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馬場 高志2024/07/05 10:00:001 min read

AIがマーケティングを再発明する ― アンドリュー・チェン氏の予測|イノーバウィークリーAIインサイト - 8

AIがマーケティングの未来をどのように変えるか想像できますか?

今回は、シリコンバレーの著名ベンチャーキャピタル、アンドリーセン・ホロウィッツのゼネラル・パートナーのアンドリュー・チェン氏の「AIはどのようにマーケティングを再発明するか( "How AI will reinvent Marketing") と題するブログ記事を紹介します。チェン氏は「ネットワーク・エフェクト 事業とプロダクトに欠かせない強力で重要なフレームワーク」というスタートアップの成長戦略に関する著作で知られ、いくつかのスタートアップを経験した後、ウーバーのグロースチーム責任者を経て、現在はアンドリーセン・ホロウィッツでアーリーステージの消費者向けスタートアップへの投資を統括しています。

テクノロジーの影響を予測する難しさ

チェン氏は、テクノロジーの一次的な影響を予測することは簡単だが、二次的、三次的な影響を予測することは困難だといいます。例えば、自動車の発明を予測できたとしたら、ガソリンスタンドの出現は予測できたかもしれません。それまで長距離移動や荷物の運搬に使われていた馬が水飲み場や干し草を必要としたように、自動車にもガソリンが必要になるのは自明だったからです。

しかし、自動車がなければ移動できないような広大な道路網を持つロサンゼルスの出現や、郊外の発展を促した大型ショッピングモールの登場、中東地域の石油を巡る複雑な政治的力学など、自動車がもたらした二次的、三次的な影響を予測するのは非常に難しかったはずだと、チェン氏は指摘します。

特にAIのように、新しい研究、スタートアップ、関連の規制などが目まぐるしく進行している分野では、来年何が起こるかさえ予測は困難で、ましてや10年先に何が起きるのかを予測しようとするのは愚かなことかも知れません。それでも、想像を巡らせてみるべきだとチェン氏は言います。

退屈な答え

AIがマーケティングに与える影響を予測するとき、真っ先に思い浮かぶのは現在の延長線上のアイディアです。広告のクリエイティブやランディングページのバリエーションが無限に生成できるようになる、動画や音声などのコンテンツ制作コストが下がる、大規模言語モデル(LLM)が広告を埋め込んで回答するといった予測は、現在の延長線上で想像可能ですが、いささか退屈です。

こうしたアイディアが退屈なのは、基本的に変わらない世界を想定しているからです。馬車が存在するさまざまな場面に車をコピペするようなものです。その考え方でガソリンスタンドには到達できるかもしれませんが、ロサンゼルスには到達できません。

チェン氏は、もっと大胆に、既存の枠組みを超えてAIネイティブなアイディアを考える必要があると言います。

AIがもたらす無限の可能性

チェン氏は、AIが私たちにもたらす変化として、まず「無限の労働力」を挙げています。AIを活用することで、資本を投じてコンピューティングパワーを購入し、それを労働力に変換することが可能になります。将来、コンピュートのコストが限りなく安くなれば、いわば無限の労働力が手に入ることになるのです。

そして、この無限の労働力をマーケティングに振り向けることで、「無限のコンテンツ」が生み出されます。コンテンツ制作のコストが限りなくゼロに近づくことで、マーケターは大量のパーソナライズされたコンテンツを制作できるようになります。一人ひとりに向けて、その人の個別ニーズに合わせたアバターが登場する動画広告など、かつては想像もできなかった施策が現実のものとなるでしょう。

AIはまた、「瞬時のグローバル展開」を可能にします。これまでのように、英語圏から順次ローカライズしていく必要はありません。製品リリースと同時に全世界に向けて、それぞれの言語・文化に合わせた広告やメッセージ、UIを展開できるようになるのです。

さらに、あらゆる体験が「ホワイトグローブ化(きめ細やかなプレミアムサービス化)」していきます。新製品の習得や問題対応において、まるで高級ホテルのコンシェルジュのような手厚いサポートが当たり前になっていくでしょう。AIアシスタントが、ユーザーの要望に応じて最適なガイダンスを提供したり、面倒な作業を肩代わりしてくれたりするようになります。

「コンテンツの奥行き」が格段に拡大します。例えばゲーム業界では、新作ゲームの宣伝のために、今は実際のゲーム体験には及ばないトレイラー映像を使うのが一般的です。制作コストがAIで劇的に下がれば、宣伝にもゲームを使うことが可能になるかも知れません。AIで、質の高いテレビ番組を制作できるようになれば、新しい時計ブランドを宣伝するためだけに、テレビ番組を制作されるかも知れません。視聴者はお気に入りのキャラクターの新たなストーリーを楽しんだり、番組の世界に入り込んでキャラクターと対話したりできるようになるかもしれません。広告とエンターテインメントの境界線は曖昧になり、没入感のある広告体験そのものが、ブランドをアピールする手段となっていくのです。

マーケティングチャネルの大変革

AIの発展は、マーケティングチャネルにも大きな変革をもたらします。コンテンツを消費する新たな方法が生まれると新たなマーケティングチャネルが生まれます。郵便が発明されると、ダイレクトメールやクーポンが出現しました。電話が出現するとテレマーケティングが生まれました。音声やチャットが主要なUIとなり、日常的にLLMと対話するようになれば、その会話の中にマーケティングメッセージを自然に織り込んでいくこと可能になるかも知れません。多くの新しいマーケティングチャンネルが発明され、多くの既存のチャンネルは再発明されるか、消えていくでしょう。今後数年間で支配的になるUIパラダイムを予測するのは困難だとチェン氏はいいます。

チェン氏は特に、「AIコンパニオン」の出現に着目しています。私たちはすでに、ストリーマーや有名人と、彼らを友達のように感じる、いわゆるパラソーシャルな関係を持っています。有名人やインフルエンサーに似たAIコンパニオンが、親しみやすい会話を通じて商品をおすすめしてくれるようになるかもしれません。今は、スポンサーシップのコストが高すぎるため、スタートアップが新しいアプリ宣伝のためにメガストリーマーを雇うことは難しいですが、将来は、すべてのスタートアップが24時間365日製品をデモするストリーマーを作成できるでしょう。AIコンパニオンは、新たな主要マーケティングチャネルの一つとなる可能性を秘めています。

OODAループの瞬時実行

今日のマーケターは、軍事戦略家ジョン・ボイドの提唱したOODAループ(Observe, Orient, Decide, Act)のプロセスに従って活動しています。顧客を観察し、データに基づいてセグメンテーションを定め、施策を決定し、実行します。AIの力を借りれば、このループを飛躍的に高速化できます。

リアルタイムでブランド認知度や顧客の反応を測定し、絶えず新たな戦略を生み出してテストし、実行することが可能になるでしょう。大規模なコンテンツ制作を含む施策であっても、世界の変化に合わせて機動的に展開できるようになります。

本物らしさの重要性

AIの発展によって、あらゆるものが完璧に美しくデザインされるようになると、「本物らしさ」が求められるかもしれません。AIが生成したような、洗練され過ぎたマーケティングの世界では、逆にスペルミスがありような「人間の証明(Proof of Human)」、つまり人間の手によるリアルさや真正性が重要な要素になるでしょう(一方で、AIはそうした真正性をもまねることを学習していくでしょうが。)

マーケティングとセールスの融合

さらにチェン氏は、AIの発展によってマーケティングとセールスが融合していくと予測します。これまでのマーケティングは、ラジオやテレビ、インターネットといったマスメディアを通じて、不特定多数に向けて静的なメッセージを発信するものでした。しかしAIを活用することで、一人ひとりの顧客と個別に対話し、パーソナライズされたピッチを展開することが可能になります。

新キャンペーンを開始する際、マーケターは何百万人ものAI営業要員のインスタンスを起動できるようになるでしょう。そして、チャットでも、メールでも、電話でも、顧客が好む方法で顧客と対話させることができます。これらのエージェントは、世界中のあらゆる言語を話せ、あなたが誰であろうと、あらゆる用語とあらゆる説得方法を知っています。彼らは最初のメッセージを伝えるだけでなく、的確なフォローアップの方法を知っています。もしかしたら、それはまったく売り込みのようには見えず、あなたの友人になり、あなたの友人のように、例えば、あなたが旅行するときに行くべき場所を推薦してくれるかも知れません。

おわりに

チェン氏はコンシューマ領域に軸を置いていますが、その考察は日本のBtoBマーケターにとっても示唆に富んでいます。AIによるマーケティングの変革の波は避けられない以上、私たちはAIネイティブな発想でマーケティング戦略を再構築していく必要があります。

チェン氏のアプローチを参考に、私たちも、マーケティングの未来に向けた 「想像力」 を磨くことが重要です。従来の延長線上で一次的な影響を考えるにとどまらず、二次的、三次的な影響まで発想を飛ばして考える習慣が新しいビジネスのチャンスの発見につながるのではないでしょうか?AIの力を味方につけながら、人間にしかできない創造性を存分に発揮する。そんなマーケターであり続けるために、AIの可能性とインパクトを直視し、その本質を捉えていく必要があるでしょう。

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馬場 高志

1982年に富士通に入社、シリコンバレーに通算9年駐在し、マーケティング、海外IT企業との提携、子会社経営管理などの業務に携わったほか、本社でIR(投資家向け広報)を担当した。現在はフリーランスで、海外のテクノロジーとビジネスの最新動向について調査、情報発信を行っている。 早稲田大学政経学部卒業。ペンシルバニア大学ウォートン校MBA(ファイナンス専攻)。