「ABM」とは? BtoBマーケターの福音になるか

デジタルマーケティング
近年、アメリカのマーケティングカンファレンスや関連メディアなどで注目を集めているABM(Account Based Marketing)。実は、ABMは旧来から日本やヨーロッパで実践されていたマーケティング戦略です。そして、その再ブレイク鍵になったのが「テクノロジー」。本稿では、ABMがどのようなマーケティング戦略なのかを解説し、具体的なアプローチについて考えます。
1 ABM(Account Based Marketing)とは何か?
ABM(アカウントベースドマーケティング)とは、ターゲットとして個別具体的な企業・団体(アカウント)を明確に定義したうえで、その「アカウント」の観点から戦略的にマーケティング活動を展開する手法です。
ABMにおける「アカウント」を定義するプロセスは、マーケティング戦略の最も基本的なフレームワークのSTP(Segmentation, Targeting, Positioning)におけるT(Targeting)に該当しますが、STPと大きく異なるポイントは、ターゲットとして定義する対象が市場でなく、より具体的な個別の「企業・団体」だという点です。
ITSMA(IT Services Marketing Association)による定義
欧米のマーケティング専用サイトにABMという単語が飛び交うようになったのは、ここ数年の話ですが、その概念自体は10年以上前から存在していました。最初にABMを提唱した米国のITSMA(IT Services Marketing Association:ITサービスマーケティング協会)は、ABMを以下のように説明しています。
「ABMは、個別の顧客企業とそのニーズに焦点を絞って、自社の営業やマーケティングのみならず、商品・サービスを提供する部署や、主な役員までもが協調し、顧客企業のビジネスゴールを達成するためのアプローチです」
つまり、ABMとは、有力な見込み顧客に最適化されたマーケティング活動を展開すべきだというシンプルな考え方です。例えば1社当たりの売上高が平均顧客単価の100倍のポテンシャルがある企業であれば、リソースが10倍かかっても優先的に取り組むべきだということになります。
そのほかの立場・見解からの定義
さまざまなコンテンツを用意してリード(見込み顧客)を集め、デジタル行動履歴からそれらを絞り込み、成約確度の高いホットリードとなる情報を営業に橋渡しするというファネル型(絞り込み型)の米国式マーケティング(デマンドジェネレーション)を非効率だと見る向きも現れました。
ABMを提唱する米Demandbaseによると、
- Web来訪者の82%はポテンシャルカスタマーではない
- Web来訪者の直帰率(Bounce Rate)は60%にのぼる
- マーケティングが提供するリードの50%は営業に無視される
だそうです。
このような状況に加えて、多くの場合、BtoBの商材・サービスは対象企業によって購買力の格差が大きく、売るための販売チャネルや営業リソースが限定的だという傾向があります。そのため、限られた顧客に対して、有限の販売リソース(営業・マーケティング)を投下し、最大限の成果を得ようという考え方にシフトしてきました。
多くのBtoBマーケターは、既存取引企業やこれから取引を狙う新規取引企業をターゲット企業(アカウント)として明確に定義し、その企業下に含まれる個人単位のリードを追うというマーケティング手法をABMと定義しています。ここでは、取引の可能性が低い大量の顧客と中長期間のデジタルコミュニケーションで地道に関係を醸成することは重視していません。
従来のようにすべてのリードの行動履歴をスコアリングするのではなく、その顧客が高い収益性のポテンシャルを持っているか、戦略的に重要であるか、市場への影響力が強いかなどをベースにアカウント企業を選定し、リード単位で自社との関係性(エンゲージメント)を可視化し、得た情報(リードが所属する組織、人間関係、立場など)からデジタルコミュニケーションにおいて適切なアプローチを行う、という発想に至りました。
つまり、既存取引企業のリードにアップセルやクロスセルをおこなったり、購買力の高い新規取引企業のリードに絞ってマーケティングをおこなったりすることで、効率を高めようという考え方なのです。
2 米国でにわかに注目を集めている背景は?
米国で近年急激に注目を集めるようになったABMですが、その背景を知るにはまず、米国のビジネスの文化や商談スタイルを知っておく必要があります。
日本の組織に多いボトムアップ式の意思決定プロセスとは逆で、米国ではトップダウン式で意思決定が行われています。そのため、マーケティングや営業のターゲットとなるのは、その意思決定のキーパーソンのみでした。
たとえば、カンファレンスやサミットなどの展示会などでは、日本では現場や課長クラスが情報収集のために参加し、会場に数時間だけ滞在するということは往々にしてあります。しかし、米国では、組織において決済権を持つ役職者が全国から集まり、1週間ほど現地に滞在してその場で意思決定を下すというのが一般的です。具体的な取引や商談をするためにキーパーソン自身が集まってくるのです。
米国は国土が広いので、対面で商談する場合は飛行機での移動が前提です。そのため、テレビ会議などのリモートコミュニケーション環境も充実しています。そのような背景のなか、Webを起点に集めたリードに対して具体的な提案の機会を作り出すため、リードごとの行動データを評価してスコアリングしつつ、メールやWebサイトでのコミュニケーションをリードごとに重ねていく手法が浸透しました。
しかし、新規のリードを大量に集め、興味やニーズを育成するプロセスを時間をかけて実施するよりも、当初から成約の可能性が高いターゲットアカウントを明確に見定めて関係性を深め、クロスセルやアップセルなどに注力したほうが、効率的に成果が得られると注目されるようになりました。
上記のような考え方は以前から存在していましたが、IT技術が進歩し、顧客とのデジタル内での接触頻度が増え、マーケティングオートメーションやCRM(顧客関係管理)に関するソフトウェアの開発が進んだので、アカウントを指定し、リード単位での個別コミュニケーションが実行可能になりました。その結果、ABMが急速に広まるようになったのです。
3 日本では旧来から実践していた?――何が新しいのか
それまで米国で普及していたデマンドジェネレーションなどのファネル型のマーケティング手法は、新規リード(見込み顧客一人ひとり)を主軸にしたアプローチでした。
しかし、日本や欧州など市場が限られている国や地域では、アカウント(企業)を1つの単位としてマーケティングに取り組むことが以前から実施されていました。初めて取引する企業とは、小さい金額の取引から始めてコツコツと信用を積み重ね、相手の課題や要望にコツコツと対応することで取引額を増やしていくといった手法です。
また、顧客企業の担当者を個人としてとらえ、その趣味・嗜好から学歴、社内人脈、職歴などを把握したうえで、取引を通じて信頼関係を築き、場合によっては酒席での接待も使って相手の懐に入り込むアプローチは、選定したターゲット企業のリードに対して手厚い対応をするABMの考え方と非常によく似ています。
では、ABMのいったい何が新しく、画期的なのでしょうか。それは、近年急激に発達しているITを活用していることです。SFA(Sales Force Automation:営業支援システム)やマーケティングオートメーション、CRMなどの企業ITシステムが普及してきているという背景が関係しています。
ABMを実現するには、企業内で部門を超えたデータ連携と情報の一元管理が必要です。また、ターゲット企業にアプローチするために、「適切なコンテンツを」「必要な人に」「適切なタイミングで」届ける必要があります。
しかし、そのために必要なデータとコンテンツを統合管理する「プラットフォーム」も「組織」も従来は存在していませんでした。それを実現したプラットフォームがマーケティングオートメーションであり、組織がデマンドセンターなのです。
営業や展示会やセミナーなどで獲得したアンケートや名刺、Webでの資料請求やメールマガジンなどで見込み顧客が自ら登録した情報、購買履歴や取引実績データ、SFAにある営業の対応データ、さらにはFacebookやLinkedInなどのSNSの情報など、各部署に散在していた大量のデータがマーケティングオートメーションによって一元管理できるようになりました。
これによって、ターゲット企業に対して、自社の商材・サービスの価値を伝えるために良質なコンテンツでキャンペーンを実施し、その行動と属性情報でスコアリングして、ターゲット企業のなかで「今アプローチすべき個人」を特定し、そのリストを営業チームに供給できるようになり、ABMが実現できるようになったのです。
4 ABMの実際を理解する
ABMの概要と注目の背景がわかったところで、ここからはABMを実施する具体的な方法やメリット、例を紹介していきます。
ABMの具体的なアプローチ
1 アカウントの選定
手元にあるデータを活用して、顧客の優先順位をつけます。見込まれる取引の大きさ、市場での影響度、リピーターになる可能性、平均的な利益幅より大きくなる可能性などを考慮したうえで、価値の高いターゲット企業を洗いだします。
2 アカウント内で重要な役割を担っている人物の特定
狙うアカウントを特定したら、その組織構造を把握し、組織のなかで重要な役割を担う人物(意思決定者やインフルエンサーなど)を見定める必要があります。そのような人物とのタッチポイントはすでに社内にあるかもしれませんし、そうしたデータの提供を受けるサービスも契約済みかもしれません。もし重要な役割を持っている人物とのタッチポイントが無いならば、営業チームに調査を依頼するか、社外の専門業者からそうした情報を購入する必要があります。
3 コンテンツとパーソナライズメッセージの決定
このプロセスは非常に重要です。対象顧客が直面する明確かつ重要な課題やニーズを解決するような、深くて価値のあるコンテンツやメッセージを提供すると効果的でしょう。
4 最適なチャネルの決定
Web、Eメール、モバイル、紙媒体など、対象顧客とコンタクトを取れるチャネルはたくさんあります。そのなかで、最適なチャネルを検討します。
5 ターゲットに合わせたキャンペーンを実施
コンテンツやメッセージの準備ができたら、対象顧客のインフルエンサーと意思決定者にそれを見てもらう施策を実践します。Webのパーソナライゼーションソリューション機能や、GoogleやFacebookなどのバナー広告のパーソナライズ機能など、ソリューションやサービスはさまざまです。キャンペーンがチャネル間で連動するようにして、一貫したメッセージが伝わるようにする必要があります。
6 測定し、学び、最適化を行う
キャンペーンを測定し、PDCAサイクルを回すことで最適化し、時間をかけて改善しつづけていくことが重要です。傾向データを確認し、価値の高い顧客へのアプローチができているのか、これらの顧客とのエンゲージメントは強化されているのかを評価しましょう。
ABMがもたらすメリット
1 効率のよいマーケティング活動
売上の8割は2割の上位顧客によって生み出される、というパレートの法則に基づいてターゲットを選定することで、効率のよいマーケティングが期待できます。
ITSMAが2014年に実施したアカウントベースドマーケティング調査によると、「BtoBマーケティング戦略または戦術のなかで、ABMが最も高い投資対効果(ROI)を生んでいる」とのこと。
2 自社リソースの無駄の削減
ターゲットが明確であるため、自社のリソースを効果的に集中させることができます。そのため、対象顧客に合わせた最適なマーケティングを実施することが可能です。
3 パーソナライズかつ最適化されている
ABMでは、アカウント企業のリードに関心を持ってもらえるように、メッセージやコミュニケーションを特定の顧客に合わせてパーソナライズすることも行います。リードは、自分に向けて特別に作られたコンテンツや、自分の事業やカスタマージャーニーのステージに関連するコンテンツに関心を持つ可能性が高いのです。
また、展開されるキャンペーンなども顧客情報に基づいてプログラムでき、アカウント企業のリードに最適化されたものが提供されます。
4 リードの追跡と測定がしやすい
ABMでは限られた顧客をターゲットにしているため、キャンペーンの効果を分析する際に明確な結論を導きやすいという特徴があります。明確な結論からPDCAを回すことで、より高精度のマーケティング施策を講じることが可能です。
5 営業との連携がスムーズになる
営業は顧客志向が基本です。ABMにおいて、マーケターも同様な考え方をベースにマーケティングを展開するため、営業と密接に連携し、対象顧客を洗いだして、顧客にアプローチすることができるのです。
ABMの例
アカウントを選定しおえたとして、具体的な打ち手として考えられるデジタル施策を紹介します。
自社サイトにアクセスしたユーザーのIPアドレスを調べれば、ABMで自社がターゲットにしている企業に所属していることがある程度の精度でわかります。もしターゲット企業であれば、ユーザーが最初に目にする画面(いわゆるウェルカムスクリーン)にその企業の名称を掲げてアクセスを歓迎するメッセージを掲示したり、その企業に向けた特別なコンテンツに誘導するバナーを表示したりすることが可能です。ただ、ここであからさまな誘導をしてしまうと怪しまれたり、気味が悪いと思われたりしてしまうので、さり気なく活用し、適切な形でアプローチする必要があります。
他社との比較や見積もり結果、置き換え提案など、特定の人以外に見られたくないような情報は、Webサイトに来訪したターゲットアカウントしか見られないようにページを用意することもできます。このように、Webコンテンツの情報構造や見せ方を工夫して、対象顧客をうまく回遊させ、誘導することがポイントです。
5 まとめ
ABMの考え方の根底にあるのは、日本のビジネスマンが古くから実践している考え方であり、なじみ深いものであることがわかりました。そのような考え方を下敷きに、昨今のITテクノロジーによって効果的なマーケティング手法として普及しつつあります。
BtoB企業にとって、優良顧客との関係を深めていくことは非常に重要です。今後、SFAやマーケティングオートメーションの導入が進めば、ABMは日本のBtoBマーケティングの主流のひとつになるのではないかと考えられます。