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生成AIの経済効果
馬場 高志2024/08/02 10:00:001 min read

生成AIの経済効果- 1兆ドルの投資は報われるのか|イノーバウィークリーAIインサイト -12

 

生成AI技術は、企業、産業、社会を根本的に変革する力を持っていると言われており、ハイテク大手、その他の企業、電力会社は、データセンター、チップ、電力網への多額の投資を含め、今後数年間で約1兆ドル(1ドル150円換算で150兆円)もの設備投資を行うと予想されています。

しかし、このような巨額の投資に見合う成果は、本当に実現可能なのでしょうか?確かに、ソフトウェア開発者の効率向上などの事例が報告されていますが、キラーアプリケーションといえるものはまだ登場しておらず、経済全体に対する影響は今のところ限定的です。

今回は、ゴールドマンサックス証券の「生成AI: 過大な支出、少なすぎる恩恵?」と題された調査レポート(https://www.goldmansachs.com/intelligence/pages/gen-ai-too-much-spend-too-little-benefit.html)を紹介します。このレポートを読むと、この状況に対する専門家の見方は大きく分かれていることが分かります。

MITのダン・アセモグル教授は、今後10年間でAIが生産性を0.5%、GDPを0.9%押し上げるに過ぎないと予測しています。一方、ゴールドマンサックスのジョセフ・ブリッグズ氏は同じ期間で生産性が9%、GDPが6.1%増加すると予測しています。

なぜ、このような大きな見解の隔たりが生じているのでしょうか。本記事では、生成AIの経済効果に関する悲観論と楽観論の背景にある考え方の違いを探っていきます。

 

悲観的な見方

MITのダロン・アセモグル教授は、最近発表された論文で、AIの経済効果に対して慎重な見方を示しています(https://economics.mit.edu/sites/default/files/2024-04/The%20Simple%20Macroeconomics%20of%20AI.pdf)。

 

アセモグル教授の試算によると、AIが変革し得るタスクは全体の約20%に過ぎません。さらに、そのうち実際に10年以内にコスト効率よく自動化できるのは約23%と見ています。従って、AIが今後10年間に影響を与えうるのは経済全体の約4.6%に過ぎないと予測しています。この数字は、多くのAI擁護者の予測と比べてかなり小さなものです。

 

アセモグル教授はまた、AIによるコスト削減効果も約27%と控えめに見積もっています。この2つの要因を掛け合わせて、教授は今後10年間でAIが生産性効果を約0.5%と見積もっています。そして、これは、同期間のGDPを0.9%押し上げる効果にしかつながらないと結論付けています。

 

アセモグル教授が慎重な見方を示す背景には、AI技術の進歩ペースに対する疑問があります。AI専門家は、AI能力が言語モデルのサイズ、学習データ量、計算能力に比例して向上するという「スケーリング則」があるため、AIは今後も飛躍的に進歩し、その適用分野も急速に拡大すると主張しています。教授は、この見方に疑問を呈し、複雑で 答えの形式が決まっていない現実のタスクに関してはAIの能力向上を図る明確な基準はなく、AIを適用できる領域は期待ほど拡がらないのではないかと考えています。

 

さらに、アセモグル教授は新しい職業や製品の創出についても懐疑的です。過去の技術革新では、それに伴って新しい職業が生まれてきましたが、それは、自然の法則のようなものではなく、新しい仕事が必然的に生まれるとは限らないといいます。教授は、AIを科学の新たな発見や新たな製品の研究開発に役立たせる可能性に期待しています。しかし、現在の生成AI開発の焦点は、既存の生産プロセスの一部の作業を自動化したり、その作業を行う労働者の生産性を高めたりすることなど、既存のプロセスの効率を高めることに向けられており、今後10年間というタイムスパンでは、新たな製品や仕事を生み出す大きな力を持たないと考えています。

さらに悲観的な見方: ゴールドマンサックスのジム・コベロ氏の意見

ゴールドマンサックスのグローバル株式調査責任者であるジム・コベロ氏は、さらに厳しい見方を示しています。コベロ氏の主張の中心は、AIの高コスト構造です。

 

コベロ氏は、AIがその巨額の投資に見合う経済的な影響を生むためには、非常に複雑で重要な問題を解決する必要があると指摘します。しかし、現在のAI技術はそのような複雑な問題を解決できるようには設計されていないと彼は主張します。

 

さらに、コベロ氏は、過去の画期的な技術も最初はコストが高かったが、やがてコストが下がり爆発的に普及したというストーリーは誤りであるといいます。インターネットは最初から低コストであり、それによって、Amazonは既存の店舗よりも安く、eコマースを急拡大させることができたと指摘します。

 

AIのコスト低下の可能性についても疑問を投げかけています。多くの人々は、技術が進歩すれば必然的にコストが下がると考えていますが、コベロ氏は、AIチップの独占的サプライヤーであるNVIDIAの例を挙げ、競争が限られている状況では、コストが大幅に低下する保証はないと主張します。

 

コベロ氏はまた、AIが人間の認知能力を超えることができるかどうかについても懐疑的です。彼は、人間が最も価値を発揮する複雑なタスク、特に例外や微妙なニュアンスを理解し対応する能力を、過去のデータで訓練されたモデルが再現できるとは考えにくいと述べています。

 

このような見方から、コベロ氏はAIの経済効果に対して非常に慎重な姿勢を示しています。彼は、現在のAIブームはすぐにはじけるとは思わないが、最終的には失望に終わる可能性が高いと考えています。

 

楽観的な見方

一方で、同じゴールドマンサックスの中でも、シニア・グローバル・エコノミストのジョセフ・ブリッグズ氏は、AIの経済効果に対してより楽観的な見方を示しています。

 

ブリッグズ氏は、AIが全仕事の25%を自動化すると予測しています。これはアセモグル教授の予測の約5倍です。また、AIによるコスト削減効果もアセモグル教授の約27%に対して約36%と見ています。この予測に基づき、ブリッグズ氏は今後10年間でAIが生産性を9%、GDPを6.1%押し上げる可能性があると結論付けています。

 

ブリッグズ氏がこのような楽観的な見方を示す背景には、技術進歩とコスト低下に対する強い信頼があります。彼は、現時点でAIによる仕事の自動化の多くがまだコスト効率的でないとしても、長期的には必ずコストが低下すると主張しています。これは、過去の技術革新の歴史に基づいた見方です。

 

さらにブリッグズ氏は新しいタスクや製品の創出にも期待を寄せています。彼の予測モデルには、労働力の再配分効果や新しいタスクの創出効果が組み込まれています。これは、過去の技術革新が常に新しい機会を生み出してきたという歴史的な記録に基づいています。デイビッド・オーターMIT教授たちの研究によれば、今日の労働者の60%が1940年には存在しなかった職業に就いており、過去80年間の雇用増加の85%以上がテクノロジーによる新しい職業の創出によるものです。

 

ブリッグズ氏は、情報技術の登場が新しい職業(ウェブデザイナー、ソフトウェア開発者、デジタルマーケティング専門家など)を生み出し、間接的にサービスセクターの需要を促進した例を挙げ、AIも同様の効果をもたらす可能性が高いと主張しています。

 

ゴールドマンサックスの上級アナリストのカッシュ・ランガン氏は、1990年代のコンピューター普及期におけるERPや、2000~10年代のインターネット普及期における検索やeコマースのような、キラーアプリケーションはまだ生成AIには生まれていないが、過去のコンピュータ・サイクルが、最初にインフラ、次にプラットフォーム、最後にアプリケーションという進行に従ったことを考えれば、これは驚くべきことではないといいます。ランガン氏は、AIの技術サイクルはまだインフラ構築の段階にあるため、キラーアプリケーションが生まれるにはまだ時間がかかるが、必ずそこに到達するだろうと信じています。

 

その他の阻害要因

たとえ、AIの経済効果の可能性が楽観派の主張通りだとしても、重要なインプット、すなわちチップや電力の不足が、その実現を妨げる可能性があるとこのレポートでは指摘しています。

チップの分野では、AIに必須のGPUの重要コンポーネントである高帯域幅メモリ(HBM)とチップオンウェハオンサブストレート(CoWoS)パッケージの供給不足が、続いており、短期的にAIの成長を妨げる可能性があります。

 

また、AIデータセンターの急増に伴い、電力需要が急増しています。ゴールドマンサックスは、2030年までに北米のデータセンターの電力需要は現在の2倍以上になると予測しています。これに対応するため、電力会社は大規模な設備投資を計画していますが、電力インフラの整備には長い時間がかかるため、短期的にはAIの成長を制限する可能性があると考えられます。

 

おわりに

生成AIの経済効果に関する見方は、楽観論と悲観論で大きく分かれています。その違いを生み出している主なポイントは以下の通りです。

 

1.新しい仕事や製品の創出可能性


楽観論者は、AIが新しい仕事や製品を生み出す可能性に期待を寄せています。過去の技術革新の歴史を根拠に、AIも同様の効果をもたらすと考えています。一方、悲観論者は、過去の例を単純に当てはめることに警鐘を鳴らしています。特に、生成AI企業が、既存の仕事の置き換えに焦点をあて続ける限り、新たな製品や仕事の創出は限定的なものにとどまるのではないかと危惧してます。

 

2.技術進歩とコスト低下のスピード


楽観論者は、技術の進歩に伴いAIのコストが急速に低下すると予測しています。これにより、より多くのタスクの自動化が可能になると考えています。一方、悲観論者は、AIの複雑さや独占的な市場構造を理由に、コスト低下のスピードが期待ほど速くない可能性を指摘しています。

 

3.人間の認知能力との比較

楽観論者は、AIが人間の認知能力を超える可能性を示唆しています。これにより、これまで人間にしかできなかった複雑なタスクもAIが処理できるようになると期待しています。一方、悲観論者は、AIが人間の認知能力、特に例外や微妙なニュアンスを理解する能力を超えることは難しいと考えています。

 

現時点では、どちらの見方が正しいかを断定することは困難です。AIの技術は日々進化しており、その可能性と限界は常に変化しています。したがって、今後も継続的に技術動向と経済効果をモニタリングしていく必要があります。

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馬場 高志

1982年に富士通に入社、シリコンバレーに通算9年駐在し、マーケティング、海外IT企業との提携、子会社経営管理などの業務に携わったほか、本社でIR(投資家向け広報)を担当した。現在はフリーランスで、海外のテクノロジーとビジネスの最新動向について調査、情報発信を行っている。 早稲田大学政経学部卒業。ペンシルバニア大学ウォートン校MBA(ファイナンス専攻)。