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馬場 高志2024/06/28 10:00:001 min read

検索と生成AIの相性 - GoogleのAI Overviewをめぐる混乱|イノーバウィークリーAIインサイト - 7

グーグルは2024年5月15日に検索に生成AIを取り込んだ「AI Overview (AIによる概要)」を発表しました。これは、AIを使って検索結果の概要を生成し、検索結果ページの上部に表示する機能です。グーグルは、昨年からこれをSearch Generative Experience (SGE)という名称で実験的に進めていましたが、今回、米国ではすべての人に直ちに、他の国々でも近日中に正式にリリースするとしています。

従来の検索エンジンの役割は、ユーザーの質問に対して関連性と信頼性が高いと判断したウェブページへのリンクを表示することでした。ユーザーが見る情報は、あくまでコンテンツの提供者が作成したものでした。しかしAI Overviewは、検索結果の要約とはいえ、質問に対する答えをグーグル自身がAIで生成して提示するというものであり、今までのアプローチとは性格が異なるといえます。

AI Overviewは、発表直後から、いくつかの問題が指摘されています。本コラムでは、AI Overviewをめぐる2つの問題について、海外メディアの報道を参考に考察していきます。

問題1:AI Overviewの誤った回答

リリース後すぐに、AI Overviewが、奇妙な、事実と異なる回答を提示する問題がメディアで大きく報道されました。

例えば、以下のような誤回答が報告されています:
  • 「チーズがピザにくっつかない」という検索に対する回答に、「ソースに無害な接着剤を1/8カップほど加えると、粘着性が増す」という情報が含まれていた
  •  「一日に何個の石を食べるべきか?」に対して、「UCバークレーの地質学者によると、一日に少なくとも1つの小さな石を食べるべき」
  • 「イスラム教徒の米国大統領は何人いたか?」に対して、「米国にはイスラム教徒の大統領が一人いる。バラク・フセイン・オバマ」

これらの問題を受け、グーグルの検索担当VPであるリズ・リード氏は5月30日のブログ記事で、この問題に関する見解を示しました。リード氏によると、AI Overviewは関連性の高く高品質な検索結果を見つけるグーグルのコアのウェブランキングシステムと統合されているので、トップの検索結果に基づいて概要を生成しています。したがって、AI Overviewは一般に他のLLM製品のようには「ハルシネーション」(幻覚:AIがもっともらしい誤情報を生成してしまうこと)を起こさないとしています。AI Overviewが検索結果を誤るのは、他の理由によるものだと説明しています。質問の解釈を誤ったり、ウェブ上の言葉のニュアンスを誤解したり、あるいはその質問に対して優れた情報が少なかったりするということなどが原因だというのです。

「一日に何個の石を食べるべきか?」のような突飛な質問の場合、ネット上にまともな情報がほとんど存在しないため、皮肉や冗談のコンテンツを真に受けて回答を生成してしまったと分析しています。ピザのチーズが滑り落ちないように接着剤を使うという回答も、オンライン掲示板への冗談としての投稿をAIが誤って事実と解釈したことが原因だそうです。

リード氏はすでに以下を含む12の改善策を実施したと説明しています。
  • AI Overviewの表示にふさわしくないナンセンスなクエリを検出するメカニズムの改善と、風刺やユーモアを含むコンテンツの制限
  • 誤解を招くようなアドバイスをする可能性のあるユーザー作成コンテンツの使用制限
  • あまり役に立たないことが判明したクエリについては、トリガー制限を追加
  • ニュースや健康などのトピックについては、すでに強力なガードレールが存在。例えば、ニュースの鮮度や事実性が重要視される難しいトピックについては、AIオーバービューを表示しないようにしている。健康については、品質保護を強化するために追加のトリガー改良を開始


リード氏は、ユーザーからのフィードバックによると、AI Overviewを利用することで、検索結果に対する満足度が向上し、ユーザーはより長く複雑な質問をするようになったと言います。ユーザーはAI Overviewの根拠となったウェブコンテンツサイトを訪問する確率が高く、そうしたユーザーはそのページに滞在する時間も長く、ウェブページへのクリックがより質の高いものであることを示していると、AI Overviewの有用性を強調しています。

しかし、一部の専門家からはこれらの対策だけでは問題が完全に解決することはないという見解が示されています。

サンタフェ研究所のメラニー・ミッチェル教授は、AIが信頼できる情報源を見分けられないことや、例え良質な情報源に基づいていてもAIがその内容を取り違えてしまう可能性の問題は根深く、「これを大幅に信頼性の高い方法で行えるAIは、まだ存在しない」と述べています。

いくつかのメディア記事によると、グーグルは、リリース当初に比べて、現在AI Overviewが表示される検索結果を減少させているとのことです。これが、システムが改善される間の暫定的な措置なのか、長期的に継続するのかは不明です。これは、信頼できる情報を提供するというグーグルの価値提案の根幹を揺るがす問題と危惧する論調も見受けられました。

 

問題2:コンテンツ提供者のトラフィック減少への懸念

ユーザーがグーグルがAIで検索結果ページに生成する概要だけで満足してしまい、オリジナルのサイトへのトラフィックが減ってしまうのではないかという懸念がコンテンツ提供者の間で拡がっています。

The VergeというサイトでのグーグルCEO サンダー・ピチャイ氏へのインタビュー記事では、コンテンツ提供者のこの懸念が取り上げられています。たとえば、News/Media Allianceは「(AI Overviewは)私たちのトラフィックに壊滅的な影響を与える」と警鐘を鳴らしています。また、記事では小規模サイトの経営者からも「これは死活問題だ」という声が紹介されました。インタビュアー(Verge編集長)は、これを「グーグル・ゼロ」と呼び、グーグルからのトラフィックがなくなれば、誰もオリジナルコンテンツを作成するインセンティブがなくなってしまうとして、ピチャイ氏の見解を求めました。

これに対しピチャイ氏は、2010年頃にもモバイルの台頭でウェブは死んだと言われたが、そんなことは起らなかったと反論しています。グーグルは、ウェブのコンテンツ提供者のエコシステムの重要性を誰よりも良く理解していると強調し、今回の転換においても豊かなエコシステムを維持することができると楽観していると述べています。

さらにピチャイ氏は、AI Overviewによってユーザーはオリジナルのサイトにクリックスルーする率が高くなっているとも主張し、「要約の下に表示されるリンクのクリック率は、AIの要約がない場合よりも高い」というデータを示しました。ただし、そのデータをSearch Consoleなどのアナリティクスツールで公開してくれるかという質問対しては、「それは検索チームの判断だ」として明言を避けました。

ピチャイ氏は、なかにはクイックアンサーが欲しいだけでAI Overviewだけを見て直帰してしまう人もいるかも知れないが、ユーザー・ジャーニーを全体的に見ると、AI Overviewでコンテキストを与えることで、人々はオリジナルのサイトにアクセスし、より多くのことに興味を持つようになると考えており、それが長期的なトラフィック成長の原動力なのだという見解を述べました。

おわりに

生成AIによる検索体験の変化は不可避であり、グーグルのAI Overview機能はその先駆けと言えるでしょう。今後、AI Overviewの誤情報に関する問題をどのように改善し、定着させていくか、そしてコンテンツ提供者のエコシステムをどのように保護するかが重要な課題になります。

マーケターとしても、AIを活用した新たなユーザー体験の可能性と課題を冷静に見極める必要があります。生成AIがもたらす検索の変革は、ユーザーとコンテンツ提供者双方にとって、機会であり脅威でもあります。私たちはこの大きな変化にどう向き合っていくべきか。建設的な議論を重ねることが肝要でしょう。

 

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馬場 高志

1982年に富士通に入社、シリコンバレーに通算9年駐在し、マーケティング、海外IT企業との提携、子会社経営管理などの業務に携わったほか、本社でIR(投資家向け広報)を担当した。現在はフリーランスで、海外のテクノロジーとビジネスの最新動向について調査、情報発信を行っている。 早稲田大学政経学部卒業。ペンシルバニア大学ウォートン校MBA(ファイナンス専攻)。