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馬場 高志2025/07/18 10:00:001 min read

OpenAI vs マイクロソフト:協業か、決裂か? AI覇権をかけた交渉の行方|イノーバウィークリーAIインサイト -59

OpenAIにとってマイクロソフトは、成長を資金面で支える最大の出資者、開発とサービス提供をインフラ面で支えるクラウド・プロバイダー、そして事業を販売面で支えるグローバルなチャネル、という3つの重要な役割を持つ最も重要な戦略パートナーといえます。

しかし、最近の報道によれば両社の関係は今緊張状態にあり、OpenAIが求める契約条件の変更交渉は難航していると言われています。

 

この交渉の行方は、AI技術の未来、そして私たちが活用するAIサービスのあり方を大きく左右する可能性があります。今回は、海外のジャーナリストのレポートを基に、両社の特異な関係、対立の核心、そしてこの交渉におけるそれぞれの狙いを、詳しく解説します。

 

OpenAIの特異な企業構造と、構造転換を急ぐ理由

両社の関係を理解する上で、まず押さえるべきはOpenAIという企業の極めて特殊な成り立ちです。

 

OpenAIは2015年12月に「安全で全人類に利益をもたらす汎用人工知能(AGI)の構築」を使命とする非営利研究機関として設立されました。その後、外部からの巨額の資金調達や優秀な人材の確保のために、2019年に「OpenAI Global LLC 」という営利子会社が設立されましたが、引き続き非営利親会社「OpenAI, Inc」が経営権を保持する構造になっています(下記のOpenAIホームページ情報参照)。

 

OpenAIの会社構造

私たちが普段使っているChatGPTなどのサービスを提供しているのは、営利企業である「OpenAI Global LLC」です。

 

この会社は「capped-profit(利益上限付き)」という特殊な形態を取っていて、投資家が得られる利益に上限があります。投資家が保有しているのは通常の「株式」ではなく、「利益分配権(Profit Participation Unit, PPU)」と呼ばれるもので、将来の利益の一部を受け取る権利です。

ただし、OpenAIは現在、毎年数十億ドルという巨額の資金を使っており、まだはっきりとした収益化の道筋は見えていません。

 

OpenAIは今、親会社である非営利団体がコントロールを保ちながら、子会社であるOpenAI Global LLCを「パブリック・ベネフィット・コーポレーション(PBC)」という形態に転換する計画を進めています。PBCは通常の株式会社に近いものですが、利益を追求するだけでなく、社会や環境への貢献といった公益目的も法的に企業の目標として掲げる会社です。

 

この構造転換の目的は、将来のIPO(株式公開)や普通株式の発行を可能にし、さらに大規模な資金調達への道を開くことにあります 。

 

さらに、OpenAIが構造転換を急ぐ背景には、最近の資金調達に課せられた厳しい条件があります。今年3月末に発表されたソフトバンク主導の400億ドル規模の資金調達ラウンドでは、2025年末までに営利企業への転換を完了できなければ、調達額が半分の200億ドルに削減されるという条件があります。さらに、2024年10月の66億ドルのラウンドでは、2026年10月までに転換できなければ、投資が有利子負債に変わるという、より厳しい条件も課せられています。転換に失敗すれば、OpenAIの財務状況は深刻な打撃を受けることになるのです。

 

マイクロソフトによる巨額投資とその見返り

この複雑な状況に深く関わっているのが、マイクロソフトです。マイクロソフトは2019年に最初の10億ドルを出資して以来、2回の追加投資を行い、これまでに合計137億5000万ドル(約2兆円)以上をOpenAIに投資してきた最大の出資者です。

 

投資の見返りとして、マイクロソフトは2030年まで有効な重要な契約上の権利をいくつも手に入れています。主な内容は以下の通りです:

 

  • OpenAIのAIモデルを独占的にライセンス販売する権利
    • OpenAIが「AGI(汎用人工知能)」を実現するまでの間、すべての研究と知的財産にアクセスできる権利です。ただし、OpenAIの非営利団体の取締役会が「AGIを達成した」と判断した場合、このアクセス権が終了するとする条項があります。
  • OpenAIが将来得る利益の49%を受け取る権利
  • OpenAIの収益の20%を受け取る権利(いわゆるレベニューシェア)

 

また、マイクロソフトは、OpenAIがAIを開発・提供するために必要なクラウドサービス(Azure)を、独占的に提供する契約も結んでいました。ただし、2025年1月にこの独占権は放棄され、他のクラウド事業者も使えるようになりました。それでも、OpenAIが新たにクラウド資源を必要とする場合、まずマイクロソフトに優先的に声をかけるという取り決めが残っており、引き続きマイクロソフトがOpenAIの主なインフラ提供元であることに変わりはありません。

 

なお、マイクロソフトはAzureをコストぎりぎりの価格、あるいは赤字になる価格で提供しているとも報じられており、インフラ提供による利益はほとんど得ていない可能性もあります。

 

このような複雑な依存関係を背景に、OpenAIは自社の未来を賭けた交渉に臨んでいます。

 

何を巡って交渉しているのか

OpenAIが営利企業(PBC)への転換を実現するためには、マイクロソフトとの契約条件の変更が必須です。しかし、その交渉は8ヶ月以上たっても決着せず難航しています。

 

報道によると、OpenAIはPBC転換に向けて、マイクロソフトに契約条件の大きな譲歩を求めています。

 

  • 出資比率の引き下げ: マイクロソフトが持つ49%の利益分配権を33%に引き下げること
  • レベニューシェアの引き下げ: 現在20%のレベニューシェアを10%に引き下げること
  • 将来の知的財産へのアクセスをマイクロソフトに許可しないこと

 

マイクロソフトも将来IPO(株式公開)が実現すれば投資に対するリターンを得られますが、既存の権利を大幅に手放すには、それだけでは見返りとして不十分です。この厳しい交渉と並行して、両社の関係を脅かしているのが、市場における両社間の競争です。

 

OpenAIの事業拡大が招く摩擦──協力関係に走るひび

OpenAIは、今年5月にコーディング支援ツールのスタートアップ「Windsurf」を買収することを発表しました。「Windsurf」は、マイクロソフト傘下のGitHubが提供する「GitHub Copilot」と真っ向から競合する製品です。

ただし、その後の情報ではGoogleがWindsurfのCEOと主な研究者を引き抜き、この買収は破談になるだろうと報じられています。OpenAIがこの買収で得る知的財産をマイクロソフトのアクセスから守りたいと考えていると報じられていました。

 

さらに、OpenAIがMicrosoft Office 365に対抗する機能や、独自のブラウザの開発を進めているとの報道もあり、マイクロソフトの事業領域への進出が、交渉をより複雑なものにしています

 

この交渉で、両社が何を勝ち取りたいと考えているか整理してみましょう。

 

OpenAIの思惑:「独立」と「生存」を賭けた戦い

OpenAIにとって、この交渉は自社の未来そのものを賭けた戦いです。

 

  1. 経営の自由度の確保: マイクロソフトの強い影響力から距離を置き、自社の進路を自ら決められる体制を確立したい考えです。知的財産(IP)を完全に自社管理とし、自由な提携や事業判断を可能にすることがその鍵となります。
  2. 企業価値の最大化とIPOの実現: 将来的にIPO(株式公開)を果たすことは、巨額の投資を行ってきた投資家や、自社の成功に貢献してきた従業員に報いるための唯一の道です。そのためには、マイクロソフトの持ち分やレベニューシェアを下げ、将来の企業価値を最大化する必要があります。
  3. 継続的な資金調達の確保: OpenAIは莫大な赤字を出し続けており、事業継続のためには常に新たな資金が必要です。PBCへの転換は、将来の資金調達を可能にするための絶対条件なのです。
  4. 交渉の切り札: ウォール・ストリート・ジャーナルによれば、交渉が難航する中、OpenAIの幹部はマイクロソフトの行為が独占禁止法に違反するとして規制当局に申し立てるという「核兵器的な選択肢」も検討していると報じられています。

 

マイクロソフトの狙い:「IP」と「コントロール」の維持

一方、マイクロソフトの思惑はより複雑です。彼らは必ずしもOpenAIの成功だけを願っているわけではありません。

 

  1. IPへの永続的なアクセス: マイクロソフトにとって最も重要なのは、OpenAIが生み出す最先端の技術と研究成果を自社製品(Microsoft 365やBingなど)に活かし続けることです。これは競争優位を維持するために欠かせない権利です。
  2. Azureビジネスの成長ストーリー維持: たとえ利益が薄くとも、OpenAIという巨大な顧客がもたらす数十億ドル規模の収益は、最重要事業であるAzureの成長を市場にアピールするための重要な材料となっています。
  3. 既存契約の維持と影響力の確保: 過去に結んだ有利な契約条件を可能な限り維持し、OpenAIに対するコントロールを保ちたいと考えています。
  4. 「OpenAIの失敗」という選択肢: The Informationによれば、「マイクロソフトのトップ経営陣の一部は、2023年に100億ドルを追加投資した時点では、OpenAIのビジネスはいずれ失敗すると見ていた」と報じています。最近の報道では、マイクロソフトは交渉から「手を引く準備がある」とほのめかしていると言われています。これは、仮に交渉が決裂しても、そのIPや顧客を吸収できれば良いという冷静な計算が働いている可能性を示唆しています 。

 

おわりに:岐路に立つ巨人たち

OpenAIとマイクロソフトの関係は、単純なパートナーシップという言葉では到底表せない、依存と競争、支配と独立が複雑に絡み合ったものです。現在進行中の交渉は、OpenAIにとっては「生存と独立」を賭けた戦いであり、マイクロソフトにとっては「投資の果実であるIPの確保と、今や競合相手でもあるパートナーへのコントロール」を巡る冷徹な計算に基づいた戦いと言えるでしょう。

 

この巨人たちの綱引きの結末は、OpenAIという一企業の運命を決定づけるだけでなく、生成AI業界全体の勢力図、技術開発の優先順位、そして私たちが利用するAIサービスの価格や機能にまで、計り知れない影響を及ぼすことになります。私たちも、この歴史的な交渉の行方を、自社のAI戦略への影響を見極めながら、注意深く見守っていく必要がありそうです。

 

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馬場 高志

1982年に富士通に入社、シリコンバレーに通算9年駐在し、マーケティング、海外IT企業との提携、子会社経営管理などの業務に携わったほか、本社でIR(投資家向け広報)を担当した。現在はフリーランスで、海外のテクノロジーとビジネスの最新動向について調査、情報発信を行っている。 早稲田大学政経学部卒業。ペンシルバニア大学ウォートン校MBA(ファイナンス専攻)。