1. はじめに
近年、B2B企業のマーケティングにおいて、Account Based Marketing(ABM)への注目が高まっています。ABMとは、企業にとって特に重要な顧客やアカウントに焦点を当て、それぞれに最適化された戦略でアプローチするマーケティング手法です。米国ではすでに多くの企業がABMを導入し、大きな成果を上げています。一方、日本ではまだABMの本格的な導入は進んでおらず、その可能性を十分に活かしきれていない状況にあります。
本記事では、ABMの基本概念から最新動向、実践ステップまでを網羅的に解説します。米国先進企業の事例を参考にしながら、日本企業がABMを成功させるためのポイントを詳しく見ていきましょう。本記事が、読者の皆様がABMへの理解を深め、自社の事業成長に活かす一助となれば幸いです。
2. ABMとは何か - 基礎概念と重要性
ABMとは、Account Based Marketingの略で、特定の重要顧客(アカウント)に焦点を絞り、カスタマイズされたマーケティングを展開するアプローチのことを指します。従来のリードジェネレーション型マーケティングが、不特定多数の見込み客を対象とするのに対し、ABMでは事前に選定した企業に対し、その企業の特性に合わせた戦略でアプローチするのが特徴です。
ABMが注目される理由は大きく3つあります。1つ目は、マーケティングリソースを最も価値のある顧客に集中できること。2つ目は、顧客の課題やニーズに合わせたよりパーソナライズされたアプローチが可能になること。そして3つ目は、マーケティングとセールスの連携が強化され、一貫した顧客体験を提供できることです。
近年、インターネットの発展により買い手の情報収集力が高まり、企業側からの一方的なアプローチでは成果が出しづらくなっています。その中で、買い手との1対1の関係性を築き、信頼を勝ち取ることが極めて重要になっています。ABMは、まさにそうした現代のB2Bマーケティングの要請に応える手法だと言えるでしょう。
ABMの歴史を振り返ると、その起源は2000年代初頭にまで遡ります。当時、ITサービス企業のITSMAが、「ABM」という言葉を初めて使用したのが始まりです。その後、2010年代に入り、マーテック(マーケティングテクノロジー)の発展とともに、ABMは新たな注目を集めるようになりました。マーケティングオートメーションやビッグデータ分析など、ABMを支えるテクノロジーが次々と登場。より高度で効率的なABMの実践が可能になったのです。
現在、ABMはマーケティングのみならず、セールスやカスタマーサクセスなど、企業のあらゆる顧客接点を巻き込んだ戦略的取り組みへと進化しつつあります。顧客との長期的な関係性構築を重視するABMの考え方は、今後ますます重要性を増していくでしょう。
3. 米国企業のABM最前線
ABMの発祥の地とも言える米国では、多くの企業が先進的なABMプログラムを展開しています。ここでは、その代表的な事例をいくつか紹介しましょう。
まず、メディア大手のThomson Reutersの事例です。トムソン・ロイターは、ABMを導入することで、ABMプログラム対象のディールで95%という驚異的な受注率を達成しました。営業とアカウントマネジメントの連携を強化し、四半期ごとのアカウントレビューを徹底したことが成功の鍵だったようです。
次に、ソフトウェアソリューション企業のMasergyの事例を見てみましょう。Masergyは、ABMの取り組みにより商談化率が50%向上、受注までのリードタイムが10%短縮、さらにディールサイズが50%拡大するという成果を上げました。既存顧客への追加販売にもABMの手法を活用し、対象アカウントからのエンゲージメントを5倍に高めることに成功しています。
3つ目は、Pramataの事例です。リード獲得コストを60%削減しつつ、営業受注リードを4倍に増やすことに成功しました。ターゲットを絞り込み、その企業に合わせた施策を展開したことがカギとなりました。
続いて、クラウドデータ基盤のSNOWflakeです。開発、営業、カスタマーサクセス、マーケティングが一体となり、ターゲットアカウントの理解を深めるABMプログラムを推進。その結果、ABMによるコンテンツダウンロードがサイト全体の50%以上を占めるまでになりました。
最後は、Sigstrの事例です。従業員数や業界などの条件でターゲットアカウントを2,000社に絞り込み、パーソナライズされたエクスペリエンスを提供しました。たった1年で平均顧客企業の規模を150人から850人に拡大することに成功しています。
4. ABMを支えるマーテックスタック
先進企業の事例からもわかる通り、ABMの実践には適切なテクノロジーの活用が不可欠です。ここでは、ABMを支える主要なマーテック(マーケティングテクノロジー)を見ていきましょう。
ABMのテクノロジースタックの中核をなすのが、アカウントデータプラットフォーム(ADP)です。ADPは、ファーストパーティデータ、セカンドパーティデータ、サードパーティデータなど、社内外の多様なアカウントデータを統合し、包括的な顧客像を形成するためのシステムです。代表的なADPとしては、Demandbase、6sense、Mintigo、Lattice Engineなどが挙げられます。
ADPの上に構築されるのが、エンゲージメントプラットフォームです。これは、ADPのデータを活用し、アカウントの関心度合いや購買意欲をスコアリングするとともに、適切なコンテンツやメッセージを配信するためのシステムです。代表的なツールとしては、Engagio、Terminus、Jabmo、Triblio、Marketo ABMなどがあります。
また、アカウントのエンゲージメントを可視化し、マーケティング施策の効果を測定するためのアナリティクスツールも重要です。Brightfunnel(現Terminus)、Bizible(現Adobe)、Full Circle Insights、Caliperなどが代表的なプレイヤーとして知られています。
さらに、これらのABM特化ツールとCRMやMAツールとの連携・統合も欠かせません。セールスフォースやマーケトなどの大手プラットフォームとのネイティブ連携により、データやワークフローをシームレスに同期させることが可能になります。
このように、多岐にわたるテクノロジーを最適な形で組み合わせ、統合的に運用していくことが、ABMの成功には不可欠なのです。
5. 日本企業によるABM実践の7ステップ
それでは、日本企業がABMを導入・推進していくために、どのようなステップを踏むべきでしょうか。ここでは、ABM実践の7つのステップを順を追って解説します。
Step 1: ABM目標とKPIの設定
まず、自社にとってのABMの目的を明確にし、達成すべき目標とKPIを設定します。新規顧客の獲得なのか、既存顧客の深耕なのか。目標達成のためのKPIは何か。営業・マーケが一丸となって議論し、全社で目標を共有しましょう。
Step 2: ターゲットアカウントの定義と選定
次に、ABMの対象とするアカウントを定義し、具体的な企業リストを作成します。自社にとって戦略的に重要な業界や企業規模、ペルソナを特定。売上や利益への貢献度、クロスセル/アップセルの可能性などを基準に、優先順位付けを行います。
Step 3: アカウントインサイトの収集と活用
選定したアカウントについて、できる限り多くの情報を集め、深い理解を得ることが重要です。WEBサイトの閲覧履歴、ソーシャルメディアの投稿、ニュースリリースなど、オンラインの情報はもちろん、営業の日々の活動から得られる情報も大切です。これらのインサイトを適切に整理・共有し、施策立案に活かしていきます。
Step 4: アカウントごとのエンゲージメント戦略立案
アカウントインサイトをもとに、ターゲットごとにパーソナライズされたエンゲージメント戦略を立案します。アカウントのビジネス課題は何か、意思決定プロセスはどのようなものか。仮説を立てながら、カスタマージャーニーに沿ったシナリオを描きます。キーパーソンへのリーチ方法も忘れずに。
Step 5: オムニチャネルキャンペーンの設計と実行
立案した戦略をもとに、アカウントに響くコンテンツやメッセージを制作します。オウンドメディア、ペイドメディア、セールスのダイレクトタッチなど、チャネルを横断したオムニチャネルキャンペーンを展開。テクノロジーを活用し、適切なコンテンツを適切なタイミングで配信します。セールスとの緊密なコミュニケーションを維持することも大切です。
Step 6: インサイドセールスとフィールドセールスの連携
キャンペーンを通じて高まったエンゲージメントを商談につなげるため、インサイドセールスとフィールドセールスの連携が重要になります。スコアリングモデルを活用し、熱いリードを素早くフィールドセールスにハンドオフ。セールス同士の情報共有を密にし、一貫性のあるコミュニケーションを心がけましょう。
Step 7: ABMパフォーマンス評価とプログラム改善
定期的にABMプログラムのパフォーマンスを評価し、改善につなげることが肝要です。エンゲージメント率、商談化率、パイプライン貢献率、売上貢献率など、設定したKPIの達成度を複眼的にモニタリング。得られた知見をもとに、ターゲットアカウントの見直しやコンテンツ、チャネルのオプティマイズを継続的に行います。
以上の7ステップを着実に実行していくことが、ABM成功の鍵となります。一朝一夕では結果は出ません。仮説検証を繰り返しながら、自社に合ったベストプラクティスを見出していくことが重要です。
6. 日本企業がABMで成功するための重要ポイント
ABMは米国発の手法ですが、日本企業がそのまま輸入しても成果は出せません。日本市場や日本の企業文化に適したアプローチが必要不可欠です。ここでは、日本企業がABMを成功させる上での重要ポイントを整理しましょう。
まず、トップダウンでのコミットメントが欠かせません。ABMは一部署だけの取り組みでは成功しません。経営陣がABMの重要性を理解し、強力なリーダーシップを発揮することが何より大切です。リソースの投入や、部門間の壁を越えた連携を後押しする原動力になるからです。
二つ目は、マーケティングオートメーションなどのテクノロジー導入を戦略的に捉えることです。ABMに効果的なツールを選定し、徹底的にデータを蓄積・活用する。その上で、セールスと情報を共有し、シームレスな顧客体験を提供する。テクノロジー活用を通じて、組織のデジタルシフトを加速させることが重要だと言えます。
三つ目は、ABMを単発の施策ではなく、継続的なプログラムとして運用することです。パイロットプロジェクトから始め、得られた知見をもとに改善を重ね、徐々にプログラムを拡大していく。そのためには、専任のA
BMチームを設置し、組織横断的な推進体制を構築することが理想的です。営業、マーケ、カスタマーサクセス、データアナリストなど、多様なスキルセットを持つメンバーで構成することで、アカウントに対する包括的なアプローチが可能になります。
7. ABMの効果測定と最適化
ABMプログラムを運用する上で、その効果を適切に測定し、改善につなげていくことが極めて重要です。ここでは、ABMの効果測定の考え方とKPIの設定、そして継続的な最適化の方法について解説します。
ABMの効果測定で重要なのは、アカウントベースでのファネルを可視化し、各ステージでのパフォーマンスを追跡することです。具体的には、エンゲージメント率、アカウントカバー率、商談化率、商談勝率、平均契約単価、顧客生涯価値などのKPIを設定し、モニタリングしていきます。
この過程で役立つのが、アカウントエンゲージメントスコアです。閲覧回数、滞在時間、コンテンツダウンロード数、フォームの入力、イベントへの参加などの各種アクションに点数を付け、アカウントごとのエンゲージメント度合いを数値化するものです。このスコアの推移を追跡することで、アカウントのホット度合いを定量的に把握できます。
KPIの設計に際しては、セールスファネルの各ステージにおける目標値を設定することが重要です。例えば、特定のアカウントカバー率、商談化率、勝率などです。その上で、マーケティングとセールスが共同で、目標達成に向けたアクションプランを策定します。
また、ABMの真の成果を測る上では、売上高や利益率など、ボトムラインへの貢献度合いも重要な指標となります。個々のアカウントがもたらす収益性を可視化し、ROIを継続的に追跡することが求められます。
こうして可視化されたデータをもとに、ABMプログラムの継続的な改善・最適化を図っていくことになります。具体的には、パフォーマンスの芳しくないアカウントリストの入れ替え、よりレスポンスの高いコンテンツやチャネルへのシフト、スコアリングモデルの調整など、様々な施策が考えられます。
重要なのは、仮説検証のサイクルを高速で回していくことです。初めから完璧なプログラムなどありません。様々な施策を小さく素早く試し、効果の高い施策を残し、ダメなものは廃棄する。そうした継続的な学習と改善の積み重ねこそが、ABMの精度を高め、大きな成果につなげていくのです。
8. ABMを成功に導く組織体制と人材育成
ABMの実践には、従来のマーケティングとは異なるスキルセットやマインドセットが求められます。ここでは、ABMを推進するための組織体制と、ABMに求められる人材像について考えていきます。
前述の通り、ABMの推進には組織横断的なチームの編成が理想的です。特に、マーケティングオペレーションを担うチームの存在が重要だと言えます。彼らは、営業、マーケ、セールス、カスタマーサクセスなどの部門間の調整役を務めながら、ABMプログラム全体の設計と運用、効果測定などを主導していきます。
また、ABMの本質は「顧客理解」にあります。それを支えるのが、データサイエンティストの存在です。アカウントデータの収集・統合・分析を通じて、各アカウントの特性や行動パターンを可視化し、One to Oneのエンゲージメントを可能にする。そうしたデータドリブンなアプローチこそ、ABMの生命線だと言えるでしょう。
さらに、ABMの考え方を営業の末端まで浸透させることも重要です。セールスイネーブルメントと呼ばれる、営業担当者のスキル強化と、マーケティングとのコラボレーション促進が鍵を握ります。営業がマーケティングの戦略や施策、コンテンツを深く理解し、それを顧客との対話に活かせるようサポートするのです。
では、ABM時代に求められる人材像とはどのようなものでしょうか。何より重要なのは、「アカウント起点」で考えられる力だと言えます。担当アカウントのビジネスや業界への深い理解。そこから導き出される真のニーズ。それをベースに、アカウントに響くコンテンツやソリューションを設計する。そんな顧客視点に立ったストーリーテリングができる人材が望まれています。
また、デジタルテクノロジーへの親和性も欠かせません。膨大なデータから意味のあるインサイトを引き出し、カスタマーエンゲージメントに活用する。あるいは、新たな製品・サービス開発のヒントとする。デジタルネイティブなマインドセットを持ち、データを価値に変える力が重視されるようになるでしょう。
加えて、部門の垣根を越えたコラボレーション能力も一層問われます。マーケターは営業の言葉を理解し、営業はマーケティングの戦略を咀嚼する。カスタマーサクセスはその双方とシームレスに連携する。そうした部門間の壁を越えて協働を推進し、ビジネス全体でABMマインドセットを醸成していく。それが、ABMリーダーに求められる重要な役割だと言えます。
こうした人材を育成し、ABMの考え方を組織の隅々まで浸透させること。それこそが、日本企業がABMで真の成果を上げるための鍵となるはずです。
9. カスタマーサクセスとABMの融合
ABMは、従来の「獲得」中心のマーケティングから、「育成」と「維持」にも焦点を当てたアプローチへの転換を意味します。その意味で、ABMとカスタマーサクセスは本質的に親和性が高いと言えるでしょう。ここでは、カスタマーサクセスの視点を織り込むことで、ABMをいかに進化させられるかを考えます。
カスタマーサクセスは、顧客の成功を通じて自社の成長を実現する、という考え方に立脚しています。単に製品を売って終わりではなく、顧客がその製品を通じて目指す成果を実現できるよう伴走する。それがカスタマーサクセスの本質です。
この考え方は、ABMとも見事に合致します。ABMの目的は、アカウントの深い理解に基づき、長期的な信頼関係を構築すること。その先にあるのは、アカウントのビジネス課題解決や目標達成に貢献し、真の成功パートナーとなることに他なりません。
そうした視点に立てば、ABMの推進にあたっては、カスタマーサクセスチームとの緊密な連携が不可欠だと言えます。両者が協力して、アカウントの現状や課題、将来のビジョンを共有し、長期的な成功シナリオを描いていく。それをベースに、マーケティングとセールス、そしてカスタマーサクセスが三位一体となって、価値提供を行うことが理想的だと言えるでしょう。
そのためにも、マーケティングオートメーションやCRMなどのツールを通じて、部門間でシームレスにデータを共有する基盤づくりが求められます。また、定期的な部門間ミーティングを通じて、アカウントの状況や施策の効果、今後のアクションプランなどを議論し、軌道修正を図っていくことも重要になります。
こうしたOne Teamでのアプローチは、アカウントのロイヤルティ向上や追加購買の促進など、大きな効果をもたらすはずです。実際、米国の先進的なABM企業では、カスタマーサクセスとの融合によって、驚くべき成果を上げている事例が数多く報告されています。
例えば、あるクラウドセキュリティ企業では、ABMとカスタマーサクセスの連携プレイにより、既存顧客の継続率を95%以上に高め、平均契約単価を50%以上引き上げることに成功したと言います。マーケティングとセールスが顧客の課題を深く理解し、カスタマーサクセスがその解決を手厚くサポートする。そうしたEnd to Endでの価値提供が、飛躍的な成果を生み出したのです。
日本企業においても、こうしたABMとカスタマーサクセスの融合は、大きな可能性を秘めていると言えるでしょう。単なるマーケティング施策としてではなく、ビジネス全体でアカウントの成功を支えるための仕組みとして、ABMを捉え直してみる。そこから、新たなB2Bマーケティングの地平が拓けてくるはずです。
10. ABMの今後の展望と課題
ここまで、ABMの現在に焦点を当ててきましたが、最後に少し未来に目を向けてみたいと思います。技術の進化やビジネス環境の変化を受けて、ABMはどのように進化していくのでしょうか。その可能性と課題について展望してみましょう。
まず、パーソナライゼーションのさらなる高度化が予想されます。AIやビッグデータ解析技術の発展により、アカウントの行動や関心により深い洞察が得られるようになるでしょう。リアルタイムデータを活用した、ダイナミックなエンゲージメントの最適化。アカウント特性に応じて自動最適化されるWebサイト。そんな超パーソナライズ時代の到来も、そう遠くないかもしれません。
また、広告テクノロジーとの融合も加速しそうです。アカウントベースドアドバタイジング(ABA)と呼ばれる、アカウントリストに基づいたプログラマティック広告配信は、すでに先進的なABM企業で導入が進んでいます。今後は、アドテクとマーテックの垣根がさらに低くなり、オンラインオフラインを問わず、シームレスなアカウントターゲティングが可能になっていくでしょう。
さらに、セールスとマーケティングの融合も一層進むと考えられます。アカウントインサイトの共有やコラボレーティブなキャンペーン設計など、両者のオペレーションが完全に統合される。マーケターがインサイドセールスを兼ねたり、その逆もあり得る。そんな垣根のないRevenue Teamの編成が主流になるかもしれません。
他にも、カスタマーサクセスとの融合、パートナー連携の強化など、ABMの適用範囲は益々広がっていくでしょう。アカウントとのエンゲージメントを起点に、マーケティングの領域を超えて、ビジネス全体の変革を促すムーブメントへと発展する可能性を秘めています。
ただし、そのためには乗り越えるべき課題も少なくありません。例えば、プライバシー保護とデータガバナンスへの対応です。AIやビッグデータの活用が進む中で、アカウントデータの適切な取り扱いはこれまで以上に重要になってきます。個人情報保護法などの法規制への対応はもちろん、アカウントとの信頼関係を損なわないよう、高い倫理観を持ってデータを扱う必要があります。
また、ROI検証の難しさも課題の一つと言えるでしょう。ABMは長期的な取り組みであるだけに、その投資対効果を短期的に測定するのは容易ではありません。売上との因果関係が見えにくいブランディング施策などは特にその傾向が強いと言えます。適切なKPIの設定と、継続的なモニタリング・改善を通じて、ABMの価値を可視化していく工夫が求められます。
こうした課題はありますが、ABMの将来性については疑う余地がありません。アカウントリレーションシップに基づく、One to Oneのエンゲージメント。それは、デジタル時代のB2Bマーケティングの本質だと言えるからです。テクノロジーの力を借りながら、ABMのベストプラクティスを追求し続けること。それこそが、マーケターに求められる重要な役割になるはずです。
11. 日本企業への提言
最後に、日本企業がABMを自社の文脈で活用していくために、いくつかの提言をしたいと思います。
第一に、ABMを単なるツールの導入と捉えるのではなく、ビジネス全体の変革の起爆剤として位置づけることです。アカウント起点での発想の転換は、営業・マーケだけでなく、製品開発や経営戦略にも大きなインパクトを与え得ます。経営陣のリーダーシップの下、組織を横断してABMマインドセットを醸成していく。それが、真の成果につながる第一歩だと言えるでしょう。
第二に、自社に合ったABMのフレームワークを選択し、まずは小さく始めることです。欧米の先進事例をそのままなぞるのではなく、自社のビジネスモデルや組織風土に合ったアプローチを模索する。壮大なビジョンを掲げるのは重要ですが、実行は一歩一歩着実に。パイロットプロジェクトから始め、成功事例を積み重ねながら、徐々に全社に展開していく。そんな漸進的なアプローチが、実を結ぶ近道だと言えます。
第三に、データとテクノロジーへの継続的な投資を怠らないことです。ABMの生命線は、言うまでもなくデータです。顧客データ基盤の整備と、効果的な活用に向けた不断の努力が求められます。同時に、AIやオートメーションなどの先端技術への感度を高め、それらを柔軟に取り込んでいく。テクノロジーの戦略的活用こそが、日本企業のABMを次のステージに押し上げるカギとなるはずです。
そして最後に、グローバルベストプラクティスから学び続ける謙虚さを忘れないことです。ABMは日々進化を続けているビジネス手法です。先進企業の取り組みに絶えずアンテナを張り、自社の施策に取り入れていく。そうした学習と実践の繰り返しの中から、日本企業ならではのABMのあり方が生まれてくるはずです。
日本企業の皆さん。ABMへの一歩を踏み出してみませんか。そこには、従来のマーケティングの延長線上にはない、大きな可能性が広がっているはずです。アカウントの理解を深め、信頼関係を紡ぎ、長期的な成功を共に目指していく。B2Bビジネスの新たなスタンダードとして、ABMを自社のビジネスの核に据えてみる。それは、マーケターのみならず、ビジネスパーソン一人ひとりに求められる、新時代への挑戦だと言えるでしょう。
以上、米国先進企業から学ぶABM戦略の極意と実践ステップについて、体系的に論じてきました。ABMはまだ日本では黎明期にありますが、その将来性については疑う余地がありません。一朝一夕では結果は出ませんが、アカウント起点の発想を自社のDNAに刻み込み、地道な努力を積み重ねていくこと。それこそが、ABMで真の成果を上げるための王道だと言えます。
皆さんの会社のABMへの挑戦が、新たなB2Bマーケティングの時代を切り拓く原動力となることを、心から願っています。