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馬場 高志2024/09/20 10:00:001 min read

Google反トラスト判決:検索市場の未来とマーケティングへの影響|イノーバウィークリーAIインサイト -19

 

2024年8月5日、米国の首都ワシントン連邦地裁は、Googleがインターネット検索・広告市場での独占を維持・拡大するために競合他社を競争から排除し、反トラスト法(日本の独占禁止法に相当)に違反したとする判決を下しました。この判決は、検索とデジタル広告市場にどのような影響を与える可能性があるのでしょうか?

本記事では、判決内容と司法省が検討している是正案について解説します。さらに、判決の背景、今後予想されるシナリオ、そして最近の生成AIと検索を統合する動きとの関連など、テクノロジーアナリストのベネディクト・エバンス氏の興味深い分析をご紹介します。

判決内容と検討されている是正案

司法省は2020年にGoogleが米国のインターネット検索市場で90%のシェアを占めており、インターネット検索・広告市場での独占を維持するために「反競争的かつ排他的な慣行」を実施していると主張し、同社を提訴していました。

判決が焦点を当てたのは、Googleがアップルやマイクロソフトなどに毎年数十億ドルを支払う見返りとして、自社の検索エンジンをスマートフォンやウェブブラウザで初期設定(デフォルト)するよう求める契約を締結したことです。裁判所は、これらの契約によってGoogleが多くのユーザーの検索履歴から膨大な量のデータを安定的に入手しており、検索結果に表示される広告から多額な収入を獲得していると判断しました。実際に、Googleの広告収入は2014年から2021年までの7年間で約470億ドル(約68,150億円、1ドル=145円換算)から3倍以上の1,460億ドル(約211,700億円)に増加しています。これらを踏まえ、Googleはインターネット検索サービス・広告市場の競争を阻害し、独占を維持するために他社との契約を違法に利用していると裁判所は結論づけました
米グーグル、検索市場巡る反トラスト法違反の訴訟で敗訴、1998年のマイクロソフト以来の大型訴訟(米国) | ビジネス短信 ―ジェトロの海外ニュース

Googleは判決に不服を表明し、控訴する意向を示しています。今後の行方は、Googleの控訴を経て、司法省が提示する是正措置に裁判所がどのような最終決定を下すかに依存しています。司法省による是正措置の提示は、これからですが、Googleに対し複数の是正措置を検討していると報道されています。

米司法省がグーグル分割要求を検討、独禁法訴訟で勝訴後-関係者 - Bloomberg

  • 初期設定を求める独占的契約の禁止
  • モバイルOSAndroid」や、同社が提供するウェブブラウザ「Chrome」など、主要事業をGoogleから分離
  • 検索連動型広告の販売プラットフォーム「アドワーズ」の売却
  • Googleが保有する膨大な検索データを競合他社に提供するよう強制

これらの是正案は、どれだけ実効性があり、検索市場における競争にどのような変化を引き起こすと考えられるでしょうか?
以下、テクノロジーアナリストのベネディクト・エバンス氏の「検索における競争(Competing in search)」と題された記事を参考に考えていきます。

 

検索市場におけるネットワーク効果と参入障壁

エバンス氏は、検索エンジン市場は、いわゆるネットワーク効果が強く働く市場だと言います。多くの人がGoogleを使うため、Googleは最高の結果を提供でき、それゆえにさらに多くの人がGoogleを使うという好循環が生まれます。この循環は、新規参入者にとって大きな障壁となります。

さらに、ウェブ全体をインデックス化し分析するためのインフラ構築には莫大な投資が必要です。アップルは、Googleと同等の検索能力を持つために年間60億ドル(約8,700億円)の投資と試算しています。マイクロソフトのサティア・ナデラCEOは、今回の反トラスト法訴訟に証人として呼ばれ、マイクロソフトはこれまで同社の検索エンジンBingに1,000億ドル(約14兆5,000億円)を投資してきたと証言しています。しかし、マイクロソフトのBingの米国の検索トラフィックにおけるシェアは5%程度に過ぎず、Googleのネットワーク効果にまったく対抗できていないのが現実です。

 

初期設定の重要性

Googleの独占的地位を支えるもう一つの要因が、初期設定の力です。Googleは2022年、アップルに約200億ドル(約2兆9,000億円、これはSafari経由のGoogle検索広告収入の36%に相当)、サムソン、モトローラ(レノボ)などのAndroid端末メーカーや携帯電話会社に総額約100億ドル(約1兆4,500億円)を支払い、自社の検索エンジンを初期設定にしてもらっています。Googleは、これを「トラフィック獲得コスト(TAC)」と呼んでおり、Googleの検索広告収入の約20%に相当します。

今回の裁判資料によると、米国におけるインターネット検索の50%がGoogleとの契約により初期設定されたチャネルで行われています(アップルデバイス28%、Android 19.4%、その他のブラウザ2.3%)。この他には、ユーザーがPCにダウンロードしたChromeブラウザで行う検索が20%を占めています。

ユーザーは通常、初期設定を変更しません。特に、初期設定の選択肢が最も優れていると考えられる場合はなおさらです。これにより、Googleの市場支配力が強化されています。

 

考えられるシナリオと注目すべきポイント

今後の行方は、裁判所が司法省が提示する是正措置にどのような最終決定を下すか次第なので不透明です。しかし、裁判所が今回問題になったGoogleがアップルなどのデバイスメーカーと結んでいる契約を禁止あるいは最低でもその範囲を大幅に制限する命令を出すことは明らかと考えられています。


エバンス氏は、これに対してマイクロソフトとアップルがどのような道を選ぶかが注目だと考えています。

 

マイクロソフトの選択

マイクロソフトは、今回の判決を好機と捉え、Bingに対する投資を増加させ市場シェアの拡大を図るかも知れません。
マイクロソフトは今回の裁定に縛られないので、携帯端末メーカーにBingを初期設定として採用するように支払いを行う契約を結ぶことができます。一部のAndroid端末メーカーはマイクロソフトからのオファーを受け入れ、Bingを初期設定にするのではないかと考えられます。
しかし、アップルがGoogleに比べて質やブランド力で劣るとみられているBingを初期設定にすることを受け入れるかどうかは疑問です。受け入れるにしても、かなりの見返りを要求することは明らかであり、マイクロソフトがどのような条件を提示できるかが注目です。

アップルの選択

Googleとの契約が禁止されて200億ドルの収入を失ったとしても、アップルはiPhoneユーザーの便益を優先し、Googleを初期設定にし続ける可能性があります。
別の選択肢として、アップルは独自の検索エンジン開発に踏み切る可能性も考えられます。これには上述の通り、年間60億ドルもの投資が必要となりますが、アップルは資金力と、iOSデバイスという検索トラフィックの28%を占める大きなチャネルを持っています。
ただし、エバンス氏は、アップルがこの道を選ぶかどうかは疑問だと考えています。検索エンジンの開発と運用には莫大なコストがかかり、アップルの事業戦略にこの新たな方針が合致するかどうかは疑問だからです。
アップルは現在でも、Safariに対する質問の一部をGoogleに流すのではなく、独自のサジェスチョンを提示しています。アップルは本格的に検索エンジン市場に参入しなくても、例えばBooking.comやアマゾンなどからの支払いに基づき、該当するクエリーに対してこうした企業のウェブサイトを表示させるようにすることで収入を得ることができます。

 

LLMと検索の未来

大規模言語モデル(LLM)の登場により、検索の未来が変わる可能性があります。LLMは、検索の世界に、より優れたユーザー経験をもたらすかも知れないと期待されています。LLMは検索市場に不連続な変化をもたらし、ユーザーの乗り換えを促す新たな機会をもたらすかも知れません。

2023年初頭にBingがChatGPTを統合したのはこうした狙いがあったからです。また、OpenAIもSearchGPTと呼ばれる検索とLLM統合のアプローチを試験的に開始してます。さらに、Perplexityも生成AIを活用した検索エンジンで、1,500万人の月間アクティブユーザー数を獲得するまで成長しています。
Perplexity.ai - Wikipedia

最近の報道では、Perplexityは検索結果に広告を掲載することを検討しているとのことです。
Perplexity AI plans to start running ads in fourth quarter as AI-assisted search gains popularity

エバンス氏は、LLMGoogleの地位を脅かすかについて、現在のところやや懐疑的な見方をしています。LLMにはハルシネーション(誤った情報の生成)の問題があり、LLMと検索の統合には大量の前処理と後処理が必要になるからです。Google自身もAI OverviewsAIによる概要)として、検索にAI機能を取り入れる試みを既に開始しています。エバンス氏は、この問題の解決は、ウェブ検索の経験でまさるGoogleが有利だと考えています。

しかし、今後の展開は誰にも予測できません。LLMと検索の統合は、どの検索エンジンを初期設定にするかという問題のバランスを左右しかねない動きであり、Googleがこのタイミングで300億ドルの支払いによってモバイル端末メーカーに初期設定を要求する自由を失ったことの影響は小さくないかも知れません。

 

おわりに

Googleに対する反トラスト法違反判決は、検索市場と広告業界に大きな影響を与える可能性があります。しかし、エバンス氏が指摘するように、判決の影響や市場の変化の具体的な形はまだ不透明です。

マーケターにとって重要なのは、これらの変化を注視しつつ、新たな機会を見逃さないことです。検索市場の変化は、デジタルマーケティングの風景を大きく変える可能性があります。柔軟性と先見性を持って、これらの変化に適応していくことが求められるでしょう。

最後に、この判決とその影響は、技術と法律、そして市場がどのように相互作用するかを示す興味深い事例となっています。マーケターは、自社の戦略だけでなく、より広い視野で技術と社会の変化を捉える必要があるでしょう。今後の展開に注目が集まります。

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馬場 高志

1982年に富士通に入社、シリコンバレーに通算9年駐在し、マーケティング、海外IT企業との提携、子会社経営管理などの業務に携わったほか、本社でIR(投資家向け広報)を担当した。現在はフリーランスで、海外のテクノロジーとビジネスの最新動向について調査、情報発信を行っている。 早稲田大学政経学部卒業。ペンシルバニア大学ウォートン校MBA(ファイナンス専攻)。