欧米のAI最新動向やAI活用に関する洞察をもたらす記事やポッドキャストを紹介するイノーバウィークリーAIインサイト。第3回目は、アップル、グーグル、NVIDIAなどへの初期投資で知られるシリコンバレーの名門ベンチャーキャピタル、セコイアキャピタルが3月に開催した「AI Ascent 2024」サミットでの議論を紹介します。このサミットでは、AIの最前線で活躍する研究者や起業家が集結し、AIの現状と未来について議論が交わされました。本記事では、このサミットから見えてくるAIの最新トレンドを、ビジネスへの影響という観点から紹介します。
セコイアパートナーが語るAIの現状と将来:コパイロットからエージェントへ
セコイアのパートナーたちは、AIがもたらした3つの重要な能力として、「創造する (create)、「推論する (reason)」、「交流する (interact)」を挙げます。創造と推論を行えるようになったことで、AIは人間と自然にインタラクションできるようになりました。これは従来のソフトウェアにはなかった能力であり、これによってAIは単にソフトウェア市場(TAM:6,500億ドル)を置き換えるだけでなく、これまで人間にしかできなかった巨大なサービス市場(TAM:数十兆ドル)を置き換えていくことが可能になるとセコイアは考えています。
過去1年間のAI活用事例を見ると、特にカスタマーサービスとソフトウェアエンジニアリングの分野でAIの市場適合性が明確になっています。ECペイメント処理サービスで急成長するスウェーデン発フィンテック企業Klarnaでは、AIを活用してカスタマーサポートの3分の2を自動化し、700人分の人員を削減しました。ソフトウェアエンジニアリングの分野でも、AIによるコード生成が急速に進んでいます。
生成AIの売上は1.5年ほどでゼロから30億ドルに達しました。SaaS産業が30億ドルの売上に達するまでに10年を要したことに比べても、これは驚異的な成長スピードといえます。しかし、同時にビジネス上の課題も抱えています。昨年、生成AI企業はNVIDIAのGPUの購入に500億ドルを費やしたのに対し(しかも、これは電力やデータセンターのコストを含んでいない)、生成AI関連の売上は30億ドルにとどまっています。またChatGPTや生成AIアプリのユーザー数は多いものの、YouTubeやInstagramなどと比べると使用頻度(毎日使うか月に数回しか使わないか)や継続率は低い状況です。ただし、今後の技術進歩によってこれらの課題は解決に向かうと期待されています。
セコイアは今後1年のAI分野の大きなトレンドの一つとして、AIエージェントの進化を予測しています。現在のAIは、人間を補佐するコパイロット(副操縦士)的な役割を果たしていますが、人間が介在しなくても自律的に仕事を遂行できるエージェントへと進化しつつあります。カスタマーサービスやソフトウェアエンジニアリングなど特定の分野では、既に人間の仕事を置き換えるに十分な能力を備えつつあるというのです。
セコイアは、将来的には、AIは補助的なツールから、企業のあらゆる職種において独立した仕事ができる一人前のエージェントへと変貌を遂げるだろうと見ています。CEOが、一人で営業・マーケティング・製造・ロジスティクス・カスタマーサービスなどあらゆる機能をAIエージェントのネットワークを使って会社を運営するビジョンまで描いています。
AIエージェントの進展については、このイベントにおけるアンドリュー・ン教授の講演が参考になるので次に紹介します。
アンドリュー・ン(Andrew Ng)教授が提唱するAIエージェントワークフロー
スタンフォード大学のアンドリュー・ン教授は、機械学習と教育の分野で世界的に有名な研究者です。ン教授は、AIエージェントワークフローという新しいアプローチを提唱しています。興味深いことに、ChatGPT 3.5とChatGPT 4ではベース性能に大きな差があるにもかかわらず、AIエージェントワークフローを適用することで、GPT 3.5がGPT 4を上回る結果を出すことができたそうです。
ン教授は、エージェントの4つの主要設計パターンと関連する技術・手法を紹介しました。
1. 内省 (Reflection): AIが生成した出力を検査し、修正することでコードの品質を向上させる。この手法は効果が実証されている。
2. ツールの使用 (Tool Use): AIはウェブページの検索やコードの生成と実行など、様々なツールを活用して生産性を高め、適用範囲を広げる。
3. 計画 (Planning): AIは、複雑なタスクを実行するための手順を自律的に計画する。もし、途中で問題が発生した場合には、別の方法で問題を回避し、タスクを完了することも可能。
4. マルチエージェントコラボレーション: 異なる役割を持つ複数のAIエージェントを協調させることで、現実の業務環境におけるチームワークをシミュレートし、問題解決の効率を高める。
これらの設計パターンを組み合わせることで、AIはより高度な推論を行うことができます。特に、内省によるコードの品質向上や、マルチエージェントコラボレーションによる問題解決の効率化は、AIの信頼性を高める上で重要な役割を果たします。また、エージェントワークフローでは高速なトークン生成が重要となります。エージェントが反復的に推論を行い、出力を洗練化するために、大量のトークンを高速に生成する能力が必要とされるからです。
ン教授は、エージェントワークフローがAGI(汎用人工知能)への道のりにおいて重要な一歩になると考えています。現状のAIはまだAGIには程遠いですが、エージェントワークフローはその実現に向けた有望なアプローチといえると結論しています。
おわりに
AI Ascent 2024サミットから見えてきたのは、生成AIが単なるブームではなく、ビジネスや社会に変革をもたらす本格的な技術だということです。創造、推論、インタラクションの能力を備えた生成AIは、特にカスタマーサービスとソフトウェアエンジニアリングの分野で、既に市場適合性が明確になっています。一方で、投資に見合った収益化やユーザーエンゲージメントの向上などの課題も抱えています。
アンドリュー・ン教授が提唱するAIエージェントワークフローは、内省、ツールの使用、計画、マルチエージェントコラボレーションといった設計パターンを取り入れることで、AIをより自律的かつ高度な推論を行えるエージェントへと進化させる可能性を秘めています。
細かい指示を与えなくても、任せておくだけで自ら計画し、判断し、仕事を遂行してくれるAIエージェントはセコイアのいうように本当にもう実現可能なところまで来ているのでしょうか?生成AIの推論や計画の能力については、専門家の間でも意見が分かれており、懐疑的な見方をしている人もいます。次回は現在の生成AIの限界についての見解にも目を向けてみたいと思います。