「今までと同じように営業しているのに、急に成果が出なくなった」そんなふうに悩んでいる人はいませんか。
その理由は、もしかしたら顧客の購買行動の変化を理解できていないことにあるかもしれません。今回は、特にBtoBの営業活動において近年のトレンドとされている、バイヤーイネーブルメント(Buyer Enablement)について考えてみましょう。
バイヤーイネーブルメントとはどんな概念か?
バイヤーイネーブルメントは登場してまだ間もない概念のため、聞き馴染みがない人も多いかもしれません。しかし、マーケティング大国のアメリカではすでに一般的な言葉として使われ、関連サービスを提供する企業も登場するなど、従来の営業活動の概念を変えるアプローチとして大きな注目を集めています。
このバイヤーイネーブルメントという言葉が初めて世の中に出たのは、アメリカの大手調査会社Gartner社が2018年10月に発表したレポートと言われています。そこでは、この言葉の概念について以下のように説明されています。
”顧客が購買活動においてスムーズでより良い意思決定ができるように支援すること”
これまでBtoBの営業活動といえば、実際に企業を訪問して顧客と対面するフィールドセールスが一般的でした。会話の中で顧客が抱えている問題やニーズを読み取り、自社商品やサービスによりどういった改善ができるかを提案する、いわゆるプッシュ型と呼ばれる営業形式です。営業活動の主体はあくまで営業担当者にあり、その成否は担当者個人の売り込み力に大きく左右されることになります。
これに対し、バイヤーイネーブルメントとは顧客がものを購入する際のプロセスに注目し、よりよい購買活動ができるよう支援する営業施策です。営業担当者が積極的に売り込むのではなく、顧客の購買担当者が自ら情報収集を行い意思決定をすることでスムーズな購買につなげるという点が、従来の営業活動との大きな違いです。
BtoB購買担当者の68%は、オンラインで情報収集したい
バイヤーイネーブルメントは端的に表現すると、購買担当者が主体となって情報収集や意思決定を行うように促す営業施策と言えます。一見すると非効率にも思えますが、なぜこうした営業方式が注目を集めているのでしょうか。
その理由は、顧客の購買プロセスの変化にあります。
市場調査会社のForrester社が行った調査によると、自分一人でオンラインで情報収集することを望むBtoB購買担当者の割合は68%にも上るのだとか。この数字は2015年よりも15%も増加しており、オンラインでの情報収集が好まれる傾向は、ここ数年で急激に高まっていることが読み取れます。
また同じ調査では、第一の情報源として営業担当者とのコミュニケーションを選ばないと答えた購買担当者は67%、またデジタルコンテンツだけで解決策の評価基準や仕入先リストを完成できると答えた担当者は62%に上ることも明らかにされています。
いずれも、購買担当者は自らオンラインで収集した情報を重視して商品選定を行っており、従来ほど営業担当者を頼りにしていないことを示す結果と言えるでしょう。
バイヤーイネーブルメントが注目集める背景には、ミレニアル世代の影響がある
こうした変化が起こった背景には、企業内においてBtoB購買などの決裁権を持つ人々の世代交代が進んでいることがあげられます。
現代の企業において、購買商品を決定したり意思決定に大きく関わる層の多くは、1980~1995年頃に誕生したミレニアル世代と呼ばれる人々です。この世代は幼い頃からインターネットがある環境に慣れ親しんでおり、ITリテラシーが非常に高いことが特徴としてあげられます。そのため、情報収集もインターネットやSNSなどを駆使して行い、営業担当者の力を借りなくても自分で商品知識を高め、比較検討することができるのです。
BtoB商品はBtoCに比べると営業担当者が関わる余地が大きい傾向にあります。そのため、顧客の購買プロセスが変化したからといって、すぐに従来の営業施策が通用しなくなるわけではないという見方もあるかもしれません。
ただ、営業担当者からの情報収集が第一手段でなくなっていることはデータかも明らかで、インターネットの情報収集段階で選択肢にあげられなければ、比較検討すらされないのも事実と言えるでしょう。
ミレニアル世代の購買担当者に商品を売るためには、従来のように営業担当者の個人的な売り込み力に頼った営業施策では効果が期待できません。マーケティング部門と協力し、有益なコンテンツの提供や顧客一人ひとりにカスタマイズした施策を実施するなど、顧客がインターネットを駆使していることを前提とした営業活動が必要となるのです。
バイヤーイネーブルメントに必要なコンテンツ
オンラインでの情報収集を好むミレニアル世代に向けた施策といえるバイヤーイネーブルメント。これを効果的に実施するためには、BtoB購買担当者に向けたコンテンツが欠かせません。具体的には、どのような基準で制作すればいいのでしょうか。
そのヒントとなりそうなワードがビジネス系SNSのLinkedin社が発表したレポート(Mastering Buyer Enablement in B2B Sales)の中にあったのでご紹介しましょう。
”(バイヤーイネーブルメントとは)プレッシャーを感じたり、不当に影響されることなしに、購買担当者が良い意思決定をするための見通しをつけること”
これはLinkedin社がバイヤーイネーブルメントの定義について述べたものですが、重要なのは『プレッシャーを感じたり、不当に影響されることなしに』という部分です。
ミレニアル世代がオンラインでの情報収集を好む理由はいくつか考えられます。自分の慣れ親しんだツールを使えることや、時間を効率的に使えるといった理由もありますが、何より大きいのは複数の競合製品をフラットに比較検討できるという点ではないでしょうか。
営業担当者の営業トークや提案は、購買の参考になることは間違いありません。しかし、競合他社の製品と比較検討したい場合、必ずしもすべての話を鵜呑みにできないという側面もあり、熱心な売り込みがフラットな検討の妨げになってしまうケースもあります。
ミレニアル世代の購買担当者が自らオンラインで情報収集するのを好むのは、こうしたノイズを避けるため。そう考えると、先ほどの『プレッシャーを感じたり、不当に影響されることなしに』という部分の重要性もうなずけるのではないでしょうか。当然ながら、コンテンツ制作の際もここに配慮することが重要になります。
また、先ほども紹介したGartner社の別の調査によると、B2B購買担当者の77%が「直近の購買活動が複雑/困難だった」と回答しており、具体的には以下のような理由で購買タスクがやり直し、もしくは再検討になっていたことが明らかになっています。
※購買チームで購買タスクがやり直し/再検討となる割合
・課題の特定…76%
・解決策の探索…79%
・要求仕様の具体化…80%
・サプライヤーの選定…79%
つまり、購買担当者自身はオンラインでの情報収集を望んではいるものの、その購買活動の複雑さや困難さを課題と感じており、こうした問題を解決してくれるコンテンツを求めていることが伺えます。そのため、顧客が抱える問題を可視化できるようなコンテンツや、その解決策を提示してくれるコンテンツには、一定の効果があることが予想できるでしょう。
さらに、Gartner社の別のレポートでは、バイヤーイネーブルメントにおいては下記のようなコンテンツや情報を提供することが重要としています。こちらもぜひ、参考にしてみてください。
・分析機能…顧客にデータ分析機能を提供する
・助言機能…それぞれの購買活動に対して顧客をコーチングする
・診断機能…現状のパフォーマンスを評価、または顧客に必要なオプションを特定する
・比較機能…顧客には入手困難な情報を使って他社と比較する
・共有機能…顧客社内のステークホルダーと共有できる土台を提供する
・実験機能…解決策が顧客の環境でどのように機能するかを模擬実験する
・案内機能…顧客の入力内容に応じた具体的な購買タスクの選択肢を提供する
Guide to Buyer Enablement | Gartnerより引用
セールスイネーブルメントとバイヤーイネーブルメント、どう違う?
近年BtoB営業において注目されているワードの中に「セールスイネーブルメント」というものがあります。バイヤーイネーブルメントとよく似た響きの言葉ですが、この両者はどう違うのでしょうか。
セールスイネーブルメントとは、端的に言うと営業組織を強化・改善するための取り組みを指す言葉です。さまざまな営業施策をトータルでデザインし、それぞれの施策のパフォーマンスを数値化して管理・分析することで、営業活動の最適化や効率化を目指す取り組みをいいます。
営業活動を効果的に進めるためには、従業員の研修やツールの導入、営業プロセスの管理などさまざまな施策を行う必要があります。近年注目を集めるSFA(営業支援システム)やCRM(顧客管理システム)をすでに導入している企業は決して少なくないでしょう。また、新入社員に対する基本的なビジネスマナー研修やロールプレイング研修などもこの施策の一つに数えられます。
これらはいずれも営業力を確保するために重要なものですが、それぞれの施策がどのような効果をもたらしているか、実際に売上拡大につながっているかを把握するのは簡単ではありません。
研修を実施してはみたものの従業員の定着度が悪く、実際には思ったほどの効果につながらなかったり、営業支援ツールを導入しても実際には効果的に使われず、ただデータを打ち込んでいるだけになっているケースは決して珍しくないでしょう。
こうした事態を避けるためには、それぞれの施策が本当に効果的であるかを可視化し、管理・分析していくことが重要です。例えば、実施された研修と営業成果の相関関係や、ツールを導入したことによる効率化の度合いなどが数値化できれば、今後効果の高い営業施策を打ち出す上での重要なデータとなるでしょう。こうしたデータは営業力を維持していくことにもなり、組織力の強化にもつながるものです。
繰り返しになりますが、セールスイネーブルメントは自社の営業部門を主体とし、管理・強化していくための取り組みを指す言葉です。これに対し、バイヤーイネーブルメントは顧客の購買担当者を主体として、その購買活動を支援する取り組みです。それぞれアプローチする対象は異なりますが、いずれも近年のBtoB営業では欠かすことのできない概念と言うことができるでしょう。
バイヤーイネーブルメントは、顧客の購買活動の変化に合わせた施策
モバイル端末の普及やWebマーケティングの登場により、私達の購買におけるプロセスは大きく変化しました。ものを購入する場合、これまでは店頭で説明を聞きながら自分にあった商品を比較検討するのが一般的でした。特に情報収集や比較検討のプロセスが長くなりがちな高額商品では、その傾向は顕著と言えるでしょう。
しかし、最近では商品やサービスの情報がインターネット上にあふれ、実際に店舗に行かなくとも手軽に情報収集することができます。実際に使用している人のレビューや、競合商品との比較情報を事前に確認し、購入商品をほぼ決めてから店舗に行くという人も多いのではないでしょうか。
バイヤーイネーブルメントは、まさにこうした世代をターゲットにした営業施策と言えるでしょう。重要なのは、従来のように営業担当者が主体的に売り込むのではなく、購買担当者の商品選定を後方から支援することです。バイヤーイネーブルメントの登場は、これまでの営業活動にも発想の転換が求められていることを示唆するものといえるかもしれません。