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馬場 高志2025/10/10 10:00:011 min read

AIが買い物する未来:OpenAIとGoogleのAIコマース標準化戦争|イノーバウィークリーAIインサイト -71

はじめに:次世代eコマースの覇権をめぐる競争の始まり

AIエージェントがユーザーに代わって商品を検索し、比較し、交渉し、購入までを自動で実行する「AIコマース (エージェンティック・コマース)」が実現しようとしています。

その未来をめぐって、いまテクノロジー業界で「標準化戦争」が勃発しているのです。

2025年9月29日、OpenAIはChatGPT内で直接商品を購入できる「Instant Checkout」を発表しました。これは、OpenAIがStripeと推進している「Agentic Commerce Protocol(ACP)」を基盤にしており、EtsyやShopifyなどの加盟店とのシームレスな購買体験を可能にします。一方で、Googleはその2週間前9月16日に、PayPalやMastercardなど60以上のパートナーとともに「Agent Payments Protocol(AP2)」を発表しました。こちらはセキュリティと透明性を重視した2段階承認方式を導入しています。

 

このOpenAIとGoogleの戦いは単なる技術規格の違いにとどまらず、「誰が次世代eコマースの主導権を握るのか」という覇権争いといえます。本記事では、両社の戦略を比較し、今後の市場への影響を探ります。

 

AIエージェントが変える購買体験:AIコマースと

AIコマースは、AIが消費者の代理人となって商品を探し、比較し、交渉し、購入まで進める仕組みです。消費者にとっては時間や手間を減らせ、販売者にとっては最適な顧客と効率的に出会える新しい販売チャネルとなります。

 

しかし、その実現には大きな課題が存在します。最も重要なのはセキュリティの問題です。AIエージェントがユーザーの支払い情報にアクセスし、代理で決済を行うためには、極めて高度な安全性と信頼性が不可欠となります。不正利用や意図しない購入を防ぎ、万が一問題が発生した際の責任の所在を明確にするための堅牢な仕組みが求められており、この課題への解答として、OpenAIとGoogleはそれぞれ異なるアプローチのプロトコル(AIが外部サービスを利用する際の認証・制御の枠組み)を提唱しています。

 

OpenAI/Stripeの戦略:Instant CheckoutとACPの狙い

OpenAIは、自社の強みである会話型AIを軸にした新しい購買体験の構築を狙っています。その中心がオンライン決済インフラの大手であるStripeと共同で開発した「Instant Checkout」機能と、それを支えるオープンソース規格「Agentic Commerce Protocol(ACP)」です。

 

Instant Checkoutの特徴

Instant Checkoutは、ChatGPTの対話内でショッピングを完結させる機能です。

  • シームレスな体験

例えば「陶磁器好きの友人へのプレゼント」と尋ねると、ChatGPTが商品を提案し、対応商品には「購入」ボタンが表示されます。チャット画面から離れることなく、数タップで購入から配送まで完了できます。

  • 利用可能範囲
    まずは米国在住のChatGPTユーザー(Free/Plus/Pro)から利用開始。初期加盟店はEtsyの出展者で、今後、順次GlossierやSKIMSなど、Shopifyの100万以上の店舗に広がる予定です。
  • 今後の拡張
    現在は単品購入のみ対応ですが、将来的にはカート機能や対象地域の拡大も計画されています。

 

ACP(Agentic Commerce Protocol)の仕組み

ACPはStripeと共同で開発され、加盟店が簡単に導入できるよう設計されています。

    • 導入の容易さ
      Stripeの広範なネットワークを活用し、加盟店が既存のバックエンドシステムを大幅に変更することなく迅速に統合できることを目指しています。Stripeを利用する加盟店であれば、わずか1行のコードで対応可能とされています。
    • 加盟店の主導権を尊重
      決済や配送、顧客対応は既存システムで処理できます。ChatGPTはあくまでユーザーと加盟店の間で安全に情報を受け渡す「デジタル・パーソナル・ショッパー」として機能し、加盟店が顧客との関係性を維持できる設計となっています。
  • 高い安全性
    暗号化された決済トークンはユーザーの許可を得た上で特定の加盟店・金額に対してのみ承認され、注文に必要な最小限の情報のみが共有されます。

 

ビジネスモデルと戦略的意義

  • ビジネスモデル

ユーザーは無料で利用でき、商品価格に影響はありません。販売者は購入が完了した際に少額の手数料をOpenAIへ支払う仕組みです。

  • 広告要素を排除した検索結果

商品検索結果は「オーガニックかつスポンサーなし」であり、ユーザーとの関連性のみに基づいてランク付けされると強調しています。Instant Checkout対象品が、表示順位で優先されることはありません。

  • 戦略的意義

今回の発表はユーザーの意図を理解して適切な情報を検索するGPT-5の優れた能力をベースとしたOpenAIの無料ユーザー層収益化戦略の第一歩です (OpenAIの収益化戦略については「GPT-5の真の狙い:OpenAIの収益化戦略 |イノーバウィークリーAIインサイト -66」で詳しく解説しました)。

 

OpenAIの狙いは、従来GoogleやAmazonが支配してきた「検索→クリック→購入」の流れを、「会話→発見→購入」へと転換することです。Stripeの強力な決済インフラを背景に、加盟店にとっても導入しやすいエコシステムを築こうとしています。

 

Googleの戦略:AP2プロトコルの特徴

一方、Googleは検索を出発点とした購買行動を守りつつ、AIエージェントによる取引の安全性と透明性に優れたプロトコルを打ち出しました。それが「Agent Payments Protocol(AP2)」です。

 

AP2の特徴

AP2は、異なるAIプラットフォーム、決済システム、ベンダー間でエージェント主導の支払いを安全に実行するためのオープンプロトコルです。

  • 安全性と追跡可能性
    すべての取引に追跡可能な記録を残し、不正時に責任を明確にできます。
  • 広範なパートナー
    Mastercard、Amex、PayPal、Adobe、Salesforce、Coinbaseなど60以上の企業が参加を表明し、大きなエコシステムを形成しています。
  • PayPalの支持

AP2発表の翌日には、オンライン決済の業界リーダーであるPayPalがGoogleとの複数年にわたる戦略的提携を発表し、AP2推進における主要パートナーとしての立場を明確にしました。これにより、PayPalの広大な加盟店ネットワークと決済における高い信頼性が、プロトコルの普及を強力に後押しすることになります。

 

マンデートシステム

AP2のセキュリティの中核をなすのが、「マンデート(委託)」と呼ばれる改ざん不可能な暗号署名付きのデジタル契約です。

  • インテント・マンデート:ユーザーがAIエージェントに対し、「特定の商品を探す」「交渉する」といった意図を委任する最初のステップ。
  • カート・マンデート:エージェントが特定の商品を見つけた後、ユーザーが最終的な購入を承認するためのステップ。

 

この2段階の承認プロセスにより、ユーザーはエージェントの行動を厳密に管理できます。また、価格上限などのルールを詳細に定めたインテント・マンデートを事前に発行しておけば、ユーザーがその場にいなくてもエージェントが自律的に購入を完了させることも可能です。

 

戦略的な意

Googleは検索起点を防衛し、ブラウザ「Chrome」のAI機能とも連動させて購買フローを自社圏内で完結させる狙いです。さらにPayPalや大手カード会社と組むことで決済面の信頼性を確保し、オープン仕様をGitHubで公開して業界標準化を目指しています。

 

比較分析: ACP vs AP2

このように、両プロトコルはAIコマースの実現という共通の目標を掲げながらも、その思想、アプローチ、エコシステムにおいて明確な違いが見られます 。

 

項目

Agentic Commerce Protocol

(ACP) 

Agent Payments Protocol

(AP2) 

発表日(米国時間)

2025年9月29日

2025年9月16日

主要な推進企業

OpenAI, Stripe

Google, PayPal, Mastercard, Amex, Salesforce等60社以上

アプローチ

会話起点: ChatGPTでの対話からシームレスに購入へつなげる。

検索起点: Google検索やChromeのAI機能を起点に購入フローを構築する。

技術的焦点

加盟店の導入容易性: Stripe基盤を活用し、参加障壁を下げ、エコシステムの急速な拡大を狙う。

安全な承認と追跡可能性: Mandateシステムによる厳格な権限委譲と監査証跡を重視。

ユーザー認証

「購入」ボタンによるシンプルな最終確認。

2段階の「マンデート」システムによる厳格な承認プロセス。

消費者への訴求点

利便性、シンプルさ、シームレスな体験。

コントロール、セキュリティ、透明性。

加盟店への訴求点

迅速な導入(特にStripe利用者)、巨大なChatGPTユーザーへのアクセス。

主要な金融ネットワークとの相互運用性、業界標準に準拠した信頼性。

 

業界消費者へのインパクトと今後のシナリオ

この標準化戦争は、今後のeコマース市場に多大な影響を及ぼすことが予想されます。

  • 権力のシフト
    消費者の購買行動の起点がAIチャットに移れば、Google検索やAmazonの優位性は低下し、OpenAIなどAIプラットフォーム提供企業が新しい支配者になるかもしれません。
  • 消費者信頼の課題
    普及には消費者の信頼獲得が不可欠です。ある調査によれば、米国の消費者のうちAIに購入を任せても抵抗がない米国消費者は25%程度にとどまります。ACPが掲げる「利便性」とAP2が強調する「管理性」のどちらが消費者の信頼を勝ち取るかが、普及の鍵となるでしょう 。
  • 業界標準の重要性
    VHS対ベータ、iOS対Androidのように、一度決まった標準が長期的に市場を支配します。今回の勝者がAIコマースのルールを定義してしまう可能性が高いと考えられます。
  • 他の大手プレイヤーの動き
    AmazonやAppleがどちらに加わるのか、あるいは独自の規格を出すのかはまだ不明です。彼らの動き次第で勝敗が大きく揺らぎます。

 

おわりに:次世代ECの覇権を握るのは誰か

私たちが慣れ親しんできた「検索して、さまざまなサイトをクリックして比較し、買う商品を決定し、カートに入れて決済する」というオンライン購買体験は、AIエージェントによって大きく書き換えられようとしています。OpenAIとStripeが推進するACPは「利便性とシームレスさ」を前面に出し、GoogleとPayPalが中心のAP2は「安全性と透明性」を武器にしています。両者の違いは単なる技術仕様の比較ではなく、消費者の購買行動そのものをどのように再設計するのかという根本的な問いに直結します。

 

最終的にどちらの陣営が勝つのかは、消費者の信頼を得られるかどうか、そして加盟店や他の巨大プレイヤーがどちらのエコシステムに参加するかにかかっています。VHSとベータ、iOSとAndroidのように、一度標準が定まれば長期的に市場を支配します。今回の標準化戦争は、次世代eコマースの基盤だけでなく、デジタル経済全体の競争環境を左右する極めて重要な分岐点となるでしょう。

 

私たちは今、AIが「買い物の主体」となる世界の入り口に立っています。その未来は、単なる利便性の拡張にとどまらず、商取引の仕組みや消費者と企業の関係性を根本から変えていく可能性を秘めています。

 

▼参考記事

 

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馬場 高志

1982年に富士通に入社、シリコンバレーに通算9年駐在し、マーケティング、海外IT企業との提携、子会社経営管理などの業務に携わったほか、本社でIR(投資家向け広報)を担当した。現在はフリーランスで、海外のテクノロジーとビジネスの最新動向について調査、情報発信を行っている。 早稲田大学政経学部卒業。ペンシルバニア大学ウォートン校MBA(ファイナンス専攻)。