はじめに
AIのめざましい能力向上によって、特に細かい指示を与えなくても自律的に作業をこなしてくれるAIエージェントの登場によって、AIが人の仕事を奪うという懸念は現実味を帯びてきました。AIは人間を置き換えるための技術なのでしょうか?それとも、人間の能力を拡大し補完してくれる技術なのでしょうか?
今回は、こうした問題について、AnthropicのCEOダリオ・アモデイ氏とエコノミストのノア・スミス氏の見解を紹介し考えてみたいと思います。
Anthropic CEOの大胆な予測
OpenAIやGoogleに対抗する最先端の大規模言語モデル(LLM)Claudeの開発で知られるAnthropicのCEOダリオ・アモデイは、最近AIはいかにして世界をより良く変えうるかを論じた長文のエッセイを公開しました。
このエッセイで、アモデイは、ノーベル賞受賞者よりもすべてにおいて賢いAIが、私たちの寿命を2倍にし、あらゆる病気を治し、計り知れない世界的な経済的富を生み出す力を与えてくれる未来を予測しています。アモデイ氏はAnthropic創業の前に、OpenAIでGPT-2とGPT-3を開発したチームを率いていた、AI開発の最前線の専門家です。
アモデイは、このエッセイでAGI(汎用人工知能)という言葉は使わず、代わりに「強力なAI(Powerful AI)」という用語を次のように定義して使っています:
- ほとんどの分野でノーベル賞受賞者を凌駕するAI
- テキスト、オーディオ、ビデオ、マウスやキーボードの操作、インターネットへのアクセスなど、様々なインタフェースを通じてアクションを起こし、タスクを自律的に達成できる
尚、Anthropicは10月23日にパソコン上でマウスをクリックしたり、キー入力したりしてタスクを人の代りに自動で実行できるClaudeの新機能を発表しました - 自身の数百万のコピーと協力して目標を達成する
アモデイは、この「強力なAI」は早ければ2026年に登場する可能性があると言っています。
このエッセイでアモデイは、生物学、医学、経済などAIが変革的な影響をもたらしうると考えるいくつかの主要分野に焦点を当てています。 各分野におけるAIのプラスの影響について、彼は急進的な予測を立てています。 生物学と医学の分野では、「強力なAI」は、その誕生から7~12年以内にほとんどの病気を治し、ガンをなくし、アルツハイマーを食い止めるだろうと考えています。 精神疾患の治療薬も5~10年以内に開発されるだろうとしています。 そして最終的には、人間の平均寿命を2倍の150歳まで延ばすことにつながるだろうと予測しています。
地球規模の問題では、アモデイはこの種のAIが世界の飢餓を解決し、気候変動を逆転させる可能性があると信じています。 また、サハラ以南のアフリカのGDPが10年以内に現在の中国の水準に匹敵するほど、発展途上国の劇的な経済成長をもたらしうると考えています。
仕事への影響について
アモデイは、短期的には、AIによって人間の生産性は向上し、人間の仕事は維持されるだろうと言っています。AIがすべての仕事の90%で人間よりも優れているとしても、残りの10%で人間の能力は高度に活用され、報酬は増え、新しい人間の仕事を大量に生み出し、「10%」の部分が拡大してほぼすべての人を雇用し続けることになると言います。
彼はまた、実際、AIが仕事の100%で人間よりも優れたことができるようになっても、計算資源の制約によってAIのキャパシティが有限である限り、経済学で言う「比較優位」の論理が当てはまり、人間の仕事の経済的価値は残るだろうと言います。この「比較優位」という経済学の用語については、次のセクションで詳しく説明します。
しかしながら、アモデイは、長期的に見れば、AIは非常に幅広い分野で効果的になり、また極めて安価になるため、人間の労働の経済的価値は失われるとみています。 アモデイは、その時点で、現在の経済体制はもはや意味をなさなくなり、新たな経済的、社会的な制度が必要になると言っています。
アモデイは、ユニバーサル・ベーシック・インカム(性別や年齢、所得水準などに関係なく、すべての国民に政府が一定額の所得保障を支給する制度)などに言及しているものの、ここでは具体的な政策的提言は行っていません。
あるエコノミストの見解
ストーニー・ブルック大学ファイナンス准教授を経て、現在は経済学の知見を分かりやすく解説するブログで人気のノア・スミスは、AIが経済成長や雇用にどのような影響を与えるかについて興味深い見解を示しています。アモデイのエッセイでも、「比較優位」の説明に関して、スミスのブログ記事を引用しています。
「比較優位」の概念について
このブログ記事で、ノア・スミスは、AIが人間よりもすべての作業を効率的に行えるようになったとしても、人間の仕事は残り、しかも高給の仕事として残る可能性があると論じています。
これは経済学での「比較優位」の原則によるものです。比較優位とは、「他者と比べて誰が上手いか」(競争優位あるいは絶対優位という)という意味ではなく、「自分は他の活動と比べて何が最も得意か」という相対的な概念です。
スミスは以下のような具体例を挙げています:
あるベンチャーキャピタリスト(仮にマークとします)は、非常に速いタイピストだとします。しかし、彼は自分よりもタイピングの遅い秘書を雇って手紙を書かせます。なぜなら、マークは自分の時間をタイピングよりも価値の高いVC業務に使うことができるからです。
つまり、マークは秘書よりもタイピングもVC業務も上手いのですが(競争優位/絶対優位)、自分の時間に限りがある中で、VC業務の方がタイピングよりもずっと経済価値が高いため(比較優位)、限られた時間はVC業務に使い、タイピングは秘書に任せた方が良いのです。言い換えれば、タイピングをするために、VC業務ができないことによって生じる「オポチュニティ・コスト」 (機会費用:ある選択をしたことで失われた、他の選択をした場合に得られたであろう利益のこと)が高いのです。
同様に、AIにも「計算能力」という制約があります。「強力なAI」はあらゆる作業で人間より優れているかもしれませんが、世界のコンピューティング資源には限りがあります。そのため、AIは比較優位の作業に配分され、それ以外の作業は人間が行なった方が良いのです。
例えば、1ギガフロップのコンピューティング能力で、AIは1時間の医師の診察で1000ドルの価値を生み出せるとします。一方、人間の医師は200ドルの価値しか生み出せません。しかし、同じ1ギガフロップで、AIがエンジニアとして働けば2000ドルの価値を生み出せるとします。この場合、AIを医師として使うとオポチュニティ・コストが2000ドルかかることになります。そのため、人間の医師の方が効率的な選択となるのです。
しかし、スミスは比較優位が働いても、新たな経済的・社会的な課題が生まれる可能性があることを指摘しています。多くの人が仕事を維持できても、AIインフラを所有する一部の人々が巨大な富を得て経済格差が拡大する可能性があります。また、AIの進歩により、人間に適した仕事が短期間で大きく変化した場合、教育システムがその変化に追いつけない恐れがあります。さらに、エネルギーという共通の資源を、AIと人間が奪い合うという問題も考えられます。
そもそも、AIは人の仕事を奪うだけなのか?
スミスは別の記事でより重要な指摘をしています。AI企業は、「人間の仕事を置き換える」という用途にばかり注目しており、AIを活用した新しいビジネスモデルの創造という、より生産的で収益性の高い可能性を見逃しているのではないかということです。
この状況を理解するために、スミスは20世紀初頭の工場の電化の例を挙げています。1881年にエジソンが発電所を建設しましたが、1900年になっても、アメリカの工場の機械動力の5%未満しか電気モーターによるものではありませんでした。なぜでしょうか?
それは、工場主たちが電気を既存の生産方式に単純に組み込もうとしたからです。既存の工場では、一つの蒸気機関からギアと回転軸で各所に動力を伝える方式になっていました。この一つの蒸気機関を電気モーターに置き換えただけでは、コスト削減にならず、この試みは失敗しました。
しかし1920年代になって、電気の特性を活かした工場の再設計が行われました。各作業台に独立した小型モーターを設置し、新たな生産ラインのロジックに従って工場を組織するという革新です。これにより:
- 工場建物を軽量化でき、建設コストを削減
- 必要な時だけ機械を動かせるため、電力を節約
- 生産のボトルネックに応じて、資源を柔軟に配分可能
になり、生産性は飛躍的に向上しました。
同様に、AIも単純な人間の代替ではなく、まったく新しい仕事や生産方式を生み出すことによってはじめて生産性の向上や経済成長に結び付くのかも知れません。実際、現時点でAIによる人間の直接的な代替は、コールセンターなど一部の業務を除いて、コスト効率の面で必ずしもうまくいっていません。
このような状況は、AIの真の価値が単純な人間の代替ではなく、新しいビジネスモデルや働き方の創造にあることを示唆しているのかもしれません。電気が工場の在り方を根本的に変えたように、AIも私たちの仕事のやり方を全く新しい形に変えることで生産性を向上させる可能性を秘めているのです。
おわりに
AIは確かに多くの仕事を自動化する可能性を持っています。しかし、単純な人間の代替は、大きな生産性の向上や経済成長にはつながらず、新たな経済的・社会的な課題を生む可能性があります。
むしろ、AIと人間が相互に補完し合い、新しい形の仕事や産業を生み出していく可能性にもっと焦点を当てるべきでしょう。そのためには、単純な自動化や人間の代替という発想を超えて、AIの特性を活かした新しいビジネスモデルや働き方を模索していく必要があります。その意味で、私たちは今、20世紀初頭の工場の電化に似た、大きな変革の入り口に立っているのかもしれません。