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馬場 高志2024/10/11 10:00:001 min read

AIエージェントへの戦略転換に賭けるセールスフォース |イノーバウィークリーAIインサイト -22

 

AIの進化は、ビジネスの様々な領域で変革をもたらしています。その波は、顧客関係管理(CRM)の世界にも押し寄せています。CRM業界でトップを走るセールスフォースの共同創業者であり、CEOのマーク・ベニオフ氏は、最近のFortune誌とのインタビュー記事で、セールスフォースは、AIエージェントを中心とした戦略への「ハードピボット(大転換)」を行うと言っています。

Exclusive: Marc Benioff has declared a ‘hard pivot’ to autonomous AI agents. Will it be enough for Salesforce to thrive in the generative AI era?

これは、単なる製品アップデートを超えた、会社の戦略的方向性を根本から変える動きとして注目されています。

では、なぜセールスフォースは今このような方向転換を図ろうとしているのでしょうか?その背景には何があるのでしょうか?本記事では、これらの問いに答えていきます。

セールスフォースの大転換

尊敬するスティーブ・ジョブズの影響で禅宗の教えに触れたベニオフCEOは、Fortune記事で「初心(beginner's mind)」という考え方の大切さを強調しています。AIは破壊的イノベーションであり、この時代を乗り切るには「初心」の精神に基づき、あたかも新しいスタートアップのように、ゼロから考え直す必要性があるというのです。

セールスフォースは米国時間2024年9月12日に「Agentforce」と呼ばれる新しいAIエージェントプラットフォームを発表しました。Agentforceは、従来のAIチャットボットとは一線を画す、自律的なAIエージェントのプラットフォームです。

従来のチャットボットやAIアシスタントは、人間からの指示や質問に応答するだけでした。しかし、Agentforceのエージェントは、複数のステップを必要とする複雑なタスクを自律的に遂行できます。例えば、顧客サービスの問い合わせに対応したり、セールスリードを評価したり、マーケティングキャンペーンを最適化したりすることが可能です。

ベニオフ氏は、「AIの次の波はエージェントだ」と述べています。セールスフォースは、創業25年を迎える今、AIエージェントのスタートアップとして再出発するような気持ちで、この変革に臨んでいるといいます。
そして、2025年末までに10億のAIエージェントを稼働させるという野心的な目標を掲げています。

AIはCRM既存企業を脅かす - アンドリーセン・ホロウィッツの警鐘

セールスフォースがこのように方向転換を強調するのは、AIがCRMの業界構造を破壊するという見方に対する反応という側面があります。著名ベンチャーキャピタルであるアンドリーセン・ホロウィッツは2024年7月に「セールスフォースの死:AIが次世代セールステックを変革する理由」と題するブログ記事を公開しました(アーサー・ミラーによるピューリッツァー賞を受賞した戯曲に「セールスマンの死」という作品があります)。

“Death of a Salesforce”: Why AI Will Transform the Next Generation of Sales Tech | Andreessen Horowitz

この記事は、AIによる変革により、CRMの世界で既存企業がAIネイティブのスタートアップに取って代わられる可能性を指摘しています。

セールスフォースやHubSpotなどの既存企業の最大の強みは、彼らのCRMが顧客情報や取引履歴などを構造化されたテキストベースのデータベースで管理する「SoR」 (System of Record: 記録システム)として確立されており、容易に置き換えることができないことです。 

しかし、LLM (大規模言語モデル)により、このSoRの在り方が根本から変わろうとしています。アンドリーセン・ホロウィッツはLLMによって実現される新たなセールスプラットフォームのコアは、テキストベースのデータベースではなく、マルチモーダル(テキスト、画像、音声、動画)になるだろうと考えています。スタートアップのAIネイティブなプラットフォームは、既存企業のツールでは不可能だった多くの顧客に関する洞察を引き出すことができるようになるというのです。  

この変化は、営業プロセスを根本から変える可能性があります。例えば、AIが新たなセールスリードを分析し、自動的に優先度付きのリストを作成してくれます。AIがパーソナライズされたマーケティング資料を作成し、顧客訪問中に、成約につながるヒントをライブで提供してくれるといったことが可能になります。

つまり、LLMによって、CRMの中核である記録システムとワークフローが根本的に再構築されることになるのです。これは既存のCRM企業にとって大きな脅威となります。

セールスフォースの「大転換」は、まさにこのような危機認識から生まれたものと言えるでしょう。既存の強みを活かしつつ、AIによる新しいSoRとワークフローをいかに構築できるか。それが、セールスフォースをはじめとする既存CRM企業の今後の成否を分ける鍵となりそうです。

 

Agentforceの概要

では、セールスフォースが発表したAgentforceは、具体的にどのようなものなのでしょうか。セールスフォースのプレスリリースに基づいて、その内容を見ていきましょう。

Salesforce Unveils Agentforce–What AI Was Meant to Be

Agentforceの中核となるのが、Atlas推論エンジンです。これは、人間の思考プロセスをシミュレートするように設計された独自のシステムです。Atlas推論エンジンは、ユーザーのクエリを評価し、関連データを取得し、実行計画を立て、その計画を精緻化するというプロセスを経て、高度な推論と意思決定を行います。

Agentforceには、いくつかの「すぐに使える」エージェントが用意されています。例えば以下のようなものです。

  1. Service Agent: 従来のチャットボットを置き換え、幅広いサービス問題に対応できるAI
  2. Sales Development Representative (SDR): 24時間体制で見込み客と対話し、質問に答え、問題を処理し、ミーティングをスケジュールするAI
  3. Sales Coach: セールスチームに対してパーソナライズされたロールプレイセッションを提供するAI
  4. Merchant: Eコマースのマーチャンダイザーを支援し、サイト設定、目標設定、パーソナライズされたプロモーション、商品説明などを行うAI

これらのエージェントは、カスタマイズや展開が容易で、数分でセットアップでき、24時間365日、あらゆるチャネルで稼働します。

さらに、Agentforceには ローコードで、既存のエージェントをカスタマイズしたり、新しいエージェントを構築したりできるAgent Builderなどのツールが準備されています。また、Agentforce パートナーネットワークを通じて、Amazon Web Services、Google、IBM、Workdayなどの主要パートナーが開発したエージェントやエージェントアクションを利用することもできます。

 

セールスフォースの強み - 既存のデータとワークフローの活用

Agentforceは、長年にわたって顧客が蓄積してきたデータと、構築してきた洗練されたワークフローという、既存企業としての強みを最大限に活かしています。

セールスフォースのプラットフォームの中心にあるのが「Data Cloud」です。Data Cloudは、あらゆる顧客データとメタデータを統合しています。これにより、Agentforceはその時々の文脈に合せて、精度の高いアクションを実行できます。

また、Data Cloudは外部システムの構造化データと非構造化データを、コピーすることなく活用できる「ゼロコピー」を実現しています。これにより、Agentforceは顧客データを迅速かつ容易に取得し、分析し、行動することができるのです。

また、Agentforceは既存のワークフロー自動化機能(Salesforceフロー、MuleSoft、Apexメソッドなど)とシームレスに統合されています。これにより、顧客は既に構築され最適化されているワークフローやアクションを容易に活用できます。

このように、セールスフォースは既存のプラットフォームの強みを活かしつつ、最新のAI技術を統合することで、他社が簡単には真似できない強力なソリューションを提供しようとしています。

 

AIエージェントがもたらすCRMの未来

AIエージェントの登場は、CRMの世界に大きな変革をもたらすでしょう。その未来像はどのようなものでしょうか。

まず、AIエージェントが、マーケティング、セールス、カスタマーサービス担当者の働き方を大きく変えることになることは間違いありません。CRM企業は、AIエージェントが日常的な業務や反復的なタスクを処理することで、人間はより戦略的で創造的な仕事に集中できるようになると約束しています。ただし、雇用に対する影響は注視していく必要があります。

また、カスタマージャーニー全体を通じたAIの活用が可能になります。マーケティング、セールス、カスタマーサービスの境界が曖昧になり、顧客に対してシームレスで一貫性のある体験を提供できるようになるでしょう。

さらに、AIエージェントの導入により、企業は、需要に応じて瞬時にスケールアップできる労働力を得ることになります。繁忙期や新規プロジェクトの立ち上げ時に、人材の採用が追いつかないといった事態を避けられるかもしれません。

プライシングモデルも変わる可能性があります。現在の多くのCRMソフトウェアは、ユーザー数に基づいて課金されています。しかし、AIエージェントの導入により、成果報酬型 (outcome-based pricing)への移行が進む可能性があります。例えば、AIエージェントが成約したセールスの数や、解決した顧客の問題の数に応じて課金するモデルなどが考えられます。尚、Agentforceは会話あたり2ドルからという会話数ベースの価格設定となっています。

おわりに

AIエージェントの登場は、CRMの世界に大きな変革をもたらそうとしています。セールスフォースのような既存の大企業も、その波に乗り遅れまいと大胆な転換を図っています。一方で、AIネイティブのスタートアップも次々と登場し、新しいソリューションを提供しています。

この変革の中で勝ち残るのは、既存企業でしょうか、それともスタートアップでしょうか。おそらく、その答えは二者択一ではないでしょう。既存企業の持つデータと経験、スタートアップの持つ柔軟性と革新性、それぞれの強みを活かした協調と競争が、業界全体を発展させていくことになるでしょう。

これからのCRMの世界がどのように変わっていくのか、そして私たちの働き方がどのように進化していくのか、今後の展開に注目が集まります。

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馬場 高志

1982年に富士通に入社、シリコンバレーに通算9年駐在し、マーケティング、海外IT企業との提携、子会社経営管理などの業務に携わったほか、本社でIR(投資家向け広報)を担当した。現在はフリーランスで、海外のテクノロジーとビジネスの最新動向について調査、情報発信を行っている。 早稲田大学政経学部卒業。ペンシルバニア大学ウォートン校MBA(ファイナンス専攻)。