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馬場 高志2024/09/27 10:00:001 min read

ヒューマノイドロボットの可能性:労働力不足解消の切り札となるか|イノーバウィークリーAIインサイト -20

 

ヒューマノイドロボット(人型ロボット)への関心が最近、急速に高まっています。

2024年2月に米国のスタートアップFigure AIがマイクロソフト、NVIDIA、OpenAI、ジェフ・ベゾス氏らから6億7500万ドル(約945億円、1ドル=140円換算)もの資金を調達したことが話題になりました。またノルウェーのスタートアップ1X Technologiesは、過去1年ほどの間に合計1億2500万ドル(約175億円)の資金調達に成功しました。Crunchbaseの調査によると、ヒューマノイドロボットのスタートアップに対するベンチャーキャピタルの投資額は2024年5月31日現在で9億5500万ドル(約1,385億円)と過去最高のペースで推移しています。

Robots to the rescue

AI技術を活用した最近のヒューマノイドロボットがどのようなレベルに達しているのか、参考として上述の2社のロボットのデモンストレーションのビデオクリップをご覧ください

 

Introducing Figure 02(Figure社の最新ヒューマノイドロボットFigure 2)

Introducing NEO Beta | A Humanoid Robot for the Home(1Xの家庭用ロボットNeo)

なぜ、今ヒューマノイドロボットが投資家の注目を集めているのでしょうか?

ヒューマノイドロボットへの期待が高まる背景

多くの先進国で労働力不足が今後ますます深刻化すると予測されています。米労働統計局によると、2024年2月現在、30万人の製造業と、同数の倉庫業の求人が満たされていない状況です。さらにデロイトのエネルギー・産業リサーチセンターが4月に発表した報告書によると、2024年から2033年の間に製造業で新たに必要とされる従業員は約380万人ですが、必要とされるスキルと応募者のスキルのギャップは大きく、そのうちの約半分(190万人)が不足する可能性があると予測されています。

Robots to the rescue

以前からロボットによる自動化は、このような労働力不足に対する解決策として期待されてきました。

製造業の現場では、今でも多くの産業用ロボットが使われています。しかし、従来の産業用ロボットの用途は自動車工場の溶接、塗装などの固定的な作業が中心であり、多くの組み立て作業や部品搬送などはまだ人間が行っています。物流では倉庫内のピッキング作業や配送センターでの仕分け作業、介護では身体介護や生活支援など、状況が変化する中での対応が求められる作業は従来のロボットでは対応できていません。

今、ヒューマノイドロボットが関心を集めているのは、AI技術により、柔軟性と器用さを備えたヒューマノイドロボットが実現しつつあるからです。これらのロボットは、既存の環境や作業手順を変えることなく、人間が行っていた多様な作業を代替できる可能性があります。工場、倉庫、病院、その他の職場での、反復的で、やりがいがなく、危険な仕事―これらは離職率が高く、人手不足が特に深刻な分野ですーをヒューマノイドが担うことで、労働力不足の危機的状況を解決する救世主として期待されているのです。

自動車工場におけるヒューマノイドロボット適用の実証実験が今続々と始まっています。米Teslaはヒューマノイドロボット「Optimus」の自社工場での導入を目指し、開発を進めています。

米テスラ、人型ロボ来年生産 まず社内向け、26年にも外販―マスク氏

 

Figure AIは冒頭のビデオで見られる通り、BMWと提携し、米サウスカロライナ州にある工場の生産ラインで「Figure 02」のテストを行っています。

BMW、人型ロボットによる自動車の生産をテスト中 | 日経クロステック(xTECH)

 

今後、ヒューマノイドロボット市場はどのように拡大していくと考えられるでしょうか?

ヒューマノイドロボットの市場規模:ゴールドマンサックスの市場予測

ゴールドマンサックスは2024年1月、ヒューマノイドロボットの市場予測を上方修正し、2035年までに380億ドルの売上に達すると予測しました。その「強気ケース」シナリオでは、ヒューマノイドロボットの出荷台数は2031年までに100万台に達し、従来の予測より4年早まると予想しています。

Humanoid Robot: The AI accelerant | Global Automation | Goldman Sachs

 

ゴールドマンサックスは、今回予測を前倒しにした理由として、いくつかの重要な要因を挙げています。

  1. AIの急速な進歩:特にLLMの発展により、ロボットの学習能力と適応能力が飛躍的に向上した。トレーニングやシミュレーションを含めてAIの進歩により、ヒューマノイドロボットの開発サイクルが大幅に短縮され、器用さなどの能力が大きく改善している(この点について、NVIDIAが果たしている役割について、次項で説明します)。
  2. 部品コストの改善:高性能ロボットの部品コストは、ゴールドマンサックスによる2022年の見積もり約25万ドルから2023年には約15万ドルへと40%も低下した。より安価な部品の利用可能性が高まり、サプライチェーンの選択肢が広がったことが主な要因。
  3. 潜在的な需要の増加:最近のロボット能力の改善を考慮すると、製造業(例:電気自動車組立やコンポーネントの仕分け)など、ある程度定形化された環境での仕事にヒューマノイドロボットの需要があることは明らか(前述の通り自動車工場での実証実験が始まっている)。また、AIによって動的な環境への適応性が高まることで、危険で有害な作業など、特殊な作業にも適用が可能になる。
  4. 投資の拡大:サプライチェーン、米国やアジアのスタートアップ、複数の上場企業が新たにロボット部門を設立するなど、投資が拡大している。さらに、中国などの政府による支援も見込まれる。

 

NVIDIAのロボット開発支援の取り組み

NVIDIAのジェンスン・ フアンCEOは、「AIの次の波はロボティクスであり、最もエキサイティングな開発の1つはヒューマノイド・ロボットです」と述べ、ヒューマノイドロボット開発の加速化を支援する一連の取り組みを発表しています。

NVIDIA がヒューマノイド ロボティクスの開発を加速

NVIDIAが今年3月に発表したProject GROOT(Generalist Robot OO Technology)テキスト、ビデオ、人間によるデモンストレーションといったマルチモーダルな入力で学習するヒューマノイド ロボットの汎用基盤モデルで、多くのヒューマノイドロボットのスタートアップに使われています。

NVIDIAは、ロボット用のAI基盤モデル作成、シミュレーション、実行という3つの段階、それぞれに適したコンピューティングソリューションを提供しています。具体的には、AIモデル作成用のNVIDIA H100およびB100サーバー、シミュレーション用のNVIDIA OmniverseとRTX GPU、そして実際のロボット上での実行用のNVIDIA Jetson(近日中にBlackwell GPUを搭載予定)です。

NVIDIAはロボティクス開発においてシミュレーションを重要な要素として位置づけています。仮想環境でのシミュレーションにより、AIロボットの開発、テスト、検証プロセスを大幅に加速させることができます。Isaac SimやIsaac Labなどの合成データを使ったシミュレーション・再トレーニングのツールも提供しています。

これらの取り組みにより、NVIDIAはヒューマノイドロボット開発のコスト削減と加速化を強力に後押ししています。

 

人型の汎用ロボットか特定用途ロボットか?

なぜ人間のような形をしたロボットが必要なのでしょうか? すでに実用化されているロボットは、溶接や塗装に特化したロボットアームや掃除機のルンバのように、用途に合わせた形態をしています。

ロボットを人型にするメリットとしては下記が挙げられます。

  • 人間のために設計された環境に順応しやすい。作業環境を大きく変えなくても導入できる。
  • 素手や人間の手や指のために設計された様々なツールや機械を使用して多種多様な作業に対応できる。単一のヒューマノイドロボットプラットフォームで多様なタスクに対応できれば、開発投資の効率は格段に向上。
  • 二足歩行は階段や段差など車輪では移動困難な環境に対応可能。
  • 人間と似た構造や体格を持つので、人間による作業のビデオやデモンストレーションなど学習のためのデータが容易に準備できる

一方で、ヒューマノイドロボットには、現状では次のような課題が残っています。

  • 動作の速度:現状のヒューマノイドロボットの動作は、人間と比べてまだかなり遅く、単純な作業でも人間の2-4倍の時間がかかることが多く、複雑な操作になるとその差はさらに開く
  • 適応性:ロボットは予期せぬ状況への対応が苦手で、人間なら簡単に対応できる小さな変化でも、ロボットにとっては大きな障害となる可能性がある
  • コスト:ヒューマノイドロボットの製造コストはまだ非常に高く、多くの用途で人間の労働力と比較して経済的に見合わない可能性がある。ロボットの維持管理、修理、アップグレードにかかる運用コストも考慮する必要がある。
  • 安全性:人間と協働する環境での安全性を確保する必要がある。

Humanoid Robots: Dollars and GPTs

この汎用か特殊用途かという議論は、生成AIの市場をめぐる議論と似ています。イノーバウィークリーAIインサイトの第18回「生成AIビジネスの転換期」では、ChatGPTなど生成AIが、あらゆる質問に答えられる汎用のチャットボットとして提供されているにもかかわらず、ハルシネーションなどの問題により、しばしば期待に応えられないため本格的な活用が進んでいない状況を取り上げました。このため、生成AIビジネスの成長を加速するために、短期的には用途を限定した製品化が重要になると考える論者が増えています。

ヒューマノイドロボットについても同様の議論があります。さまざまなタスクに対応できるヒューマノイドロボットが早期に実現するのか、それとも技術的、コスト的な制約から特定用途のロボットを中心に市場が発展していくことになるのかが注目されます。

 

おわりに

ヒューマノイドロボット市場は、AIとロボティクスの融合により急速な発展が見込まれています。マルチモーダルな生成AI技術の進歩、コストの低下、潜在的な需要の増加、そして投資の拡大により、この分野は今後数年で大きく成長すると予測されています。

NVIDIAや部材メーカーの積極的な投資により、開発環境や部材メーカーのエコシステムも成熟しつつあります。これにより、より多くの企業やスタートアップがヒューマノイドロボットの開発に参入しやすくなっています。

しかし、技術的な課題、経済的な課題、そして社会的受容の問題など、克服すべき課題もまだ多く存在し、汎用ヒューマノイドロボットが早期にテイクオフするのか、それとも当面は特定用途ロボットが中心に発展していくことになるのかは、不透明です。

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馬場 高志

1982年に富士通に入社、シリコンバレーに通算9年駐在し、マーケティング、海外IT企業との提携、子会社経営管理などの業務に携わったほか、本社でIR(投資家向け広報)を担当した。現在はフリーランスで、海外のテクノロジーとビジネスの最新動向について調査、情報発信を行っている。 早稲田大学政経学部卒業。ペンシルバニア大学ウォートン校MBA(ファイナンス専攻)。