AIは私たちの生活を大きく変えようとしています。便利なチャットボットから高度な画像生成まで、その可能性は無限大です。
しかし、急速な技術革新の裏で、あまり語られていない重大な課題が浮上しています。それは、AIの開発・運用に必要な膨大な電力消費と、それに伴う環境負荷の問題です。実際のデータを見れば、その深刻さは一目瞭然です。
AIによって急増するデータセンターの電力消費
データセンターの電力消費の推移(下図)を見ると、AIが与える影響の大きさが明確に分かりますAIブーム以前は、処理するデータ量が増加しても、効率化の進展により電力消費を比較的安定的に保ってきました。ゴールドマン・サックスによると、実際、2015年から2019年の間にデータセンターの作業負荷は3倍近く増加したにもかかわらず、電力消費量は年間約200テラワット時でほぼ横ばいでした。
データセンターの電力需要推移・予測
(出典 ゴールドマン・サックス https://www.goldmansachs.com/insights/articles/AI-poised-to-drive-160-increase-in-power-demand)
しかし、2020年以降、状況は一変しています。効率化の進展が鈍化する一方で、AIブームにより電力消費は急増しています。ゴールドマン・サックスは、データセンターの電力需要は2030年までに2023年の2.6倍まで増加すると予測しています。これにより、現在は世界の電力消費の1~2%を占めるデータセンターの需要が、2030年までには3~4%にまで膨らむと見ています。
国際エネルギー機関(IEA)も、同様にAIの利用拡大を大きな要因として世界のデータセンターによる電力需要が2022年から2026年までの間に2倍以上に増加すると予測しています。この電力消費量は日本全体の電力消費量に匹敵する規模になります。
水資源への影響
データセンターは高性能なコンピューターを冷却するために、大量の水を必要とします。この水需要は、特に水資源が限られている地域で深刻な問題を引き起こしています。アリゾナやスペインでは、データセンター事業者と地域コミュニティの間で水資源の利用をめぐる対立が発生しています。さらに深刻な例として、台湾では100年に一度の深刻な干ばつの中、半導体製造施設への水供給を優先するため、農家への灌漑用水が制限される事態も起きています(https://www.wired.com/story/true-cost-generative-ai-data-centers-energy/)。
脱炭素化を妨げる可能性
AIに電力を供給するために必要なデータセンターの急速な拡大は、気候変動に対処する上で重要なクリーン電力への移行を遅らせると懸念する専門家もいます。新しいデータセンターは、化石燃料を燃やす発電所の閉鎖を遅らせたり、新しい発電所の建設を促したりする可能性があるからです。
大手テクノロジー企業は、意欲的な気候変動対策目標を掲げていますが、AIの急速な普及により、その達成が困難になっています。例えば、Googleは2019年比で2030年までに排出量を50%削減する目標を掲げていますが、データセンターのエネルギー使用量の増加により、2019年から2023年の間に温室効果ガスの排出量が48%も増加してしまいました 。
マイクロソフトも、2020年に10年後までに、温室効果ガスの排出量を半分以下に削減すると宣言しましたが、実際には、2023年度の温室効果ガス排出量は約30%増加してしまいました。マイクロソフトは、さらにAI関連のデータセンター投資を加速しようとしており、2025年1月3日のブログポストでAIモデルを訓練し、AIとクラウドベースのアプリケーションを展開するためのデータセンターの建設に、2025年度に約800億ドルを投資する予定であると明らかにしています。
なぜAIは大量の電力を必要とするのか
生成AIが大量の電力を必要とするフェーズは二つあります。一つはAIモデルの学習時の電力消費、もう一つは推論時(実際の利用時)の電力消費です。
生成AIの学習過程では膨大な計算処理が必要となり、莫大な電力が消費されます。たとえば、GPT-3の学習には約1,300メガワット時の電力が使用されたと推定されています。これは、アメリカの一般家庭130世帯が1年間に消費する電力量に相当します。さらに、より高度なGPT-4の学習には、この約50倍の電力が必要だったとされています。LLMはモデルのサイズ、学習データ量、計算量を拡大すると性能が向上するスケーリング則が知られており、最先端のAIモデルを開発する各社は競ってデータセンターへの投資を拡大してきました。
学習を終えたAIモデルは、実際の利用者のリクエストに応じて回答を生成します。これが推論と呼ばれるプロセスです。一回の推論に必要な電力は学習時に比べれば小さいですが、従来のGoogle検索に比べればかなり大きなものになります。また利用者と利用頻度が増えるにつれて総消費電力は莫大なものになります。
先端AI各社が、実際のデータを公表していないので確かなことは分かりませんが、非営利調査会社である米電力研究所(Electric Power Research Institute)は、ChatGPTのリクエスト1回あたり2.9ワット時で、Google検索の約10倍の電力を必要とすると推定しています。AIと気候変動の接点を専門とするコンピューター科学者でAI研究プラットフォームHugging Faceの気候変動フォーラムのリーダーをつとめるサーシャ・ルチョーニの最近の研究では、生成AIシステムは、同じタスクを完了するのに、従来の単一タスク特化型のAIソフトウェアよりも約30倍多くのエネルギーを消費するとしています。また画像や音声生成のタスクは特に多くの電力を消費するという結果がでています。
イノーバウィークリーAIインサイトNo.34で解説したように、OpenAI o1やo3など最新の推論能力に優れたAIモデルは推論時に多くの計算を行うのでリクエスト1回当りに消費する電力も大きくなります。例えばOpenAI o3はARC-AGIの一つの問題を解くのに$3,400のコストをかけていました。セールスフォースでAIサステナビリティを担当しているボリス・ガマゼイチホフの分析によれば、これは1,785キロワット時の電力を使っている計算になります。これは米国の一般家庭の2ヶ月分の電力に相当し、CO2排出量に換算するとガソリン満タン5回分に相当するとのことです
今後、GoogleのAIによる概要や、OpenAIのChatGPT search、Perplexityなどインターネット検索のかなりの部分に生成AIが取り込まれることが見込まれます。また、今後、各社が推論時の計算をスケールしてAIの性能を上げるアプローチを追求していくと予想されます。その結果、推論時の電力消費量の増大がさらに大きな問題になっていくことは確実とみられます。
AIは気候変動問題を解決できるのか?
AIは、気象パターンからエネルギー消費傾向まで、膨大なデータセットを分析することで、正確に電力需要を予測し電力網の最適化に貢献できます。AIは、また、建物のエネルギー使用量の予測と暖房・冷房の性能最適化、予知保全による製造効率の向上など、エネルギーを含む炭素集約型産業のエネルギー効率を変革するのに役立っています。
ボストン・コンサルティング・グループのレポートは、AIは2030年までに世界の温室効果ガス排出量を5〜10%削減する可能性を持っていると分析しています。
OpenAIのサム・アルトマンは、「インテリジェンスの時代」と題されたエッセーでAGI(汎用人工知能)やASI(人工超知能)が驚くべき科学・技術の進歩を生み出し、気候問題を解決する未来を語っています。ビル・ゲイツも、AIのエネルギー使用量の増加は最終的には相殺されると考えており、AIのエネルギー使用量に関する懸念は「行き過ぎ」であるとこの問題に対して楽観的な見方をしています。
一方で、MITテクノロジーレビューは「サム・アルトマンさん、AIで気候問題は「解決」できません」と題された記事で「技術的進歩は出発点に過ぎない。世界の温室効果ガスの排出をなくすために必要ではあるが、決して十分ではない」として、こうした楽観的な見方に対して厳しい反対意見を提示しています。クリーンエネルギーに関して、私たちは太陽光発電、風力発電、核融合、電池など、クリーンエネルギーへの転換に必要な基本的な技術を持っているにもかかわらず、アメリカでは依然として化石燃料による発電が総発電量の60%を占めているのが現実だからです。
問題の本質は技術的な課題というよりも、既存のインフラや経済的利害、社会システムの変革の難しさにあります。新しい送電線や発電所の建設には、地域住民の反対や、既存の産業への影響、政治的な意思決定など、複雑な社会的要因が絡み合っています。技術の進歩だけでは、これらの課題を解決することはできないのです。
この問題をさらに複雑にしているのが、各AIモデルの具体的な電力消費量が不透明なことです。前述のHugging Faceの気候変動フォーラムをリードするサシャ・ルッチオーニによると、OpenAIを始め、GoogleやMetaといった企業は、データソース、学習時間、ハードウェア、エネルギー使用量について、最近ますます秘密主義的になっていると批判しています。
おわりに
AI技術の発展がもたらす恩恵は計り知れませんが、その陰で進行している環境負荷の急増という「不都合な真実」にも、私たちは真摯に向き合う必要があります。
AIは環境問題の改善に大きく貢献する可能性も持っていますが、AGIの開発が自動的に環境問題の解決をもたらすという考えは、問題の本質を見誤っているという意見にも耳を傾けるべきでしょう。気候変動やエネルギー問題の解決には、技術革新だけでなく、社会システムの変革、政策の見直し、そして何より私たち一人一人の意識と行動の変化が必要です。
AIの開発と活用においても、単なる技術的な効率化だけでなく、その社会的影響や環境負荷を総合的に考慮した、より賢明なアプローチが求められています。より効率的なAIモデルの開発や、電力インフラの強化、新しい冷却技術の導入など、技術的なアプローチと共に、社会制度の整備や環境政策の強化、市民の意識向上など、多角的な取り組みが必要となります。真の解決策は、技術と社会の両面からのアプローチを組み合わせることでしか見出せないのだと思います。
