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馬場 高志2025/12/12 10:00:012 min read

生成AI導入は95%が失敗?74%が成功?食い違う調査結果から読み解く「成功の条件」|イノーバウィークリーAIインサイト -80

生成AIブームから約3年が経過した今、企業の現場では明暗が分かれています。経営層は大きな期待を抱く一方、現場では「思ったほど成果が出ない」という幻滅も広がっています。

 

そんな中、最近発表された2つの権威ある調査が、真逆の結果を示し、業界に波紋を広げています

 

一つは、マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究グループによるもので、「生成AIパイロットプロジェクトの95%がROI(投資対効果)を出せていない」という衝撃的な内容です。もう一つは、ペンシルベニア大学ウォートン校による調査で、「企業の74%がすでにAI投資からプラスのROIを得ている」と報告しています。

 

95%の失敗か、74%の成功か。なぜこれほどまでに評価が食い違うのでしょうか?

 

本コラムでは、これら2つのレポートを詳細に分析し、その数字の背景にある要因を解き明かします。さらに、企業がいま取るべきAI投資の見極め方と、実行可能な戦略の方向性を、データに基づいて整理していきましょう。

 

MITレポート:95%失敗の厳しい現実

まずは、悲観的な見方を示したMITのプロジェクト「NANDA」によるレポート「The GenAI Divide: State of AI in Business 2025(生成AIの分断:ビジネスにおけるAIの現状2025)」から見ていきましょう。2025年8月に発表されたこの研究は、300以上の公開されたAIの取り組みの分析と、52組織への詳細なインタビューに基づいています。

 

95%のプロジェクトが本番環境に届かない『死の谷』

MITの調査によると、企業による生成AIへの投資額は300億〜400億ドル (4.5兆~6兆円)に達しているにもかかわらず、組織の95%はそこから、まったくROIを得られていません。

 

多くの企業が生成AIを「調査」し(80%以上)、半数が「パイロット」まで進みますが、実際に本番環境で展開され、成功しているのはわずか5%に過ぎません。

 

失敗の主因

なぜこれほど多くのプロジェクトが失敗するのでしょうか。MITのレポートは、以下の3点が主な障壁になっていると指摘しています。

 

1.「学習ギャップ」の存在

最大の課題は、現在のAIツールが「記憶」を持たず、ユーザーとの対話から学習しないことです。ChatGPTのようなツールは個別のタスクには有効ですが、文脈を保持したり、過去の修正から学んで改善したりする仕組みが欠けています。そのため、使うたびに同じ指示を繰り返す必要があり、業務での信頼性が高まりません。

 

2.ワークフローへの統合の失敗

導入されたAIツールの多くは、企業の既存ワークフローに適合せず、業務プロセスへの統合が進まないまま活用されていません。経営層はAIモデルの性能やセキュリティを気にしがちですが、現場で起きている問題の多くは「そのツールが日々の業務の流れ(承認フローやデータ連携など)にフィットしていない」という統合の不備にあります。

 

3.「作る(Build)」リスクの高さ

特筆すべきは、導入アプローチによる成功率の大きな差です。MITレポートでは、自社でAIツールを開発しようとする「Build(内製)」アプローチは、外部のパートナーシップを活用する「Buy/Partner」アプローチに比べて、失敗率が約2倍も高いことが判明しました。多くの企業が「自社専用のAI」を求めて内製に走りますが、ノウハウ不足により、脆くて使いづらいシステムを作ってしまうケースが多いのです。

 

ウォートンレポート:74%成功の明るい兆し

一方、2025年10月に発表されたウォートン校とGBK Collective(マーケティング戦略に特化したコンサルティング会社)による「Accountable Acceleration: Gen AI Fast-Tracks Into the Enterprise『Accountable Acceleration(測定可能な加速:生成AIが企業へ急速に浸透)」レポートは、まったく異なる景色を描いています。これは米国企業幹部800人以上を対象とした調査です。

 

 74%がプラスのROI、AI利用が日常化

この調査では、生成AIのROIを測定している企業の74%が、すでにポジティブなリターンが得られていると報告しています。さらに、4人に3人のリーダーが、AIへの投資は2〜3年以内に回収できると予測しています。

 

また、AI利用の頻度も劇的に向上しています。意思決定者の46%は「毎日」使用しており、これは前年から17ポイント増加しています。AIはもはや「実験」段階を終え、日常業務に組み込まれつつあるとウォートン・レポートは評価しています。

 

業界役職、企業規模による温度差

ただし、このポジティブな評価は一様ではありません。

 

1.業界別の差: 

テック・通信業界(88%がプラスROI)や金融業界(83%)が先行する一方、小売業界では54%にとどまります。

 

2.役職別の差: 

経営層(VP以上)では81%がプラスのROIを実感している一方、中間管理職では69%にとどまり、12ポイントの開きがあります。中間管理職は「ROI判断は時期尚早」との回答が経営層の2倍高くなっています

 

3.企業規模差:

売上高20億ドル未満の企業の方が、20億ドル以上の大企業よりもプラスのROIを実現する割合がはるかに高くなっています

 

なぜ結果が食い違うのか? データの裏側を読み解く

「95%の失敗」と「74%の成功」。この矛盾をどう解釈すべきでしょうか。

 

1.「ROI」の定義の違い


最大の要因は、何を「成果」と見なすかです。

 

MITレポートの基準(厳格): 

パイロットプロジェクトが本番環境に移行し、P/L(損益)に測定可能な影響をもたらしたかどうかを基準にしています。

 

ウォートン・レポートの基準(広義): 

金銭的な利益だけでなく、従業員の生産性向上、品質向上、業務スピードの改善など、より広範な「効果」を含めています。

 

見落とされている現実:シャドーAIの成果

見落としてはいけない重要な視点がMITレポートに隠されています。同レポートによれば、従業員の90%以上が個人的に生成AIを利用して生産性を上げています。しかし、これらは「シャドーAI(非公式な利用)」として行われているため、企業の公式なROIには反映されません。

 

つまり、現場の成果が企業の公式な評価に反映されていないことが、2つのレポートの食い違いを生んでいるのです。

 

2.バイアスと調査対象

現在のAIに関する議論は「過度な期待(ハイプ)」と「過度な悲観(アンチ・ハイプ)」に極端に分かれる傾向があります。AIアナリストのアルベルト・ロメロは、こうした状況下では学術的な調査であっても、注目を集めるために極端なナラティブに偏りやすいと指摘しています。

 

MITの調査は、成果が出にくいセールス・マーケティング機能のパイロットプロジェクトが多く含まれており、失敗率が高めに出ている可能性があります。一方、ウォートンの調査は意思決定者による「自己申告」であり、多額の予算を投じた経営層には成果を肯定したいという心理(確証バイアス)が働いている可能性があります。

 

3.企業規模と「ワークフロー変革」の相関

ウォートンのデータでは、売上20億ドル超の大企業ほど「時期尚早/パイロット段階」と報告する傾向が高く、逆に中小規模の企業の方が素早く適用し、プラスのROIを実感しています。

 

BoxのCEOアーロン・レヴィは、「AIエージェントから得られる成果の量は、ワークフローをどれだけ変更(あるいはリセット)するかに直接的に相関するだろう」と指摘しています。小規模企業の方がプロセスをゼロから再構築しやすいため、AIの効果が出やすいのです。逆に言えば、「既存のワークフローを変えずにAIを導入しても効果は薄い」ということが、両レポートから読み取れる共通の教訓です。

 

ビジネスリーダーへの提言:今取るべき3つのアクション

2つのレポートは矛盾しているようで、実は補完し合っています。これらを踏まえ、今取るべきアクションとして、以下の3つが考えられます。

 

1.「シャドーAI」を発見し、公式化せよ


MITレポートが明らかにしたように、従業員の90%以上がすでに個人的にAIを使って生産性を上げています。この現場の成果が企業のROIに反映されないのは、単に公式に認知・管理されていないからです。

 

各部署で実際に使われているAIツールとその成果を調査し、効果が出ているユースケースを特定しましょう。そしてセキュリティとコンプライアンスを確保した上で、成功事例を全社標準として展開します。この「見えない資産」を可視化し、組織の正式な武器に変えることが、最も手堅く即効性のある戦略です。

 

2.ワークフローをAI前提で再設計せよ

アーロン・レヴィが指摘したように、AI導入の成果は「ワークフローをどれだけ変革するか」に直結します。

 

既存のプロセスにAIを押し込むのではなく、「AIの能力を前提にして、この業務はどうあるべきか?」という視点でプロセスを根本から再設計する必要があります。ウォートンのデータが示すように、小規模企業の方が高いROIを実現しているのは、この「柔軟な再設計力」があるからです。大企業こそ、部門横断の改革プロジェクトとしてAI導入を位置づけるべきです。

 

3.「自前主義」を捨て、戦略的パートナーシップを構築せよ

MITのデータでは、内製(Build)アプローチの失敗率は、パートナーシップ(Buy/Partner)アプローチの約2倍高くなっています。

 

AI人材が不足し、技術が日々進化する環境では、ゼロから内製するのはリスクが高すぎます。すでに自社の業務を理解している既存ベンダーや、特定業務に特化した専門AIツールと連携し、カスタマイズに注力する方が賢明です。内製は競争優位の源泉となる領域に限定し、「どこで勝つか」を明確にして資源を集中させましょう。

 

おわりに:分断を飛び越えるために

AI導入の成否は、「使えるか、使えないか」という二択では語れません。「95%失敗」にも「74%成功」にも、惑わされる必要はありません。

 

重要なのは、「AIは既存のワークフローをそのまま自動化してくれる魔法のツールではない」という現実を直視することです。業務プロセスを見直し、AIの能力に合わせて仕事のやり方を変える。現場の小さな成功を組織の資産に変え、適切なパートナーを活用する。この「組織の学習と適応」こそが、パイロット運用の死の谷を越え、本質的な競争優位を築くための唯一の道となるでしょう。

 

▼参考記事

 

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馬場 高志

1982年に富士通に入社、シリコンバレーに通算9年駐在し、マーケティング、海外IT企業との提携、子会社経営管理などの業務に携わったほか、本社でIR(投資家向け広報)を担当した。現在はフリーランスで、海外のテクノロジーとビジネスの最新動向について調査、情報発信を行っている。 早稲田大学政経学部卒業。ペンシルバニア大学ウォートン校MBA(ファイナンス専攻)。