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馬場 高志2026/05/22 10:00:012 min read

AnthropicとOpenAIはなぜ新たなサービス会社を立ち上げたのか?|イノーバAIインサイト -92

生成AIの能力は、この1年でさらに飛躍的に向上しました。プログラミング領域では、すでに人間を凌駕する生産性を発揮しています。

しかし企業現場では、「期待ほど成果が出ていない」という懐疑的な声も少なくありません (AI導入の成果に関して、詳しくはイノーバAIインサイト No.80 「生成AI導入は95%が失敗?74%が成功?食い違う調査結果から読み解く『成功の条件』もご参照ください)。

特に一般業務においては、AIをどのように実務に組み込み、具体的なビジネス価値に繋げるかが依然として大きな課題となっています。多くの企業では、AIがまだ「便利なチャットツール」に留まっています。

本記事では、先端AI企業がエンタープライズ市場での普及拡大のためにどのような布石を打っているのか、そしてAIビジネスの主戦場が「ツールの提供」から「サービスの完遂(成果の販売)」へとどのように移行しようとしているのか、その最前線の動向を探ります。


AnthropicとOpenAIの新サービス会社設立

企業でのAI普及を加速させるため、業界を牽引するAnthropicとOpenAIの2社は、世界最大規模の投資ファンドと組んで、企業向けのAI導入を支援する新たな事業体を相次いで設立しました。これらは単なる業務提携の域を超えた、極めて戦略的な「実戦部隊」の構築といえます。


投資ファンドとの「利害の一致」

この動きの背景には、AI企業と投資ファンドの間の利害の一致があります。AI企業にとって、投資ファンドが保有する膨大なポートフォリオ企業は、AIを一気に展開できる巨大な『独占的販路』となります。一方の投資ファンドも、投資先企業にAIを導入することでオペレーションの効率化と収益性の向上を図り、最終的な企業価値を最大化できるという大きなメリットがあります。


  • Anthropicの新サービス会社: Anthropicは、ブラックストーン、ヘルマン・アンド・フリードマン、ゴールドマン・サックスと提携し、15億ドル (約2,355億円)の資金を投じてAIネイティブなエンタープライズサービス企業を立ち上げました。これは業界内で「AI版マッキンゼー」とも称されており、既存の巨大コンサルティングファームが支配してきたコーポレート・トランスフォーメーションの市場を直接奪いに行く構えです。

  • OpenAIの「The Deployment Company」: OpenAIは、TPG、ブルックフィールド、ベイン・キャピタルなど19の投資機関から資金を募り、100億ドル(約1兆5,700億円)規模の合弁会社を設立しました。特筆すべきは、OpenAIが投資家に対して「5年間で17.5%の年間リターンを保証する」という、極めて異例かつ高リスクな約束を交わしている点です。これは、同社が「AI導入による収益化」に自信を持っていることの表れです。同時に、IPO実現のために高いリスクを取らざるを得ないプレッシャーを示唆しています。

AI導入の成否を握る「FDE」とは何か?

なぜ、単にソフトウェアをライセンス販売するのではなく、このような大掛かりな体制が必要なのでしょうか。BoxのCEOであるアーロン・レヴィ氏は、AIエージェントの導入は「従来のITツールの導入」とは本質的に異なると指摘しています。

これまでのテクノロジーの波(オンプレミスからクラウドへの移行など)は、主にサービスの「媒体」が変わるだけのものでした。しかし、AIエージェントは企業の「業務プロセスそのものを再配線」します。企業独自のデータ構造、複雑なアクセス権限、人間とAIの役割分担の定義、そして組織文化の変革管理(チェンジマネジメント)など、AIを安定的に業務に組み込むには、省略できない膨大な技術的・ドメイン特化型の作業が発生します。

これを遂行するために、顧客の現場に深く入り込み、実装までを請け負う「FDE(Forward-Deployed Engineer:前線配備型エンジニア)」が、AI普及の鍵を握る役割となっているのです (FDEは米国のデータ分析企業・Palantir(パランティア)社などで確立されたポジションであり、現在AI業界のバズワードになっています)。

OpenAIは、大企業向けには、今年2月に「Frontier Alliances」という枠組みを立ち上げ、アクセンチュア、ボストンコンサルティング、キャップジェミニ、マッキンゼーなど大手コンサルティング会社と共同で、企業へのAI導入を進め始めています。Anthropicも、デロイト、アクセンチュア、コグニザント、PwC、インフォシスなどの大手コンサルティング・SI会社との提携を推進しています。

今回の新サービス会社設立は、こうした動きを加速させ、幅広く企業向け市場を囲い込もうとする積極的な取り組みといえるでしょう。


次の巨大市場は「AIによるサービス代替」

AIビジネスの本質的な変化について、大手ベンチャーキャピタルのセコイア・キャピタルのジュリアン・ベクは最近のブログ記事で「次の1兆ドル企業は、サービス企業を装ったソフトウェア企業になる」と予測しています。


インテリジェンスとジャッジメント

ベクは業務を大きく2種類に分類しています。


  • インテリジェンス:規則に基づく複雑な処理
  • ジャッジメント:経験や直感に基づく判断

例えば、コード生成やテスト、デバッグは「インテリジェンス」に属します。一方、「次に何を作るべきか」「どのリスクを取るべきか」といった意思決定は「ジャッジメント」です。

現在、AIはインテリジェンス業務の大部分を自律的にこなせる水準に達しており、まずソフトウェアエンジニアリングの分野で劇的な変化が起きました。重要なのは、AIシステムが特定の分野で「適切な判断」とは何かに関するデータを蓄積していくにつれ、これまで人間特有のものだと思われていた「ジャッジメント」の領域さえも、徐々にAIが担う「インテリジェンス」へと置き換わっていく点です。


「Copilot」から「Autopilot」への移行

この進化に伴い、AIは人間を支援するだけの「Copilot(副操縦士)」から、業務を完遂する「Autopilot(自動操縦)」へと移行しつつあります。やがてあらゆる職業でこの移行が起きますが、まずはインテリジェンス業務の比率が大きい分野から始まると予測されます。

ここで注目すべきは、市場の規模です。企業の支出において、ソフトウェアとサービスの比率は「1:6」と言われており、サービス(労働)の市場はソフトウェア市場よりも圧倒的に巨大です。ベクは、あらゆるサービスが将来的にオートパイロットの対象になり得るとしながらも、特に、「すでにアウトソーシングが一般化している分野」では、すでに外注費として予算が確保されており、移行が進みやすいと説いています。

具体的なターゲットとなる主なサービス産業には以下が含まれます。

  • 保険仲介: フォーム入力など純粋なインテリジェンス業務が多くを占める、約1,400億〜2,000億ドル規模の市場。
  • 経理・監査: 米国だけでも500億〜800億ドルのアウトソーシング市場。慢性的な人材不足がAI導入を強力に後押し。
  • 医療機関の収益サイクル管理: 診療報酬請求など複雑な規則に基づく業務であり、成果ベースのアウトソーシングが成熟している約500億〜800億ドルの市場。
  • その他: 損害査定、税務顧問、法務・トランザクション業務、ITマネージドサービス、サプライチェーン・調達、採用・スタッフィングなど、広範な専門サービスがAIのターゲット。

「成果を売る」成功している「Sierra」

この「成果を売る」モデルを体現し、驚異的な成長を遂げているのが、OpenAIの会長でもあるブレット・テイラー氏が率いるカスタマーサポートのAIエージェントを提供するスタートアップ「Sierra」です。

Sierraが注目されている理由は、単なるAIチャットボット企業ではないからです。同社は、企業に「AIツール」を提供しているのではなく、売上向上やコスト削減、顧客体験改善といった「成果そのもの」を提供する企業として急成長しています。

Sierraは先日、9億5000万ドルの資金調達を実施し、企業価値は150億ドル(約2兆3,550億円)に到達しました。さらに、サービス開始からわずか7四半期の昨年11月には年間経常収益(ARR)1億ドル (約157億円)を突破。今年2月には1億5000万ドル (約236億円)へと急成長しています。


多様な業界での実装

SierraのAIエージェントは、単なるFAQ対応ツールではありません。企業の基幹システムと深く接続し、顧客対応から実際の業務処理までを自律的に実行します。

現在、Fortune 50企業の40%以上がSierraを導入しており、その用途は多岐にわたります。


  • 金融・住宅ローン: ローンの借り換え手続きの案内や、複雑な審査プロセスを支援
  • 保険: 事故の第一報の受付から、保険金請求の処理までを一気通貫で実行
  • 小売: 商品推奨だけでなく、返品処理や顧客ロイヤリティプログラムの管理
  • 通信・医療: 解約阻止、予約管理、顧客ごとのパーソナライズ対応などを自動化

重要なのは、Sierraが「人間の問い合わせ対応を支援するCopilot」を作っているのではなく、実際に業務を完遂する「Autopilot」を提供している点です。

これは、AI業界の競争軸が「高性能モデルの提供」から、「業務成果をどこまで自律的に実現できるか」へと移行し始めていることを象徴しています。


おわりに

AIビジネスは今、大きな転換点を迎えています。これまでのように高性能なモデルを提供し、その活用を顧客に委ねるだけでは、十分な価値を生みにくくなりつつあります。AIが実際の業務を実行し、「成果」まで担う方向へと競争軸が移り始めているのです。

AnthropicやOpenAIが、投資ファンドや大手コンサルティング会社と組み、企業の現場深くまで入り込む体制を構築しているのは、その象徴的な動きといえるでしょう。重要なのは、単にAIを導入することではなく、業務プロセスそのものを再設計し、実装までやり切ることです。

また、Sierraのような企業は、AIを「ツール」ではなく、「成果を提供するサービス」として販売することで急成長しています。これは、AI業界の主戦場が「ソフトウェアの提供」から「サービスの完遂」へ移行し始めていることを示しています。

今後、AIは単なる業務効率化ツールを超え、企業活動そのものを支える「サービス型インフラ」へと進化していくことになるでしょう。


▼参考資料

 


 

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馬場 高志

1982年に富士通に入社、シリコンバレーに通算9年駐在し、マーケティング、海外IT企業との提携、子会社経営管理などの業務に携わったほか、本社でIR(投資家向け広報)を担当した。現在はフリーランスで、海外のテクノロジーとビジネスの最新動向について調査、情報発信を行っている。 早稲田大学政経学部卒業。ペンシルバニア大学ウォートン校MBA(ファイナンス専攻)。