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馬場 高志2025/09/19 10:00:002 min read

エージェンティックWebとは何か?AIが主役になるWeb進化の新たなステージ|イノーバウィークリーAIインサイト -68

ユーザーに代わって自律的に仕事を処理してくれるAIエージェント技術は、目覚ましい進化をとげています。いま、その進化は「エージェンティックWeb」という新しいパラダイムを生み出しつつあり、インターネットの構造や収益モデル、競争環境を根本から揺さぶろうとしています。

 

本記事では最新の学術研究をベースに、Webの進化の文脈、技術と経済的な要素、そして移行期における実際の混乱や新ビジネスモデルを整理します。

 

エージェンティックWebとは?

カリフォルニア大学バークレー校、ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン、上海交通大学などの研究者たちが共同で発表した論文「Agentic Web: Weaving the Next Web with AI Agents」は、この新しいWebのパラダイムを体系的に論じています。

 

エージェンティックWebとは、大規模言語モデル (LLM)をベースとした自律的なソフトウェア・エージェントが、ユーザーに代わって目標達成のためのタスクを計画し、調整し、実行する、分散型でインタラクティブなインターネット・エコシステムと定義されています。

 

例えば、これまで人間が航空券やホテルを個別に予約していた旅行計画も、エージェンティックWebでは「来週末、予算内でNYへの出張を手配して」と指示するだけで、エージェントが自律的に最適な予約まで完遂し、人間を細かな操作から解放します。

 

このパラダイムでは、Webを動かす主役が人間からAIエージェントへ移り、WebサイトもAIからのアクセスを前提とした構造へと変化します。

 

Webの進化:検索 → 推薦 → 行動

論文では、Webの進化を3つの時代に区分しています。

 

  • PC Web時代(1990年代〜): 検索が中心。情報は静的ページに集約され、GoogleのPageRankなどが秩序を形成。広告はクリック課金型が主流。
  • モバイルWeb時代(2000年代後半〜): スマホとSNSの普及により、レコメンデーションが中心。アルゴリズムによるパーソナライズが収益源を拡大し、アテンション・エコノミー(関心経済)が確立。
  • エージェンティックWeb時代(2025年〜): LLMを搭載したAIがユーザーの代理で行動。旅行予約やEC取引など複雑なタスクを自律的に実行し、収益源は「エージェントによる呼び出しや実行」へと移行

 

以下の表に、3つのWebパラダイムの特徴をまとめました。

 

Webパラダイムの時代別比較 (論文のTable 1を抜粋し翻訳)

 

PC Web時代

モバイルWeb時代

エージェンティックWeb時代

中核パラダイム

検索パラダイム

推薦パラダイム

行動パラダイム

ユーザー行動

能動的な検索と手動ブラウジング

受動的なコンテンツ消費

複雑なマルチステップのタスク実行

情報の組織化

静的ページ、階層的ディレクトリ

パーソナライズされたフィード、アルゴリズムによるキュレーション

動的なタスクフロー、マルチエージェント連携

主要技術

PageRankアルゴリズム、キーワードマッチング

レコメンデーションシステム、行動分析

マルチエージェントシステム、AIオーケストレーション

ビジネスモデル

クリック課金型広告

フィードベース広告、アプリ内広告

エージェント・アテンション・エコノミー

収益源

検索広告(Google AdWordsなど)

ターゲティング広告、Eコマース統合

サービス呼び出し料、エージェント向け広告

主要指標

クリック率、クリック単価

コンバージョン率、滞在時間

サービス呼び出し頻度、タスク成功率

アテンションの焦点

人間のユーザーのクリック

人間のユーザーのエンゲージメント

エージェントによる選択と呼び出し

 

エージェンティックWebの3つの

エージェンティックWebを支えるのは以下の3要素です。

 

  1. 知性(Intelligence): 文脈理解、計画立案、学習適応能力を備えたAIエージェント
  2. 相互作用(Interaction): MCP (Model Context Protocol)やA2A (Agent-to-Agent) といった新たなプロトコル(通信・連携のルール)により、エージェント同士やサービス間が動的に連携。
  3. 経済(Economy): サービス呼び出しやタスク実行に対して対価が発生する、新しいマイクロトランザクション型の仕組み。

 

広告モデルの限界と新たな収益機会

エージェンティック・Webへの移行に向けて、知性と相互作用の要件を実現する技術は着実に進展しています。しかし、経済の仕組みの発達は、まだまだこれからです。

 

モバイルWeb時代を支配してきた広告ベースのビジネスモデルは、人間の「関心・注意(アテンション)」を収益化するものでした。しかし、AIエージェントがユーザーに代わって情報収集や要約を行うようになると、ユーザーが広告の掲載されたWebサイトを直接訪れる機会は激減します。これにより、アテンション・エコノミーの前提は根底から揺らぎ、従来の広告モデルは機能しなくなる可能性が高いのです。

 

これに代わる新しいビジネスモデルが必要になります。それは、人間の関心ではなく、エージェントによるサービスの「呼び出し」やタスクの「実行」そのものに課金する、トランザクションベースのモデルかもしれません。論文では、この新しい経済の枠組みを「エージェント・アテンション・エコノミー」と呼び、サービス提供者は、いかにして人間のユーザーではなく、AIエージェントに自らのサービスを選んでもらうかを競うことになるとしています。

 

現実の衝突:Perplexity vs Cloudflare

エージェンティックWebへの移行は、現実世界で既に摩擦を生んでいます。その象徴的な事例が、AI検索エンジン「Perplexity」とWebサイト配信インフラ大手「Cloudflare」の間で起きているWebスクレイピング論争です。スクレイピングとは、Webサイト上の情報を自動的に取得・抽出して利用する技術です。

 

2025年8月、Cloudflareは、Perplexityがウェブサイト所有者が設定したスクレイピング拒否のルール(robots.txt)を無視し、身元を偽装してコンテンツを不正に収集していると告発しました。これはWebの長年の「紳士協定」を破る行為であり、CloudflareのCEOはPerplexityを「北朝鮮のハッカーのようだ」と厳しく非難しました。

 

これに対し、Perplexityは「Cloudflareは現代のAIアシスタントが実際にどのように機能するかを全く理解していない」と猛反論しました。彼らの主張の核心は、自社の活動は従来の検索エンジンが行うような大規模で無差別な「ボット」によるクロール (Webページを自動的に巡回し、情報を収集すること)ではないという点です。Perplexityによれば、彼らのシステムは、ユーザーが特定の質問をした際に、その回答を生成するために必要な情報だけをリアルタイムで取得する「ユーザーエージェント」であり、AIがユーザーの代理としてブラウザでWebページにアクセスする行為に過ぎないと主張しています。

 

この対立は、「誰がWeb情報にアクセスする権利を持つか」というインターネットの根源的なルールを再定義する戦いです。Webサイト運営者やメディア側は、AI企業が許諾なくコンテンツを収集し、自社のサービスで要約を提供することで、本来Webサイトに来るはずだったトラフィックと広告収益が奪われると主張しています。実際に、ダウ・ジョーンズ、ニューヨーク・ポスト、朝日新聞社、日本経済新聞社などの大手メディアが、Perplexityを著作権侵害で提訴する事態に至っています。

一方で、AI企業や一部のユーザーは、公開情報へのアクセスを制限することは、ユーザーの利便性を損ない、オープンなWebの原則に反すると反論しています。この対立は、エージェンティックWeb時代における情報の価値と、その対価を誰がどのように得るべきかという、新しい経済モデルの必要性を浮き彫りにしています。

 

新たな模索:課金マーケットプレイスと収益分配モデル

この混乱の中から、未来のWebに向けた新しいビジネスモデルの模索も始まっています。

 

  • Cloudflareの「Pay per Crawl」: Cloudflareは、Webサイト運営者がAIクローラーに対して、クロール1回あたりの料金(マイクロペイメント)を設定できるマーケットプレイスの実験を開始しました。これにより、コンテンツ提供者はAIによるデータ利用から直接収益を得る道が開かれます。
  • Perplexityの「Comet Plus」: Perplexityは、出版社と提携し、サブスクリプション型の新サービス「Comet Plus」を発表しました。このサービスの収益の大部分(80%)を提携する出版社に分配することで、質の高いコンテンツの提供者に正当な対価を支払うエコシステムを目指しています。このモデルは、従来の人間のアクセスだけでなく、AIによる検索での引用、エージェントによるタスク実行に対しても収益を配分する、まさにエージェンティックWeb時代を見据えたものと言えます。

 

これらの動きは、Web上での価値交換のルールが、広告モデルからより直接的で多様な形態へと移行しつつあることを示唆しています。

 

おわりに

「エージェンティックWeb」は、単なる技術的な進化に留まらず、インターネットの利用形態、情報の価値、そしてビジネスモデルそのものを根底から覆す可能性を秘めたパラダイムシフトです。ユーザーが操作する「情報の海」から、AIエージェントが自律的に活動する「タスク実行空間」へ。その変化はまだ始まったばかりです。

 

PerplexityとCloudflare、そしてメディア企業を巻き込んだ論争は、この移行期における産みの苦しみと言えるでしょう。Webのオープン性と、コンテンツ創作者への正当な対価という、二つの重要な価値をいかに両立させるか。その答えはまだ見つかっていません。

 

今後の競争優位は「人間に選ばれるか」ではなく「エージェントに選ばれるか」にシフトします。クラウド、コンテンツ、AIプラットフォームをめぐる再編が加速する中、いち早くエージェント・アテンション・エコノミーに対応する企業が新しい市場をリードしていくでしょう。



▼参考資料

 

 

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馬場 高志

1982年に富士通に入社、シリコンバレーに通算9年駐在し、マーケティング、海外IT企業との提携、子会社経営管理などの業務に携わったほか、本社でIR(投資家向け広報)を担当した。現在はフリーランスで、海外のテクノロジーとビジネスの最新動向について調査、情報発信を行っている。 早稲田大学政経学部卒業。ペンシルバニア大学ウォートン校MBA(ファイナンス専攻)。