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馬場 高志2025/07/25 10:00:001 min read

AIが就職難を招く本当の理由:就活プロセスを破壊するAI|イノーバウィークリーAIインサイト -60

今アメリカでは、大学の新卒者の失業率が景気後退期の水準にまで急上昇していることが、大きな問題になっています。現在のアメリカの雇用市場全体の失業率は歴史的に見ても低い水準であるにもかかわらず、高学歴の若者たちは、深刻な就職難に直面しているのです。

 

AIが新卒者の仕事を奪っているからではないか、という懸念が多く聞かれます。

しかし、多くの専門家は、AIによる労働代替がこれほど早く経済指標に現れることには懐疑的です。では、本当の原因は何なのでしょうか。

 

今回いくつかの記事を読み解く中で見えてきたのは、意外な実態です。

それは、AIが「仕事」を奪う以前に、「就職活動のプロセス」そのものを破壊しているという問題でした

 

記録的な「新卒ギャップ」:高学歴の若者を襲う厳しい現実

アトランティック誌のジャーナリストのデレク・トンプソン氏は「若者は就職氷河期に直面している。AIはそれをさらに悪化させている」と題された記事で、この問題を深掘りしています。

 

高学歴の大学新卒者の失業率は、経済全体の失業率に比べて低いというのが、従来の常識でした。しかし、現在は、新卒者の失業率が経済全体の失業率を大きく上回り、全体の失業率から新卒の失業率を差し引いた「新卒ギャップ」は、下記のグラフが示す通り、記録的なマイナスの数値となっています。

この背景には、いくつかの要因が考えられます。一つは、パンデミック後にホワイトカラーの雇用を拡大した企業が、FRB(米連邦準備制度理事会)の利上げ後、再び新規採用を抑制しており、それが特に新卒者の採用に顕著に現れているという見方です。しかし、もう一つの無視できない要因はAIの台頭です。

 

AIは本当にエントリーレベルの仕事を奪っているのか?

ChatGPTのような生成AIは、文章の読解や要約、調査、レポート作成といった、まさに新卒者が担ってきたエントリーレベルの業務を得意としています。

 

トンプソン氏は、例えば、下記のようなシナリオを提示しています。

  • 法律事務所はパラリーガル(弁護士補助)業務の一部をAIに任せる。
  • コンサルティング会社では、かつて20人の新卒が行っていた調査業務を、AIを使いこなす5人のチームで完結させる。
  • IT企業では、AIアシスタントを活用する少数の優秀なプログラマーがいれば、多くのエントリーレベルのプログラマーは不要になる。

 

こうしたシナリオを支持する報道が、最近いくつか出てきました。

 

ニューヨーク・タイムズのケビン・ルース記者は、経済学者、企業経営者、若い求職者たちにこの数カ月にわたって取材した結果として、ホワイトカラー産業がエントリーレベルの職をAIで急速に置き換えつつあると報じています。

また、Anthropicのダリオ・アモデイCEOは、最近のインタビューで「AIが今後5年以内にエントリーレベルの従業員の仕事の半分を一掃する可能性がある」と予測しています。LinkedInの幹部も、自社の調査に基づいて、高度な学位を必要とするオフィス業務ほどAIによる破壊のリスクが高いと指摘しています。

 

しかし、トンプソンは「AIが直接的に雇用を破壊しているという決定的な経済的証拠を見つけるのはまだ難しい」と述べています。ニュースの話題はあっという間に移り変わりますが、テクノロジーはそれほど速く進化するものではなく、ましてマクロ経済に影響が出るまでにはさらに時間がかかるというのです。

 

ノーベル経済学賞の受賞者であるポール・クルーグマン教授も、自身のブログ記事でトンプソン氏の見方に同意し、「いずれはそうなるかもしれないが、AIによる労働者の置き換えは、このような劇的な変化を説明するには、まだ新しすぎる現象だろう」と述べています。クルーグマン教授は、トランプ政権の劇的だが移ろいやすい関税政策が経営者の投資判断を凍結させている影響が大きいのではないかと見ています。

 

トンプソンは、AIの影響を探るために、いくつかの大学のキャリアセンターの責任者に取材しました。その中で見えてきたのは、AIが明らかに雇用を破壊しているという証拠ではありませんでした。

 

AIが破壊する「就職活動プロセス」:応募者と企業の消耗戦

トンプソン氏が大学のキャリアセンターの責任者との会話を通じてたどり着いた意外な事実は、「AIは仕事を奪う以前に、就職活動のプロセスそのものを破壊している」ということでした。

 

かつては、学生が数多くの会社の求人に応募するには大変な労力が必要でした。

しかし今では、AIツールを使えば、職務経歴書や自己PR文を応募先ごとに最適化し、ほぼ一瞬で何十ものバリエーションを作り出すことが可能です。また、Handshakeのような新しい採用プラットフォームは、希望に添った仕事を何百件もワンストップで見つけてくれます。 

 

その結果、一人当たりの求人応募件数は急増しています。ミシガン大学のキャリアセンター長は、「一人の学生が年間300、500、時には1000件もの企業に応募するケースも出てきている」と語ります。これはAI登場以前には考えられなかったことです。

 

アメリカでは、毎年約200万人が大学を卒業します。大卒者が平均50件か100件の求人に応募するとすると、毎年、全米で1億から2億件もの応募が発生することになります。これは、人間の人事担当者が物理的に処理できる限界を遥かに超えた数です

 

この「応募の洪水」に対応するため、企業の人事部門もAIに頼らざるを得なくなっています

  • LinkedInの調査によると、約40%の企業が採用プロセスにおいてAIを「積極的に統合」または「実験的に導入」しています。
  • ユニリーバは、HireVueというビデオ面接ソフトを使って候補者の表情や身振り手振り、言葉の選び方などを分析しています。
  • ヒルトン・ホテルズ&リゾーツは、AIを搭載したチャットボットを使って候補者を選別し、質問に答え、面接の日程を決めています。
  • Business Insiderの報道によると、Meta社は面接官に 「質問プロンプト 」を提供するAIボットや、人間の面接官の質を判断するAIアシスタントを採用する計画しています。

 

就職希望者が人間と話すつもりでビデオ面接にログインしたら、相手がチャットボットだった、そんな話が、もはや珍しくなくなりつつあるのです。

 

AI vs AIの軍拡競争

ニューヨーク・タイムズの「雇用主はAIが生成した履歴書の山に埋もれている」と題された記事も、この問題に注目し、最近の就職活動が「AI vs AI」軍拡競争の様相を呈していることを伝えています。

 

この記事によれば、LinkedInでは過去1年で求人応募数が45%以上も増加し、現在では平均して毎分11,000件もの応募が発生しているといいます。この「応募の津波」に対応するために、企業側もAIで自動化されたチャットやビデオによるスクリーニングに頼っています。

 

応募者はAIを使って応募書類を最適化し、企業はAIを使ってそれを選別する。この奇妙な軍拡競争は、応募者と採用担当者の双方を疲弊させ、大きなフラストレーションを生み出しています。

 

信頼の崩壊

トンプソン氏は、AIは就職活動プロセスを混乱させているだけでなく、「信頼の崩壊」を引き起こしていると指摘しています。

 

最近、ニューヨーク・マガジンの「大学では誰もが不正行為をしている」という記事が大きな話題を呼びました。多くの学生が課題の大部分あるいは全てをAIに頼っており、これは教育システム全体を根本から揺るがしているという内容です。AIがレポートや論文を数秒で生成できるようになった状況に教授たちはどう対応すべきか、その答えを見出せずにいるのです。

 

大学における不正行為の蔓延は、就職活動にとって大きな問題を提起しています。学生のAIを使った不正が横行する中、企業は「GPA(成績評価)」を信用できるでしょうか? 企業は学生の成績を額面通りに受け取ることができなくなり、学生と企業の間の信頼関係が揺らいでいるのです

 

失われる人間的な繋がり

効率化の追求は、人間的な繋がりを奪っています。トンプソンが取材した、パデュー大学のキャリア責任者は「私たちの学生は、本物のインタラクションに飢えています」と語ります。AIを介した合成的なやり取りではなく、人間と人間が直接向き合う機会を求めているのです。

 

就職活動という、人生の重要なステップが、バーチャルで、時には完全にAIで生成された体験になりつつある。この現状は、若者の経済的な不安の上に、さらなる心理的な苦痛を加えていると言えるでしょう。

 

おわりに

トンプソン氏は、AIは経済的な変化を引き起こす「経済的テクノロジー」であるだけでなく、人々の関係性や社会システムそのものを変容させる「社会的テクノロジー」でもあると指摘しています

 

AIは、大学での学びの意味を揺るがし、成績という評価指標を形骸化させ、一人の学生が数百社に応募する異常な応募行動を常態化させ、企業の採用プロセスをロボットとの対話に変え、そしてその結果として、若者の就職難をさらに深刻なものにしています。

 

これは対岸の火事ではありません。日本でもAIの導入は確実に進んでおり、同様の問題がすでに起こり始めている可能性があります。

 

重要なのは、AIの技術的な側面だけでなく、それが人々の心理や行動、社会に与える影響を深く洞察することです。効率化の裏で失われつつある「信頼」や「人間的な繋がり」の価値は、今後ますます高まっていくでしょう。

 

▼参考記事


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馬場 高志

1982年に富士通に入社、シリコンバレーに通算9年駐在し、マーケティング、海外IT企業との提携、子会社経営管理などの業務に携わったほか、本社でIR(投資家向け広報)を担当した。現在はフリーランスで、海外のテクノロジーとビジネスの最新動向について調査、情報発信を行っている。 早稲田大学政経学部卒業。ペンシルバニア大学ウォートン校MBA(ファイナンス専攻)。