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馬場 高志2024/05/14 10:45:361 min read

エンタープライズ領域で加速する生成AI活用の最新動向 - アンドリーセン・ホロウィッツのレポートから探る|イノーバウィークリーAIインサイト - 2

欧米のAI最新動向やAI活用に関する洞察をもたらす記事やポッドキャストを紹介するイノーバウィークリーAIインサイト、第2回は、Twitter、Facebook、Airbnbなどに対する初期投資で知られるシリコンバレーの著名ベンチャーキャピタルのアンドリーセン・ホロウィッツの最新調査レポートを紹介します。

 

2023年、ChatGPTをはじめとする対話型AIの登場により、一般消費者による生成AI利用額は記録的な速さで10億ドルに達しました。その一方で、エンタープライズ領域での生成AI活用は限定的な用途にとどまっているように見えました。果たして企業による生成AI活用は2024年にどこまで進むのでしょうか?

 

こうした疑問に答えるべく、アンドリーセン・ホロウィッツは70社以上のフォーチュン500企業やリーディングカンパニー*のリーダーにインタビューを実施。生成AIの活用状況や予算、課題などについて詳細な調査を行いました。その結果、この半年間で大企業の生成AIに対する姿勢が大きく変化していることが明らかになりました。本記事では、このレポートの主要ポイントを解説しながら、エンタープライズ領域における生成AI活用の最新動向に迫ります。

* テクノロジー、通信、消費財、銀行、決済サービス、医療、エネルギーなどの業界をカバー

 

企業の生成AI関連投資が急増、2024年には2〜5倍に

まず注目すべきは、大企業の生成AIへの投資意欲が急激に高まっていることです。本調査対象のフォーチュン500クラスの企業の2023年における生成AIへの平均投資額は700万ドルでしたが、2024年にはその2倍から5倍に拡大する見込みです。つまり、多くの企業が生成AIの実験段階から本格的な活用フェーズに移行しつつあるということです。

 

また、生成AIへの予算配分も変化しています。これまではイノベーション予算からの支出が大半でしたが、2024年からは通常のソフトウェア予算として恒常的に計上する企業が増えてきました。ある企業では、生成AIを活用したカスタマーサービスによって、1コールあたり6ドルのコスト削減、合計で90%のコスト削減が実現できたことを理由に、今後AIへの投資額を8倍に増やすとしています。生成AIが実験段階を終え、実際にビジネスの価値につながるツールとして認知されつつあることがわかります。

 

一方、生成AIの投資対効果(ROI)をどう測定するかは、各社まだ試行錯誤の段階にあります。現状はNPS(ネット・プロモター・スコア)や顧客満足度を生産性向上の代理指標としているケースが多いものの、売上増加、コスト削減、生産性向上のより具体的な測定手法の確立が求められています。

 

また、生成AIの導入やスケーリングには高度な技術人材が不可欠ですが、多くの企業でそうした人材が不足しているのも課題です。実際、生成AIプロジェクトの予算の内、生成AI基盤モデル使用料自体は4分の1に過ぎず、大半はソリューションの開発と実装コストが占めているとのことでした。

 

企業が選ぶ生成AI基盤モデル:複数モデル併用とオープンソース活用の傾向 

企業の生成AI基盤モデル選択において、2つの大きな変化が見られます。1つは、複数モデルの併用です。2023年半ばまでは1社(OpenAI)、多くても2社のモデルを使うのが主流でしたが、現在はパフォーマンス、サイズ、コストに応じて複数モデルを使い分ける企業が一般的になってきています。

 

もう1つの変化は、オープンソースモデル採用の急速な拡大です。2023年は市場の80〜90%をOpenAIなどのクローズドソースが占めていましたが、2024年はオープンソース比率が大幅に上昇する見通しです。その背景には、オープンソースのほうが自社でのコントロールやカスタマイズがしやすいというメリットがあります。特に自社データを使ったファインチューニングでは、クローズドソースへのデータ提供に不安を覚える企業が少なくありません。今回の調査では46%の企業がオープンソースLLMを選好していました。

 

2023年に関心を集めた自社でのカスタムモデル構築については、2024年はゼロからのトレーニングよりも、RAGやオープンソースモデルのファインチューニングが主流になりつつあります。

 

生成AI活用事例と課題:社内活用は本番環境へ移行、外部活用は慎重姿勢

現時点では、企業は市販のAIアプリケーションを購入するよりも、自社でアプリケーションを開発することを優先しています。これは、エンタープライズ向けの実績あるAIアプリが市場に不足しているからです。また、生成AI基盤モデルがAPIを提供しているので、企業が独自のAIアプリを開発することが容易になったことも大きな要因です。

 

企業はカスタマーサポートや社内チャットボットといった定番のユースケースを自社で構築する一方、コンシューマーパッケージ製品のレシピ作成、創薬における分子発見の候補絞り込み、販売推奨など、より斬新な用途にも生成AIを活用し始めています。こうした流れの中、AI基盤モデルのよく知られた能力(例えば文書要約)に、ありふれたユーザーインターフェース(チャットボットなど)を組み合わせただけのスタートアップ製品は魅力的とはいえません。

 

今後、エンタープライズ特化型のAIアプリが市場に登場した際に、この状況が変化するかどうかはまだ分かりません。あるリーダーは、多くのユースケースを社内で構築しているものの、新しいツールが登場すれば、市場で最良のものを使いたいといっています。一方で、生成AIは戦略的ツールであり、従来のように外部ベンダーに頼らないだろうとする見方もあります。

 

アンドリーセン・ホロウィッツは、基盤モデルに単にユーザーインタフェースを加えるレベルを超えるイノベーションを実現し、企業のワークフローを抜本的に見直すアプリや、企業が保有する独自データをより効果的に活用できるようにするアプリが登場すれば、市場で特に高いパフォーマンスを発揮するだろうと予想しています。

 

企業は内部向けのユースケースには意欲的である一方、外部向けのユースケースについてはより慎重なスタンスを取っています。その理由は、生成AIに関する2つの主要な懸念が企業に根強く残っているためです。

 

1つ目は、ハルシネーション(幻覚、つまりAIが事実と異なる情報を生成してしまうこと)や安全性の問題です。2つ目は、特にヘルスケアや金融サービスなどの消費者向けのセンシティブな分野で生成AIを導入することによる風評リスクです。

 

2023年に最も人気のあったユースケースは、テキスト要約や知識管理用チャットボットなど社内の生産性向上に特化したものか、コーディング支援、カスタマーサポート、マーケティングのように、顧客に提供される前に人間が介在するものでした。以下の図が示すように、2024年に入りこれらのユースケースは高い割合で本番環境への移行が進んでいます。しかし、契約書レビューのようなセンシティブなユースケースや、外部向けチャットボットや推奨アルゴリズムなどの顧客向けユースケースについては、まだ本番運用への展開は進んでいません。

 

 

最近、カナダの裁判所で、エア・カナダのチャットボットが顧客に不正確な割引料金を案内したとして、同社に賠償金の支払いを命じる判決が下されました。このチャットボットはLLMを使って自動応答を行っていましたが、学習データに含まれていなかった事例への対応を誤ったのです。こうしたAIの過剰な一般化による失敗は「ハルシネーション」と呼ばれ、企業にとって大きなリスクとなります。エア・カナダの事例は、AIを安全に運用することの難しさを浮き彫りにしました。

 

企業はこのようなAIミスによる風評被害を強く恐れています。そのため、ハルシネーションなどの問題をコントロールするための技術やツールは、今後大きな需要を見込めるかもしれません。生成AIの健全な活用のためには、技術的・倫理的課題への真摯な取り組みが不可欠だと言えるでしょう。

 

巨大で急成長するビジネス機会

アンドリーセン・ホロウィッツはLLMのAPIとファインチューニング市場は、2023年末の15~20億ドルから、2024年末までに50億ドル規模にまで成長するだろうと予測しています。そして、この大半の成長がエンタープライズ領域によって牽引されると分析しています。

 

おわりに:日本企業への示唆

本記事では、アンドリーセン・ホロウィッツの調査に基づいて、米国の大企業による生成AI活用の最新動向をお伝えしてきました。予算増加、ユースケース拡大、本番環境への移行など、大企業でのAI活用が加速している様子が明らかになりました。

 

日本企業も、グローバルの潮流を踏まえつつ、生成AIの戦略的な活用を推進すべきでしょう。その際、以下の点に留意が必要です。

 

  1. トップダウンでのAI活用推進:欧米企業では、経営層がAIの活用を強力に後押ししています。日本企業でもトップのリーダーシップの下、全社的なAI活用を加速させることが求められます。
  2. 自社に適した基盤モデルの選択:クローズドソースかオープンソースか、単一モデルか複数モデルの併用かなど、自社のニーズに合ったアプローチを選ぶことが肝要です。セキュリティやデータ管理の課題にも十分な配慮が必要でしょう。
  3. 外部活用におけるリスク管理:ハルシネーションなど、AIの安全性に関わる課題への対応を怠ると、大きな風評リスクを招く恐れがあります。技術的・倫理的な問題をクリアしながら、外部活用を進めていくことが求められます。
  4. 自社ワークフローの革新:単にLLMにインターフェースを付けるだけではなく、自社のワークフローを根本から見直し、生成AIの力を最大限に引き出すアプローチが有効です。自社の強みとなるデータをいかに活用するかも重要な観点となるでしょう。

 

生成AIはまだ発展途上の技術であり、試行錯誤は避けられません。しかし、その可能性は計り知れないものがあります。日本企業が果敢にチャレンジし、新たなイノベーションを生み出していくことを期待したいと思います。

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馬場 高志

1982年に富士通に入社、シリコンバレーに通算9年駐在し、マーケティング、海外IT企業との提携、子会社経営管理などの業務に携わったほか、本社でIR(投資家向け広報)を担当した。現在はフリーランスで、海外のテクノロジーとビジネスの最新動向について調査、情報発信を行っている。 早稲田大学政経学部卒業。ペンシルバニア大学ウォートン校MBA(ファイナンス専攻)。