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馬場 高志2025/01/10 10:00:001 min read

科学×AI:新たな発見の黄金時代 |イノーバウィークリーAIインサイト -33

昨年のノーベル化学賞は、タンパク質の構造予測AIシステム「AlphaFold 2」を開発したGoogle DeepMindのデミス・ハサビスとジョン・ジャンパーに与えられました。これは、科学の発展にAIが果たす役割の重要性を象徴する出来事といえるでしょう。

 

今回は、このGoogle DeepMindが公開した『発見の新たな黄金時代: 「科学のためのAI」のチャンスをつかむ (A new golden age of discovery: Seizing the AI for Science opportunity)』と題されたエッセイを紹介します。このエッセイは、AIと科学の関係性について非常に良く整理された包括的な視点を提供してくれています。

 

新しいアイデアを見つけるのが難しくなっている?

イノベーションは経済成長の原動力です。しかし、最近の経済学研究によれば、技術進歩の速度を維持するために、より多くの研究開発努力が必要になっておりイノベーションのペースは鈍ってきています。

 

長年コンピュータの性能向上を支えてきた経験則として半導体の集積度が18ヶ月で2倍になる「ムーアの法則」が知られています。しかし、このペースを維持するために必要な研究者の数は1970年代初頭と比較して、今日では18倍以上に増加しています。同様の傾向は、農作物の収穫量向上や医療技術の進歩など様々な分野でみられます。

 

今日の科学者は、ブレークスルーを成し遂げるために、膨大な文献をマスターし、より大規模で複雑な実験に取り組まなければなりません。最近のAIの基礎であるディープラーニング手法は、規模と複雑性の大きな課題に特に適しており、科学の進歩に必要な時間の短縮に効果を発揮することを期待されています。

 

科学の進歩に貢献する「科学のためのAI」:5つの機会

AIで科学的プロセスの様々な段階で科学者が直面する規模と複雑さの問題を解決できる可能性があります。このエッセイでは「科学のためのAI」が追求すべき5つの機会を説明しています。

 

1.知識:科学者が知識を消化し、伝達する方法を変革する

科学者が新しい発見をするためには、既存の膨大な知識体系を理解する必要があります。AIは、文献レビューや情報の統合、編集作業を支援し、科学者がより本質的な研究活動に時間を費やすことを可能にします。例えば、DeepMindの研究チームは、Google Geminiを使って、20万件の論文から関連データを抽出し、1日で必要なデータセットを作成できました。より多くの科学的データでファインチューニングしたLLMや、長いコンテクストウィンドウや引用の利用の進歩など今後の技術革新によって、このメリットはますます大きくなっていくでしょう。

 

2.データ:大規模な科学データセットを生成、抽出、注釈付けする

現代はデータ飽和の時代と言われますが、実際は自然界や社会システムに関する科学的データは、慢性的に不足しています。AIは、DNA配列の読み取りや細胞タイプの検出、動物の音声捕捉などにおけるノイズやエラーを削減し、より正確なデータ収集を可能にします。また論文アーカイブ、教育ビデオなどの非構造化データから、科学的に有用な情報を抽出し、構造化データセットに変換することができます。また、機能が不明なタンパク質の機能を予測するなど、科学データに必要な情報を注釈付けすることができます。

 

3.実験:複雑な実験をシミュレートし、加速させ、情報を提供する

多くの科学実験は高額で複雑、かつ時間がかかります。例えば、クリーンで無尽蔵なエネルギーとして期待される核融合技術の研究では、プラズマの生成と制御が必要となります。2013年に実験施設(ITER)の建設が始まったものの、プラズマ実験は最短でも2030年代半ばまで開始できない状況です。AIによるシミュレーションは、実験開始時の効率化と最適化を可能にします。またAIのモデルは病気の原因となる可能性のある遺伝子変異を特定するなど、実験の対象を絞り込むことに効果を発揮します。

 

4.モデル:複雑なシステムとその構成要素の相互作用をモデル化する

生物学、経済学、気象学などの複雑なシステムのモデル化において、AIは従来の数式ベースのアプローチを超えて、より精緻な予測と理解を可能にします。例えば2023年にDeepMindは、従来の数値予報モデルを上回る精度と予測速度で、最大10日先までの気象条件を予測できる深層学習システムをリリースしました。

 

5.ソリューション:大規模な探索空間を持つ問題に対して、斬新な解決策を特定する

科学的問題の多くは、膨大な可能性の中から最適解を見つけ出す必要があります。例えば、小分子医薬品の設計では10⁶⁰以上の選択肢があり、400個のアミノ酸からなるタンパク質の設計では20⁴⁰⁰の選択肢があります。AIは、この広大な探索空間をより効率的に調査できます。このような大規模な探索空間は、分子に限らず、数学の問題で最良の証明を見つけたり、コンピュータサイエンスのタスクで最も効率的なアルゴリズムを見つけたり、コンピュータチップの最適なアーキテクチャを見つけたりするような、多くの科学的な問題で現れます。

 

AIサイエンティストか、AIを活用するサイエンティストか?

AIの科学への貢献度が高まるにつれて、AIが最終的にどこまで到達するのか、そして、それは人間の科学者にとってどのような意味を持つのかという疑問が生じています。

 

現在のAI科学アシスタントは、文献レビューの支援など限られたタスクにおいて、比較的小さな貢献しかできていません。しかし、将来的には、AIはより複雑なタスク、例えば強力な仮説を生成したり実験結果を予測したりすることができるようになるかも知れません。

 

しかし、現在のAIは、人間の科学者が得意とする深い創造性や推論能力に欠けています。AIの能力向上のための研究は進められていますが、さらなるブレークスルーが必要です。特に、実際の研究室での複雑な操作、実験対象の参加者との相互作用、長期的なプロセスが必要な実験(病気の進行の観察など)を伴う実験を、AIで加速または自動化することは困難です。

 

このエッセイはAIの能力が向上したとしても、AIの相対的な強みを活かした活用に焦点を当てることが重要だと主張しています。例えば、膨大なデータセットから情報を迅速に抽出する能力などです。人間の科学者がすでにうまくこなしているタスクを自動化するのではなく、科学の進歩における真のボトルネックを解決することに活用することが重要だというのです。

 

AIによって科学がより安価で強力になると、科学と科学者への需要が高まります。例えば、タンパク質設計、材料科学、天気予報などの分野では、AIの進歩によりすでに多くのスタートアップ企業が誕生しています。他の分野とは異なり、科学への需要は事実上無制限です。新しい発見は常に科学的知識の地図に予測不可能な領域を開いてきましたが、AIも同様に新たなフロンティアを切り開く可能性を秘めています。

 

「科学ためのAI」 の成功に必要な要素

科学に貢献するAI の取り組みが成功するためには、適切な問題選択、厳密な評価、効果的な協力体制、高品質なデータ、学際的なアプローチ、十分なコンピューティングリソース、適切な組織設計、幅広い導入、そして安全性と責任の確保という、9つの重要な要素が必要となるとこのエッセイは主張しています。

 

例えば、問題選択においては、解決されれば全く新しい研究と応用の分野を切り開く可能性のある、基本的な「ルートノード問題」を特定することが重要となります。また、協力体制においては、公的機関と民間機関の間で、目標の早期調整、成果に対する権利の明確化、オープンソース化の検討など、潜在的に厄介な問題に対処することが成功の鍵となります。さらに、データについては、トップダウン型のイニシアチブだけでなく、草の根レベルの取り組みを支援し、データの質とアクセス性を向上させることが重要となります。これらの要素を総合的に考慮することで、AI は科学の進歩を加速させることができるのです。

 

リスク

AIの科学への利用拡大に伴い、そのリスクについても様々な議論が起きています。このエッセイは、これらのリスクを科学の実践に関するものと、科学が社会に与える影響に関するものの2つに大別しています。

 

科学の実践に関するリスクとしては、創造性、信頼性、理解の3が挙げられています。創造性については、AIが画一的で直感に反しない結果ばかりを導き出し、真に新しい発見を阻害するのではないかという懸念があります。信頼性については、AIモデルのブラックボックス性や、その出力の検証プロセスが不透明であることが問題視されています。理解については、AIが予測はできても、その根拠となる理論的な説明を提供できないことが課題として指摘されています。

 

社会への影響に関するリスクとしては、公平性と環境の2が挙げられています。公平性については、AIの開発や利用に関わる人々の多様性の欠如、AIの学習データに含まれるバイアスなどが、社会的不平等を助長する可能性が懸念されています。環境については、AIモデルの学習に必要な膨大な計算資源が、環境負荷を高めることが問題視されています。

 

「科学のためのAI」を推進するための政策提言

エッセイでは、AIの潜在力を最大限に引き出すためには、大胆な新政策が必要だとして、4つの具体的提案を提示しています。

 

  • 「科学のためのAI」 の「ヒルベルト問題」を定義する: 20世紀の数学の方向性に大きな影響を与えた「ヒルベルトの23の問題」のように、「科学のためのAI」にとっての重要課題を特定し、その解決を促進するための新たな世界的な基金を設立する。
  • 科学者にとって世界を読み解けるものにする: AIモデルの学習に利用可能なデータの不足に対処するために、国際データ観測ネットワークを設立し、優先度の高い分野におけるデータの現状を調査・評価する。
  • AI教育を強化する: AI を次世代の科学の道具と捉え、科学者への AI 教育を強化することが重要です。この教育は、単に計算能力の利用方法を教えるだけでなく、AI の基礎知識、AI モデルの選択と利用、出力結果の解釈と検証など、AI を科学研究に効果的に活用するために必要な幅広い知識とスキルを網羅する必要がある。
  • 科学の組織化に関するエビデンスを構築し、新たな方法を試行する: AIが科学に与える影響に関するエビデンスを収集し、AI時代の科学に適した組織やインセンティブのあり方を探求する。

 

これらの政策提案は、「科学のためのAI」 を推進し、新たな発見の黄金時代を切り開くための重要な一歩となるとエッセイは主張しています。

 

おわりに

AIは科学研究に革命的な変化をもたらす可能性を秘めています。特に、以下の3つの側面で企業活動に大きな示唆を与えています:

 

1.研究開発の効率化
  • AIによる文献調査や実験計画の最適化
  • シミュレーションによる試行錯誤の削減
  • データ分析の高速化と精度向上

 

2.新しい協業モデルの確立
  • 産学連携の新しい形
  • データ共有とオープンイノベーション
  • 学際的アプローチの促進

 

3.人材育成と組織改革
  • AIリテラシーの向上
  • 専門知識とAIスキルの融合
  • 新しい組織設計の実験

 

このように、AIと人間の協働による新しい価値創造の形が、科学の世界から企業活動へと広がっています。各企業は、自社の特性に合わせてAI活用の戦略を策定し、実行していく必要があるでしょう。その際、本エッセイで示された視点は、重要な指針となることでしょう。

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馬場 高志

1982年に富士通に入社、シリコンバレーに通算9年駐在し、マーケティング、海外IT企業との提携、子会社経営管理などの業務に携わったほか、本社でIR(投資家向け広報)を担当した。現在はフリーランスで、海外のテクノロジーとビジネスの最新動向について調査、情報発信を行っている。 早稲田大学政経学部卒業。ペンシルバニア大学ウォートン校MBA(ファイナンス専攻)。