インターネットが普及して以来、情報の検索は私たちのデジタルライフの中心でした。そして、その中心には長らくGoogleが君臨し、「検索する」ことは「Googleで検索する」こととほぼ同義でした。
しかし今、生成AIの台頭により、この検索のあり方が大きく変わろうとしています。この変化は、ユーザー行動、企業ビジネスモデル、そして情報へのアクセス方法そのものに影響を与える可能性があります。
この記事では、生成AIがもたらすインターネット検索の大きな変化について、その兆候、現状、予想される方向、求められる新たな戦略について掘り下げていきます。
検索の地殻変動:AIが揺るがすGoogleの牙城
5月初旬、米司法省のGoogleに対する訴訟におけるアップル社幹部の証言によって、Googleの株価が7%も下落しました。アップルはGoogleとの契約により、GoogleをSafariのデフォルト検索エンジンとしています。アップルのサービス部門責任者エディ・キュー氏は、アップルのSafariブラウザーの検索数が2025年4月に初めて減少したと述べ、その理由をAI利用の増加だと証言しました。
さらにSafariの検索オプションとしてOpenAI、Perplexity、AnthropicといったAI検索プロバイダー追加の可能性に言及しました。これが、Googleの検索市場支配が揺らいでいる兆しと受け止められたのです。
実際にStatcounter(世界的なWebトラフィック解析サービス)によると、Googleのグローバル検索トラフィックのシェアは2023年3月の約93%から2025年3月には89.71%に低下しています。この背景には、ChatGPTやPerplexityのような、情報検索機能を無料で提供するAIの存在があります。レシピ検索から専門情報に至るまで、従来Google検索の対象となっていたクエリの一部がAIへと移行しているのです。
Similarweb(自サイトだけでなく競合サイトや業界全体のWebトラフィックを詳細に分析できる世界的なツール)によれば、ChatGPTは2025年4月に月間訪問数51.4億を記録し、トップ10ウェブサイトで唯一13%の成長を見せました(下図参照) 。
(ソース:https://www.visualcapitalist.com/charted-chatgpts-rising-traffic-vs-other-top-websites/)
特にWikipediaのアクセス数が大幅に減少(-6.1%)している点は、AIによる情報収集へのシフトを示唆しています 。
GoogleのAI戦略:「AI Mode」に見る進化の方向性
ChatGPTやPerplexityのようなAIプラットフォームによる検索機能の提供に対して、Googleも対抗戦略を打ち出してきています。AIを活用し検索結果の要約やハイライトを表示する「AIによる概要 (AI Overviews)」機能を昨年5月から提供していましたが、今年5月のGoogle I/Oでは、これを発展させた「AI Mode」を米国で提供開始すると発表しました。
AI Modeでは、Google検索トップに専用タブが表示され、これを選択すると大きなテキストボックスで質問を入力する対話型インターフェースに移行します。AI Modeは最新のGemini 2.5のカスタム版を使用し、下記のような特徴を備えています:
- より複雑で曖昧な質問への対応:
AI Overviewsは、検索結果の要約が主な機能でしたが、AI Modeでは、複数の条件や意図を含む複雑な質問にも、より的確に答えられるようになります。
- 単なる要約を超えた「提案」や「計画立案」:
情報をまとめるだけでなく、旅行の計画を立てたり、複数の選択肢を比較検討したり、さらには具体的な手順を提示したりするなど、より能動的なサポートが可能になります。
- マルチモーダルな情報処理:
テキストだけでなく、画像や音声、動画といった様々な形式の情報を理解し、それらを組み合わせて検索したり、回答を生成したりする能力が向上しています。例えば、スマートフォンのカメラで何かを写して「これは何?」と尋ねるといった使い方が進化します。
- より対話的な検索体験:
一度の検索で終わらず、AIと対話するように質問を重ねていくことで、より深く情報を掘り下げたり、当初の質問から派生する新たな疑問を解消したりできるようになります。
このように、Google自身もAI主導の検索に大きく舵を切ろうとしています。
AI主導検索の影響:ゼロクリック検索の増加
コンテンツデリバリネットワーク(Webサイトのコンテンツを世界中のサーバーに分散して、ユーザーに高速で届けるサービス)を提供するCloudflareのマシュー・プリンスCEOは、最近の決算発表説明会で、AI主導検索へのシフトがもたらす影響について興味深い指摘をしました。AIが提供する要約回答でユーザーが満足し、元サイトのリンクをクリックしなくなる「ゼロクリック検索」が急増しているというのです 。
プリンスCEOによると、Googleがクロールするページ数に対し元サイトへ送る訪問者の割合は、10年前は2:1でしたが、6ヶ月前には6:1、現在は15:1にまで減少しています。さらにOpenAIでは250:1、Anthropicでは6,000:1という極端な比率だと述べています。
広告収入に依存してきたメディア企業やパブリッシャー(Webサイトやアプリのコンテンツを発信し、広告で収益を得る事業者)は、AIが自社コンテンツをクロールしてもサイト訪問に繋がらないため、収益源が脅かされています。パブリッシャーがコンテンツを収益化できなくなると、良質なコンテンツの生産が減少し、インターネット全体の質が長期的に低下する問題につながる可能性があります。
新たなビジネスモデル:広告の誘惑とアフィリエイトの可能性
AIによる「ゼロクリック検索」の増加は、Googleに代表される従来の検索の広告依存型ビジネスモデルを揺るがしています。一方、現在、多くのAIプラットフォームはサブスクリプションやAPI課金を主な収益源としていますが、ベンチャーキャピタリストのエリック・フラニガム氏は、「広告の誘惑」と題されたブログ記事で、AI企業もいずれ広告収益化に乗り出すと予測しています 。
LLMがユーザーの「アテンション」を集め、記憶機能によってユーザー理解を深め、さらには行動代行まで行うようになれば、ターゲット精度と購入確率が格段に向上し、広告主にとって魅力的な場となるためです 。AI企業にとっても、広告は無料ユーザーの収益化や有料版への移行促進につながる可能性があります 。
しかし、AIにおける広告導入には課題もあります。AIが直接回答を提供する性質上、広告によって回答が偏ることはユーザーにとって大きな懸念となります。そのため、ユーザー体験を損なわずに広告を導入する方法が重要になります。広告を厳選する、ユーザーデータをセンシティブに扱い最初はパーソナライズ化しない、そして回答への影響を最小限にする、といった慎重なアプローチが必要かもしれません。
もう一つの有望な収益化戦略はアフィリエイトモデルです。最近、OpenAIとShopifyの提携が噂となりました。AIプロバイダーはEコマース向けのパーソナルなレコメンデーションを提供し、購入をプラットフォーム内で完結させ、手数料を得る仕組みの提供が可能です。これは、情報を広告によって歪めることなく、レコメンデーションされたアクションに対して収益を得るという、広告とは明確に区別された形での収益化を可能にします。将来的には、AIプラットフォームがショッピング、検索、そしてソーシャルメディアまでも含む「スーパーアプリ」 のような存在になり、この「チャンネル」 そのものを所有することが大きなビジネスチャンスを生む可能性があるとフラニガム氏は考察しています。
コンテンツ最適化戦略の変化:SEOからGEOへ
インターネット検索の風景が変わるにつれて、企業やコンテンツクリエイターが情報を発見してもらうための戦略も変化を迫られます。ベンチャーキャピタル、アンドリーセン・ホロウィッツ社はブログ記事で、従来のSEO(検索エンジン最適化)に代わり、GEO(生成エンジン最適化:Generative Engine Optimization)という新たなパラダイムが出現しつつあると指摘しています。
従来のSEOが主にリンクとページランクに基づいて検索結果ページでの上位表示を目指すのに対し、GEOはLLM(大規模言語モデル)が生成する回答に自社コンテンツが直接引用されることを目指します。AI検索では、ユーザーの質問がより長く複雑になり、LLMが複数の情報源からパーソナライズされた回答を生成するため、キーワードの反復よりも、整理され、解析しやすく、意味が凝縮された高品質なコンテンツが重視されます。
この新しい動きに対応するため、Profound やGoodieのようなGEOに特化した新たなツールや、AhrefsやSemrushなど既存SEOツールによるGEO対応機能も登場しています。
おわりに:不可避の進化と戦略の再構築
生成AIがもたらすインターネット検索の変革は、一過性のトレンドではなく、私たちの情報アクセス方法を根本から変える不可避の進化です。その兆候はすでに各所に現れており、Googleが依然として強力な影響力を持ち続ける一方で、新たなAIプラットフォームがユーザーの「マインドシェア」を獲得していく流れは確実でしょう。
この大きなうねりの中で、AIプラットフォーム企業は、収益性と倫理観のバランスを取りながら、ユーザー体験を損なうことなく持続可能なビジネスモデルを構築するという難題に直面しています 。広告、アフィリエイト、あるいは全く新しい収益モデルの模索など、彼らの動向から目が離せません。
企業やコンテンツクリエイターもまた、この変化を静観しているだけではいられない状況と言えるでしょう。伝統的なSEOの知識を活かしつつ、AIが情報をどのように評価し、ユーザーに届けるかを理解するGEOの視点を取り入れた、より洗練されたコンテンツ戦略が求められるようになるでしょう。これは単なる技術対応に留まらず、ユーザーとの新しいコミュニケーション方法を模索するクリエイティブな挑戦でもあると考えられます。
未来の検索エコシステムは、技術的な優位性だけでなく、ユーザーからの深い「信頼」、実生活に役立つ「有用性」、そして心地よい「体験」によって形作られていきます 。この変化を好機と捉え、長期的な視点で戦略を再構築し、新たな価値創造に取り組むことが、これからの時代を生き抜く鍵となるでしょう。
▼参考記事
- 「アップル、ブラウザーでのAI検索を検討-アルファベット株急落」
- 「アップルの検索に関するコメントは、投資家にグーグルの将来を心配させる一つの理由を与えた。 もうひとつはこれだ」
- 「ChatGPTのトラフィック上昇と他のトップサイトとの比較」
- 「検索における AI : 情報を超えた知性へ」
- 「Cloudflareのマシュー・プリンスCEOは、検索主導のインターネットがAI主導のインターネットに移行すると見ている」
- 「広告の誘惑」
- 「生成エンジン最適化(Generative Engine Optimization: GEO)が検索のルールを書き換える」
