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馬場 高志2025/03/07 10:00:001 min read

Deep Researchは知識労働をどう変えるか?|イノーバウィークリーAIインサイト -41

OpenAIが2月2日に発表したDeep Researchは、知識労働者にとって極めて価値が高い画期的なツールだと大きな評判になっています。本稿では、その特徴、位置づけ、知識労働にもたらすインパクトなどについて、海外の識者の意見や事例を交えながら考察します。

 

OpenAI Deep Researchの位置づけ:推論モデルとAIエージェントの融合

本コラムでもたびたび取り上げてきた最近のAIの進化における2つの重要なトレンドは、「推論モデル」と「AIエージェント」です (例えば、イノーバウィークリーインサイト第34回第14回)。

 

OpenAIのoシリーズやDeepSeek-R1など推論モデルは、AIが人間のように「考える」ように設計された新しいタイプの大規模言語モデル(LLM)です。問題に対して即座に答えを出すのではなく、複数の角度から考え、思考の連鎖を用いた推論を行うことで、より正確な回答を生成します。

 

AIエージェントとは、人間が設定した目標に向かって、自律的に行動計画を立て、ツールを使用して実行できるAIシステムです。 OpenAIは「2025年はAIエージェントの年になる」と宣言し、1月には「Operator」と呼ばれるウェブブラウザを使用して様々なオンラインタスクを自動的に実行できるAIエージェントを発表していました

 

Deep Researchは、高度な推論能力とAIエージェントという、AI進化の2つ重要な要素を融合させたツールといえます。Operatorはさまざまなタスクに対応できる汎用ツールを目指していますが、現時点では、タスクの実行中に頻繁にエラーや行き詰まりが発生し、ユーザーの介入を必要とするケースが多く報告されています。

 

ペンシルべニア大学ウォートン・スクールのイーサン・モリック准教授は、Operatorのこのような問題は汎用エージェントの現時点での限界を示していると指摘しています。一方で、Deep Researchのように特定のタスクに特化した「狭い」エージェントは、すでに十分に経済的に価値のある成果を生み出す段階に達していると評価しています。

 

OpenAI Deep Researchとは

OpenAI Deep Researchは、ChatGPTに統合されたAIツールで、ユーザーが指定したトピックに関して、ウェブ上の情報を自律的に収集・分析し、引用付きの詳細なレポートを生成してくれます。 

 

このシステムは、OpenAIのo3モデルの特別版を基盤としており、テキスト、画像、PDFなどの多様な形式の情報を解釈・分析し、学術論文の内容を要約したり、画像に含まれる情報を抽出したりするなど、人間の知識労働を支援することができます。ユーザーが質問を入力すると、Deep Researchは5~30分間にわたりウェブを巡回し、関連情報を収集・統合してレポートを作成します。 この機能は、高度な知識を必要とする専門家にとって有用なツールであり、従来人間が数時間かけて行っていた研究作業を数分で完了させることができます。

 

Deep Researchは現在ChatGPTの有料プランで使用可能です。月額$200のChatGPT Proプランでは月120件、Pro以外の有料プランでは、月に10件まで質問を実行可能となっています。

 

Deep Researchはまだ初期段階であり、限界もあります。OpenAIの内部評価によれば、従来のChatGPTよりも低い割合ではあるものの、事実誤認や誤った推論をする場合があります。また、権威ある情報と噂の区別ができない可能性があり、回答の正確さにどの程度自信があるかの判定に弱さが残っています。

 

GoogleのGemini Deep Researchとの違い

ウェブ上の文献を調査しレポートにまとめてくれるAIエージェントとしては、OpenAIよりも早くGoogleが同じDeep Researchという名前のツールを2024年12月に発表していました。OpenAIのDeep Researchが高度な推論能力を持つ最新のo3モデルを基盤としているのに対し、Google の同名のツールは、推論モデルではないGemini 1.5 Proを使用しています (区別のために以下Gemini Deep Researchと呼びます)。

 

OpenAI Deep ResearchとGemini Deep Researchはどちらも研究を支援するツールですが、そのアプローチには大きな違いがあります。AI政策の研究者ディーン・ボールはその違いについてブログ記事で次のように説明しています。

 

Gemini Deep Researchはユーザーの指示に従って、まず研究プランを立て、トピックについてウェブを検索し関連するウェブページを収集し、その内容を要約して包括的なレポートを作成します。これに対して、OpenAI Deep Researchは、ウェブからコンテンツを抽出し、新しい情報を読むたびに熟考し、その内容に基づいて研究プランを修正し、場合によっては最初とは異なる方針でウェブを検索し、情報を収集します。例えば、OpenAI Deep Researchは、ある学術論文を分析した結果、その論文で引用されている別の論文を調査したり、関連するテーマの論文を新たに検索したりすることができます。これは、人間の研究者が一次資料を調査し、新たな疑問を提起するプロセスと似ています。

 

結果としてGemini Deep Researchのレポートが表面的なサマリーにとどまりがちなのに比べて、OpenAI Deep Researchはより論点を深く掘り下げたレポートを作成できるとボール氏は言います。

 

モリック准教授は、Gemini Deep Research のレポートは学部生レベルなのに比べ、OpenAI Deep Researchは博士号取得者レベルの論文を作成できると高く評価しています。経済学者のタイラー・コーエン教授もブログ記事で同様にOpenAI Deep Researchに書かせた論文は博士号取得者レベルとの評価を与えています。

 

Deep Researchが得意な分野、苦手とする分野

プリンストン大学のAI研究者のサヤッシュ・カプーア氏は、X投稿でOpenAI Deep Researchが得意な分野と苦手な分野について下記の通りまとめています:

研究タスクのカテゴリー

経時的データと事実分析

セマンティック検索

ケーススタディ

質問の例

「現在、NBAでプレーしている30才の選手の名前をすべて教えて」

「AIの社会貢献分野への応用に関する論文を探して」

「さまざまなスタートアップの価値評価手法の長所と短所を分析して」

回答の検証難易度

回答の生成と同じくらい検証が難しい

回答生成より検証の方が容易

事実の正確性はポイントではない

質問に対する正解

少数の(または単一の)正解が存在する。正解が時間と共に変化する

正解を特定できるが、すべての妥当な回答が網羅されているかは保証されない

多くの妥当な回答が存在する

Deep Researchの有用性

(サヤッシュ・カプーア氏によるDeep Researchの得意・不得意分野の分析を翻訳・編集)

 

Deep Researchは、事実確認や経時的データの分析にはあまり向いていません。たとえば、「現在、NBAでプレーしている30才の選手の名前をすべて教えて」という課題に対して、30チーム中6チームについてしか正しい回答ができなかったといいます。このようなタスクでは検証が生成と同じくらい難しいからです。また、時間と共に変化する情報の正確な把握も不得手です。

 

Deep Researchは、ユーザーの意図や質問の意味を理解して関連性の高い情報を検索するタスク(セマンティック検索)には適しており、効率的に情報を見つけ出すことができます。例えば、「社会貢献分野へのAI応用に関する研究プロジェクトのための関連論文を探す」といったタスクでは、大幅な時間の節約になります。しかし、すべての妥当な答えが網羅されていることを保証することはできません。

 

Deep Researchは、最近の文献に基づいてケーススタディを分析する能力に優れています。例えば、「スタートアップの価値評価の手法の長所と短所を分析する」といったタスクに適しています。このようなタスクでは、妥当な答えがいくつも存在し、ユーザーの思考を刺激する分析や視点を提供することが重要になるからです。

 

Deep Researchが知識労働に与える影響

Deep Researchやその今後の発展は、知的労働者の仕事にどのような影響を及ぼすでしょうか?

 

モリック准教授は、「これらのシステムは、かつては高給取りの専門家チームや専門コンサルタントを必要とした仕事を、すでにこなせるようになっている」と言います。しかし、こうした専門家やコンサルタント会社が必要なくなる訳ではありません。専門家の役割は、「作業をこなすことからAIシステムの仕事を指揮し、検証することに進化し、彼らの判断はより重要になる」とモリック准教授は考えています。

 

ディーン・ボールは、Deep Researchによって研究プロセスを加速させ、これまで数日かかっていた作業を数分で完了させることができるようになったと言っています。「この製品は、(今までのところ)私が生きている間に作られた最も重要な研究・情報ツールかもしれない」と高く評価しています。またDeep Researchによって、もはやエントリーレベルのリサーチアシスタントとして雇う必要性を感じないと述べています。しかし、Deep Researchは、ソースの情報を鵜呑みにしてしまう傾向があり、批判的な視点や反論的な視点を取り入れることができないことを指摘しています。

 

おわりに

Deep Researchは、知識労働のあり方を変える可能性を秘めた革新的なツールといえます。Deep Researchを効果的に活用するためには、以下のポイントを押さえることが重要です:

 

1. 適切なタスクの選択 

  • Deep Researchは、あらゆるタスクに万能なツールではありません
  • セマンティック検索やケーススタディのようなタスクに活用するのは効果的ですが、事実確認が困難なタスクに使用する場合は注意が必要です。

 

2. 情報源の確認 

  • Deep Researchはインターネット上の情報を参照するため、情報源の信頼性や最新性を確認することが重要です
  • 特に、重要な意思決定を行う際には、Deep Researchのアウトプットを鵜呑みにせず、他の情報源と照らし合わせて確認する必要があります

 

3. 人間の知性との協調 
  • Deep Researchは、人間の知性を代替するものではなく、拡張するものです
  • Deep Researchのアウトプットを批判的に吟味し、人間の知性と組み合わせて活用することで、より質の高い知識労働を実現することができるでしょう

 

Deep Researchを効果的に活用することで、私たちはより効率的に、より質の高い知識を創造することができるでしょう。GoogleとOpenAIに続いて、Perplexityとイーロン・マスクが設立したAI企業のxAIも同様のリサーチ機能を発表しています(Grok 3のサービスはDeep Searchという名称)。この分野の競争と今後の進展については、今後も目が離せません。

 

▼参考資料

  • OpenAI Deep Research発表資料 

https://openai.com/index/introducing-deep-research/

  • モリック准教授ブログ

https://www.oneusefulthing.org/p/the-end-of-search-the-beginning-of

  • ロイター記事

https://www.reuters.com/technology/openai-launches-new-ai-tool-facilitate-research-tasks-2025-02-03/

  • ディーン・ボール ブログ記事

https://www.hyperdimensional.co/p/knowledge-navigator

https://x.com/sayashk/status/1887276094191247635

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馬場 高志

1982年に富士通に入社、シリコンバレーに通算9年駐在し、マーケティング、海外IT企業との提携、子会社経営管理などの業務に携わったほか、本社でIR(投資家向け広報)を担当した。現在はフリーランスで、海外のテクノロジーとビジネスの最新動向について調査、情報発信を行っている。 早稲田大学政経学部卒業。ペンシルバニア大学ウォートン校MBA(ファイナンス専攻)。