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馬場 高志2024/06/14 10:00:00< 1 min read

生成AI普及がもたらす“仕事の意味”の変化|イノーバウィークリーAIインサイト - 5

最近、Microsoft Copilotのように、生成AIがWord、Outlook、PowerPointなど日常的なアプリケーションに統合されるようになりました。これにより、生成AIを仕事に使うハードルは下がり、誰もが簡単に高品質な文書を作成できるようになります。このことは、私たちの仕事のやり方にどのような変化をもたらすでしょうか?

ペンシルベニア大学ウォートン・スクールのイーサン・モリック准教授は、ブログ記事で生成AIが職場にもたらす影響について興味深い考察を行っています。

生成AIがもたらす仕事の意味の変化

多くのホワイトカラーワーカーの測定可能な成果は、eメール、レポート、プレゼンテーションなどに書かれた言葉です。言葉は、従業員の努力、知性、注意の代理指標として使われています。例えば、文章の量は努力の指標、質の高い文章は知性の表れ、誤りの少なさは細心の注意を払っている証拠だと見なされています。

例えば、中間管理職が重要プロジェクトの進捗状況について週次レポート書くとき、その報告書の内容自体が目的ではないかもしれません。むしろ、その報告書は、管理職が関連する従業員とちゃんと話をしたこと、プロジェクトの状況に目を配り、必要に応じて是正措置を取ったことなど、自分の仕事をきちんと遂行していることを示すシグナルとして機能することに意味があります。上級管理職は、きちんと目を通さなくても、一目でレポートが実質を伴っているか (努力の証)、よく書かれているか (質の証) を見分けることができます。

しかし、Copilotなどを使うことで、必ずしも実際の努力を反映していなくても、形式的なもっともらしいレポートを簡単に作れるようになりました。このことは、仕事のあり方や個人の意識にどのような変化をもたらすでしょうか?

意味の危機

大きな会社で仕事したことがある人なら組織の中では、誰も読まないような書類の作成に多くの時間が費やされていることをご存知だと思います。生成AIは、このような官僚主義的で無意味な書類作業を自動化してくれるかも知れません。部下がAIで作った報告書を上司に送り、上司もそれに対してAIで自動生成した感謝のメールを返すような冗談のような話が現実になるかも知れません。生成AIの普及は、意味のない仕事の無意味さをあぶり出すことになるでしょう。

一方で、本来正しくやれば意味のあるプロセスが、形式的にしか行われていない場合、それが更に形骸化する恐れもあります。例えば、モリック准教授によれば、すでに多くのマネージャーが部下の成績評価レビューで楽をするために生成AIを使用しているとのことです。これは人事評価プロセスの価値を損なうものといえるでしょう。他にも、製品・サービスの安全性や品質に関わるプロセスなどは形骸化させてはならない重要なプロセスです。今まで、文章によるアウトプットの量や質で、きちんと遂行されているかを判断していたプロセスを、今後どうやって評価していけば良いか、組織のリーダーは再考する必要があるでしょう。

さらに深刻な影響として、自分がやっている仕事には意味があると信じている多くの人にとって、生成AIは「意味の危機」をもたらすことになるかも知れません。人々があなたの仕事をAIがやったとしても気にしないのであれば、あなたのスキルや努力には何の意味があるのでしょうか?

生成AIの普及は、組織のリーダーに、本当に意味のある仕事は何か、その仕事の成果をどう測るか、仕事のプロセスの見直しを迫ることになるでしょう。また、個人にとっても、自分の仕事が組織にとってどういう意味があるのか、どんなスキルを高めていくべきなのか、再考を迫ることになるかもしれません。

AIに依存しすぎることの危険

最近のGPT-4やClaude-3が作成する文章は高品質で、元になるドキュメントやデータを与えればハルシネーション(生成AIが事実ではない作り話をしてしまう傾向)が起きる可能性も低く抑えられるため、これを使わない理由はないように思えます。すぐに、誰もが、生成AIに最初のドラフトを書かせ、真剣にチェック・修正することさえしなくなる時がくるかも知れません。

しかし、AIに頼りすぎることには危険もあります。生成AIの能力には、計り知れないところがあります。AIはある種の課題では絶大な力を発揮しますが、別のタイプの課題では意外な失敗を犯すことがあります。そして、AIを自分で実際に日常的に使って経験を積まないかぎり、AIが何に優れ、何が不得意なのかをつかめません。例えば、ChatGPTは、韻を踏んだソネット形式の詩を見事に書くことができますが、50語で文章を書けという一見簡単そうな課題は不得手です(これは生成AIが、単語ではなく、トークンという単位で言語を生成しているためです)。

モリック准教授たちのグループが行ったボストンコンサルティングのコンサルタントを対象にした実験で、生成AIを使うことで、さまざまなコンサルティング業務で成果が向上することが確かめられました。しかし、人間が高い確率で解決できるが、AIが誤りを犯すような課題を選んで実験したところ、こうしたケースでは、コンサルタントがAIを使うことで正解率が逆に下がるという結果が出ました。自分で判断すれば、正解を導けるのに、AIの答えを鵜呑みにしてしまったからです。

別の実験では、AIを使ったリクルーターが怠惰になり、注意力が低下し、優秀な候補者を見落としてしまったという結果が出ています。AIを信用し、人間が努力を怠り、注意を払わなくなってしまったのです。

AIのもたらす機会を捉えるには

モリック教授は記事の結論で、技術史専門の歴史家クランツバーグの法則「技術は善でも悪でもなく、また、中立でもない」という言葉を引用しています。いままでの重要なテクノロジーすべてがそうであったように、AI自体は善でも悪でもありません。企業のリーダーと従業員がそれをどう使うかによって、善にも悪にもなり得ます。しかし、その影響は中立ではなく、深く、後戻りのできない変化が起きることは間違いないといえるでしょう。

生成AIは、反復的で退屈な作業から私たちを解放し、自分が本当にやりたい仕事に集中できるようにしてくれる可能性を秘めています。また、今までアートの才能がある人にしかできなかったグラフィックデザインができるようになるなど、AIには人間の能力を拡張してくれる可能性があります。

ただし、生成AIがもたらすこうした機会を活かすために、組織と個人は、AIとどのように付き合っていくべきか真剣に考える必要があります

組織のリーダーは、何が本当に重要なプロセスなのかを見極め、効果的な評価方法を新たに確立する必要があります。一方で、官僚的で無意味なプロセスは積極的に撤廃していくべきでしょう。個人は自分の仕事の意味と求められるスキルや努力を見直す必要があります。また、生成AIの能力の限界を理解し、過度に依存しないように注意しなければなりません。

生成AIの登場は、組織と個人に、仕事のあり方を根本的に見直すことを迫っているのです。

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馬場 高志

1982年に富士通に入社、シリコンバレーに通算9年駐在し、マーケティング、海外IT企業との提携、子会社経営管理などの業務に携わったほか、本社でIR(投資家向け広報)を担当した。現在はフリーランスで、海外のテクノロジーとビジネスの最新動向について調査、情報発信を行っている。 早稲田大学政経学部卒業。ペンシルバニア大学ウォートン校MBA(ファイナンス専攻)。