世界中の注目を集めたOpenAIの最新モデル「GPT-5」。
登場前には「AIの次なる飛躍」と期待されましたが、実際にはユーザーの不満や混乱が噴出しました。旧モデルの突然の利用停止や新しい制限の導入は、熱心なユーザーを失望させ、SNSには批判が溢れました。
しかし、この混乱の裏には、もう一つの重要な物語があるとも言われています。それは、7億人を超える無料ユーザーをどう収益化するかという、OpenAIの壮大な戦略です。GPT-5は単に性能が向上したモデルであるだけではなく、広告やエージェント機能を見据えた「収益化の布石」なのではないかという見方が浮上しているのです。
本記事では、ユーザー反発の背景、OpenAIの対応、そしてGPT-5が指し示す「スーパーアプリ化」という未来像を整理しながら、その真の狙いを探っていきます。
予期せぬ反発と迅速な修正対応
GPT-5の導入方法は、多くのユーザーを戸惑わせるものでした。OpenAIは、これまで多くのユーザーに親しまれてきたGPT-4oをはじめとする旧モデルのアクセスを事前通知なく廃止し、全ユーザーを強制的にGPT-5へ移行させたのです。この決定は、旧モデルの持つ独特のスタイルや「個性」に愛着を感じていた熱心なユーザーたちの怒りを買いました。
さらに、有料プランであるPlusユーザーに対して、何の前触れもなく新たな利用制限(レートリミット)が課されたことも、不満に拍車をかけました。多くのユーザーがGPT-5を試した第一印象は、必ずしも芳しいものではなく、本当に約束された通りの性能向上を果たしているのか疑問を呈する声が相次ぎました。
この予期せぬ反発に対し、サム・アルトマンCEOの対応は迅速でした。発表翌日には、Plusユーザーの利用制限を倍増させること、ユーザーの要望に応えてGPT-4oを再び選択肢として提供すること、そしてモデルの性能を意図せず下げていた自動切り替えシステム(ルーター)の不具合の修正を約束しました。
OpenAIの対応はそれだけにとどまりませんでした。8月12日には、GPT-5内で「Auto(自動)」「Fast(高速)」「Thinking(思考)」の3つのモードを選択できる機能を導入し、さらにo3やGPT-4.1といった旧モデルへのアクセスも復活させました。また、GPT-5の応答が以前のモデルに比べて「冷たい」という批判に対しても、アルトマンCEOは真摯に受け止め、より温かみのある個性に調整していくことを約束しました。
GPT-5がいくつかのベンチマークで競合他社より高いスコアを出す一方で、他のベンチマークでは遅れをとっています。今回の発表は、OpenAIにもはや絶対的なリードはなく、AIモデルの性能が各社で収斂しつつある現状を浮き彫りにしました。多くの専門家にとって、GPT-5は革命的な飛躍ではなく、漸進的な改善に留まると受け止められたのです。
GPT-5の本当の使命は「無料ユーザーの収益化」
GPT-5のリリースは、多くのパワーユーザーを失望させたかもしれません。しかし、テクノロジー分析メディアのSemiAnalysisは、「GPT-5は広告収益化とスーパーアプリの基盤を築く」と題された記事で、全く異なる視点を提示しています。
彼らによれば、このリリースはパワーユーザーのためではなく、7億人以上のChatGPTユーザーの大部分を占める無料ユーザーに向けられたものだというのです。OpenAIにとって最大のビジネスチャンスは、この膨大な未収益ユーザー層にあり、GPT-5はそのための壮大な布石だという分析です。
鍵となるのは「ルーター機能」
ChatGPTは今や世界で5番目にアクセス数の多いウェブサイトとなっています。同記事は、この巨大な未収益ユーザー層を収益化するための鍵が、GPT-5で導入された「ルーター」機能だと述べています。
ルーターは、ユーザーの質問のタイプ、複雑さ、ツールの必要性に基づいて、複数のモデルを瞬時に使い分けます。具体的には、ほとんどの質問に答えるスマートで効率的なモデル、より難しい問題に対応する深い推論モデル(GPT-5 Thinking)、そして利用上限に達した際にクエリを処理する各モデルのミニバージョンがあります。ルーターは、ユーザーがどのモデルを好むかといった実際のデータに基づいて継続的に学習し、時間と共により賢くなっていきます。
このルーターは、コストとパフォーマンスの両面で大きな意味を持っています。コスト面では、簡単な質問を低コストのミニモデルに振り分けることで、OpenAIはサービス提供コストを大幅に削減できます。パフォーマンス面では、これまで有料ユーザーなどに限定されていた「思考の連鎖(Chain of Thought)」を用いる高性能な推論モデルを、無料ユーザーにも初めて大規模に提供することを可能にしました。実際、リリース初日には、推論モデルに触れる無料ユーザーの数が7倍に増加したと報告されています。
収益化モデルの青写真
しかし、ルーターの真の価値は、その先にあります。SemiAnalysisは、このルーターこそが、無料ユーザーを間接的に収益化するための基盤になると分析しています。ルーターの判断基準に「クエリ(質問)のビジネス的価値」という新たな属性を加えることで、収益化への道が拓けるというのです。
この戦略を裏付けるかのように、OpenAIの経営陣の動きや発言には微妙な変化が見られます。2025年5月、OpenAIはアプリケーション部門のCEOとして、フィジー・シモ氏を迎え入れました。彼女はFacebook(現Meta)の出身で、インターネットサービスの広告による収益化のプロフェッショナルとして知られる人物です。
サム・アルトマンCEO自身の広告に対する考え方も変化しています。かつて彼は「広告はビジネスモデルとしては最後の手段」と述べ、AIと広告の組み合わせに否定的な見解を示していました。しかし最近のインタビューではその口調は和らぎ、「もし我々が表示するであろう何かをクリックした場合、我々が少しの取引収益を得る、というような形なら機能するかもしれない」と語り、アフィリエイトモデルや取引手数料(テイクレート)による収益化の可能性に言及しています。
目指すのは「エージェント型スーパーアプリ」
ルーターの導入によって、ChatGPTはユーザーのクエリの意図を理解し、それに応じて応答方法を動的に変える能力を手にしました。これにより、情報検索型のクエリとビジネス的な意図を持つクエリを区別し、異なる対応をすることが可能になります。
例えば、「なぜ空は青いのか?」というような単純な情報クエリは、低コストのミニモデルに処理させます。一方で、「私の近くで最高の飲酒運転専門の弁護士は?」といった非常にビジネス的価値の高いクエリに対しては、全く異なるアプローチが取ることができます。
今日の検索エンジンでは、「飲酒運転専門の弁護士」は、クリック単価の高いキーワードであり、検索結果には多くの広告が並びます。ChatGPTはルーターを通じて「このクエリは数千ドルの価値がある取引につながる可能性がある」と判断すれば、回答を生成するために大きな計算コストを投下できるでしょう。そうすることで、単に弁護士のリストを提示するだけでなく、ユーザーの状況をヒアリングし、地域の弁護士を調査し、予算を考慮し、さらにはユーザーに代わって複数の弁護士に連絡を取る、といったエージェント(代理人)的な行動を取るといったことが可能になります。
このビジネスモデルでは、ユーザーはサブスクリプション料金を支払う代わりに、成立した取引の手数料や紹介料という形で、間接的にサービスの対価を支払うことになります。この仕組みは、弁護士のような専門サービスだけでなく、食料品の購入、Eコマース、フライトやホテルの予約など、あらゆる購買活動に応用できます。これがChatGPTが、日々の計画、買い物、そして基本的なサービスを代行する「消費者向けスーパーアプリ」へと進化していく未来像です。
この未来は単なる憶測ではありません。GPT-5の発表資料では、GmailやGoogleカレンダーとの連携が強調され、小売や航空などのサービスにおける新しいツール利用のベンチマークが示されています。また、フィジー・シモ氏がInstacart在籍時に導入したエージェントによる商品チェックアウト機能や、OpenAIとShopifyがすでに取り組んでいる決済連携など、その兆候はすでに現れ始めています。AIがユーザーの代理人として最適な商品を提案し、購入までをシームレスに行うことができるようになれば、企業は従来の広告費を、AIへの紹介手数料に振り向けるようになるでしょう。
OpenAIは、金融(Stripe, Visa)、消費者向けサービス(Booking.com)、Eコマース(Shopify, Instacart)など、様々な分野の企業とすでに提携を結んでいます。パートナー企業にとって、これは広告やマーケティングといった従来の顧客獲得コストを大幅に削減できる、非常に魅力的な提案です。
もちろん、「スーパーアプリ」の実現は容易ではありません。AIエージェントがユーザーのために複雑なタスクを自律的にこなせるようになるには、強化学習(RL)による機能強化や、パートナー企業との緊密なシステム連携が必要となり、まだまだ時間がかかると考えられます。そのため、OpenAIはまず、商品推薦が購入に繋がった場合に手数料を得るような、単純なアフィリエイトモデルから始める可能性もあります。
おわりに:GPT-5が示すOpenAIの次の一手
GPT-5は、ユーザーの反発も呼びましたが、その裏にはOpenAIのビジネスモデルを一新する戦略が潜んでいるという見方が浮上しています。真の狙いは、7億人を超える巨大な無料ユーザー層を収益化することにあるというのです。
鍵となるルーター機能は、コスト削減や性能向上に加え、将来的に広告や取引手数料を基盤とするビジネスモデルへとつながる可能性を秘めています。
GPT-5のリリースは、GoogleやMetaが検索エンジンやソーシャルメディアで築き上げてきた広告モデルとは異なる、新たな収益化のエコシステムを構築しようとするOpenAIの野心的な挑戦の始まりなのかも知れません。今後のOpenAIの動向は、AIの技術的進化だけでなく、インターネットのビジネスモデルそのものの未来を占う上で、極めて重要な意味を持つことになるでしょう。
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