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B2BアプリにおけるAI活用-第2の波-
馬場 高志2024/07/26 10:00:001 min read

B2BアプリにおけるAI活用 - 第2の波 - |イノーバウィークリーAIインサイト -11

人工知能(AI)技術の急速な進化は、ビジネスの様々な側面にすでに大きな変革をもたらしています。

シリコンバレーの著名ベンチャーキャピタル、アンドリーセン・ホロウィッツのパートナーであり、ビジネスアプリケーション分野の投資を担当しているゼヤ・ヤン氏は、B2B(法人向け)アプリケーションにおいても、AIの活用は新たな段階(Wave 2)に入りつつあると指摘しています。

本記事では、B2B AIアプリケーションの動向と今後の展望に関するヤン氏のブログ記事(https://a16z.com/owning-the-workflow-in-b2b-ai-apps/)を紹介します。

Wave 1 とその課題

B2Bアプリケーションに生成AIを活用するにあたって、多くのアプリケーション開発者は、まず、生成AIの持つ明らかな能力、すなわち、「プロンプトから情報・コンテンツを生成する能力」に注目しました。これがWave 1です。

例えば、マーケティング分野では、AIを使って商品説明や広告コピーを自動生成したり、営業では見込み客へのメールの文案を作成したりするツールが登場しました。これらは確かに画期的でしたが、ビジネスアプリケーションの文脈では、いくつかの課題がありました。

一つは、品質と正確性の問題です。AIが生成するコンテンツは個人の楽しみの範囲で使う分には問題がありませんが、ビジネスで必要とされるレベルの信頼性に欠ける面が残っています。例えば、重要な契約書のドラフトは、まず人間が詳細な指示を出して作成しなければなりません。さらに最終的な状態に仕上げるためには、必ず資格をもった弁護士が見直し、編集する必要があるでしょう。品質や時間の節約という観点から、結局は自分たちでやった方が良いという考える人も多いでしょう。

 

さらに、大きな問題は、こうしたAIの活用方法が既存のB2Bアプリケーションのワークフローを中断させてしまうことでした。ユーザーは通常のワークフローを中断し、チャットという別のインターフェースでAIと対話し、生成されたコンテンツを再び元のワークフローに戻す必要があり、既存アプリケーションのネイティブなワークフローを混乱させていました。

aiweekly11-1_ChatUXチャット・インタフェースはワークフローを中断させる
画像引用:Owning the Workflow in B2B AI Apps|Zeya Yang

 

Wave 2:情報統合と洞察抽出

こうした課題を踏まえ、ビジネスアプリケーションにおけるAI活用は現在、Wave 2に入りつつあります。ヤン氏はこれを「SynthAI(合成AI)」と呼んでいます。

 

Wave 2の特徴は、生成AIの別の強み、すなわち「大量の情報を統合し、重要な洞察を抽出する能力」に焦点を当てていることです。生成AIは、人間がとてもそのままでは消化することのできない大量の情報を要約することができます。この能力をワークフローにシームレスに統合することで、ワークフローの作業を中断させることなく、より高度な支援を提供することが可能になります。

aiweekly11-2_SynthAI

Wave 1とWave 2の違い 
画像引用:Owning the Workflow in B2B AI Apps|Zeya Yang

 

ワークフロー自動化の重要性

そもそも、ワークフローとは何でしょうか?

ワークフローとは、特定の業務を達成するために必要な一連の手順のことを指します。ナレッジ・ワークでは、人は情報を収集し、文脈を考慮して、それを処理して目的のアウトプット(洞察や意思決定)を得る必要があります。アプリケーション・ソフトウェアの目的は、このようなワークフローをより速く実行し、質の高いアウトプットが得られるよう支援することです。

Wave 2の「SynthAI」は、B2Bアプリケーションのワークフローにシームレスに組み込むことが可能で、理想的には、複雑なワークフロー全体をワン・クリックで完了できるようになると期待されています。


aiweekly11-3_SynthAI_workflowSynthAIはワークフローに統合できる
画像引用:Owning the Workflow in B2B AI Apps|Zeya Yang

 

Wave 2アプリケーションの具体例

ヤン氏が紹介するWave 2のアプリケーションの具体例を見てみましょう。

A. ブレインストーミングの効率化(FigJamの事例)

FigJamは、Figma社のオンラインホワイトボードツールで、チームのブレインストーミングや協働作業をサポートします。従来のブレインストーミングでは、アイデアを付箋に書き出し、それらをグループ化し、テーマを特定し、最後に要約するという一連の作業が必要でした。これらの作業は、文脈や内容がその時々において独特であるため、通常は人間が手動で行う必要がありました。

FigJamは、これらのステップをAIで自動化しています:

  1. 類似のアイデアを近くに配置
  2. クラスターが表すものを定義・識別
  3. クラスター内のテーマと要点を簡潔にまとめる

これらの作業をFigJamではボタンクリック数回で完了できるようになりました。プロダクトマネージャーや研究者が従来1時間近くかけていた作業を、わずか数クリックで行えるようになったのです。

 

B. 文書編集プロセスの自動化(Macroの事例)

Macroは、AIと校正ツールを内蔵した次世代の文書エディタです。特に、複数の関係者が同じ文書に編集や注釈を加える場合に威力を発揮します。

従来、このような編集プロセスでは以下のような作業が必要でした

  1. 各バージョンの変更点を特定
  2. 同じ箇所に複数の変更がある場合、それらの違いを識別
  3. 変更の影響を要約し、異なるバージョンの変更点の矛盾を検出

 

Macroは「AI Compare」機能を搭載し、これらのステップを自動化しています。この比較作業は、弁護士などが数時間かけて行っていたものですが、Macroを使えば数回のクリックで完了できるようになりました。

 

具体的には、Macroは以下の機能を提供しています

  • 複数のドキュメントバージョンを同時に比較
  • 変更箇所の自動ハイライト
  • 変更の種類(追加、削除、移動)の識別
  • 変更の影響度の自動評価
  • AIによる変更内容の要約


これにより、複雑な契約書や法的文書の編集プロセスが大幅に効率化され、人為的ミスのリスクも軽減されます。

 

C. リサーチワークフローの効率化(Claygentの事例)

Claygentは、AIを活用したウェブスクレイピング(ウェブサイトからの情報抽出)ツールです。営業や他の多くの職種で必要とされる、特定の企業や見込み客(リード)に関する属性調査を自動化します。

 

従来、この種のリサーチ作業は以下のような手順で行われていました

 

  1. 企業のウェブサイトにアクセス
  2. ヘッダーやサイトマップから目的の情報がありそうなページを探し、そこに移動
  3. 目的の情報が見つからない場合、ステップ2を繰り返す
  4. 見つけた属性情報をテーブルに記入
  5. リードリストの各企業に対してステップ1~4を繰り返す

これらの作業は、情報の表示方法が企業ごとに異なるため、従来の自動化ツールでは困難でした。さらに、情報が企業のウェブサイトにない場合、Google検索で見つけた第三者の記事から情報を抽出する必要がある場合もあり、さらに複雑になっていました。

 

Claygentは、このプロセスを自動化し、以下のような機能を提供しています

  • ユーザーが指定したタスクと出力フォーマットに基づいて自動的にウェブをスクレイピング
  •  「価格モデル」や「競合他社」などの一般的な属性に対しては、事前に訓練されたAIモデルを使用して自動的に情報を抽出
  • 一般的な質問タイプを学習し、ユーザーのガイダンスが不十分な場合でも最適な結果を提供

 

これにより、数千社規模のリードリストでも、Clayで数回の設定を行うだけで自動的にリサーチを完了できるようになり、膨大な時間を節約することが可能になりました。

アプリケーションベンダー間の新たな競争

ヤン氏は、こうしたAIを活用したワークフロー自動化の流れが、ビジネスアプリケーション市場に新たな競争をもたらすと指摘しています。

アプリケーションベンダーにとって重要なのは、自社のアプリケーションにより多くのワークフローを取り込んで、顧客との結びつきを強めることです。あるワークフローを「所有」してしまえば、その上にさらに追加のユースケースを拡げていくことが可能になります。

 

つまり、より効果的にAIをワークフローに統合し、ユーザーの業務プロセス全体をカバーできるアプリケーションが、市場での優位性を獲得する可能性が高いのです。

今後の方向性

B2B AIアプリケーションの進化は今後も続くと予想されます。特に以下の点に注目が集まっています。

 

より積極的なAI自動化

AIソリューションがワークフローを正確に実行できると信頼されるようになれば、システムがワークフローの必要性を認識した時点で、ユーザーの操作なしに自動的にワークフローを実行するようになるかもしれません。

 

新しいユーザーエクスペリエンス

AIの能力が向上するにつれて、製品との相互作用の方法が根本的に変わる可能性があります。AIネイティブな CRMは、顧客に関するあらゆるシステムのデータを、従来のデータベースのように表形式で持つのではなく、ベクトル埋め込み(エンベディング)という手法で表現します。これによって、AI CRMは顧客との関係についての文脈やニュアンスを把握することができるようになり、営業に適切なアクションを促す(または自ら実行する)ことができるようになるかもしれません。

 

おわりに

B2B AIアプリケーションは急速に進化しており、ヤン氏がWave 2と呼ぶ次世代のアプリケーションは、情報の合成とワークフローの自動化に焦点を当てています。これらの進化は、ビジネスプロセスの効率化だけでなく、意思決定の質と速度の向上にも大きく貢献すると期待されています。

 

マーケターにとって、これらの変化は重要な意味を持ちます。顧客データの分析、コンテンツ作成、キャンペーン管理など、マーケティングの多くの側面がAIによって大きく変わる可能性があります。マーケターは、これらの技術の進化に注目し、自社のマーケティング戦略にどのように取り入れていくかを検討する必要があるでしょう。

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馬場 高志

1982年に富士通に入社、シリコンバレーに通算9年駐在し、マーケティング、海外IT企業との提携、子会社経営管理などの業務に携わったほか、本社でIR(投資家向け広報)を担当した。現在はフリーランスで、海外のテクノロジーとビジネスの最新動向について調査、情報発信を行っている。 早稲田大学政経学部卒業。ペンシルバニア大学ウォートン校MBA(ファイナンス専攻)。