「日本は慎重すぎる。だからAIに乗り遅れる」。もう、耳にタコができるほど聞いた。
半分は、当たっている。だが、もう半分は、致命的に間違っている。そして、その"間違っている半分"にこそ、日本が勝てる芽が埋まっている。今日は、その話をしたい。少し、興奮しながら書く。
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世界が欲しがる宝は、SIerの中に埋まっている
まず、僕がずっと引っかかっていることから始めよう。
日本のSIer——システム開発の会社を、世間はさんざん馬鹿にしてきた。「重い」「遅い」「人月商売」「多重下請けの温床」。動かないコンピュータ、終わらないデスマーチ。僕も、その手の苦労話は、山ほど聞いてきた。
ところが、だ。AIの時代になった途端、この"時代遅れ"の代名詞が、突然、世界中がのどから手が出るほど欲しがるスキルに化けた。どういうことか。
前回の実験を思い出してほしい。プロの仕事を丸ごと放り投げたら、最優秀のAIでも、やり切れたのはわずか2.5%〔1〕。ところが、「何を・どんな品質で・どう確かめるか」まで仕様として渡した途端、上位モデルの約5割が、専門家に並ぶか、上回った〔2〕。AIの成否を分けるのは、賢さじゃない。"渡し方"だ。
AIを動かすというのは、要するに、機械が一ミリも誤解しないところまで、やりたいことを言葉に書き切る、ということだ。要件定義。設計書。「言った・言わない」を残さない、あの執念。曖昧さを一つずつ潰していく、あの粘り。——これ、SIerが何十年も、それこそ血へどを吐きながらやってきたことそのものじゃないか。
海外では今、「この"書き切る力"が、決定的に足りない」と、みんなが頭を抱えている。AI同士がうまく連携できない失敗の8割は、モデルの賢さ不足ではなく、仕様の詰めの甘さだという研究すらある〔3〕。そして日本には、その力を叩き込まれた人材が、何十万人といる。世界が血眼で探している宝が、日本のSIerの中に、埋まっているのだ。皮肉な話だ。ずっと"レガシー"と見下してきたものが、切り札だった。
だが、日本には致命的な弱点がある
……と、ここで終われば、気持ちのいい日本礼賛だ。だが、そうは問屋が卸さない。
日本には、致命的な弱点が一つある。"決める力"だ。
なぜ日本は「慎重すぎる」と言われるのか。石橋を叩いて、叩いて、結局渡らない。あれの正体は、慎重さなんかじゃない。決められない、ということだ。
考えてみてほしい。僕たちは、意思決定の訓練を、まともに受けたことがない。子どもの頃から「みんなで話し合って」「和を乱すな」。合意をつくる練習は、うんざりするほどやった。だが、「最後は誰かが腹をくくって決める」練習は、ほとんどしていない。だから、いざ「決めて、進めろ」の場面で、全員が下を向く。稟議書が、机の上を、ぐるぐる回る。
これが、AI時代には、そのまま急所になる。どんなに立派な仕様を書いても、「これでいく」と誰かが決めてゴーサインを出さなければ、AIは一行も動かない。逆に、仕様が雑なら、前回話した通り、AIは雑なまま現実世界で暴走する。書く力があっても、決める力がなければ、宝の持ち腐れだ。
日本は、いびつだ。世界トップ級の"書く力"と、驚くほど貧弱な"決める力"。この二つが、同じ国に、同居している。
しかも、その宝は、SIerに閉じ込められている
話は、もう一段ややこしい。その世界トップ級の"書く力"は、SIerの中に、閉じ込められているのだ。
肝心の発注側——事業会社のほうは、設計力がまるでない。自分が何を作りたいのか、自分の言葉にできない。だから「いい感じにやっといて」とSIerに丸投げして、マージンを払う。この受発注が、何十年も続いてきた。
この構造では、"攻めた開発"など、逆立ちしてもできない。受ける側は、契約の外に出ない。出す側は、仕様を書けない。間で、伝言ゲームが劣化していく。そして丸投げは、事故を生む。前回話した、AIが本番データベースを丸ごと消し、1,200社のデータを吹き飛ばした事故〔4〕。あれも、誰も中身を確かめずに投げた結果だ。丸投げの構造は、多重下請けと、寸分たがわず同じ形をしている。
宝が眠っているのは、いちばん活かしたい現場から、切り離されているからなのだ。
だから、引き抜け
ここまで来れば、僕の結論は、乱暴なくらいシンプルだ。
事業会社よ、SIerの上流SEを、引き抜け。
引き抜いて、自社の真ん中に据えて、AIを持たせろ。事業会社には、業務を知り尽くしたドメイン知識と、「これでいく」と言える権限がある。そこに、仕様を書き切れる上流SEと、AIが加わったら、どうなるか。書く力・決める力・現場の知識が、生まれて初めて、一つの部屋に揃う。 受発注の壁も、マージンも、伝言ゲームもない。これが、攻めのチームだ。
「そんな贅沢な採り方、できるか」と思うかもしれない。できる。むしろ、今なら安い。昔は、上流SEが一人いても、その下に何十人ものプログラマを抱えなきゃ、システムは動かなかった。だから内製は割に合わなかった。だが今は、手を動かすのはAIだ。仕様を書ける人が、たった数人いればいい。 内製のコストは、崖から落ちるように下がった。
やるべきことは、三つ。
一つ、上流SEを、外注先から、自社の中枢へ引き戻す。 仕様を書ける人間を社内に何人抱えられるか——これが、これからの企業の体力だ。現に、AIを交渉材料にして、監査法人の報酬を14%も値切ってみせた会社もある〔5〕。"詰める力"は、それ自体が、金を生む。
二つ、"決める力"を、意識して鍛える。 合意づくりは、日本の美点だ。捨てなくていい。だが「合意」と「決断」は、別物だと肝に銘じる。誰が、いつ決めるのか。決めたら、もう戻さない。石橋は、好きなだけ叩けばいい。ただし——叩いたら、渡れ。
三つ、検証を、組織の習慣にする。 ある企業は、AIで一気に自動化したあと、品質のために人間を呼び戻した〔6〕。検証を省いた自動化は、必ず揺り戻す。これは、SIerが得意な"テスト工程"の、そのままの応用だ。
日本の慎重さは、ずっと、欠点として語られてきた。だが僕は、あれは磨けば光る原石だと思っている。要件を詰め、ドキュメントで握り、確かめてから渡す——この几帳面さは、AIを動かすうえで、これ以上ないほど理想的な資質だ。足りないのは、たった一つ。決める勇気だけだ。
世界トップの"書く力"の上に、"決める力"を積む。その日、日本は、AIの使いこなしで、世界の先頭に立つ。僕は、本気で、そう思っている。
参考:
〔1〕Scale AI. Remote Labor Index.
https://scale.com/blog/rli
https://arxiv.org/abs/2510.26787
〔2〕OpenAI.『実際のタスクに対するモデルのパフォーマンスを測定する』.
https://openai.com/ja-JP/index/gdpval/
https://arxiv.org/abs/2510.04374
〔3〕Cemri, M., et al. Why Do Multi-Agent LLM Systems Fail?.
https://arxiv.org/abs/2503.13657
〔4〕FORTUNE. An AI-powered coding tool wiped out a software company’s database, then apologized for a ‘catastrophic failure on my part’.
https://fortune.com/2025/07/23/ai-coding-tool-replit-wiped-database-called-it-a-catastrophic-failure/
〔5〕FINANCIAL TIMES. KPMG pressed its auditor to pass on AI cost savings.
https://www.ft.com/content/c891c47c-b21f-4e0f-84b3-b80c794eff3d
〔6〕Bloomberg. Klarna Turns From AI to Real Person Customer Service.
https://www.bloomberg.com/news/articles/2025-05-08/klarna-turns-from-ai-to-real-person-customer-service
宗像 淳 / イノーバCEO
1998年に富士通に入社し、北米ビジネスにおけるオペレーション構築や価格戦略、子会社の経営管理等の広汎な業務を経験。MBA留学後、楽天で物流事業、ネクスパス(現トーチライト、博報堂DYグループ)でソーシャルメディアマーケティング事業の立ち上げを担当。ネクスパスでは、事業開発部長として米国のベンチャー企業との提携を主導した。
2011年、マーケティング支援会社である株式会社イノーバを設立、代表取締役に就任。日本におけるコンテンツマーケティング/BtoBマーケティングの第一人者として、15年以上にわたり5000社以上の経営課題やマーケティング・営業課題を分析し、幅広い業界で企業の事業成長に貢献。「事業を伸ばすには実行力が重要であり、実行力とは組織・人である」という哲学で、人にこだわった支援会社づくりに取り組んでいる。
2026年2月、最新刊『いちばんやさしいAI時代のコンテンツマーケティングの教本』(インプレス)を上梓。著書に『商品を売るな コンテンツマーケティングで「見つけてもらう」仕組みを作る』(日経BP社)、『いちばんやさしいコンテンツマーケティングの教本』(インプレス)。
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