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馬場 高志2025/11/14 10:00:012 min read

Waymoは交通事故のワクチンか? 驚異の安全性データと普及への壁|イノーバウィークリーAIインサイト -76

米国では、ドライバー不要の自動運転タクシーが急速に広がっています。Alphabet(Google親会社)傘下のWaymo (ウェイモ)は、フェニックスやサンフランシスコ、ロサンゼルス、オースティン、アトランタなど主要都市でサービスを展開中です。

 

勢いは加速しており、2025年6月には累計1,000万回の有料乗車を突破週間乗車件数も2023年の1万回から現在は25万回超へと急増しています。今後はマイアミ、ワシントンD.C.、デンバー、ダラス、シアトルなどの米国都市に加え、2026年にはロンドンでのサービス開始も予定されています。さらに、日本・東京でも2025年4月に実証実験がスタートしました。

 

Waymoは走行データを積極的に公開しており、その内容は驚くべき安全度を達成していることを示しています。今回は、このWaymoの技術が持つ社会的なインパクト、そしてその迅速な展開を阻む課題、さらに競合テスラとの戦略の違いや今後の方向性について、複数の海外記事を基に解説します。

 

Waymoの驚異的な安全性

Waymoが達成した安全記録は、まさに「奇跡」と呼ぶにふさわしいものです。

 

2025年9月に公開された最新のデータ(2025年6月までのデータを集計)によると、Waymoは累計9,600万マイル(約1億5,450万km)の完全自動運転を達成しました。Waymoのデータでは、自動運転車は人間の運転と比べて負傷事故を80%、重傷事故を91%、歩行者事故を92%削減しています。

 

Waymo安全性インパクト (出典:Waymo)

 

ジャーナリストのデレク・トンプソンはブログ記事で、この数字のインパクトについて語っています。米国では毎年約4万人が交通事故で亡くなっています。これは、乳がん、前立腺がん、あるいはインフルエンザ による年間死者数に匹敵する数字です。もし、これらの病気による死亡率を90%削減できるワクチンが開発されたら、私たちはそれを「奇跡の薬」と呼ぶでしょう。Waymoが示している80%〜90%台の事故削減率は、まさに交通事故という「疾病」に対する「奇跡のワクチン」が発明されたことに等しいといえるでしょう。

 

AI専門メディア「Understanding AI」の分析では、NHTSA (米国運輸省道路交通安全局)に報告された重大事故45件の多くがWaymoの過失ではなかったといいます。追突されたケースが半数を占め、AIが直接関与した例はごくわずかでした。Waymoの安全性は、むしろ公表値より高い可能性があります。

 

普及を阻む「社会」と「技術」の壁

これほどの安全実績を持ちながら、なぜWaymoはワクチンのように一気に普及しないのでしょうか。そこには「社会・政治」と「ビジネス・技術」の二つの壁があります。

 

1. 社会・政治的要因

最大の障壁は、社会の受け入れと政治的な調整です。

ロボタクシーの導入は雇用(とくに運転手)への影響や地域の安全確保をめぐり、政治的・社会的な抵抗を招いています。そのため、多くの自治体では詳細な協議や合意形成が必要で、許認可プロセスが長期化する傾向があります。

 

タクシー運転手やトラック運転手の労働組合は、雇用喪失を理由に自動運転車の導入に反対しています。たとえ安全性データが明確でも、地域によっては「人間が運転しない車」に対する心理的な抵抗が強いのです。

 

ボストンでは、市議会の一部議員から

「コミュニティのプロセスを経ずに詳細な地図を作成しているのは問題だ」

「安全オペレーターの同乗を義務化すべきだ」

といった意見が出ています。

 

しかし、これらは自動運転に不可欠な技術やドライバーレスの意義そのものを制限するものであり、社会的合意形成の難しさを象徴しています。

 

2. ビジネス・技術的要因

Waymoの技術と運営モデルにも、急速な拡大を妨げる要因があります。

 

まず、技術的な制約です。高速道路や積雪地帯など、複雑な環境での完全自動運転はまだ実験段階にあります。

 

また、新都市での展開プロセスにも時間がかかります。Waymoは進出前に数センチ単位の精度で3Dマップを作成し、数万マイル規模のテスト走行を行う必要があります。この準備期間がボトルネックとなっています。

 

運用インフラの整備も課題です。車両の充電、清掃、遠隔支援などを行う施設を各都市に構築する必要があり、スケールに比例して運営コストも膨らみます。

 

最後に、車両コスト。Waymoは自社で車を製造しておらず、現在の主力車両はジャガーI-Paceを改造し、多数の高価なセンサー(LiDAR、レーダー、カメラ)を搭載しています。1台あたり約15万ドル(約2,200万円)とされ、量産には不利です。

 

しかし、最近ではこの問題の打開策が見え始めています。

Waymoは中国の自動車大手Geely(吉利汽車)傘下のZeekr(ジーカー)と提携し、専用設計のロボタクシー「Zeekr RT」を共同開発しました。

この新型車は自動運転用に最適化され、従来のI-Pace改造車のおよそ半分のコスト(約7万5,000ドル)で生産できるとされています。

 

この提携によって、Waymoは「安全性を維持しながら量産化コストを下げる」という最大の課題に道筋をつけたのです。

 

Waymo vs テスラ:正反対の自動運転戦略

自動運転の未来を占ううえで、Waymoとテスラの対照的な戦略は非常に示唆的です。両社は「安全性」と「スケール」のどちらを優先するかで明確に異なる道を歩んでいます。

 

1. 技術アプローチの違い


WaymoはLiDAR・レーダー・カメラを組み合わせたマルチセンサー構成で、安全性と冗長性を最重視します。あらかじめ作成した高精度3Dマップ(HDマップ)に基づき、限定エリア内で精密に走行する「ジオフェンス型」の設計です。

 

一方のテスラは、LiDARやレーダーを排除し、カメラとAI認識だけで走行する“Vision Only”戦略を採用。ソフトウェアの進化で安全性を高め、車両コストを大幅に下げています。

 

Waymoが「地図とセンサーで確実に安全に走る」ことを目指すのに対し、テスラは「どこでも走れる柔軟なAI」を追求しているのです。

 

2. データと学習の違い

Waymoは自社で運用するテスト車両と仮想シミュレーションによって、質の高いデータを精選してAIを訓練します。

 

対してテスラは、すでに稼働している数百万台の顧客車両から膨大な実走行データを収集。データの「量」を最大の武器としています。

 

3. 現在のレベルと収益モデル

2025年時点で、Waymoは限定地域においてレベル4(完全自動運転)を実用化済み。フェニックスやサンフランシスコでドライバーレスのロボタクシーサービスを提供しています。

 

テスラは「Full Self-Driving (Supervised)」を提供中ですが、ドライバーの監視が必要なレベル2に留まっています。

 

Waymoのビジネスは、自社運行のロボタクシー運営に加え、自動車メーカーへの技術ライセンス供与(Waymo Driver)を目指しています。Geelyやトヨタ、ヒョンデとの提携を通じて、専用車両の量産と個人所有車向けの展開を視野に入れています。特にGeelyとの共同開発による「Zeekr RT」は、車両コストを半減させ、Waymoのスケール拡大に現実味を与えました。

 

一方テスラは、FSD(完全自動運転)ソフトウェアを既存車オーナーに販売・サブスク化し、将来的には顧客の車が使われていない時間に共有ロボタクシーとして稼働させる「分散型」モデルを構想しています。

 

Waymoとテスラの戦略比較

項目

Waymo

Tesla

センサー

LiDAR + レーダー + カメラ (マルチモーダル・冗長性重視)

カメラのみ (Vision・AI重視)

マッピング

高精細HDマップ必須 (ジオフェンス)

マップ依存度低 (汎用性重視)

データ収集

テスト車両 + シミュレーション

数百万台の顧客車両 (実走行データ)

ビジネスモデル

ロボタクシー運営 + OEM提携・ライセンス供与

ソフトウェア販売 (FSD) + 分散型ロボタクシー (構想)

現状

レベル4 (特定域) をサービス提供中

レベル2 (運転支援・監視必要)

車両コスト構造

高コスト → 低コスト化へ

低コスト

 

4.現状の立ち位置と今後

現時点で、完全自動運転サービスを実際に商用化しているのはWaymoです。テスラは数の優位でソフトウェアの精度を高めている最中ですが、法的にも技術的にもレベル4には到達していません。

 

ただし、テスラが持つ数百万台分の走行データは、将来的にAI性能を劇的に進化させる可能性があります。

 

逆にWaymoは、Geely(吉利汽車)やトヨタ、ヒョンデとの提携を通じて、ハードウェアコストを抑えながらスケールを拡大する段階に入りました。

 

安全性を徹底するWaymoと、普及スピードを重視するテスラ。

そのどちらの戦略が「自動運転の標準」となるか?レースはまだ終わっていません。

 

おわりに

Waymoの自動運転技術は、累計1億マイル近い走行データに基づき、人間のドライバーと比較し重大な事故率を約90%削減する という、交通事故という「疾病」に対する「奇跡のワクチン」と呼ぶにふさわしい安全記録を達成しつつあります。

 

しかし、その急速な普及は、技術的な課題だけでなく、雇用の懸念や未知の技術への抵抗といった「社会的・政治的」な壁に直面しています。

 

同時に、高価な車両コストというビジネス的な課題 も抱えていましたが、これはGeelyとの提携による新世代の専用車両開発によって、コスト半減の道筋が見えてきました。

 

自動運転の覇権をめぐるテスラとの戦いは、非常に興味深い局面を迎えています。テスラは現実的なロボタクシー展開のため、Waymo型の「都市ごと」の戦略を採用し始めています。一方でWaymoは、トヨタなどとの提携を通じて「個人所有車へのライセンス供与」というテスラ型ビジネスにも踏み出しました。

 

Waymoの「交通事故ワクチン」が社会に広がるには、技術だけでなく、人々の受け入れと制度の進化が必要です。

 

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馬場 高志

1982年に富士通に入社、シリコンバレーに通算9年駐在し、マーケティング、海外IT企業との提携、子会社経営管理などの業務に携わったほか、本社でIR(投資家向け広報)を担当した。現在はフリーランスで、海外のテクノロジーとビジネスの最新動向について調査、情報発信を行っている。 早稲田大学政経学部卒業。ペンシルバニア大学ウォートン校MBA(ファイナンス専攻)。