ベンチャー関係者必読「スタートアップが急成長を目指すべき理由」

経営・ビジネスハック

ポール・グレアムという人を知っているだろうか?米国でYコンビネーター(YCombinator)という大人気のベンチャー育成プログラムを創立した人で、プログラマーや作家としても有名な人物だ。彼の大変面白いエッセイを見つけたので、全文訳を掲載したい。かなり長い文章だが、もし、ベンチャーに関わっている方であればぜひ読んで欲しい。知人や友人にもすすめて欲しい。

スタートアップが急成長を目指すべき理由

(注:米国ではベンチャー企業をスタートアップを呼ぶ。ここでは原文の意味を活かすため、ベンチャー企業の事を、スタートアップという名称で統一したい。)

スタートアップは、急成長する事を目的としている会社のことだ。新しく設立された会社を全部スタートアップと呼ぶわけではない。スタートアップは、テクノロジー分野での起業を指す訳でもないし、ベンチャーキャピタルから出資を得る事、また、会社を売却したり、上場したりする事がスタートアップの条件でもない。スタートアップにとって、必要不可欠なことは成長だ。他の全ての事は、成長に付随する要素にすぎない。

スタートアップを起業したいのであれば、「スタートアップ=成長」である事を理解することが重要だ。スタートアップは、非常に難しい。進むべき方向を間違えたら、決して、成功する事はない。「成長」を追求する事を忘れてはいけないのだ。ただし、良いニュースがある。成長を追いかけると、その他の事もうまく行く。あなたは、「成長するかどうか」をコンパスにすればいい。つまり、全ての意思決定で、「成長」するかどうかを判断基準にするのだ。

セコイア

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最初に、スタートアップとは何かを考えよう。これは当たり前のように感じるかもしれないが、誤解されている事が多い。新しく設立された会社がスタートアップではない。米国では、毎年、何百万もの企業が設立されているが、そのほとんどはスタートアップではない。そのうち、ごく一部がスタートアップ企業だ。多くは、飲食店、理髪店、配管工等のサービスビジネスだ。いくつかの特殊なケースを除き、これらはスタートアップ企業ではない。理髪店は、素早く成長しないからだ。スタートアップとは、例えば、Googleのような検索サービスなどを指す。

スタートアップの成長には二つの側面がある。ひとつは、スタートアップ企業は、成長を目指すものだという事。しかし、スタートアップ企業は、普通の会社と違う性質を持っている。その違いは、育つと大木になるセコイアの苗木と、もやしとの違いほどの大きい差だ。

なぜ急成長する企業は、「スタートアップ」という特別な言葉が使われるのか?もし、スタートアップが急成長する理由が、創設者の運や努力だけだとしたら、特別な言葉を使う必要などない。大成功した企業と、そうでない企業と呼べばよい。しかし、スタートアップは、一般の企業とは全く異なるDNAを持つのだ。理髪店の創業者が、運と実力で店を大きくしたとしても、Googleとは同列に比較する事は出来ない。Googleは、成功する前から特別な会社なのだ。

急激に成長するには、大きな市場に売り込める何かを作らなければならない。それがGoogleと理髪店の違いだ。床屋は大きく成長できない。

本当に大きく成長する会社は、(a)大勢の人々が欲しがる商品を作り、(b)欲しい人全員に届けなければならない。理髪店は、(a)の条件に関してはいいだろう。全ての人は、髪を切らないといけないからだ。理髪店にとっての問題は、(b)が出来ない事だ。これは店舗型のビジネス全般に当てはまる問題だ。理髪店は、お客さんと対面でサービスを提供しないといけない。お客さんは、遠くの床屋には通わない。もし、遠くから来たとしても、大勢の客を処理することが出来ない。[注1]

ソフトウェアのビジネスは、(b)の制約を解決するいい方法だ。しかし(a)の制約は残る。例えば、ハンガリー人にチベット語を教えるソフトを売るとしたら、欲しい人の全員に届けることが出来る。しかし、そんな客はほとんどいない。一方で、中国人に英語を教えるソフト売るとしたら、それはスタートアップ企業に相応しいビジネスになる。

ほとんどの企業は(a)か(b)の制約に引っかかる。成功したスタートアップ企業の特徴は、これらの両方の制約をクリアしている事だ。

アイデア

どうせ起業するなら、一般のビジネスより、急成長するスタートアップを起業する方がいいように思える。せっかく起業するなら大きく成功する方がいい。しかし、問題は市場が効率的に出来ているという事だ。ハンガリー人にチベット語を教えるソフトは、競争相手がいないが、中国人に英語を教えるソフトは、猛烈な競争に直面する。なぜなら市場が大きいからである。[注2]

制約条件は自らを守る障壁でもあり、トレードオフが働く。床屋は地元の床屋と競争するだけだが、検索エンジンは、全世界と競争しないといけない。

もっとも重要なのは、通常は新しいビジネスアイデアを考えるのが難しいという事実が自分を守る障壁になっているという点だ。ある地域にバーを開いた場合、あなたの成長には限界があるし、また、競争相手も少ない。そして、地元のバーであるという事が、あなたの会社を明確に定義するのだ。「地元」+「バー」は、小さいビジネスとしては悪くないアイディアだ。(a)の制約も同様だ。ごく少数な人だけを対象にしたビジネスは、自らを守りつつ、明確にビジネスを定義する。

一方、スタートアップを起業したい場合は、かなり新しいアイディアを考えつく必要がある。スタートアップは、大きな市場を相手にする必要があるが、そのようなビジネスアイディアは、既に他の会社がやっている事が多い。

では、人々が見落としているビジネスアイディアを一生懸命探さないといけないという事か?しかし、スタートアップは、そのようなやり方はしない。成功する創業者は、他の人と変わっている。変わっているからこそ、他の人には見えないアイデアが見える。おそらく、成功したスタートアップの創業者自身も、最初は自分がすごいアイディアを見つけた事には気付いていない。しばらく後になって、他の人が見逃している、すごいアイデアを、自分が見つけた事に気付く。その気付きの後では、創業者は、意識的にそのアイディアを追求していく。[注3]しかし、成功するスタートアップが起業される瞬間には、多くのイノベーションは無意識なのだ。

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成功した創業者の特徴は、他の人が気付かない問題を発見することができるということだ。技術に強い人は、技術が解決できる問題を発見し成功する事が多い。なぜなら、技術変化が早いので、以前であれば、実現不可能なアイデアだったものが、誰もが気付かないうちに良いアイデアになっていることが多いからだ。アップルの共同創業者であるスティーブ・ウォズニアックは、自分のコンピュータが欲しいという課題を持っていた。1975年当時、このような問題を感じるのは、ごく一部の人だけだった。しかし、技術の変化に伴い、それは一般的な問題になった。彼は自分のためのコンピュータを作る方法を知っていたので、自分で作る事が出来たのだ。そして、彼自身のために解決した問題は、Appleがその後、数年間で数百万の人々のために解決した問題となった。多くの人がパーソナルコンピューターが大きな市場だと気付いた時には、すでにアップルの地位が確立されていた。

Googleも同様の起源を持っている。 ラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンは、ウェブを検索したかった。彼らは、既存の検索エンジンの使い勝手がいまひとつで、改善の余地がある事に気付き、そして、改善するための具体的なアイディアを持っていた。彼らが有利だったのは、まさにこの点だ。その後数年間で、彼らが解決したかった問題は、すべての人の共通の問題となった。インターネット上の情報量が急増して、古いアルゴリズムでは、十分に検索できないことに大勢が気付いたからだ。しかし、アップルの場合と同じように、みんなが検索エンジンの重要性に気づいた時には、Googleはビジネスを確立していた。

このようにして、スタートアップアップのアイデアは技術と結びついていく。ある分野が急速に変化すると、他の分野において、大きな問題を解決できる事を明らかにするのだ。一つの例は、技術の進歩がそれまで解決不能だった問題を解決できるようする。それがAppleを生み出した変化だ。半導体技術が進歩することによって、スティーブ・ウォズニアック氏が、自分の小遣いでも手が届くコストで、コンピュータを設計する事を可能にしたのだ。Googleにとって、重要な変化だったのは、インターネットが拡大した事だ。ウェブを検索する事がより大きな問題になったのだ。アップルと異なり、技術変化が問題解決を可能にした訳ではない。

スタートアップとテクノロジーに関して考えると、スタートアップは物事の新しいやり方を生み出すので、新しいテクノロジーを生み出していると言える。(広義のテクノロジー)一方、スタートアップが、技術変化に基づくビジネスアイデアに注目し、テクノロジーに基づく製品を作るときがある。これは狭義のテクノロジーだ。この二つは混同してしまいがちだ。しかし、スタートアップは、技術的な変化に基づかず、ハイテクでもないスタートアップがありえるので注意したい。(広義のスタートアップ)[注4]

成長率

スタートアップと見なされるために、どのくらいの速度で成長する必要があるのだろうか?それには正確な答えは無い。「スタートアップ」は、基準値によってはかるものではなく、目指すべき目標である。 スタートアップを起業したと言うのは、自分の目標を宣言しているだけだ。あなたは、通常の会社ではなく、急成長するスタートアップを起業することコミットするのだ。それは、人が思いつかないアイデアを探す事にコミットする事でもある。しかし、最初はコミットしているだけで、それ以上ではない。スタートアップを起業することは、その点では役者になるようなものだ。 役者になるには、何か資格があるという訳ではい。頂点を目指すという事である。見習いの役者は、レストランで働きながら、オーディションに通い続ける。仕事を得られれば役者として成功した事になる。しかし、見習いの役者も役者だ。

要は、「どのくらいの成長率があれば、その会社がスタートアップとみなされるのか」ではなく、「成功するスタートアップはどのような成長率で伸びている事が多いのか」である。この問いは、スタートアップを起業するものにとっては、極めて重要な意味を持っている。なぜなら、自分達が正しく進んでいるかどうかを確かめるために必要な問いだからだ。

成功したスタートアップの成長には、通常、3つのフェーズがある:
1. 初期の段階は、自分達のビジネスを理解しようとするフェーズがある。この時は、ゆっくりと成長するか、もしくは全く成長がない。
2. 多くの人が欲しがる製品の作り方と、その製品を人々に届ける方法を見つけ出すと、急成長のフェーズが始まる。
3. 最終的には、成功したスタートアップが大きな会社に成長する。やがて、会社内の様々な制約や市場規模の壁にぶつかり、成長が遅くなる。[注5]

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これらの3つのフェーズが、S字カーブ型の成長カーブを作るのだ。スタートアップと呼ぶフェーズは、2つ目の急成長フェーズである。会社がどのくらい大きくなるかは、急成長フェーズの長さと傾きで決定される。

傾きは、企業の成長率である。すべての創始者が常に知っておくべき数値をひとつ挙げるなら、それは会社の成長率だ。それこそ、スタートアップを測るべき指標だ。その数値を知らないなら、その事業が順調に進んでいるのかどうかさえ分かっていないということだ。

私は、スタートアップの創業者に会うと、最初に成長率を尋ねる。「月に約100名の顧客を獲得している」と教える人がいるが、それは成長率ではない。重要なのは、顧客獲得の絶対数ではない。既存の顧客数に対する、新規の顧客の割合だ。もし、毎月一定数の顧客を獲得しているとしたら、成長率が低下しており、問題だ。

Yコンビネーターでは、週次の成長率を測定している。なぜなら、製品デモ、までにはほとんど日数を与えられないし、初期の段階では、ユーザーからの頻繁なフィードバックを得て、ビジネスを修正していく必要があるためだ。[注6]

Yコンビネーターでは、良い成長率は、週5%?7%だ。週に10%を達成することができれば、非常に好調だ。1%の成長だとしたら、何をやろうとしているのか判っていない証拠だ。

成長率を測定する時には、売上の成長率を見るのが良い。もし、最初に課金しないビジネスなら、アクティブなユーザー数だ。課金を開始した時に、売上は、(アクティブ・ユーザー数)x(単価)で表せるので、アクティブユーザー数を見ておけば、ビジネスの成長を判断できるからだ。[注7]

コンパス

Yコンビネーターでは、スタートアップに対し、自らが達成可能だと考える成長率を設定し、毎週それを達成するようにアドバイスしている。ポイントは、成長率だけを見る事である。もし、週7%という成長率の目標を立て、その数字を達成したら、その週は成功である。それ以外にやるべき事はない。しかし、成長率の目標を達成できなかった場合は、最も重要な事に失敗したと考え、非常に警戒して対処すべきだ。

もし、あなたがプログラマなら、このやり方にピンと来るだろう。スタートアップ立ち上げるという事を、最適化の問題へ変換しているのだ。コードの最適化を経験したことがある人は、焦点を絞ることがいかに効果的であるかが分かるはずだ。コードの最適化とは、既存のプログラムに対し、処理時間の短縮、もしくは、使用メモリーの節約など、より少ないリソースで動くように、コードを変更していく。そのプログラムの機能を考える必要はない、ただ高速化するだけだ。プログラマにとって、これはやりがいのある仕事である。焦点を絞ると、パズルを解くような感覚で問題に取り組む事が出来、驚くほど早く解決する事が出来るのだ。

成長率を達成することに焦点を合わせれば、スタートアップが取り組まないといけない様々な問題を考える必要が無くなる。たった1つの問題にフォーカスすればいいのだ。全ての意思決定において、目標とする成長率を達成できるかどうかを指標にする事が出来る。2日間のカンファレンスに参加するべきか?他のプログラマを雇うべきか?マーケティングにもっと注力すべきか?ある大手顧客に営業をかけるべきか?ある機能を追加すべきか?目標成長率に貢献できるならやればいい。[注8]

週次の成長で評価することは、一週間先だけに目を向ける訳ではない。週次の成長目標を達成するという、たった一つの重要な目標を達成できないとしたら、その失敗による苦痛はかなり大きいものになる。将来、同じ苦痛を回避するには、どうしたら良いかを考えるようになるのだ。例えば、プログラマを一人雇えばどうなるか?1週間後の成長に貢献しないものの、1ヶ月後にユーザー増に繋がる新機能を実装できる。そのような場合には、プログラマを採用する事を検討するだろう。しかし、(a)人を雇う事で余計な業務が発生し、短期的に成長率を悪化させる事がないか、(b)人を増やさずに成長率を達成し続ける方法が無いかという点を、十分に検討して採用を決定すべきだろう。

将来について考えるなと言っているのではない。必要以上に考えるべきではないと言うことだ。

このように成長率の目標だけを追いかけると、問題が起きるのではないかと考えるかもしれない。登山に例えるなら、小さい山に登る事に一生懸命で、もっと大きな山の存在に気付かないというケースである。しかし、実際にはそんなことは起こらない。毎週成長率を達成することは、創業者に行動を起こさせる。行動を起こすかどうかが、成功への大きな違いを生むのだ。会議室に座って、戦略を練っているとしたら、それはただの問題を先送りしているだけの事が多い。スタートアップ企業を立ち上げる場合、どの山に登るべきかというのは、創業者が直感的に理解している。スタートアップが目指す山(は、他の山と地続きになっている事が多い。一つの山に登っていると、他のよりよい山が見つかるのである。

興味深いのは、成長という目標に向けて、最適化をすすめると、スタートアップのアイデアを見つけ出す事が出来るという事だ。成長しなければというプレッシャーを活用して、ビジネスモデルを進化させるのである。週次10%の成長を達成するために、ビジネスモデルを最適化していくと、最初に考えていたビジネスとは、全く違うビジネスになる。しかし、継続的に週10%の成長が達成できれば、ほぼ確実に最初のアイディアよりも良いアイデアになるのだ。

スモール・ビジネスと共通する点がある。特定の地区に店を開く事がスモールビジネスの性格を決定づけるように、一定の速度で成長し続けることが、スタートアップのビジネスを定義するのだ。

あなたは、自分が初期にもっていた事業構想に捕らわれること無く、ひたすら成長率を達成するという制約条件を追い続けるのである。これは、科学者が、自分が考えていた仮説に固執せず、正しい真理を受け入れようとするのと同じだ。物理学者のリチャード・ファインマンは、「自然の想像力は、人間の想像力を超える」という言葉を残し絵いる。これは、真実を追い求め続ければ、自分が考えつく以上の素晴らしい発見をする事ができるということを意味している。科学者が真理を追究するように、スタートアップは成長を追求しないといけない。成功したスタートアップを見ると、多かれ少なかれ、成長を追求しながら想像力を追求した結果、成功にたどり着いているのである。[注9]

価値

週に数%の成長を持続させるビジネスを見つけるのは難しいが、もし見つけることができたら、あなたは極めて貴重なビジネスを発見したいえる。その理由を説明するために、将来の話をしてみよう。

週次の成長率を1年間に換算した場合の成長倍率

週次成長率年間成長倍率
1% 1.7倍
2% 2.8倍
5% 12.6x倍
7% 33.7倍
10% 142倍

週1%で成長すると、1年で1.7倍に成長する。もし、週5%で成長すると、1年12.6倍に成長する。今、ある会社が月1000ドルを稼いでいるとしよう(YCのプログラムでは平均的な数字だ)。この会社が週に1%で成長すれば、4年後に月7900ドル(日本円で約63万円を稼ぐ。これでは、シリコンバレーのプログラマの給与より少なくなってしまう。しかし、同じ会社が週5%で成長すれば、4年後に月2500万ドル(日本円で20億円)稼ぐことになる。[注10]

このように急激な成長する企業は歴史上めったに存在せず、そのため、この成長率について、我々は実感を持って理解する事ができないのだろう。急成長するスタートアップでは、創業者でさえびっくりすることが多い。成長率が少し変化しただけで、全く別のビジネスを生み出すのである。だから、急成長する会社には、スタートアップという特別な用語が存在するし、スタートアップは、普通の企業とは違って、ベンチャーキャピタルから資金調達をしたり、他社に会社を売却したりする。そして、面白い事に、それが非常に頻繁に失敗する理由でもある。

期待値という概念に知っている人なら、スタートアップのほとんどが失敗する事に納得がいくだろう。もし、スタートアップの成功確率が高いとすると、企業価値が異常なまでに高くなってしまうからである。例えば、スタートアップが成功して、創業者が1億ドル(日本円で80億円)を稼ぐことができれば、その成功確率が1%でも、利益の期待値は100万ドル(約8000万円)となる。おそらく、十分に優秀で実行力のある創業メンバーであれば、1%以上の確率で成功するだろう。若いビルゲイツのような適切な人々なら、確率は20%、もしかしたら50%と言えるかもしれない。だから、多くの人がスタートアップに挑戦するのは驚くべきことではない。効率的な市場では、成功が大きければ大きいほど、失敗するスタートアップが増えて行くはずだ。そして、成功企業数が多ければ、当然失敗企業の数も多い。[注11] つまり、多くのスタートアップ企業は、ほとんど可能性の無いアイディアを追求しているのだが、「スタートアップ」という名前を誇りに持ち、その絶望的な努力を正当化しているのだ。

しかし、私はこの事を気にしていない。俳優や小説家など、βが高い(訳者注:ファイナンス用語で、リターンがばらつく事を指す)職種と同様だ。私はもう慣れてしまった。しかし、普通のビジネスを立ち上げた人々にとっては、癪に障る問題であるようだ。なぜなら、スタートアップばかりが注目を浴び、自分達の会社は注目を浴びないからだ。

しかし、彼らも全体像を見たら、冷静になれるだろう。彼らは、中央値と平均値を混同してしまっているからだ。スタートアップ企業を中央値から判断すると、スタートアップは、詐欺みたいに思える。スタートアップを起業する人が現れ、そこに、投資する人が現れるのはあり得ない事だ。よほどのバブルでも起きない限りは。資金を提供したい理由を説明するため、夢のような製品を考案する必要がある。しかし、そのような多様性を持つドメインで中央値を使用するのは間違いだ。中央値より平均結果を見れば、投資家がスタートアップを好み、起業家がスタートアップを起業することが合理的である事が理解できる。

投資

なぜそんなに投資家はスタートアップ企業を好むのか?なぜ、確実に利益を上げることができる企業よりむしろ、写真共有アプリに投資することに熱くなるのか?明快な理由だけではない。

どの投資の評価であっても、見るのはリスクに対するリターンの比率だ。驚くほどリスクがあるが、成功するとリターンが非常に高いので、スタートアップ企業はその審査に合格する。しかし、それは投資家がスタートアップ企業を好む唯一の理由ではない。通常の低成長のビジネスでも、リターンも低いがリスクも低ければ、リスク・リターン比率は、良い数字になるかもしれない。では、なぜベンチャー・キャピタルは、高成長企業にのみ興味を持るのか?理由は、理想的にIPO、もし無理なら他社に売却する事で、投資した資本を回収するためだ。

投資からリターンを得る他の方法は、配当だ。なぜ、一般の会社に投資して、配当を報酬として得るVCは存在しないのか?非上場企業は、利益を外部に流出させないように操作する事が極めて簡単だからだ。(例えば、自らの支配下にあるサプライヤーから、高値で部品を購入することが出来る)非上場企業に投資し、配当収益を得ようとする場合は、彼らの帳簿に細心の注意を払わなければならない。
ベンチャーキャピタルがスタートアップ企業に投資したい理由は、単にリターンが目的ではなく、モニタリングすることが容易だからだ。創設者は、利益を独り占めする事が出来ない。かならず、投資家に収益を還元する仕組みになっているからだ。[注12]

なぜ創設者はベンチャーキャピタルから資金を得たいのか?成長である。良いアイデアを持ち、成長を目指す事は、良い面と悪い面を持っている。あなたは良いアイディアを持っているだけでは十分ではない。良いアイデアを持ち、ビジネスを急速に成長させないと、競合他社がやってしまう。特にネットワーク効果が働く分野においては、ゆっくり成長する事は危険である。そして、良いスタートアップはある程度ネットワーク効果を持つビジネスを行っているものである。

ほとんどの会社は、起業するための資金が必要となる。しかし、スタートアップ企業は、黒字化済み、もしくは、黒字化が可能な段階でも資金を調達する。会社が黒字なのに自分の会社の株を手放して、資金調達をするのはばかげているように思えるかもしれない。なぜなら、手放す株の価値は将来値上がりするからだ。しかし、それは保険を買うようなものだ。成功したスタートアップは、資金調達に関して、保険を買っていると考えている。自社の利益だけでも成長する事は出来るが、ベンチャーキャピタルのお金を入れる事で、より早く成長できるのだ。調達した資金で、自らの成長率を決める事が出来るのである。

最も成功するスタートアップは、常に成長のための資金を豊富に手に入れる事が出来る。なぜなら、スタートアップがベンチャーキャピタルを必要とする以上に、ベンチャーキャピタルは、スタートアップを必要とするからだ。利益を出しているスタートアップであれば、自らの利益を使って成長する事が出来る。ゆっくりと成長する事で、競合の危険性は高まるが、多くの場合は、事業がダメになるほどのリスクではない。一方、ベンチャーキャピタルは、スタートアップ、特に最も成功しているスタートアップに投資をしないといけない、さもないとビジネスを継続できないのだ。つまり、有望なスタートアップであれば、極めて魅力的な条件で投資のオファーを受けることが出来るのだ。、ベンチャーキャピタルは、そのような条件で投資をしても、投資先が成功した場合は、大きな収益を上げる事が出来るので、ビジネスが成り立つのである。自分の会社が高い成長率によってすさまじい評価額になるとは思えないかもしれないが、そういう会社が存在するのだ。

成功するスタートアップは、買収のオファーを受ける。なぜか?何が他の企業にスタートアップ企業を買わせたいと思わせるのか?[注13]

誰もが成功するスタートアップ企業の株式が欲しいのだ。急成長している会社は価値が高いのだ。例えばeBayがPayPalを買収したが、今やPayPalはeBayの売上の43%を占めているし、今後更に成長するだろう。

企業がスタートアップ企業を買収したいのには、別の理由もある。急速に成長する会社は、価値があるだけでなく、危険でもある。もし拡大を続けた場合、自分のビジネス領域を浸食するかもしれない。製品を持つ企業を買収は、ある種の不安から行われるのである。または、スタートアップに不安を感じないとしても、競合他社に買収された場合の影響を考えるだろう。買収する企業にとって、スタートアップは二重の意味で貴重で、一般の投資家が払うよりも、より多くの金額を支払うのだ。[注14]

理解する事

起業家、投資家、買収者は、生態系を形成している。この生態系は優れたバランスで出来ており、人々にとっては裏に黒幕がいるのではないかと思うかもしれない。しかし、自然界の絶妙な仕組みでなりたっているように、スタートアップも絶妙な生態系で成り立っている。裏側の陰謀はない。

Facebookが価値の無いInstagramに高いお金を払ったのではないかと考えると、裏に黒幕がいて、マーク・ザッカ―バーグにInstagramを買わせたのではないかと考えるかもしれない。マーク・ザッカ―バーグを知っている人であれば、そもそもの前提が間違っている事を知っている。彼がInstagramを買収した理由は、価値があり、危険であったからで、それはInstagramの急成長からもたらされたものだ。

スタートアップ企業を理解するためには、まず成長について理解することだ。この世界では、成長が全ての原動力だ。スタートアップ企業がテクノロジーの分野でビジネスを行うのは、成長しやすいからだ。急成長できる良いアイデアはめった見つけられるものではない。アイディアを見つけるベストな方法は、変化によって生まれたビジネスチャンスを発見することで、テクノロジーは急激な変化を引き起こすからだ。
なぜ多くの起業家が、スタートアップに取り組むのか、それは成長によって、スタートアップを立ち上げるのが、経済的に合理的だからだ。:リスクが高いにも関わらず、急成長するスタートアップのリターンに対する期待値は極めて高いものいなる。VCがスタートアップ企業に投資することを好むのは、成長するからだ:リターンが大きいだけでない。キャピタルゲインからリターンを得る方が、配当金からリターンを得るよりずっと管理しやすいからだ。資金調達が必要ない場合で、成功しているスタートアップ企業は、ベンチャーキャピタルから資金を調達する。それは成長を追求するからだ。成功しているスタートアップが、買収のオファーを受ける成長しているからだ。なぜなら、急成長している会社は、単に価値があるからではなく、危険でもあるからだ。

ある分野で成功するために、その分野で推進力となる力を理解しなくてはいけないという訳ではない。成長を理解することこそ、スタートアップとは何かを理解することだ。また、スタートアップを起業するのは、普通のビジネスよりも、難しいな問題を解決する事にコミットする事だ。急成長を生むアイデアを見つけ出すという難しい作業にコミットするのだ。急成長するアイデアは非常に価値があり、そのため、見つけるのも困難だ。スタートアップとは、これまでに見けたアイディアを形にしていく事である。スタートアップとは、研究者になろうとするのに近い。決められた問題を解決しようとするのではない。問題を解決できるのかも分からない。今まで誰も発見していないアイディアを見つけることを宣言している。スタートアップの創業者は、お金儲けを目指す研究者のようなものだ。ほとんどの人は何の発見をすることもできないが、一部の人は、相対性理論のようなすごい大発見をするのである。

注記
[1] 厳密に言えば、獲得したいのは顧客の多さではなく、大きな市場だ。要は「顧客数」と「支払い金額」のかけ算の数値が大きい事だ。しかし、支払金額が大きいとしても、少数の顧客に依存することは危険だ。特定の顧客の力が強いすぎるとあなたの会社はコンサルティング会社のようなビジネスになる。なので、一般的に、どんな市場でも、できるだけ大勢の人が使う製品作る方がいい

[2] かつて、(37シグナルズの共同創業者であり、Ruby on Railsの考案者である)デイビット・ヘインマイヤー・ハンソン氏は、起業を目指すプログラマーに対し、レストランを目標にする事を勧めた。レストランが、(b)の制約がある(全ての人にサービスを提供できない)のと同様に、ソフトウェア企業が(a)の制約がある(大勢の人が欲しい訳でない)ことは、悪い事ではないと言っている。同感だ。ほとんどの人は、スタートアップ企業を目指すべきではない。

[3] Yコンビネーターでは、一歩引いて俯瞰して事に力を入れている。創業者は、通常、直感的に何かを発見し、その意味を理解していない。おそらく、どの分野でも大発見とはそうして起きるのだ。

[4] 私は、以前に書いたエッセイ「富を生み出す方法」の中で、スタートアップ企業は困難な技術的な問題に取り組む会社であると言ったが、それは間違いだ。それは、最も一般的だが、それ以外もあり得るからだ。

[5]企業は、新市場に参入できるので、当初の市場の大きさで成長が制限される訳ではない。しかし、大企業は新市場に参入するのが苦手である。市場の大きさによって減速が始まるのは、結局は、会社の内部の限界が表れているとも言える。

そのような会社の成長の制約は、組織の再編成、具体的には分社化を進める事で、克服できる可能性がある。

[6] 成長率を測るのは、起業済みか、YCの期間中に起業可能なスタートアップのみだ。もし、スタートアップが、新しいデータベースソフトウェアを構築するとしたら、成長率を測定することはない。ただし、市場に小さく参入し、その後、成長率を指標として、ビジネスモデルを改善し、成長を加速させるのは、極めて有効な方法だ。多くの会社が実行すべきである。

[7] もし、スタートアップ企業が、FacebookやTwitter経由で、製品やサービスを提供しようとしており、まだ収益化の見込みが立っていない(マネタイズの計画が無い)としたら、成長率は極めて高くなければならない。そのような企業は、成功するために膨大な数のユーザーを必要とするからだ。

気をつけなければいけないのは、成長率が高く、かつ、解約率も高いと、潜在顧客を開拓しつくしたタイミングで成長が突如停止する事があり得るという事である。

[8] 言うまでも無いことだが、Yコンビネーターで成長につながる事は何でもするべきだと言っているからと言って、ユーザーのLTV(Life Time Value、生涯価値)以上のお金を広告に投入したり、アクティブ・ユーザーの数をごまかしたり、招待状を大量に送信して成長曲線をごまかすなどはしてはいけない。

そのような誤魔化しで投資家を騙すことができたとしても、自分のコンパスを捨ててしまっているので、最終的に、自分が損することになる。

[9]成功したスタートアップを見ると、アイディアが良かっただけだと思いがちだが、それは危険な思い込みだ。あなたが見つけるべきなのは、最高のアイディアを見つける事ではなく、将来、最高のアイディアへと進化するアイディアだ。最初のアイデアと後に見つける最高のアイデアは、似ていない事に注意する必要がある。なぜなら、あなたの初期顧客(アーリーアドプター)は、他の顧客層と異なるニーズを持っているからだ。例えば、Facebookの元になったアイディアは、Facebookの一機能ではない。Facebookの元になったアイディアは、ハーバードの大学生のためのウェブサイトだったのだ。

のぼやけたバージョンでは無いということだ。アイデアを進化させるアーリーアダプターは、市場の残りの部分とは異なるニーズを持っているので、そもそも性質自体異なっている場合が多い。例えば、Facebookへと進化するという考えは、単にFacebookの部分集合ではない。ハーバード大学学部生のためのサイトだ。

[10] 会社が本当に長い間年間1.7%で成長したらどうするか?他の成功したスタートアップと同じくらい大きく育つことはできなかったのか?もちろん、原理的にはYESだ。月千ドルを稼ぐ架空の会社が、19年間に渡り週1パーセントで成長した場合、ある会社が4年間で週に5%で成長するのと同じくらい大きく成長するだろう。しかし、そのような軌道は、例えば不動産開発では一般的かもしれないが、テクノロジー・ビジネスでは、稀だ。技術では、ゆっくり成長する企業は、大きく成長しない傾向がある。

[11] 期待値の計算は、人によって異なる。人によって、お金がもたらす効用(便益、メリット)のレベルが異なるからだ。例えば、最初の百万ドル(8000万円)の持つ価値は、その後、数百万ドル(数億円)よりずっと価値がある。その程度は、個人差がある。若者、または、野心的な人にとっては、効用関数はフラットである。(訳者注:最初の1億円も次の1億円も同じ位価値を持つという事)これが、スタートアップ企業の創業者が若い理由の一つだ。

[12] 正確に言うと、この説明は大成功したケースの説明だ。そしてベンチャーキャピタルの利益の全ては、大成功したケースからもたらされる。スタートアップでも、高値で部品を仕入れさせることで、私腹を肥やす事は可能だ。しかし、Googleの創業者は、そんな事をしない。見込みの無いスタートアップは、私腹を肥やす事を考えるだろうが、そのような投資案件は、ライトオフ対象である。

[13] 買収は、2つに分類される:買収者がビジネスを欲する場合と、従業員のみを欲する場合だ。後者のタイプは、人事買収(HR Acquisition) と呼ばれる事もある。通常は、人事買収は、採用ボーナスのように評価される。

[14] ロシア出身の起業家にこの話をしたら、とても驚かれた。交渉で、買い手を脅せばより多くの買収価格を上乗せしてくる事にびっくりしたのだ。「ロシアでは、殺されるだけだ」、と冗談を言っていた。経済的に見た場合、大企業が新たな競争相手を排除できないのは、法治国家の重要な原則の一つだ。企業は規制や訴訟などを通じて、新規参入者を妨害しようとするだろう。これは問題が行動だ。なぜなら、それは、法律に違反しているからはなく、法の精神が目指すものから外れる行為だからだ。

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出典:ポール・グレアムブログ