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馬場 高志2025/08/22 10:00:001 min read

加速するAIデータセンター投資はバブルか?|イノーバウィークリーAIインサイト -64

生成AIを支えるインフラであるデータセンターへの投資が加速し、かつてない規模に膨らんでいます。Microsoft、Google、Amazon、Metaといった巨大テック企業は、AIの覇権を握るべく、年間数千億ドル規模の資金をデータセンターの建設と増強に注ぎ込んでいます。この熱狂的な投資ブームは、現在の米国経済を牽引する一方で、過去のITバブルを彷彿とさせる危うさもはらんでいます

 

今回は、海外の専門家による複数のレポートを基に、「加速するAIデータセンター投資はバブルなのか?」という問いを考察します。ウォール街の熱狂、経済への影響、過去のバブルとの比較、そしてAIの進化が約束通りに進まなかった場合のリスクまで、多角的に検討します。

 

ウォール街が熱狂する「4000億ドル」のAI投資ブーム

ウォール・ストリート・ジャーナルの2025年8月2日付け記事「ビッグテックによる4,000億ドルのAI支出をウォール街は祝福 (Big Tech’s $400 Billion AI Spending Spree Just Got Wall Street’s Blessing)」の中で、このAI投資の現状を報じています。Alphabet(Google)、Microsoft、Amazon、Metaの4社だけで、2025年にAIインフラの構築を中心に、年間約4,000億ドル(約60兆円)もの設備投資を行う見込みです。これは、欧州連合(EU)全体の昨年の防衛費を上回るほどの巨額なものです。 

 

ビッグテック4社の四半期当たり設備投資額推移 (出典 ウォール・ストリート・ジャーナル)

通常、企業の過剰な支出に対して厳しい視線を向ける株式市場も、今回は様相が異なります。7月末の決算発表時の巨額投資の発表を受け、Microsoftの株価は急騰し、時価総額は初めて4兆ドルを突破。Metaの時価総額も2兆ドルに迫る勢いを見せました。

 

この背景には、AIがテクノロジー市場を根底から作り変えるという大きな期待感があります。巨大テック企業は、この変革の波に乗り遅れまいと、巨額の投資を続けているのです。

 

データセンター投資が米国の景気を支えている

経済学者のノア・スミス氏は、自身のブログ記事「データセンターは経済を崩壊させるか?(Will data centers crash the economy?)」で、このデータセンター投資が米国経済に与える影響の大きさを指摘しています。ハイテク専門家のポール・ケドロスキー氏の分析では、AIインフラへの投資額は、GDP比ですでにインターネット・バブル期の通信・インターネットインフラ投資を超えており、今後もさらに増加が見込まれています。

 

インフラ設備投資―米国GDP比 (出典:ポール・ケドロスキー)

経済調査会社ルネッサンス・マクロ・リサーチによれば、過去2四半期において、AIへの設備投資は個人消費全体よりも米国経済の成長に大きく貢献しているといいます。この投資ブームは、米国経済を支える「景気刺激策」の役割を果たしているといえるのです。

 

しかし、ノア・スミスはこの熱狂に警鐘を鳴らします。過去を振り返れば、1873年の鉄道ブームや1990年代末の通信インフラブームなど、大規模なインフラ投資は、最終的に社会に多大な利益をもたらしたものの、その過程で需要の伸びを追い越した過剰投資となり、期待がリセットされる中で壊滅的なバブル崩壊を引き起こしました。投資家たちは「今回は違う」と信じ込みますが、歴史は繰り返される可能性があります。

 

特にスミス氏が懸念するのは、このブームの資金がどのように調達されているかという点です。2001年のインターネット・バブル崩壊が2008年のリーマン・ショック時とは異なり、金融危機にまで至らなかったのは、主にそれが株式市場の暴落であり、銀行システムへの直接的な打撃は限定的だったからです。しかし、今回は状況が異なります。

 

エコノミスト誌によると、ビッグテックの設備投資はキャッシュフローの伸びを上回っており、AI投資の資金調達の中心は株式市場から債券市場へと移りつつあります。さらに危険な兆候として、近年急成長している「プライベートクレジット」市場の存在が挙げられます。これは、銀行融資を受けにくい企業などに、投資家から集めた資金を貸し付ける非公開の市場です。

 

このプライベートクレジット市場に、銀行が巨額の資金を融通しているのです。米連邦準備制度理事会(FRB)のレポートによると、米国の銀行によるノンバンク金融機関への融資総額のうち、プライベートエクイティやプライベートクレジット企業が占める割合は、2013年のわずか1%から現在では14%にまで急増しています。さらに、生命保険会社もまた、この市場に深く関与しており、そのリスクエクスポージャーは2007年後半のサブプライム住宅ローン担保証券へのエクスポージャーを超えているとの指摘もあります。

 

もし、AIへの期待が剥落し、データセンター関連の貸し付けが一斉に不良債権化すればどうなるでしょうか。すべてのプライベートクレジットファンドがデータセンターに融資しているため、デフォルト(債務不履行)が連鎖するリスクが非常に高くなる可能性があります。これは、システム上重要な金融機関である銀行や保険会社を巻き込み、2008年の金融危機のような連鎖的な破綻を引き起こしかねない、とスミス氏は警告しています。

 

AI需要は本物か?

では、データセンター投資の原動力となっているAIの需要は本物なのでしょうか。アナリストのエリック・フラニンガム氏によるレポート「Q2'25クラウド・アップデート:設備投資は増加の一途 (Q2 ‘25 Cloud Update: CapEx Keeps Rising!)」は、クラウド市場の現状からその答えを示唆しています。

 

2025年第2四半期、Amazon Web Services (AWS) 、Microsoft Azure、Google Cloudの3大ハイパースケーラー(巨大クラウドプロバイダー)を合計した収益は2620億ドルに達し、前年同期比で27%という高い成長を遂げています。

 

特に注目すべきは、Azureの躍進です。同社の売上は約210億ドルで、前年同期比39%増という 爆発的な成長を見せており、長年の王者であったAWSを猛追しています。この急成長の原動力となっているのが、紛れもなくAIです。OpenAIとの戦略的パートナーシップにより、AzureはOpenAIの最新モデルを自社のクラウドサービスを通じて直接提供できる権利を持っています。Google Cloudも前年同期比32%増と好調を維持しています。

 

AIアプリケーションの需要自体も、非常に旺盛です。OpenAIは2025年の最初の7ヶ月で収益を倍増させ、ランレート(年間換算収益)は120億ドルに達し、年末には200億ドルに達すると予測されています。Anthropicに至っては、7月上旬に40億ドルだったランレートが、月末には50億ドルに増加、年末には90億ドルに達すると報じられています。

 

こうした高い需要予測を受け、ハイパースケーラーは設備投資のアクセルを踏み込み続けています。しかし、これだけの投資を行ってもなお、3社ともに供給能力が需要に追いついていないと述べています。

 

投資ブームの持続可能性を脅かす「2030年の壁」

人気ポッドキャスターのドワルケシュ・パテルは、以前このコラムでも紹介したブログ記事の中で、AIの進歩を支えてきた「計算資源の拡大」が、2030年ごろに限界を迎える可能性があると指摘しています。

 

パテルによれば、過去10年間のAIの飛躍的な進歩は、最先端モデルの学習に必要な計算資源を毎年4倍以上のペースで増やしてきたことによって実現されてきました。しかし、このような急激な拡大は、半導体チップの供給、膨大な電力消費、そして莫大な資金といった現実的な制約によって、2030年頃には持続できなくなると見られています。

 

また、パテルは現在のAIがまだ「AGI(人工汎用知能)」には到達していない点も問題視しています。OpenAIはAGIを「経済的に価値のある多くの作業で人間を上回る自律システム」と定義していますが、現在のAIには人間のように経験から学び続ける「継続学習」の能力が欠けており、ホワイトカラー業務を大規模に代替できるレベルには達していません。

 

パテルは、この「継続学習」の技術こそがAGI実現のカギであり、将来的にブレークスルーが起こる可能性はあると認めつつも、計算資源の拡大が頭打ちになる2030年代までにその革新が実現しなければ、AGIの実現可能性は年を追うごとに低くなっていくと予測しています。

 

つまり、2030年までに「継続学習」などの革新的技術が登場せず、現在の巨額投資が目に見える経済価値に結びつかない場合、AIへの期待は一気に冷め、現在のデータセンター投資ブームは「過剰なバブル」として評価されかねないのです。

 

おわりに

本稿で見てきたように、AIデータセンターへの投資ブームは、いくつかの側面を持っています。

 

ウォール街の熱狂と経済への貢献: 巨大テック企業による年間数千億ドル規模の投資は、株式市場で熱狂的に歓迎され、株価を押し上げています。この投資は現在の米国経済を下支えするほどの規模に達しています。

 

過去のバブルとの類似性と金融リスク: この熱狂は、過去の鉄道や通信インフラへの投資ブームを彷彿とさせます。当時と同様に、今回のブームも借入への依存度を高めており、特に不透明なプライベートクレジット市場を介して、銀行や保険会社といった金融システムの根幹を揺るがしかねないリスクをはらんでいます。

 

旺盛なAI需要とクラウド市場の変容: AIアプリケーションへの需要は本物であり、OpenAIやAnthropicといった企業の急成長がそれを証明しています。この需要を背景に、Microsoft Azureが猛烈な勢いでAWSを追い上げるなど、クラウド市場の勢力図も変わりつつあります。しかし、旺盛な需要に対して供給は依然として追いついていません。

 

2030年の限界とバブル崩壊のリスク: 一方で、このデータセンターの拡大はチップ、電力、資金の制約から、2030年頃には物理的な限界に突き当たると予測されています。それまでに、現在のLLMが抱える根本的な課題が解決され、巨額投資を正当化するブレークスルーが起きなければ、AIへの期待は剥落し、投資バブルが崩壊するシナリオも十分に考えられます。

 

私たちは今、歴史的な技術革新の渦中にいます。この巨大な投資の波が、持続可能な未来を築く礎となるのか、それとも後世に「AIバブル」として語り継がれることになるのか。その分岐点は、私たちが考えるよりも早く、今後数年のうちに訪れることになるのかもしれません。

 

▼参考記事

 


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馬場 高志

1982年に富士通に入社、シリコンバレーに通算9年駐在し、マーケティング、海外IT企業との提携、子会社経営管理などの業務に携わったほか、本社でIR(投資家向け広報)を担当した。現在はフリーランスで、海外のテクノロジーとビジネスの最新動向について調査、情報発信を行っている。 早稲田大学政経学部卒業。ペンシルバニア大学ウォートン校MBA(ファイナンス専攻)。