はじめに
前回の記事では、米国のBtoB企業のマーケティング支出が売上比9%と高いレベルにあり、これがITの発達により、ROI追跡が可能になり、最適なマーケティング支出を追及した結果であることを指摘した。今回の記事では、視点を日本に転じて、日本で、進んだマーケテイングの取り組みを行っている会社の支出レベルがどの程度あるのか?それらの学びを踏まえ、自社にROI思考のマーケティングをどのように導入していくべきなのか、という点を議論していきたい。
▼参考:前回の記事
CEOブログ第3回【前編】|アメリカ企業はなぜ日本企業の50倍のマーケティング予算を使うのか?
第1章:Sansanが切り開いたBtoBの顧客獲得モデル
日本のBtoBマーケティングのレベルを大きく進化させた会社として、Sansanを紹介したい。Sansanは、「早く言ってよ」というCMでおなじみの名刺管理ソフトの会社であるが、Sansanの寺田社長は、米国企業、具体的には、セールスフォース社が急成長した背景をつぶさに分析し、自社のビジネスに取り入れる事に徹底的に取り組んだ。
そのために、彼が行ったのは、大きく二つだ。一つは、インサイドセールスという内勤営業の仕組みを導入、一時は顧客訪問を禁止するなどして、徹底的に営業の効率化を図り、数をこなせる営業の仕組みを作り上げたいという事、もう一つは、マーケティング支出を最適化するために徹底的に数字でマーケティングをガラス張りにしたということだ。具体的には、1商談獲得にいくらかかるのか、あるいは、1商談獲得にいくらまで使っていいのか、ということを試算し、ありとあらゆるマーケティング施策の費用対効果を検証しまくったのである。
一般論として、デジタルの施策は、効率が高く、顧客獲得コストも安くなりやすい。したがって、彼らは、最初はデジタルからスタートした。リスティング広告を出し、ディスプレー広告を出し、さらには、サイトにコンテンツを増やして、SEOと呼ばれる検索エンジン経由でのリード獲得にも取り組んだ。そのようなデジタルの施策を一定的にやりぬいたところで、費用対効果を考えると、もうこれ以上は、ネットの広告を買い付けられないというところまでたどりついた。
そこで、改めて彼らは、実験をした。テレビ広告を出したのである。その結果、テレビ広告は、正しく出せば、ネット遜色のない獲得コストを出せる事が判明した。それどころか、顧客企業の経営層が、Sansanの広告を見ることになるため、実は、商談からの受注への率(商談受注率)が極めて高くなるという事が判明した。
ここで、Sansanは、日本のBtoBスタートアップ企業の成長の型ともいえるモデルを作り上げたのである。すなわち、初期は、少額で、オンライン広告やSEOをテストする。そこで、マーケ側は獲得コストのあるべき水準を探りつつ、営業側は、もっとも受注率が高くなる商談の仕方を確立していく。そこで、ある程度、型ができたところで、より広範囲にアプローチできる、タクシー広告やテレビ広告に展開するというモデルである。
第2章:スタートアップ企業のマーケティング支出レベルは米国並み
では、ここで、日本のマーケティングを切り開いたとSansanが直近で、どれだけのマーケティング支出を行っているのかを見ていこう。2024年5月期の広告宣伝の支出は実に39億円という巨額の広告宣伝を行っており、売上に対する比率は12%弱となっている。
これにより、Sansanは、米国企業とそん色のないマーケティング支出を行っている事がわかる。では、他のBtoBベンチャー企業はどうだろうか?
ありがたい事に、Sansanと類似のクラウドソフトウェア事業を展開している企業のデータをまとめた資料があったので、紹介させていただきたい。以下の図でいうと、棒グラフが支出の絶対額であり、水色の点が、売上に対するパーセントをしめしている。
企業間で、マーケティング支出には大きなばらつきがあるが、平均的には売上に対して13%のマーケティング費用を投下しているのである。すなわち、Sansan同様、米国企業に遜色のないマーケテイング支出をおこなっているのである。
第3章:日本のBtoB企業も、マーケティング支出を増やす事で、売上を伸ばせる可能性が高い
では、日本の一般的なBtoB企業が、マーケティング支出をどのように分析して、最適化していけばいいのか、ということについて説明をしていきたい。本来は、Sansanやその他のスタートアップが行っているように、ROI分析のためのIT基盤を導入して、自分たちのマーケテイング活動がどれだけ受注貢献しているのか、マーケティング支出を増やす事で、どれだけ、売上が上積みできるのかを試算するのが望ましい。
しかし、いったん、ここでは、考え方を整理するために、事例をもとに、マーケティング支出のROIの考え方を説明していこう。
ある年商10億円の企業を例に考えてみよう。この企業は、業界平均的な収益構造を持ち、粗利率50%、営業利益率5%で事業を展開している。現状はマーケティング予算はほぼ使っていない状態だ。この企業が、売上の5%にあたる5000万円をマーケティングに投資するとすると、以下のように売上や利益が増加する事が試算可能である。
ここでは、ROIの前提として、投下費用の5倍の売上を回収する想定で計算してみる。
“ROI(投資利益率)の目安として、一般的に5:1の比率が適切とされ、10:1の比率は非常に優れたものと見なされる。一方、2:1未満の比率は採算が取れないとされ、商品やサービスの生産・配布コストが利益と支出を相殺してしまう場合が多い“
出典:B2B Digital Marketing ROI: How To Measure and Improve it
マーケティング予算は5000万だから、回収する売上は5倍の2.5億円となる。粗利率は50%だから、追加粗利は1.25億円となる。マーケティング予算として0.5億円を差し引くことになるから、営業利益として残るのは、0.75億円である。この結果、マーケ予算を使うことにより、営業利益が0.5億から1.25億に2.5倍になる。
この数字が示すように、マーケティング投資は明確な利益成長をもたらす。今回の試算のケースだと、売上は25%アップだし、利益は2.5倍にアップしている。
では、次に、このマーケ予算通しを5年間続けておこなったとしたら、どうなるだろうか?下記の通り、5年後には、売上が約3倍の30.5億円、営業利益が当初の10倍レベルまで成長することが可能なのだ。
どうだろうか?驚くべき数字がでたのではないだろうか?
前提条件
- マーケ予算の約5倍が追加売上として売り上げる事を想定。
- 既存の売上はほぼ100%維持できることを想定。
- 売上増に合わせて営業人件費等も一定の増加を想定。
第4章:コラム マーケティングのゴールは何なのか?
私は、今回の記事で、米国企業、および、日本の急成長スタートアップが、極めて大きな金額をマーケティングに投下しているし、それは、前章で行った簡単な試算からも、売上・利益の最大化のために行われている事を示した。
ここでは、マーケティングの位置づけ、目的を明確にするために、私の友人で、元P&Gで勤務していた友人のエピソードを紹介したい。
ご存じの通り、P&Gは世界でトップクラスのマーケティング会社である。私の友人が、P&G時代の元上司に久しぶりに会い、お酒を飲みつつ、近況アップデートをしていた時の事だ。
元上司は、唐突に、「お前にとって、マーケティングは何だ?」という質問を投げてきたという。私の友人は、ほら来たぞ、と思いつつも、「マーケティングの役割はトップライン(=売上のこと)を伸ばすことです」と答えた。
驚くべきことに、元上司は、急に怖い顔になり、「ばかやろう、マーケティング役割は、利益を最大化することだろうだ。お前はコストセンターなのか?違うだろう。」とすごんできた。
彼は続けた。
「マーケティングはプロフィットセンターだ。P&L(=損益計算書)に対して責任を持つのがマーケティングだ」
どうだろうか?あなたの会社は、どのようにマーケティングを位置付けているだろうか?P&Gのように、プロフィットセンターとして位置付けているだろうか?あるいは、管理部門や企画部門の一部として、コストセンターとして位置付けているだろうか?
マーケティング支出が、売上や受注への貢献が見せれていない、ROIが示せていないとすると、これは、残念ながら、落第レベルだ。しかし、売上や受注貢献だけでは十分ではない。本来は、P&Gの友人のエピソードにある通り、利益の最大化を目指すべきなのである。
まとめ
以上、今回の記事では、米国企業が、売上の99%という大きな金額のマーケティング支出を行っており、それが異常事態ではない、むしろ、売上・利益を伸ばすために必然的な最適化をしている結果であることを示した。
多くの会社では、マーケティングを受注貢献の活動としてとらえられてないと思うし、そもそも、ROIを測定するためのデータが取れていないという状態ではないだろうか?
しかし、今回の試算で示した通り、マーケティング支出が適切なROIを実現すれば、企業の売上成長、利益成長を劇的に推進するのである。
そのためには、自社におけるマーケティングの位置づけを、「広報的なイメージアップ機能の位置づけ、営業補助的な位置づけ」ではなく、「営業に商談を供給し、受注数を伸ばしていく」ための位置づけに変革する必要がある。
私は、これまでの記事の中で、日本の営業組織が問題を抱えていることを指摘した。マッキンゼーの指摘の通り、営業の生産性が低い、一方で、現場は人手不足で、新規獲得にまで手が回らない、むしろ、組織崩壊の危機にある事を指摘した。
そして、マーケティング組織や、インサイドセールス(内勤営業)の仕組みを実装する事で、営業の負担を軽くし、新規受注の余力を作る事を提案した。
これは、私にとってみれば、ビジネスのパラダイムシフトである。歴史になぞらえるならば、戦国時代、織田信長が、長篠の戦で鉄砲を戦いに導入し、全国統一の主役に躍り出たのと同じような意味合いを持っていると思う。(少なくとも、急成長スタートアップは、すでに躍り出ていると言える)
御社も、マーケティングに正しく取り組むことが、成長の近道である。ぜひ、検討していただきたい。
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