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馬場 高志2025/08/01 10:00:001 min read

AIブラウザー戦争: Googleの牙城を狙う新世代「AIブラウザー」|イノーバウィークリーAIインサイト -61

長年Google Chromeが支配してきたWebブラウザー市場に、AIという武器を携えた挑戦者たちが次々と参入し、「AIブラウザー戦争」が勃発しています。 新興企業の革新的なブラウザーに加え、ChatGPTのOpenAIも参入が噂される今、ブラウザーは単なる情報閲覧ツールから、ユーザーの意図を汲んでタスクを代行する、賢い「エージェント」へと進化を遂げようとしています

 

絶対王者Googleは、ChromeへのAI統合でその牙城を守りきれるのでしょうか。 この次世代の覇権争いが私たちのデジタルライフをどう変えるのか、その最前線を読み解きます。

 

なぜ今、ブラウザーが戦場なのか? ビジネスの「入り口」をめぐる攻防

Webブラウザーは、私たちがインターネットを利用する際の「玄関」です。しかし、その重要性は単なるWebサイトの表示ツールにとどまりません。デジタルの世界で競争する企業にとって、ブラウザーは極めて高い戦略的価値を持っています。

 

ブラウザーを制する企業は、ユーザーのオンラインセッションそのものを掌握し、彼らが何に興味を持ち、どのように情報を探し、何を購入するのかという貴重な行動データへアクセスできます。このデータは、広告ターゲティングの精度を劇的に向上させ、収益に直結します。

 

現在の絶対王者であるGoogle Chromeは、まさにこの戦略を体現しています。Chromeは、親会社であるAlphabetの収益の約4分の3を占める広告ビジネスの重要な柱です。Chromeを通じて得られるユーザー情報は、Googleの広告をより効果的かつ収益性の高いものにし、同時に検索トラフィックを自社の検索エンジンへデフォルトで誘導する役割も担っています。Googleを独占禁止法違反で提訴した米国司法省は、その強力な影響力を問題視し、Chromeの事業売却を要求しています。Googleは判決を不服として控訴する方針です。

 

この「Webへの入り口」という重要な場所に、生成AIの波が押し寄せています。ChatGPTやPerplexityのようなAIツールが人々の情報収集やタスク処理の方法を変え始めたことで、従来のブラウザーのあり方が問われるようになりました。ユーザーがAIと直接対話するようになれば、ブラウザー内でAI機能をシームレスに提供できるプレイヤーが、次の時代の覇権を握る可能性があります。AIブラウザー戦争は、この「デジタル体験の新たな起点」をめぐる戦いなのです。

 

Chromeに挑むAIネイティブブラウザーの実

現在、世界のブラウザー市場は30億人以上が利用するGoogle Chromeが68%と圧倒的なシェアを握り、2位のAppleのSafari (16%)、3位のMicrosoft Edge (5%)を大きく引き離しています。この牙城に対し、AIを武器としたスタートアップ企業が次々と挑戦を始めています。特に注目される2つのブラウザー、「Dia」と「Comet」を詳しく見ていきましょう。

 

The Browser Companyの「Dia」

The Browser Companyは2022年4月にリリースされたブラウザー「Arc」の斬新なUIと優れたタブ管理機能により一部の熱狂的なファンを獲得しました。しかし、同社は、AI時代を見据えて大きな方針転換を決断し、2025年6月11日にAIを中核に据えた全く新しいブラウザー「Dia」をベータ版として発表しました。

 

DiaのURLバーはWebサイト名や検索条件を入力するだけでなく、組み込まれたAIチャットボットのインターフェースとして機能します。

 

  • インテリジェントな情報処理: 開いている全てのタブの内容について質問したり、それらの情報をもとに下書きを作成させたりすることが可能。Web検索やアップロードしたファイルの要約も可能。
  • パーソナライズと文脈理解: AIとの対話を通じて回答の口調や文体をカスタマイズできるほか 、過去7日間の閲覧履歴をAIに学習させ、より文脈に沿った回答を得ることもできる。
  • 「Skills」機能: ユーザーが簡単なコードを作成し、特定の作業(例えば、読書用のレイアウト作成)を自動化するショートカットを作成できるというユニークな機能。

 

Diaの狙いは、ユーザーがChatGPTのような外部のAIツールをわざわざ開く必要をなくし、日常的な作業が行われるブラウザー内でAIの利用を完結させることです。

 

Perplexityの「Comet」

AI検索エンジンのパイオニアとして知られるPerplexityも、2025年7月9日に独自のAI搭載ブラウザー「Comet」を発表し、この戦いに本格参入しました。Cometは、Perplexityの強みであるAI検索機能を核に据えつつ、さらに一歩進んだ「AIエージェント」としての能力を前面に押し出しています

 

  • 日常タスクの自動化: 中核を担う「Comet Assistant」は、メールやカレンダーの内容を要約したり、タブを管理したり、ユーザーに代わってWebページを操作したりと、日常的なタスクを自動化。
  • 常に文脈を認識: 「Comet Assistant」は、どのWebページ上でもサイドカーとして呼び出すことができ、表示されている内容を自動的に認識。これにより、ユーザーはSNSの投稿やYouTube動画、さらには自分が書いている文章についてさえ、コピー&ペーストの手間なく直接質問できる。
  • 「OS」としての野望: PerplexityのCEO、アラビンド・スリニバス氏は、Cometを「ほぼ全てのことができるオペレーティングシステム」にすることを目指しており、ブラウザーを単なるツールからユーザーのデジタルライフ全般を支援する基盤へと昇華させようとしている。

 

ただし、より複雑なタスクではAIが誤った情報を生成する「ハルシネーション」が見られるなど、課題は残っています。

 

ゲームチェンジャー登場?OpenAI参入の3つの狙い

DiaやCometの登場もさることながら、業界で今最も注目されているのは、OpenAIの動向です。ロイターの報道によると、OpenAIはGoogle Chromeに対抗する独自のAI搭載Webブラウザーのリリースを間近に控えているとされています。

 

この動きは、単なる新製品の投入以上の、巨大な戦略的意味合いを持っています。OpenAIの狙いはどこにあるのでしょうか。

 

1.Googleの生命線「ユーザーデータ」の獲得:

OpenAIのブラウザーが目指す最大の目標の一つは、Googleの成功の礎であるユーザーデータへ直接アクセスすることです。ChatGPTが持つ5億人と言われる週間アクティブユーザーがOpenAIのブラウザーを使い始めれば、Googleの広告ビジネスの根幹を揺るがしかねません。

 

2.AIエージェントの最適な「舞台」作り:

ブラウザーは、ユーザーのWeb上での活動に直接アクセスできるため、予約の実行やフォームへの自動入力といったタスクを代行するAIエージェント(OpenAIは「Operator」などの製品を開発中)にとって理想的なプラットフォームとなります。OpenAIは、自社ブラウザーを開発することで、これらのAIエージェントが最も能力を発揮できる環境を構築しようとしています。プラグインとして提供するのではなく、自社でブラウザーを持つことで、収集できるデータをより細かく制御できるという利点もあります。

 

3.自社エコシステムの完成:

このブラウザーは、ChatGPTを中心としたOpenAIのサービスを、人々の仕事や私生活の隅々まで浸透させるための広範な戦略の一環です。ユーザーのWeb体験を自社のチャットインターフェース内に取り込むことで、Googleへの依存から脱却し、強固なOpenAIエコシステムを確立することを目指しています。

 

Googleの防衛戦略:ChromeへのAI統合

こうした挑戦者たちの動きをGoogleも座視している訳ではありません。GoogleはChromeとGoogle検索に、最新AI「Gemini」を深く統合することで、その支配的な地位をさらに強固なものにしようとしています。

 

2025年5月の開発者会議「Google I/O」で、GoogleはChromeブラウザーへのGeminiの統合を発表しました。これにより、ユーザーはブラウザーの右上にあるGeminiアイコンをクリックするだけで、AIアシスタントを呼び出せるようになります(2025年8月1日時点では、米国内の有料プランユーザーのみが対象)。

 

この統合によって、以下のようなことが可能になります。

  • ページの要約と質問: 閲覧しているWebページに関する複雑な情報を要約させたり、内容について質問したりできる。例えば、表示しているレシピをグルテンフリーに変更するよう頼んだり、ページの内容に基づいたクイズを作成させたりすることも可能。
  • 複数タブにまたがる作業: 将来的には、別々のタブで開いている2つの商品を比較させるなど、複数のタブを横断した作業が可能になる。
  • Webサイトの自動操作: 「レシピの特定の部分までスクロールして」といった簡単な命令で、Geminiがユーザーに代わってWebサイトを操作する機能も計画されている。

 

これらの機能の狙いは、ユーザーが質問や要約のためにOpenAIのChatGPTのような外部ツールへ流出するのを防ぎ、Chrome内でAI利用を完結させることにあります。Googleは、これまで30分かかっていたオンライン上の作業が、将来的には3クリックで完了するような世界の実現を目指していると述べています。

 

さらにGoogleは、中核事業である検索エンジン自体にも「AIモード」を導入し、Perplexityのような対話型のAI検索体験を提供することで、競争力の維持を図っています。

 

おわりに:Web体験の未来

AIブラウザー戦争は、単なるツールのシェア争いではありません。これは、私たちがインターネットを「操作する方法」そのもののパラダイムシフトを意味します。

 

これまでの「キーワードで検索し、リンクをクリックし、Webサイトを渡り歩いて情報を探す」という行動から、「AIに目的を伝え、要約された答えや実行結果を直接受け取る」という、より委任的な行動へと変化していく可能性があります。

 

スタートアップが仕掛ける革新的なAIブラウザー、それを追撃するOpenAI、そしてAIの力で自らの帝国を防衛しようとするGoogle。三つ巴の戦いは、Webの未来を大きく左右することになるでしょう。ユーザーにとっては、より賢く、より効率的なインターネット体験が実現する可能性があります。この競争が、私たちのデジタルライフをどのように変えていくのか、その動向を注視していく必要がありそうです。

 

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馬場 高志

1982年に富士通に入社、シリコンバレーに通算9年駐在し、マーケティング、海外IT企業との提携、子会社経営管理などの業務に携わったほか、本社でIR(投資家向け広報)を担当した。現在はフリーランスで、海外のテクノロジーとビジネスの最新動向について調査、情報発信を行っている。 早稲田大学政経学部卒業。ペンシルバニア大学ウォートン校MBA(ファイナンス専攻)。