はじめに
OpenAIは、ChatGPTの利用者を驚異的なスピードで増やし続けています。この生成AIを支えるNVIDIAのCEO、ジェンスン・フアン氏は最近のインタビューで、GPU(AIの計算処理を担う高性能チップ)の需要がさらに拡大している現状を踏まえ、「私たちは今、新たなインフラ整備と産業革命の始まりに立っている」と語りました。
しかし、この熱狂の裏で「AIバブルではないか」との声が日増しに強まっています。
特に近年のAIデータセンター建設ラッシュは、懸念の中心にあります。この点については、以前の本コラム「加速するAIデータセンター投資はバブルか?|イノーバウィークリーAIインサイト -64」 でも取り上げました。
ここ1〜2週間だけでも、ブルームバーグ、フォーチュン、フィナンシャル・タイムズなど欧米の主要経済メディアが次々と警鐘を鳴らしています。
今回は、なぜ今、AIバブル懸念がこれほどまでに高まっているのか。「循環取引」の疑い、SPVを使った「隠れ債務」、そして投資に見合う効果への根本的な疑問という3つの視点から、その背景を深掘りしていきます。
AIが支える米国経済—「AI頼み」の成長構造
AIが米国経済と株式市場に占める比重は、驚くほど大きくなっています。ジャーナリストのデレク・トンプソンはブログ記事「AIバブルはこうして弾ける(This Is How the AI Bubble Will Pop)」で、AIインフラへの投資規模の異常な拡大を指摘しています。テック企業は今年、AIモデルのトレーニングと運用に約4,000億ドル(約60兆円)を投じると予測されています。これは、1960年代から70年代の10年間で有人月面着陸を成功させたアポロ計画(現在の価値で約3,000億ドル)を、わずか10ヶ月で上回る規模です。こうした巨額の設備投資が、2025年前半の米国GDP成長の半分を占めたと分析されています。
AI関連投資が米国GDP成長に占める割合(出典: Bridgewater)

株式市場も同様の構図です。モルガン・スタンレーのリサ・シャレット氏によると、現在の米国株市場の活況はAI投資テーマに極度に依存しています。「マグニフィセント・セブン」(Google、Apple、Meta (Facebook)、Amazon、Microsoftのいわゆる‘GAFAM’に、TESLAとNVIDIAを加えた7社を指す)を中心とした約40社が、ChatGPT発表以降のS&P500リターンの約4分の3、利益成長の80%、設備投資成長の90%を占めているというのです。
なぜ今、AI投資は「危険水域」にあるのか―AIバブル懸念を高める3つの要因
1.OpenAIとNVIDIAをめぐる「循環取引」の構図
現在のAI業界は、NVIDIAとOpenAIを核にした相互依存的な取引網によって支えられています。
2025年9月、NVIDIAはOpenAIに最大1,000億ドルを投資する戦略的提携を発表しました。これは単なる株式出資ではなく、GPUインフラ導入・供給契約と部分出資を組み合わせたものです。実質的には、OpenAIがその資金でNVIDIA製チップを購入する仕組みです。
この「資金の循環構造」は他社にも波及しています。
OpenAIとOracle:OpenAIは9月、Oracleと3,000億ドル規模のデータセンター契約を締結。一方でOracleは、その稼働に必要なNVIDIA製チップを数十億ドル分購入します。結果として、NVIDIAから出た資金がOracleを経由し、再びNVIDIAに戻る形です。
OpenAIとAMD:10月、OpenAIはNVIDIAの競合AMDとも数十億ドル規模のチップ購入契約を締結。AMDはOpenAIに最大1億6,000万株の自社株ワラントを付与し、株価上昇益をチップ購入に充てられる仕組みを採用しました。つまりAMD自身が、将来の株価上昇を原資としてOpenAIに「融資」している構図です。
NVIDIAとOpenAIを中心とした複雑な相互依存関係 出典:ブルームバーグ

このような取引は、実需以上の成長を演出する危険があります。1990年代後半のインターネットバブル期に見られた、企業間の「見せかけの成長」と酷似しています。
2.SPVによる「隠れ債務」——オフバランス化のリスク
AIインフラ投資の巨額化により、ハイパースケーラー企業の財務負担が増しています。その回避策として広がっているのが、SPV(特別目的事業体)という資金スキームです。
例えばMetaは、プライベート・クレジット会社と共同でSPVを設立し、データセンター投資をSPVに移しています。出資比率を50%未満に抑えることで、巨額の負債を自社バランスシートから外し、格付けへの影響を避けられます。
デレク・トンプソンは、こうした“財務上の手品”をバブルの兆候と指摘します。企業が支出を隠そうとする時、それは支出がすでに健全でなくなっているサインだからです。この構造は、2000年代のサブプライムローン問題を連想させます。
3.投資に見合う経済効果は本当にあるのか?
ベイン・アンド・カンパニーの最新テクノロジーレポートは、AIインフラ投資の持続可能性に疑問を投げかけています。2030年まで毎年約5,000億ドルの AIデータセンター投資が必要と予測されていますが、これを賄うには年間2兆ドルの収益が必要になります。
しかし、現行のオンプレミスのIT予算をすべてクラウドに移行し、AI導入によって営業、マーケティング、R&Dなどのコストが20%削減されるという極めて楽観的な想定をしても、8,000億ドルの収益ギャップが残ると試算されています。
8000億ドルの収益ギャップ(出典:ベイン・アンド・カンパニー)

加えて、MITの調査によれば、AIイニシアチブに投資した企業の95%がリターンを得られていないとの結果も出ています。ハーバード大学とスタンフォード大学の研究者は、その原因の一つとして、「ワークスロップ(workslop)」という、一見有用に見えても実質的価値を欠くAI生成成果物の蔓延を挙げています。AIが企業の生産性をむしろ損なう可能性すらあるというのです。
システミック・リスク——AIバブル崩壊は金融市場を直撃するか
AIバブルが崩壊した場合、その影響はAI業界に留まらず、金融システム全体に波及する恐れがあります。
SPVを通じたデータセンター投資は、REIT(不動産投資信託)やプライベート・クレジットなど、一見「安全資産」に見える金融商品にも深く浸透しています。保守的な投資家が安全だと考えてポートフォリオに組み込んでいるREITの中には、資産の20%以上がデータセンター関連で占められているものもあります。
データセンター建設費の約6割がNVIDIA製GPUで構成されており、金融商品の価値そのものがNVIDIAの業績と連動する構造になっています。
今後、データセンター投資の勢いが鈍化するリスク要因として、以下の点が指摘されています。
電力供給の限界: AIデータセンターは膨大な電力を消費します。電力インフラの増強が追いつかず、供給が需要に追い付かなくなる可能性があります。
競争激化による利益率の低下: 多くの企業がAIサービスに参入することで競争が激化し、データセンター事業の利益率が想定よりも低いことが明らかになるかもしれません。
需要の伸び悩み: AIの経済効果に対する懐疑が広がれば、企業はAI投資を控え、需要の頭打ちが現実味を帯びるでしょう。
投資が減速すれば、NVIDIAのGPU需要は急減し、株価は大幅に下落するでしょう。そして、NVIDIA株の下落は、AI関連株全体、そしてデータセンターに投資しているREITやプライベート・クレジット市場へと連鎖し、金融システム全体を揺るがす大規模な信用収縮を引き起こす可能性があります。
データセンター資産の「短命性」がもたらす構造的脆弱性
AIデータセンターのリスクをさらに深刻にしているのは、その資産構成そのものが過去のインフラ投資とは本質的に異なる点です。
鉄道や通信ネットワーク、不動産のような従来の資産は、たとえ投資した企業がバブル崩壊で破綻しても、残されたインフラが長期にわたり経済的価値を維持し、再利用可能でした。一方で、AIデータセンターの約6割を占めるGPUチップは、2~3年程度で陳腐化します。NVIDIAなどのメーカーが毎年新しいアーキテクチャを投入するため、既存GPUは急速に価値を失うのです。
建物や冷却設備など「外殻」は残っても、価値の中心であるGPUという「心臓部」は短期間で寿命を迎えます。さらに、AI企業は激しい競争の中で、数年ごとに最新世代のGPUへ入れ替えを迫られるという負担を抱えています。結果として、旧設備の減価と新設備への再投資が同時に発生し、企業の損益を長期的に圧迫する「二重の負担」が生まれます。
こうした特性は、AIデータセンターの資産価値を従来のインフラよりもはるかに脆弱にし、バブル崩壊時の損失を一気に顕在化させる要因となります。
モルガン・スタンレーのシャレットは、この状況を2000年のインターネットバブル崩壊時の「シスコ・モーメント」に重ね、「今後24ヶ月以内に同様の局面が訪れる可能性がある」と警鐘を鳴らしています。1990年代後半、シスコ・システムズはインターネットの基盤となるルーターなどネットワーク機器の需要に支えられ、インターネットバブルの象徴的な存在でした。2000年のバブル崩壊後、ネットワーク機器への過剰な設備投資が止まると、シスコの株価は80%以上も暴落しました。
おわりに:AI革命の熱狂と冷静な視点をどう両立させるか
AIは21世紀で最も重要なテクノロジーの一つであり、その可能性は疑いようがありません。しかし同時に、現在の投資環境には明らかなバブル的要素が存在します。
歴史を振り返れば、19世紀の鉄道、20世紀のブロードバンドも同様に、熱狂的投資とその後の痛みを伴う崩壊を経て社会を変革してきました。AIもまた、「急成長→バブル→定着」という道を辿る可能性が高いでしょう。
今求められているのは、AIの変革力を最大限に活かしつつ、投資熱に流されない冷静な視点です。持続可能な成長戦略を描くことこそ、AI時代を生き抜くための鍵となるのです。
▼参考記事
- 「Nvidia shares rise after CEO Huang says AI computing demand is up ‘substantially’ This Is How the AI Bubble Will Pop」 CNBC
- 「This Is How the AI Bubble Will Pop」 デレク・トンプソン ブログ記事(ポール・ケドロスキーのインタビュー)
- 「75% of gains, 80% of profits, 90% of capex—AI’s grip on the S&P is total and Morgan Stanley’s top analyst is ‘very concerned’」 フォーチュン
- 「Why Fears of a Trillion-Dollar AI Bubble Are Growing」 ブルームバーグ
- 「Technology Report 2025」 ベイン・アンド・カンパニー
- 「MIT report: 95% of generative AI pilots at companies are failing」 フォーチュン
- 「AI-Generated “Workslop” Is Destroying Productivity」 ハーバード・ビジネス・レビュー