ハーバード・ビジネス・レビューの最新調査「人々は生成AIを実際何に使っているか?2025年版」によれば、生成AIの最も効果的な活用方法として「セラピー・友人関係」が挙げられています。まるでセラピストのように感情的なサポートを提供し、あるいはバーチャルな友人として共感的に話を聞いてくれるAIに、多くの人々が価値を見出し始めているのです。
本コラムでは、この興味深いトレンドを、海外の記事やMetaのマーク・ザッカーバーグCEOへのインタビュー動画などから深掘りします。
AIが新しいソーシャルメディアになる理由
Meta(旧Facebook)はInstagramとWhatsAppの買収に関連して、米政府から独占禁止法違反の疑いで提訴され、現在、裁判が進行中です。4月の初公判における証言で、Metaは少し意外な事実を明らかにしています。
Meta社の証言によれば、FacebookやInstagramでユーザーが友人の投稿を閲覧する時間は減り続けており、最近ではFacebookで17%、Instagramではわずか7%に留まるといいます。(これは、両サービスがもはや友人同士の交流が主体のSNSではなく、TikTokやYouTubeのようなエンターテインメントプラットフォームと競合しているという同社の主張を裏付けるデータです。)
このような状況を受け、ジャーナリストのアレックス・カントロウィッツ氏は、ブログ記事「AIが新しいソーシャルメディアになる理由」の中で、友人からのフィードが減少する一方で、人々が求める個人的なふれあいの空白を、生成AIが埋めつつあると指摘しています。
たしかに、ChatGPTやClaudeといったアプリは、リクエストに応じてネット情報を瞬時に要約し、まるで親しい友人のように対話に応じてくれます。かつてFacebookが担っていたような、ユーザーの支えとなり、癒すメディアの役割を、今度はAIが果たそうとしているのです。
生成AIはこうしたパーソナルなニーズに応えるための機能を向上させています。
ChatGPTは4月のアップデートでメモリー機能を強化し、過去の会話を記憶し、よりパーソナライズされた対話を継続的に持てるようになりました。また、2月に公開したGPT-4.5はベンチマーク性能では目立った改善はありませんでしたが、OpenAIは「より広い知識ベース、ユーザーの意図を汲み取る能力の向上、そして進化した「EQ(心の知能指数)」」により、対話がより自然に感じられると述べています。
インターネットへの接続の機能も強化されています。
OpenAI o3は、インターネットを検索して情報を確認し、さらに深掘りして調べる能力を備えています。
AnthropicのClaudeも、ウェブ検索とGmail、Googleカレンダー、Googleドライブへの接続を追加したばかりです。
PerplexityのDiscoverは、あなたの興味に従ってパーソンライズされたニュースフィードを提供してくれます。
AI開発各社は、このパーソナルな領域への進出を加速すべく、人材獲得にも力を入れています。
Instagramの共同設立者であるマイク・クリーガーは、現在Anthropicのチーフ・プロダクト・オフィサーです。 Instagramのプロダクト責任者だったケヴィン・ワイルは、現在OpenAIのチーフ・プロダクト・オフィサーに就任しています。
一方、ソーシャルネットワーク企業のMetaとXの両社は大規模なAIプログラムを展開しています。Metaは、オープンソースのLlamaプロジェクトを推進し、同社製品にAI体験を組み込もうとしています。イーロン・マスクは最近Xを生成AI企業であるxAIに売却し、「xAIとXの未来は絡み合っている」と宣言しました。
アイデア創出から心のケアまで:変化する生成AIの使い道
冒頭でご紹介したハーバード・ビジネス・レビューの「人々は生成AIを実際何に使っているか?2025年版」レポートによると、生成AIの活用トップ10は、2024年から様変わりしました(下表参照)。
昨年トップだった「アイデアの創出」に代わり、今年は「セラピー・友人関係」が1位を獲得。2位「生活の整理」、3位「目的を見つける」といった自己実現に関する用途が上位を占め、AIの役割が技術支援から感情的サポートへとシフトしていることが鮮明になっています。
ザッカーバーグ氏が語る「AIコンパニオン」の可能性
Metaのマーク・ザッカーバーグCEOは、人気ポッドキャスターのドワルケシュ・パテルとの最近のインタビューでMetaのAI戦略の方向性について語っています。
ザッカーバーグ氏は、このインタビューの中で平均的なアメリカ人の友人の数は3人未満と非常に少ないが、より多くのつながりを求めているという統計を紹介しています。多くの人が望むほどの人とのつながりを持てず、孤独を感じているのが現状だというのです。
ザッカーバーグ氏は、AIとの関係が現実の人間関係に取って代わるものではないとしつつも、人々が求める「つながり」の不足を補う可能性に言及。人々は「AIコンパニオン」という言葉に多少ネガティブなイメージを持ちがちだが、その可能性を安易に否定すべきではないと述べています。
興味深いことに、現在Meta AIを利用する人々の主な目的の一つが、日常生活で避けられない「難しい会話のリハーサル」だといいます。 「ガールフレンドとこんな問題を抱えているんだ。 この会話をするのを手伝ってほしい」とか、「職場の上司と難しい話をしなければならない。 どうすればいい?」といった使い方で、これは実際にかなり役に立っています。
AIのパーソナライゼーション機能が向上し、AIがあなたのことをよりよく知るようになるにつれて、これはより説得力のあるものになるでしょう。
ザッカーバーグ氏は、現在のAIコンパニオンの「エンボディメント」(物理的な存在感や表現)は、画像や簡単なアニメーション程度に過ぎないと認めつつも、Metaのリアリティ・ラボが開発する「コーデック・アバター」技術 が、まるで実在の人物と対話しているかのような体験をもたらすと説明しています。AIと常時自然なビデオチャットが可能な未来に向かっているというのです。
ザッカーバーグ氏は、Meta AIが目指すのは「高速なレスポンス、自然な対話能力、そしてマルチモーダルへのネイティブ対応」であり、それによって「ユーザーの日常に自然に溶け込むインタラクション」の提供だと語ります。
その一例が、新しいMeta AIアプリに初期のデモとして含まれているフルデュープレックス音声機能です。これは、自然な会話性を実現する技術です。ザッカーバーグは、ユーザーがAIとインタラクトしたいと感じるような品質が、最終的に最も重要であるという考えを強調しています。
AIの個性と説得力
ペンシルバニア大学ウォートン校のイーサン・モリック准教授は「個性と説得 (Personality and Persuasion)」と題された最近のブログ記事で、AIの「個性」を人間にとってより魅力的なものにチューニングすることで、AIが人間の行動を変える説得力を持つことになるという問題を議論しています。
現在AIモデルの性能を評価する指標としてChatbot Arenaが重視されています。Chatbot Arenaでは、ユーザーは、同じ質問に対する2つの匿名AIモデルの応答を比較し、どちらが優れているかを投票します。この投票結果を集計してランキングが作成されます。
このChatbot Arenaでは、回答の質そのものよりも、おしゃべりで絵文字を多用するといった、ユーザーにとって魅力的に映る「個性」が評価されやすい傾向が指摘されています。
事実、最近Meta社が「Llama-4 Maverick」を発表した際には、Chatbot Arenaで高評価を得る目的で、一般公開版とは異なる特別チューニング版を使用していたことが物議を醸しました。また、メディアで有名なキャラクターや友人、恋人の振る舞うチャットボットを提供しているAIコンパニオンサービスの企業は、ユーザーを長時間惹きつけるために個性のチューニングを行っています。
最近、物議を醸した実験で、チューリッヒ大学の研究者はオンライン掲示板のRedditの討論コミュニティに、人間になりすまし、偽りの個性や背景を持つAIボットを密かに参加させました。AIボットは、討論相手の投稿履歴を分析して、個々のユーザーに合わせてコメントや議論を変えることができます。
その結果、AIはRedditの全ユーザーの中で上位1%にランクされる極めて高い説得力を発揮したというのです。私たちがAIの個性を形作るだけでなく、逆にAIの個性が私たちの好みや判断を左右する――そんな状況が増えつつあるのかもしれません。
モリック准教授は、お世辞を巧みに使い分け、友好的であったり博識であったり、時には世間知らずを装ったりと、多様な「個性」にチューニングされ、かつ個々のユーザーに合わせて議論を最適化する能力を持つAIが、顧客サービス、営業、政治、教育といったあらゆる場面に急速に普及しつつある現状に、強い警鐘を鳴らしています。
おわりに
本稿では、現代社会が抱える「つながりの希薄化」を背景に、先端AI企業やSNS企業が生成AIを個人の精神的なニーズを満たすパートナーへと進化させようとしている現状を見てきました。
MetaのザッカーバーグCEOが言うように、AIが人間関係を完全に代替するものではないにせよ、不足している「つながり」を補完し、より豊かな精神生活をサポートする可能性を秘めていることは確かです。 特に、AIの記憶力や感情理解(EQ)の向上は、個々に最適化されたインタラクションを実現し、その価値を飛躍的に高めるでしょう。
しかし、イーサン・モリック准教授が警鐘を鳴らす通り、AIが持つ「個性」や「説得力」は、私たちの意思決定や行動に大きな影響を及ぼす両刃の剣です。 マーケターの皆様には、この新しいAIとの関係性を深く理解した上で、顧客エンゲージメントやコミュニケーション戦略を再構築する際には、倫理的な側面にも十分配慮し、AIがもたらす恩恵とリスクを慎重に見極めていただきたいと思います。
▼参考記事・動画
- 「人々は生成AIを実際何に使っているか?2015年版 (How People Are Really Using Gen AI in 2025)」
- 「AIが新しいソーシャルメディアになる理由 (Why AI is the New Social Media)」
- 「マーク・ザッカーバーグ - MetaのAGI計画 (Mark Zuckerberg – Meta's AGI Plan)」
- 「個性と説得 (Personality and Persuasion)」
