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馬場 高志2026/04/24 10:00:012 min read

AIエージェントがもたらすトークン消費経済:それでもAIバブルは弾ける?|イノーバAIインサイト -90

昨年後半、過熱するAIデータセンター投資は「実体なきバブルではないか」との懸念が世界中で高まりました。本コラムでも、その動向をこれまでに以下の記事で取り上げています。

 

当時の議論は「膨大な投資に対する収益化の道筋が見えない」という点に集約されていました。しかし、2026年に入り、その景色は一変しています。AIコーディングエージェントの飛躍的な能力向上が認識され、AIが単なる「チャットの相手」から、実質的な「労働力」へと進化したことで、AIバブル論は後退しています。

本記事では、AIに対する見方の変化の背景と、水面下で進行している新たな経済的リスクについて、最新の海外情勢を交えて紹介します。

 

AIコーディングエージェントの台頭と「トークンマキシング」

現在、AIツールの使い方に大きな変化が起きています。これまでは人間がプロンプトを入力し、回答を得るという受動的な利用が主でした。しかし、最新の「エージェント型」ツールは、一つの大まかな指示から数時間にわたって無人で稼働し、ソフトウェア全体の設計やデバッグを自律的に遂行します。

 

この変化に伴い、開発者の間では「トークンマキシング(Tokenmaxxing)」という新たな現象が生まれています。

※トークンとは、AIがテキストを処理する最小単位(単語やその一部)であり、計算量や利用料金の基準となるものです。

 

エージェントAIは、タスクをこなす過程で複数の「サブエージェント」を生成し、互いに通信しながら作業を進めるため、人間が介在するよりも遥かに多くのトークンを消費します。ニューヨーク・タイムズの報道によれば、OpenAIのあるエンジニアは1週間で2,100億トークンを消費しました。これはウィキペディア全内容の約33倍に相当するテキスト量を、わずか1週間で処理した計算になります。また、Anthropicのコーディングエージェント「Claude Code」を利用したあるユーザーは、1ヶ月で15万ドル(約2,300万円)もの利用料金を請求されました。

 

さらに、MetaやShopifyなどのテクノロジー企業では、マネージャーが従業員のAI利用量を人事評価の要素として考慮し始めています。AIツールを大量に消費する従業員を高く評価する一方で、AIを使用しない従業員は注意を受ける事態まで起きています。

 

このように、一部のパワーユーザーがかつてない規模でAIリソースを「爆食い」し、それによって生産性を極限まで高めようとする「トークン消費経済」が、始まっています。

 

Anthropicの躍進:収益でOpenAIを逆転か

エージェントAIの波を捉え、目覚ましい成長を遂げているのがAnthropic社です。最新の報告によると、同社の年換算収益(ARR)は300億ドル(約4兆7千億円)に達し、250億ドルとされるOpenAIをついに上回ったと報じられています。2025年初頭には10億ドル程度だった収益が、15ヶ月で30倍に跳ね上がったことになります。

 

この成長を牽引しているのは、企業向け(BtoB)市場での圧倒的な強さです。Anthropicは、年間100万ドル以上を支払うエンタープライズ顧客を短期間で倍増させ、その数は現在1,000社を超えています。一般消費者向けのビジネスが中心のOpenAIに対し、Anthropicはより定着率が高く拡大しやすい企業向けワークフローの置き換え(Claude CoworkやClaude Codeなど)に成功しています。

 

さらに、注目すべきは「コスト効率」です。報道によれば、OpenAIは2028年までにAI研究の計算能力に1,210億ドルを投じると予測されていますが、Anthropicの予測コストはその4分の1程度に留まっています。両社とも近いうちにIPO(新規株式公開)の準備を進めているとされますが、Anthropicの圧倒的なコスト効率は、投資家の期待を一層高めています。

 

「それでもAIはバブルである」:ポールケドロスキーの警

エージェントAIの実用化とそれに伴う爆発的な収益成長は「AIはバブルではない」という論調を後押ししています。しかし、著名な投資家のポール・ケドロスキー氏は、「AIは間違いなくバブルである」と断言し、主に以下の3つの観点から、現在のAIエコシステムに潜む深刻な脆弱性を指摘しています。

 

1. エージェントAIの需要予測の根本的な誤り:「拡張」するコードと「圧縮」する事務作業

現在の莫大なトークン消費は主にプログラミング分野で起きていますが、ケドロスキー氏は、ソフトウェアコードは「正解と不正解が明確(確定的)」であり、テストとビルドを繰り返すことで非線形に「拡張していく」性質があるため、自律型エージェントとの相性が抜群に良いと指摘します。一方、一般的なホワイトカラーの仕事(プレゼン資料の作成や報告書の要約など)は正解が曖昧(非確定的)であり、大量の情報を圧縮して短くする性質を持っています。したがって、コーディング分野で見られる爆発的なトークン消費モデルを、ホワイトカラー労働者全体に当てはめて将来のAI需要を予測するのは根本的な誤りであると彼は警告しています。

 

2. 株主価値の希薄化とプライベート・クレジットへの依存

巨大テック企業(グーグル、メタ、アマゾン、マイクロソフト、オラクルなど)による巨額のAI設備投資は、各社のフリーキャッシュフローを食いつぶしています。これまで株主還元として行われてきた「自社株買い」ができなくなり、結果として株価の下落を招いています。さらに、投資資金の調達源が、銀行融資ではなく「プライベート・クレジット」に依存し始めていることも懸念材料です。

 

※プライベート・クレジットとは銀行や社債市場を通さず、投資ファンドなどが投資家から集めた資金を直接企業に貸し出す仕組みです。金利は高いものの、審査の柔軟さから市場規模は1兆8,000億ドル(約280兆円)にまで膨らんでいます。

 

3. デフレ資産「トークン」とSaaSの危機

ケドロスキー氏は、トークンを経済活動の基盤となる現代の新たな「産業用コモディティ(原油や鉄鋼のような基礎資材)」と位置づけます。しかし、過去5年間で毎年70%から90%も価格が下落し続けているという点で、従来のコモディティとは全く異なるデフレ資産です。

 

この急激なコスト低下とAIのコード生成能力の向上は、既存のソフトウェア(SaaS)企業の参入障壁を破壊し、利益率を圧迫しています。市場ではこれを「SaaSの死(SaaS-pocalypse)」と呼んで警戒しています。問題は、急成長してきたプライベート・クレジット市場のポートフォリオの多くが、これらソフトウェア企業への融資で占められていることです。ソフトウェア企業の業績悪化によってデフォルト(債務不履行)リスクが高まれば、プライベート・クレジット市場全体に危機が波及し、ひいてはAIデータセンターへの資金供給をも脅かす可能性があります。

 

AI企業は競争優位性(Moat)を維持できるか?

AI業界のもう一つの懸念は、「利益を出し続けられる構造(Moat:経済的な堀)を築けるか」という点です。基盤となるAIモデルの性能差は年々縮まっており、モデル単体で差別化するのは難しくなっています。

 

最近のAIコーディングエージェントの能力向上は、モデル自体の進化よりも、その周りを取り囲む「ハーネス(制御の仕組み)」によるものが大きいとされています。「ハーネス」とは、AIモデルが生成したコードを、コンパイラやテスターなどの外部ツールを使って自動的にテストし、実際に機能するかを検証するシステムのことです。もしテストに失敗すれば、人間を介さずにエラー情報をモデルへ自動フィードバックし、修正を繰り返させます。この自律的な作業プロセス全体の管理こそが、現在のエージェントAIの肝です。

 

このハーネスとモデルの統合が独自の強みになるという意見がある一方で、誰でも同様の仕組みを構築できるようになれば、AI業界は「過当競争」に陥ります。そうなれば、莫大な設備投資が必要な割に利益が出ない、現在の航空業界や太陽光パネル業界のような「低マージン・ビジネス」になり果て、投資に対するリターンが得られない可能性があります。

 

広がるAIへの社会的反発

ビジネスの世界での盛り上がりとは裏腹に、一般社会ではAIに対する不信感が高まっています。ピュー・リサーチ・センター(Pew Research Center)の最新調査によると、AIの専門家の56%が「今後20年間でAIは米国にプラスの影響を与える」と楽観視しているのに対し、一般のアメリカ人でそう考える人はわずか17%に過ぎません。この極端な数字の開きは、AIによる自身の雇用や生活への悪影響に対して、一般市民が抱いている深い不安を反映しています。

 

また、物理的なインフラに対する反発も表面化しています。巨大な電力を消費するデータセンターの建設に対し、全米各地で地域住民や政治家による抗議活動が激化しています。ガーディアン紙は、2025年だけで1,560億ドル規模のデータセンター計画が抗議によってブロック、または一時停止に追い込まれたと報じており、AIインフラの拡張は今や「環境・政治問題」という壁にぶつかっています。

 

おわりに

AIコーディングエージェントの劇的な進化により、AIは単なるチャットボットから、自律的に価値を生み出し資源を大量に消費する「労働力」へと変貌しました。この実需の発生により、一部のAI企業は歴史的なスピードで収益を拡大し、AIバブル崩壊の懸念は後退しています。

 

しかし、その足元を支える金融構造(プライベート・クレジット)の歪みや、物理的リソース(電力・土地)の限界、そして「正解のない仕事」への展開の難しさを考慮すると、現在の熱狂が健全な成長なのか、それともバブルなのかを断定することは依然として困難です。

 

今後注目すべきポイントは、AIが「プログラミング」という限定的な領域を超え、トークン消費を伴う形で他のホワイトカラー業務に浸透できるか、そしてその過程で発生するコストと社会的反発をテック企業がどう乗り越えていけるかにあるでしょう。私たちは今、AIが「夢の技術」から「シビアな産業インフラ」へと脱皮する、過渡期に立ち会っているのです。

 

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馬場 高志

1982年に富士通に入社、シリコンバレーに通算9年駐在し、マーケティング、海外IT企業との提携、子会社経営管理などの業務に携わったほか、本社でIR(投資家向け広報)を担当した。現在はフリーランスで、海外のテクノロジーとビジネスの最新動向について調査、情報発信を行っている。 早稲田大学政経学部卒業。ペンシルバニア大学ウォートン校MBA(ファイナンス専攻)。