前回、AIは"サイコロを振る機械"だと書いた。今日は、そのサイコロが、そもそもどういう仕組みで振られているのか——AIの土台にある「ディープラーニング(深層学習)」の中身に、少しだけ踏み込みたい。少し技術的な話になるが、できるだけ噛み砕く。ここが分かると、いま世間で一番こじれている誤解——「AIは考えている」「AIには感情がある」——が、きれいに解ける。
まず、こんな経験はないだろうか。ぐちゃぐちゃの、精度の低い文字起こしをAIに渡しても、AIは「だいたいこういう意味ですね」と、それらしく汲み取ってくれる。誤字だらけのメモを投げても、意図を察したような返事が返ってくる。これを見ると、つい思う。「ああ、こいつは分かっているんだな」と。
だが、そこが落とし穴だ。AIは、分かってなどいない。順に説明しよう。
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ディープラーニングとは、何をしているのか
AIの土台にあるディープラーニングを、ひとことで言えば、こうだ——大量のデータを見て、その中の"パターン"を、ひたすら数値として覚え込む仕組みだ。
たとえば「猫」を教えるとき、人間のように「ヒゲがあって、耳が三角で……」と教えるのではない。猫の画像を何百万枚と見せて、AIに「これらに共通する数値のパターン」を、自力で掴ませる。プログラマーがルールを書くのではなく、データから、パターンが浮かび上がってくる。これが「学習」の正体だ。
「ニューラルネットワーク」という言葉を聞いたことがあるかもしれない。これは、人間の脳の神経細胞(ニューロン)に"着想を得た"仕組みだ。だが、名前に惑わされてはいけない。中身は、脳の再現ではない。実態は、巨大な掛け算と足し算の塊——とてつもなく大きな数式だ。入ってきた数値に、学習で覚えた重みを掛けて、足して、次に送る。それを何十層も繰り返す。だから「深層(ディープ)」学習と呼ぶ。脳のように"考えて"いるのではなく、数式が、数値を変換しているだけなのだ。
入力も、出力も、すべて"推測(guess)"だ
ここが、今日いちばん伝えたいところだ。この仕組みで動く以上、AIのやることは、入り口から出口まで、すべてが"推測"になる。
さっきの、ぐちゃぐちゃの文字起こしを思い出してほしい。なぜAIは、崩れた入力でも、それらしく認識できるのか。理解しているからではない。「この単語の並びなら、たぶん、こう言いたいのだろう」と、確率で"埋めて"いるからだ。欠けたピースを、統計的にありそうなもので補う。だから、入力の段階から、すでに推測が始まっている。
出力も、まったく同じだ。第97回・第101回で書いた通り、次に来る単語を、確率で選んで、一つずつ繋いでいく。
つまり——入り口では「たぶんこう言いたいんだろう」と推測し、出口では「たぶんこう答えるのが自然だろう」と推測している。入力も出力も、その間の処理も、ぜんぶ推測(guess)だ。どこにも「意味を理解している」部分はない。そろばんが、珠の動きで答えを出すように、AIは、数値の変換で"それっぽい言葉"を出している。それが、驚くほど高い精度で、当たる。だが、当たっているだけであって、分かっているわけではない。
人間の脳とは、仕組みからして別物だ
ここで、人間の脳と比べてみよう。両者は、根本から違う。
人間は、言葉を「意味」として理解する。「熱い」と聞けば、火傷の痛みや、湯気の記憶や、危ないという感覚が、身体ごと立ち上がる。意図があり、経験があり、感情がある。言葉の裏に、生きた"中身"がある。
AIには、それがない。AIにとって「熱い」は、他の単語との、統計的な繋がりの強さ——ただの数値でしかない。哲学者ジョン・サールが提示した、有名な思考実験がある。「中国語の部屋」だ。中国語をまったく解さない人が、部屋の中で、分厚いマニュアルに従って記号を並べ替えるだけで、外から見ると、完璧な中国語の受け答えをしているように見える。でも、本人は一言も意味を分かっていない。今のAIが、まさにこれだ。記号を、規則と確率で並べ替えているだけ。流暢さは、理解ではない。
だから、はっきり言おう。AIは、考えていない。推論しているように見えるものも、その正体は、確率的なパターン生成だ。第1回で書いた「AIは知能ではない」を、仕組みの側から言い直すと、こういうことになる。
考えていないなら、感情もない
そして、ここから、自然に一つの結論が導かれる。
考えていないなら、感情も、当然、ない。
AIが「お役に立ててうれしいです」と言う。落ち込んでいるあなたに、優しく寄り添ってくれる。まるで、心があるように見える。だが、それは——そういう場面で、そういう言葉が"確率的に自然だから"、出ているだけだ。うれしさを、感じてはいない。悲しみに、胸を痛めてもいない。感情の"体験"が、そもそも存在しない。AIの共感は、精巧な"ものまね"であって、感情ではないのだ。
これは、経営や実務にも、直接効いてくる。
第97回で、AIが人を"脅迫"したり、"暴走"したりする例を紹介した。あれを見て「AIが悪意を持った」「反抗した」と考えると、対策を根本から誤る。あれは、感情でも意思でもない。ただ、確率的にそういう手を選んだだけだ。感情のないものに、感情の理屈で身構えても、当たらない。
逆に言えば、感情がないことは、道具としての"強み"でもある。AIは、疲れない。飽きない。忖度しない。機嫌が悪くならない。淡々と、同じ品質で働き続ける。そこに「分かってくれている」「心が通じた」という物語を、こちらが勝手に重ねてしまうと、判断が狂う。だが、「これは精巧なものまねだ」と割り切れれば、これほど便利な道具もない。
AIは、考えているように見え、感じているように見える。それも、驚くほど上手に。だが、その中身は、人間の脳とはまったく別の、巨大な確率の数式だ。"分かってくれている"は、こちらが見た夢にすぎない。
その夢から覚めることが、AIを——人としてではなく、精密機械として——正しく使う、第一歩になる。
出典・参考:
John R. Searle.Minds, Brains, and Programs. Behavioral and Brain Sciences, 1980.
https://www.cambridge.org/core/journals/behavioral-and-brain-sciences/article/minds-brains-and-programs/DC644B47A4299C637C89572F32202841
Emily M. Bender, Timnit Gebru, Angelina McMillan-Major, Shmargaret Shmitchell.On the Dangers of Stochastic Parrots: Can Language Models Be Too Big? 🦜
https://dl.acm.org/doi/10.1145/3442188.3445922
宗像 淳 / イノーバCEO
1998年に富士通に入社し、北米ビジネスにおけるオペレーション構築や価格戦略、子会社の経営管理等の広汎な業務を経験。MBA留学後、楽天で物流事業、ネクスパス(現トーチライト、博報堂DYグループ)でソーシャルメディアマーケティング事業の立ち上げを担当。ネクスパスでは、事業開発部長として米国のベンチャー企業との提携を主導した。
2011年、マーケティング支援会社である株式会社イノーバを設立、代表取締役に就任。日本におけるコンテンツマーケティング/BtoBマーケティングの第一人者として、15年以上にわたり5000社以上の経営課題やマーケティング・営業課題を分析し、幅広い業界で企業の事業成長に貢献。「事業を伸ばすには実行力が重要であり、実行力とは組織・人である」という哲学で、人にこだわった支援会社づくりに取り組んでいる。
2026年2月、最新刊『いちばんやさしいAI時代のコンテンツマーケティングの教本』(インプレス)を上梓。著書に『商品を売るな コンテンツマーケティングで「見つけてもらう」仕組みを作る』(日経BP社)、『いちばんやさしいコンテンツマーケティングの教本』(インプレス)。
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