Skip to content
馬場 高志2024/09/13 10:00:001 min read

生成AIビジネスの転換期:技術開発集中から製品化重視へ|イノーバウィークリーAIインサイト -18

 

ChatGPTが登場した時、どんな質問に対しても自然で正しい(ように見える)応答をするその能力は驚きを以て迎えられました。そして、生成AIは蒸気機関や電気に匹敵するような革命的な技術だと、ここ数年大きな注目を集めてきました。しかし、最近になって、巨額の投資に見合う経済的な成果が上がっておらず、生成AIはバブルではないかという懸念も広がっています。
生成AIの経済効果- 1兆ドルの投資は報われるのか|イノーバウィークリーAIインサイト -12

なぜ生成AIは期待されたような経済的成功をまだ上げられていないのでしょうか?また、この状況に対して、AIの主要なプレーヤーたちは戦略を転換しようとしているのでしょうか? 今回は、こうした疑問に答える、興味深いブログ記事を2つご紹介します。

AI企業の方向性の変化:プリンストン大学の研究者による分析から

プリンストン大学のアルヴィンド・ナラヤナン教授と研究生サヤシュ・カプール氏は「AI企業は神々の創造から製品の構築へと軸足を移している。それは良いことだ。(AI companies are pivoting from creating gods to building products. Good.)」と題されたブログ記事で、AI企業は、生成AIをユーザーが求めるものを提供するというビジネスの基本原則を無視できる魔法の技術として扱うという過ちを犯したと主張しています。

ChatGPTが公開されたとき、人々はこれはあらゆる用途に使える驚くべき技術だと興奮しました。これによってAI開発企業も、市場を誤解し、想像可能な使い道と実際に使える製品との間に横たわる大きなギャップを過小評価してしまいました。この誤解が、LLMを商品化する2つの対照的な、しかしいずれも欠陥のあるアプローチにつながったと著者たちは言います。

OpenAIやAnthropicなどの最先端モデルの開発者は、製品として必要とされる考慮をないがしろにして、モデル開発にのみ注力しました。この結果、例えばOpenAIがChatGPTのiOSアプリをリリースするまでに6ヶ月、Androidアプリに至っては8ヶ月もかかりました。これは、基本的な顧客ニーズに沿った製品化努力よりも基礎研究開発にのみ重点を置いていたことを示しています。

一方、GoogleやMicrosoftは異なるアプローチを取りました。彼らはどの製品が実際にAIの恩恵を受け、どのように統合されるべきかを考えることなく、慌てて既存製品すべてに生成AIを押し込もうとしました。この押し付けられた機能は、役立つ時もありますが、しばしば迷惑でしかないものでした。

これらの慎重さを欠いた性急なアプローチは、不正確なコンテンツや不適切な画像の生成といった問題により、一般の人々の間にAIに対する不安やネガティブなイメージを生む結果につながってしまいました。

しかし、現在これらの企業は製品化重視の方向へ戦略を転換しようとしているように見え、それは良いことだとこの記事の著者たちは考えています。注目すべきは、アップルのアプローチです。昨年はAIで出遅れていると見られていたアップルですが、今年6月の世界開発者会議(WWDC)で披露された思慮深い現実的なアプローチは、ユーザーにより受け入れられる可能性が高いと考えられています。Googleも次期のPixelやAndroidでは、より練られたAI技術の統合アプローチをとるだろうと見られています。

 

AIの製品化において考慮すべきこと:ベネディクト・エバンス氏の考察から

次に、証券アナリスト、戦略コンサルタント、ベンチャーキャピタリストなどの経歴を持つテクノロジーアナリストとして知られるベネディクト・エバンス氏の「AI製品を構築する(Building AI products)」というブログ記事の内容を見ていきましょう。エバンス氏は、AIの製品化におけるいくつかの異なるアプローチと、その課題について興味深い洞察を提供してくれます。

汎用チャットボットの問題点

ChatGPTに例えば、「インドに数日間出張するが、ビジネス目的のビザを取るために何を準備すれば良いか?」と質問してみましょう。回答には、パスポート、写真、申請書、雇用主からのレターなど非常にもっともらしい項目とその説明のリストが含まれます。しかし、これらの項目の説明のほとんどは、部分的に、あるいは完全に間違えています。

 

現在の大規模言語モデル(LLM)は、多くの場合、正確な事実情報を提供することが保証されていないので、こうした質問にはそもそも向いていないといえます。プロンプトエンジニアリングをマスターすれば、正確性を改善できるかも知れませんが、それは一般のユーザーには難しいことです。,問題なのは、チャットボットのユーザーインタフェース(UI)がユーザーに過度の期待を持たせていることだとエバンス氏は指摘します。

チャットボットの回答が自信に満ちた口調で提示されるため、ユーザーはその情報を信頼しがちですが、実際には誤りを含んでいる可能性があります。また、チャットボットというUIは、何が聞いてよい質問なのか、よくない質問なのかを教えてくれません。それどころか、LLMは汎用ツールとして提示されているので、ユーザーは何を聞いても正しい答えを返してくれると期待してしまいがちです。

狭い領域に絞った製品開発

この問題に対処するための一つの道は、AIツールを特定の領域に特化させることです。例えば、コーディングアシスタントやマーケティングツールなど、明確な用途に焦点を当てた製品です。

 

こうしたアプローチでは、カスタマイズされたUIが重要です。UIを通じて、何ができて何ができないか、何を質問できるかを明確に伝え、適切な使用方法をガイドします。例えば、広告代理店WPPが開発した内部ダッシュボードは、特定のブランドのトーンや対象デモグラフィックに合わせてAIモデルを調整できるようになっています。プロンプトは、ボタンとUIに囲まれており、まったく関係ない質問をされないようにガイドされています。

 

ソフトウェア製品の機能としてのAI

さらに進んだアプローチとして、生成AIを既存のソフトウェア製品の機能として統合する方法があります。この場合、ユーザーはプロンプトやAIのアウトプットを意識することなく、その恩恵を受けることができます。

 

今までも機械学習技術もこのようにして既存ソフトウェアに新機能、あるいは、より優れた、より速く、安く構築できる機能として取り込まれてきました。今日のソフトウェアには、さまざまな分析、予測、分類、レコメンデーションなどの機能としてAIが既に使われています。ユーザーはそれがAIであることに気づかずにAI機能を使っていたのです。このため、業界には「AIとはまだ動作していないものであり、動作してしまえばただのソフトウェアである」というジョークがあるほどです。

 

汎用技術と単一用途製品

AIは汎用技術でありながら、その実装は特定用途の製品として行われるというのは逆説的に聞こえるかも知れません。しかし、これは特に不思議なことではありません。例えば電気モーターを考えてください。電気モーター自体は汎用技術ですが、消費者はこれを電動ドリルや洗濯機、ブレンダーといった特定用途の製品として購入します。ホームセンターで電気モーターを買ってきて自分でこれらの製品を組み立てる人はまずいないでしょう。

 

同様に、PCやスマートフォンも汎用デバイスでありながら、タイプライターや電卓、音楽プレーヤーといった単一目的の機器を置き換えました。しかし、それぞれの機能は特定目的のソフトウェアを通じて実現されています。

 

しかし、今一部の人たちが、生成AI技術に興奮しているのは、これが従来のパターンに従わず、すべての用途で使える万能な汎用技術になりえると期待しているからです。これがAGI(汎用人工知能)やASI(人工超知能)と呼ばれているものです。もし、AGIやASIが本当に実現するならば、確かにカスタムUIや製品機能にAIを埋め込む必要はなくなるかも知れません。しかし、現時点の生成AI技術はそのレベルに達していないことは確かです。AGIやASIの登場を待たずにLLMで経済的な成果を生もうとするならば、ここで述べたようなアプローチが必要になるでしょう。 

 

AIネイティブな製品体験の創造

新技術を活用した製品開発は段階的に進化します。エバンス氏は、スマートフォンアプリの進化を例に挙げています。写真を共有するコミュニティサイトとして一世を風靡したFlickrはスマホが登場するとiPhoneアプリを提供しました。さらにInstagramはスマートフォンのカメラと処理能力を活用してエフェクト機能を実現しました。SnapchatやTikTokでは、さらにスマートフォンの活用方法は進化してタッチスクリーン、ビデオ、位置情報を組み合わせてスマートフォンに真にネイティブな体験を作り出しています。

同様に、AI技術においても、その特性を活かした新しい製品コンセプトの可能性が広がっています。AIの製品化においては、既存の問題解決方法にAIを当てはめるだけでなく、AI技術ならではの新しい体験や価値を創造することが求められています。

 

おわりに

これらの洞察は、私たちがAIを製品・サービスに活用する際に考慮すべきポイントを示してくれています

  1. AI技術の理解と適切な応用
    AIの汎用的な使い方の限界を認識しつつ、特定の用途や領域に特化したAI製品の可能性を探ることが重要
  2. ユーザー体験中心の設計
    AIの能力と限界を適切に伝え、ユーザーの期待に応える製品・ユーザーインターフェース設計
  3. 既存製品へのAI統合
    AI機能を既存のソフトウェアやサービスにシームレスに統合し、ユーザーに新たな価値を提供する方法
  4. AIネイティブな体験の創造
     AI技術の特性を活かした、これまでにない新しい製品やサービスの可能性

 

AIビジネスは、壮大な技術的可能性の追求から、実用的で価値のある製品開発へとシフトしています。AI技術は依然として急速に進化を続けており、私たちもその可能性と限界を見極めつつ、革新的な製品やサービスを自社の戦略に取り入れていくべきでしょう。

avatar

馬場 高志

1982年に富士通に入社、シリコンバレーに通算9年駐在し、マーケティング、海外IT企業との提携、子会社経営管理などの業務に携わったほか、本社でIR(投資家向け広報)を担当した。現在はフリーランスで、海外のテクノロジーとビジネスの最新動向について調査、情報発信を行っている。 早稲田大学政経学部卒業。ペンシルバニア大学ウォートン校MBA(ファイナンス専攻)。