKIPの生鮮食品の生産・販売事業から、ファーストリテイリングは2004年に撤退しました。その後、SKIPに投入していた経営資源をユニクロの海外展開に集中的に投入することによって、海外ユニクロ事業の売上を国内ユニクロ事業を上回るまでに成長させ、ファーストリテイリングを支えているのです。
人間は認知バイアスの1つとして、サンクコストバイアスを有しています。これは、「あれだけコストをかけたからやめたくない」という人間の心理です。事業を撤退するべきにもかかわらず、「あれだけ経営資源を投入したから」と適切な判断ができなくなってしまう可能性があります。PPM分析を用いれば、サンクコストバイアスにとらわれず、客観的に事業撤退をするべきかしないべきかの判断を適切に下せるようになります。
PPM分析のデメリット
PPM分析のデメリットとしては以下の2点があります。
- 事業間の相乗効果が考慮されていないこと
- 規模曲線・経験曲線が働かない可能性があること
PPM分析のデメリットの一つとして挙げられるのが、事業間のシナジーが考慮されていないことです。
その例として、富士フィルムホールディングスの化粧品事業があります。
化粧品市場のシェアは資生堂や花王、コーセーなどが市場シェアの多くを占め、化粧品は堅実な需要はあるもののコモディティの側面もあり、需要がこれから爆発的に伸びるわけではなく市場成長率が大きいとは言えません。そのため、富士フィルムホールディングスにおいて化粧品事業は、負け犬や問題児に分類することができます。しかし、富士フィルムホールディングスの化粧品事業は写真フィルム事業で得られた高度な技術や知見が活用されており、機能的で技術投資のコストも少額です。このような事業間の相乗効果は、PPM分析において無視されてしまうのです。
他のデメリットとして挙げられるのが、規模曲線や経験曲線が働かない可能性があることです。先述したように、PPM分析は経営資源を投入すれば生産量や供給量がが拡大し、製品やサービス一つ当たりのコストが減少することで市場における競争優位性を確立(市場シェアを上昇)され、利益が増加するという考えに基づいています。
しかし、製品やサービスの差別化戦略を採ることによる競争優位性の確立という点に考慮されていません。確かに消費者はより安い商品を購入するという側面を有している一方で、高い利便性やブランド力などの理由でより高額な商品を購入するという側面も持ち合わせています。コモディティ市場であれば規模曲線や経験曲線が適応されることが多いですが、ブランド品などの市場では規模曲線や経験曲線が通用しないというケースがあります。
そのため、必ずしも経営資源を投入すれば事業が成功軌道に乗るとは限らないという点に留意しなければなりません。
PPM分析に必要な数値の計算方法
本項では、先述のメリット・デメリットを踏まえたうえで、PPM分析を具体的に実施していく方法について見ていきます。
PPM分析ではグラフの2軸である「市場成長率」「市場シェア率」を算出しておくのが大前提であり、正しい分析を実施するためにもより正確な数値を算出しておくことが求められます。
①市場成長率の算出
初めに、市場成長率の計算を行います。
市場成長率 = 本年度の市場規模 ÷ 昨年度の市場規模
市場規模が明らかでない場合、フェルミ推定によって市場規模を求めることもできます。フェルミ推定は特定の方法があるわけではありません。そのため、明らかになっている情報をもとに求めたい数値を類推していきます。
例えば、自社の売上と自社の市場シェア率がわかっている場合は、売上高を市場シェア率で割ることで市場規模を算出することができます。何も情報がない場合は、総人口×利用率×購買頻度×単価=市場規模などと地道に算出する方法もあります。
注意点として、市場成長率が主観的な数値にならないようにすることがあります。分析として適切に機能させるために、できるだけデータに基づいた数値を使用するようにしましょう。
②市場シェア率の算出
次に、市場シェア率の計算を行います。売上高は、上場企業であれば、決算書の連結損益計算書などで確認できるので、インターネットで検索してみましょう。
市場シェア率 = 売上高 ÷ 市場規模
売上高を、市場成長率の計算で使用した市場規模で割ることによって求めることができます。
まとめ
この記事では、PPMについて見てきました。
PPM分析は事業を花形・金のなる木・問題児・負け犬に分類し、特に経営資源を最適化する時に有効です。デメリットもありますが、PPM分析を活用すると、今まで可視化されていなかった事実が見えてくるかもしれません。企業における経営資源の投入の無駄をなくすために、ぜひPPM分析を活用してみてください。