はじめに
SaaSビジネスを成功に導くためには、顧客の行動や特性を深く理解し、それに基づいた施策を打つことが不可欠です。その中でも、コホート分析は、SaaSビジネスの健全性を評価し、成長戦略を立てる上で極めて重要な手法です。
本記事では、SaaSビジネスにおけるコホート分析の重要性を解説し、その具体的な手法や活用方法を詳しく紹介します。コホート分析を正しく理解し、実践することで、あなたのSaaSビジネスを次のステージへと導く一助となれば幸いです。
コホート分析とは何か?SaaSビジネスにおける重要性
コホート分析の定義と概要
コホート分析とは、ユーザーを特定の共通属性で集団(コホート)に分け、各コホートの行動や特性を時系列で分析する手法です。例えば、ある月に登録したユーザー群を1つのコホートとし、その後の継続率や課金率、解約率などを追跡します。
サブスクリプション型ビジネスモデルにおけるコホート分析の意義
SaaSに代表されるサブスクリプション型のビジネスモデルでは、顧客の継続利用が収益に直結します。そのため、各コホートの顧客生涯価値(LTV)を最大化することが重要な経営課題となります。コホート分析を通じて、どのコホートが長期的な収益に貢献しているのか、どのタイミングで解約率が高くなるのかを把握することで、効果的な施策立案が可能になります。
「SaaSの成長ステージ」とコホート分析の活用タイミング
SaaSビジネスの成長ステージは、一般的に「導入期」「成長期」「成熟期」の3つに分けられます。導入期はプロダクトマーケットフィットを目指す段階、成長期は顧客基盤の拡大に注力する段階、成熟期は収益性の向上を目指す段階です。コホート分析は、各ステージで重要な意思決定を支援します。
- 導入期:どの顧客セグメントが自社サービスにフィットしているか、どの機能が継続利用に寄与しているかを分析
- 成長期:マーケティング施策ごとのコホートの質を評価し、CAC(顧客獲得コスト)対効果を改善
- 成熟期:セグメントごとの収益性を分析し、クロスセルやアップセルの施策を最適化
SaaSビジネスの成功を左右する5つの重要指標とコホート分析
MRR(Monthly Recurring Revenue)の重要性とコホート別の分析
MRRは、サブスクリプション型ビジネスの月次経常収益を表す指標です。コホート別にMRRの推移を追跡することで、各コホートの顧客生涯価値(LTV)を予測できます。また、新規顧客獲得によるMRRの増加と、既存顧客の解約によるMRRの減少をコホート別に把握することで、より戦略的な成長施策を立てられます。
Churn Rate(解約率)をコホートで見ることの意味
Churn Rate(解約率)は、一定期間における顧客の離脱率を表します。コホート別のChurn Rateを分析することで、どの時点で解約が多いのか、どの顧客セグメントで解約率が高いのかを特定できます。この知見を基に、オンボーディングの改善や、リスクの高い顧客セグメントに対する早期のサポートなどの施策を打つことができます。
LTV(Life Time Value)を押し上げるコホート別施策
LTVは、一人の顧客がもたらす生涯価値を表します。コホート別のLTVを分析することで、長期的な収益に貢献する顧客像が明らかになります。その知見を基に、優良顧客の特徴を抽出し、そのセグメントを引き付けるマーケティング施策やプロダクト改善に取り組むことで、LTVを最大化できます。
CAC(Customer Acquisition Cost)とコホート分析を組み合わせた施策の立案
CACは、一人の顧客を獲得するためにかかるコストを表します。獲得チャネルごとのコホートを分析し、CACとLTVを比較することで、最も効率的な獲得チャネルを特定できます。また、コホート別のCAC回収期間を分析することで、投資対効果の高いマーケティング施策を見極められます。
NPS(Net Promoter Score)をコホートで把握することの意義
NPSは、顧客の推奨度を測る指標です。コホート別のNPSを追跡することで、顧客満足度の高いセグメントや、推奨度が下がるタイミングを特定できます。この情報を基に、顧客満足度を高めるためのプロダクト改善や、離脱リスクの高い顧客への早期のアプローチなどの施策を打つことができます。
コホート分析の具体的な手法と手順
コホートテーブルの作り方
コホートの定義とセグメント分け
コホート分析を行うためには、まず分析の目的に応じてコホートを定義する必要があります。一般的には、登録月や課金月などの時間軸でコホートを分けることが多いですが、年齢層や利用デバイス、流入経路などの属性でコホートを分けることもできます。分析の目的と仮説に基づいて、適切なコホートの定義を決定しましょう。
分析の時間軸の設定
コホート分析では、時間軸の設定も重要です。月次、週次、日次など、分析の粒度を決める必要があります。一般的には、サービスの特性や顧客の行動パターンに合わせて、月次や週次で分析することが多いです。ただし、分析の目的によっては、日次や四半期ごとの分析が適している場合もあるので、柔軟に時間軸を設定しましょう。
縦持ちと横持ちのコホートテーブルの使い分け
コホートテーブルには、縦持ちと横持ちの2種類の形式があります。縦持ちは、各コホートの経時的な変化を追いやすい形式で、主に継続率や解約率の分析に用いられます。一方、横持ちは、各時点でのコホート間の比較を行いやすい形式で、主に顧客獲得数やARPU(Average Revenue Per User)の分析に用いられます。分析の目的に応じて、適切なコホートテーブルの形式を選択しましょう。
コホートテーブルの視覚化とサマリーデータの活用
コホートテーブルをヒートマップなどで視覚化することで、パターンや傾向を直感的に把握できます。また、各コホートのサマリーデータ(平均値、中央値、分散など)を算出することで、コホート間の差異を定量的に評価できます。これらの情報を意思決定に活用することで、より的確な施策立案が可能になります。
コホート分析で把握すべき10の重要ポイント
1. 新規顧客獲得数と既存顧客数のバランス
新規顧客獲得数と既存顧客数のバランスを把握することは、SaaSビジネスの成長性を評価する上で重要です。新規顧客獲得数が多いだけでなく、既存顧客の継続率も高いことが理想的です。コホート分析を通じて、新規顧客と既存顧客のバランスを時系列で追跡し、適切な成長戦略を立てましょう。2. 解約率(Churn Rate)の推移
解約率の推移は、SaaSビジネスの健全性を示す重要な指標です。コホート別の解約率を時系列で追跡することで、どの時点で解約が多いのか、どのようなイベントがきっかけで解約率が上昇するのかを特定できます。この知見を基に、解約率を下げるための施策を打つことができます。3. 追加購入やアップグレード率
既存顧客からの追加購入やプランのアップグレードは、SaaSビジネスの成長を加速させる重要な要素です。コホート別の追加購入率やアップグレード率を分析することで、どのセグメントがアップセルやクロスセルの可能性が高いのかを特定できます。その知見を基に、ターゲティングを最適化し、収益の最大化を図りましょう。4. 休眠ユーザーの割合と復活率
休眠ユーザーは、潜在的な解約リスクを抱えています。コホート別の休眠ユーザー率を追跡し、どの時点で休眠が増えるのかを特定することが重要です。また、休眠ユーザーをアクティブユーザーに復活させるための施策(リエンゲージメントキャンペーンなど)の効果をコホート別に測定することで、より効果的なユーザー復活策を打つことができます。5. プラン別のコホート分析
プランごとにコホートを分け、各プランのパフォーマンスを比較分析することは、プロダクト戦略を最適化する上で重要です。どのプランが最も継続率が高いのか、どのプランが解約率が高いのかを特定することで、プランの改善点や、顧客の移行を促すための施策を打つことができます。6. 流入経路別のコホート分析
流入経路(オーガニック、リファラル、広告など)ごとにコホートを分け、各経路の顧客品質を評価することは、マーケティング戦略を最適化する上で重要です。どの流入経路からの顧客が最もLTVが高いのか、どの経路からの顧客が解約リスクが高いのかを特定することで、マーケティング予算の最適配分や、各経路に合わせたオンボーディング施策の改善に取り組むことができます。7. ユーザー属性別のコホート分析
ユーザーの属性(年齢、職業、利用デバイスなど)ごとにコホートを分け、各セグメントの特性を分析することは、プロダクトやマーケティングの最適化に役立ちます。どの属性のユーザーが最もエンゲージメントが高いのか、どの属性のユーザーが解約リスクが高いのかを特定することで、ペルソナの最適化やターゲティングの改善に取り組むことができます。8. 機能の利用率と継続率
各機能の利用率と継続率をコホート別に分析することは、プロダクト改善の優先順位を決める上で重要です。どの機能が継続利用に寄与しているのか、どの機能が利用されていないのかを特定することで、改善すべき機能や、不要な機能を見極めることができます。9. 顧客生涯価値の時系列変化
顧客生涯価値(LTV)をコホート別に時系列で追跡することで、SaaSビジネスの長期的な収益性を評価できます。どのコホートが最もLTVが高いのか、LTVがどのように変化しているのかを把握することで、より戦略的な意思決定を行うことができます。10. 顧客満足度とロイヤリティの関係性
顧客満足度(NPS等)とロイヤリティ(継続率等)の関係性をコホート別に分析することで、顧客体験の改善ポイントを特定できます。満足度が高いにも関わらずロイヤリティが低いコホートがある場合、価格設定や競合対策に課題があるかもしれません。逆に、満足度は低いがロイヤリティが高いコホートがある場合、スイッチングコストが高いために継続しているという可能性があります。このような分析を通じて、顧客体験の課題を発見し、解決策を打ち出すことができます。コホート分析から導き出す3つの重要なアクション
ユーザーのセグメンテーションと最適なマーケティング施策
コホート分析を通じて、ユーザーの特性や行動パターンに基づいたセグメンテーションを行うことで、各セグメントに最適なマーケティング施策を打つことができます。例えば、継続率の高いセグメントには、ロイヤルティプログラムやアップセルキャンペーンを提供し、解約リスクの高いセグメントには、オンボーディングの改善やサポートの強化を行うなど、セグメントごとにパーソナライズされたアプローチを取ることで、マーケティングの効果を最大化できます。
プロダクト改善へのフィードバック
離脱率の高い時期の特定と離脱理由の仮説検証
コホート分析を通じて、離脱率の高い時期を特定し、その時期に起こっていることを深掘りすることで、離脱理由に関する仮説を立てることができます。例えば、特定の機能の利用開始後に離脱率が上がっている場合、その機能に問題がある可能性があります。この仮説を検証するために、ユーザーインタビューやアンケートを行い、改善点を特定することができます。
利用率の低い機能の改善と潜在ニーズの発掘
コホート分析を通じて、利用率の低い機能を特定し、その機能の改善や削除を検討することができます。また、利用率が低い理由を深掘りすることで、ユーザーの潜在ニーズを発掘し、新機能の開発につなげることもできます。例えば、ある機能の利用率が低いのは、その機能が不要だからではなく、使い勝手が悪いからかもしれません。この場合、UXの改善により利用率を上げることができます。
ユーザーコミュニケーションの最適化
セグメント別のオンボーディングの最適化
コホート分析を通じて、セグメントごとのオンボーディングの効果を測定し、最適化することができます。例えば、年齢層によってオンボーディングの最適な方法が異なる場合、各年齢層に合わせたオンボーディングプログラムを提供することで、初期体験を改善し、定着率を上げることができます。
休眠ユーザーの復帰促進施策
コホート分析を通じて、休眠ユーザーの特徴を把握し、復帰促進施策を最適化することができます。例えば、休眠ユーザーのうち、過去に特定の機能を頻繁に使っていたセグメントには、その機能の新アップデートを告知するメールを送ることで、アプリの再訪を促すことができます。また、休眠期間に応じて、割引クーポンやお試し期間の提供など、インセンティブを変えることで、復帰率を上げることができます。
成功事例から学ぶコホート分析の活用術
SFA大手のSaaS A社におけるカスタマーサクセスでのコホート分析の活用
SFA(営業支援システム)大手のSaaS A社では、コホート分析を活用して、カスタマーサクセスの取り組みを最適化しています。同社では、顧客を契約月ごとのコホートに分け、各コホートの解約率や利用率、NPS等の推移を追跡しています。この分析により、解約リスクの高いタイミングを特定し、そのタイミングでのプロアクティブなサポートやオンボーディングの改善により、解約率を大幅に下げることに成功しました。また、利用率の高い顧客の特徴を分析し、その知見をもとに、他の顧客の利用率を上げるためのキャンペーンを実施することで、全体の顧客エンゲージメントを高めることにも成功しています。
動画配信大手B社のレコメンデーションアルゴリズムとコホート分析
動画配信大手のB社では、コホート分析を活用して、レコメンデーションアルゴリズムの改善に取り組んでいます。同社では、ユーザーを登録月ごとのコホートに分け、各コホートの視聴完了率や継続率、満足度等の推移を分析しています。この分析により、レコメンデーションの質が継続率に大きな影響を与えることを発見し、アルゴリズムの改善に注力することで、全体の継続率を大幅に上げることに成功しました。また、満足度の高いユーザーの視聴傾向を分析し、その知見をもとに、新規コンテンツの制作方針を決定することで、ユーザーのエンゲージメントを高めることにも成功しています。
マーケティングSaaS大手C社のカスタマーマーケティングの高度化とコホート分析
マーケティングオートメーションツールを提供するSaaS大手のC社では、コホート分析を活用して、カスタマーマーケティングの高度化に取り組んでいます。同社では、顧客を契約プランごとのコホートに分け、各コホートのアップグレード率やクロスセル率、解約率等の推移を分析しています。この分析により、アップグレードの可能性が高いタイミングを特定し、そのタイミングでのアップセルキャンペーンの実施により、アップグレード率を大幅に上げることに成功しました。また、解約率の高いプランの特徴を分析し、その知見をもとに、プランの改定やオンボーディングの改善を行うことで、解約率を下げることにも成功しています。
コラム:事業フェーズによるコホート分析の使い分け方
SaaSビジネスの成長段階に応じて、コホート分析の活用方法を変えていくことが重要です。
導入期は、プロダクトマーケットフィットを探る段階です。この段階では、どのようなユーザーがサービスに定着するのかを理解することが重要です。そのため、属性別のコホート分析を行い、優良顧客像を明確にすることが求められます。
成長期は、優良顧客の獲得とエンゲージメントの向上に注力する段階です。この段階では、マーケティングチャネルごとのコホート分析を行い、獲得効率の高いチャネルを特定することが重要です。また、機能の利用率や満足度のコホート分析を行い、プロダクトの改善ポイントを明らかにすることも求められます。
成熟期は、収益性の向上と顧客生涯価値の最大化に注力する段階です。この段階では、契約プランや流入経路ごとのコホート分析を行い、収益性の高いセグメントを特定することが重要です。また、アップセルやクロスセルの可能性が高いコホートを特定し、ターゲティングの最適化を行うことも求められます。
このように、事業フェーズに応じてコホート分析の活用方法を変えていくことで、その時々の経営課題に即した意思決定を行うことができます。
コラム:日本企業に学ぶ!コホート分析を起点にしたサブスクリプションビジネスの差別化戦略
日本の SaaS 企業の中には、独自のコホート分析の活用により、差別化を図っている企業があります。
ある営業支援ツールを提供する SaaS 企業では、コホート分析から、初月の利用度が高い顧客ほどその後の継続率が高いことを発見しました。この発見を基に、初月の利用度を高めるためのオンボーディングプログラムを強化し、解約率を大幅に下げることに成功しました。また、この企業では、オンボーディングの満足度をコホート別に分析し、満足度の低いコホートには追加のサポートを提供するなど、きめ細やかな顧客対応を行うことで、他社との差別化を図っています。
また、ある会計ソフトを提供する SaaS 企業では、コホート分析から、会計事務所経由で導入した顧客の継続率が高いことを発見しました。この発見を基に、会計事務所とのパートナーシップを強化し、会計事務所向けの専用プランを提供することで、高い継続率を維持しながら、効率的な顧客獲得を実現しています。
これらの企業に共通しているのは、コホート分析から得られた知見を起点に、自社の強みを活かした差別化戦略を打ち出している点です。日本企業も、コホート分析を深く理解し、自社の文脈に合わせて活用することで、グローバル競争に打ち勝つ差別化戦略を構築することができるでしょう。
まとめ
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コホート分析は、SaaSビジネスの成功に不可欠な手法です。それは、ユーザーの行動や特性を時系列で把握し、施策の効果を測定するための強力なツールだからです。
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コホート分析を適切に実施し、改善アクションに活かすことで、解約率の低減、顧客生涯価値の向上、マーケティング効率の改善など、SaaSビジネスの様々な課題を解決することができます。
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SaaSビジネスを始める企業やこれから伸ばしていきたい企業は、コホート分析を経営の中心に据え、データドリブンな意思決定を行っていくことが求められます。そのためには、データ基盤の整備、分析スキルの獲得、組織文化の変革など、ハードルはあるが、乗り越える価値は十分にあるといえます。
本記事が、SaaSビジネスに携わる全ての人にとって、コホート分析の重要性と実践方法を理解するための一助となれば幸いです。
イノーバは、SaaS企業のマーケティング支援に豊富な実績を持つ、B2B特化型のデジタルマーケティングエージェンシーです。サイト設計やコンテンツマーケティングの戦略立案から実行まで、SaaS企業の成長をトータルにサポートします。是非お気軽にご相談ください。
FAQ
コホート分析に必要なデータの準備方法は?
基本的には、ユーザーIDと行動データ(登録日、課金日、解約日、利用状況など)があれば、コホート分析を始めることができます。データは、SQLなどを用いてデータウェアハウスから抽出し、ExcelやBIツールに読み込んで分析を行うのが一般的です。コホート分析にはどんなツールを使えば良い?
ExcelやGoogleスプレッドシートでも簡単なコホート分析は可能ですが、本格的に取り組むのであれば、Looker、Tableau、Google Data StudioなどのBIツールの利用がお勧めです。また、Mixpanel、Amplitudeなどの専門の製品分析ツールを使うのも選択肢の一つです。