企業の営業担当者にとって、売り上げを上げることは至上命題であり、永遠の課題と言えるでしょう。ただ、そのためには営業プロセスの改善や営業力の組織的な見直しなどが必要となり「分かってはいるけど難しい……」と頭を悩ませている人も多いかもしれません。
そんなふうに営業の悩みを抱えている人に、ぜひ知ってほしいのが「セールスイネーブルメント」という概念です。特にBtoBの営業分野において近年注目されているセールスイネーブルメントとは何か、どのようにして営業力を向上することができるのかについてまとめました。
営業力の向上にセールスイネーブルメントが必要な理由
セールスイネーブルメントとは、端的にいうと営業活動改善のために行われる一連の取り組みを指す言葉です。日本でまだそれほど広く認知されてはいませんが、マーケティング大国のアメリカではBtoB営業やマーケティング関連の記事の中でも頻繁に登場するようになり、近年特に注目を集めています。
営業活動改善のためには営業スキル向上のためのスキルアップ研修や営業プロセスの見直し、営業ツールの開発・導入などさまざまな施策が考えられますが、これらの施策をトータルでデザインし、さらに目標の達成度合いを数値化して管理するのがセールスイネーブルメントという取り組みです。
営業力を向上するための研修やプロセスの見直し、ツールの導入はおそらくどの企業でも行われていると思いますが、はたしてこれらの施策はしっかりと連携し、企業の経営戦略に沿って描かれているでしょうか。
研修はビジネスマナーに終止し、営業プロセスは根性論、さらに効率化を求めて営業ツールは導入したものの肝心のデータ分析に関する知識はない……そんな足並みの揃わないちぐはぐな施策を推し進めてはいないでしょうか。
セールスイネーブルメントにおける「施策をトータルでデザインする」とは、これらの施策をしっかりと連携させ、トータルで設計して運用することを指します。
例えば、効率化を求めてSFA(営業支援ツール)を導入するのであれば、100%使いこなせるようツールの使い方やデータの分析方法についての研修を行い、さらにSFAを活用する前提で営業プロセスや組織編成を見直せば、それだけでもかなり営業力の改善につながるような気がします。
そしてさらに、それぞれの施策が営業成果にどれだけ効果をもたらしているかを数値化し、分析・改善を進めながら施策を進めていくのもセールスイネーブルメントにおける重要なポイントです。こうすることで、もし思ったような営業成果が出ない場合でも改善点が明確になり、目標達成に向けて数値的に取り組むことができるというメリットがあります。
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セールスイネーブルメントが注目を集める背景とは?
営業活動の改善方法をトータルで設計し、数値化することで目標達成に取り組むセールスイネーブルメント。この概念が近年急に注目されるようになったのはなぜなのでしょうか。それにはいくつかの背景があります。
顧客への営業提案難易度が昔に比べて上がっている
まず、最初の理由として挙げられるのが顧客へ営業提案する際の難易度が、昔に比べて格段にあがっているという点です。
これまでBtoBの営業活動では、営業担当者が顧客の購買担当者を訪問し、商品の特色や使い方などを説明しながら商談を進めるといった流れが一般的でした。BtoB商材は一般の市場に出回らないものも多く、商品知識は営業担当者から仕入れるのが当たり前だったのです。
ところが近年は企業の世代交代も進み、1989~1995年頃に生まれたミレニアル世代と呼ばれる人々が企業の管理職についたり、購買の決裁権を持ったりするケースが増えてきました。この世代はパソコンやインターネット環境が一般化した頃に育った世代で、非常にITリテラシーが高いという特徴があります。なにか欲しいものがあるときも直接店頭に行くのではなく、事前にインターネットやSNSなどを駆使して情報収集をする傾向があり、企業の購買においても同じプロセスで購入することを好みます。
その結果、購買担当者は企業の営業担当に頼らず自分たちで情報収集し、購買活動を進めるという現象が起こり始めています。BtoB商材はBtoCに比べると営業担当者のはいる余地が大きいのですが、それでも商談に進む頃には営業担当者と同程度の商品知識を持っているケースも少なくありません。そのため、以前に比べると営業の提案難易度は高く、知識量、営業力ともに非常に高い水準が要求されるようになっているのです。
SFAやCRMの普及により、営業活動が可視化・数値化できるようになった
セールスイネーブルメントを実践する上で重要なのは、営業における個々のプロセスの達成度を数値化し、分析・改善を繰り返すことにあります。ただ、これまではこの数値化をするのは難しく、仮にするとしても個人の主観に頼らざるを得ない部分がありました。
しかし最近では、SFAやCRM(顧客関係管理)などのデジタル営業ツールが普及し、営業プロセスを細分化、数値化することが容易になっています。例えば、アプローチしていた顧客との成約に至らなかった場合でも、それが顧客との関係構築が不十分だったのか、顧客が商品を購入する段階になかったのか、単純に金額で折り合いがつかなかったのかでは改善方法するべきポイントは大きく異なります。
SFAやCRMを導入することで、こうした営業プロセスの一つひとつを可視化・数値化できるようになります。例えば先のようなケースでも「関係構築は十分だった(達成度90)」「顧客が商品を購入する段階ではなかった(達成度20)」「金額面ではもう少し値下げを望んでいたが、納得している部分もあった(達成度60)」などのように数値化できれば、真っ先に改善するべきは顧客の育成プロセスやカスタマージャーニーの分析であることが推測できるでしょう。
こうした営業活用における改善点を可視化できるツールが普及したことで、セールスイネーブルメントに取り組みやすい環境が整ったことも、注目を集めるようになった理由の一つといえるでしょう。
セールスイネーブルメントの導入のポイント
先に紹介した「背景」を考えると、この先ますます顧客へアプローチする難易度が上がると予想されるBtoBの営業活動。SFAやCRMの普及により環境が整っている今こそ、セールスイネーブルメントに本格的に取り組む時と言えるでしょう。ただ、実際にはどこから手を付けていいのか悩んでいる人も多いかもしれません。導入する上で抑えておきたいポイントをご紹介しましょう。
まずはCRMやSFAを活用し、営業活動のデータを収集する
セールスイネーブルメントを推し進める上で重要なのは、まず営業施策を分析・改善するために必要なデータを収集することです。このプロセスが不十分なまま進めてしまうと、しっかりとした裏付けのある分析にはならず、全く関係のない方向に向かって進んでしまうか、または根性論に終止することになってしまうでしょう。
分析のためのデータを収集するには、SFAやCRMといった営業関連のツールが役立ちます。どういったデータが集められるかはツールによっても変わりますが、まずは以下のような指標をチェックすることから始めてみるといいでしょう。
・受注率
・案件ごとの進捗率
・売り上げ予測
・売り上げ実績
セールスイネーブルメントにおいては営業プロセスだけでなく、スキル向上のための研修も計測対象にする必要があります。こちらはツールを活用してデータ収集をするのは難しいため、以下のような指標を評価していくといいでしょう。
・研修実施履歴
・研修時間
・研修を受けた社員の理解度(テスト結果など)
また、営業活動に関連したデータとしては以下のようなものも指標として考えられやすいのですが、これらに関しては少し注意が必要です。
・商談に至った件数
・提案件数
・顧客への訪問件数
これらはいずれも、一見すると売り上げにつながるような気がする指標ですが、実際は確度に大きな差があり、すべてを「同じ1件」と数えると正確なデータが出せなくなる恐れがあります。例えば、断られる可能性の高い飛び込みでの訪問と、すでにWebサイトを通して関係づくりが進んでおり、マーケティング部から見込み度が高いとして渡された顧客を訪問するのとでは、意味合いは大きく異なります。同様に、購入する気のない顧客へ行うダメ元の提案と、すでにほぼ合意が取れている顧客への提案も同じ「1件」と数えるのは無理があるでしょう。
もちろん、必要に応じてこれらの指標を計測・分析してもいいのですが、その場合は何をもって「商談(提案、訪問)」とするのか、言葉をしっかりと定義しておくことをおすすめします。
計測・分析結果をもとにセールスイネーブルメントのサイクルを回す
売り上げ目標や実績など営業達成度に関するデータが収集できたら、次はそれをもとにして、どの施策がどの程度営業実績に貢献したかを分析していきます。
この分析は自社の営業におけるウイークポイントを探り、どのように改善していくかを検討するために行います。場合によっては営業担当者のスキルアップのための研修を行ったり、効率化のために営業ツールを見直す必要に迫られるかもしれません。また、営業担当者ごとに別々にデータを取っていれば、誰にどんなトレーニングをするべきなのかも見えてくるでしょう。
セールスイネーブルメントにおいて大切なのは、このデータを計測し、分析、改善、そして実施するサイクルを繰り返すことです。最初は営業担当者もデータを計測する側も慣れていないため、改善といっても劇的な効果は得られないかもしれません。しかし、何度も根気強くウイークポイントを探し、改善を続けることで強度の高い営業プロセスを構築できるようになるでしょう。
営業組織の見直しを行う
セールスイネーブルメントを推し進めていくためには、データを分析・改善するだけでなく、営業部門やそれに関連する組織を必要に応じて見直すことも重要です。
先にも述べましたが、セールスイネーブルメントはスキルアップ研修や営業プロセス、ツールの開発・導入など営業にまつわる施策をしっかりと連携させ、トータルで設計し運用する必要があります。ただ、これらそれぞれの施策は、研修は人事部、営業プロセスは営業部、ツールの開発はシステム部など担当部署が別れているケースも多く、それが連携を妨げる原因になってしまうこともあります。当然ながら、この連携が取れていないままセールスイネーブルメントを推し進めても、効果はありません。
セールスイネーブルメントは営業力を強化するための施策なので、基本的には営業部の社員が中心となって進めることが多いかもしれません。ただその際も、人材育成に詳しい社員やシステムの知見がある社員をチームに加えるなど、横の連携が取れるようなチーム構成にしておくべきです。
セールスイネーブルメントを体系的に学ぶ書籍
今後のBtoB営業においてますます重要性を増すセールスイネーブルメント。その概念を体系的に学ぶことのできる本をいくつか紹介しましょう。
営業力を強化する世界最新のプラットフォーム セールス・イネーブルメント
出典:Amazon.co.jp
セールスイネーブルメントを、周辺知識や実践方法まで含めてしっかりと学びたい人におすすめしたい1冊。営業力強化分野の先駆的企業であるミラーハイマングループの手法がデータや事例を交えて紹介されており、机上論に終始することなく実践的な知識として学ぶことができます。四六版で320ページとボリュームはありますが、時間をかけて読む価値は十分にあります。
営業力を強化する世界最新のプラットフォーム セールス・イネーブルメント
著者:バイロン・マシューズ、タマラ・シェンク
監修:富士ゼロックス総合教育研究所
出版社:ユナイテッド・ブックス(きこ書房)
ページ:320ページ
Sales Enablement アカウント型BtoB営業における営業力強化
出典:Amazon.co.jp
セールスイネーブルメントを中心にしつつ、BtoB営業の強化や効率化を進める上で必要な考え方を開設してくれる良書。対話形式で分かりやすく説明しているので、セールスイネーブルメントについて手軽に学びたいという人は、まずこちらから読んでみてください。また、SFAやCRMなどの営業ツールが活用できず困っているという人にもおすすめです。
Sales Enablement アカウント型BtoB営業における営業力強化
著者:株式会社富士ゼロックス総合教育研究所 河村亨
出版社:ブイツーソリューション
ページ:158ページ
SFAやCRMをフルに活用し、営業力を向上する
SFAやCRMなどの営業ツールは近年のトレンドでもあるため、すでに導入している企業も多いかもしれません。ただ、その機能をフルに活用できているかと問われると曖昧で、費用対効果に見合った投資かどうか分からないというケースも聞かれます。
セールスイネーブルメントは、これらのツールをフルに活用して営業成果を数値化し、営業のスキルアップ研修や組織の見直しなどさまざまな施策を包括的に運用する考え方と言えるでしょう。今後ますます難易度を増すと考えられるBtoB営業に対し、確実に成果を上げるための方法として、セールスイネーブルメントを取り入れてみるのもいいかもしれません。