ブランドは、企業にとって最も重要な無形資産の一つです。強力なブランドは、顧客ロイヤリティの向上、プレミアム価格の設定、市場シェアの拡大などを通じて、企業の収益性に大きく貢献します。そのため、ブランド価値を適切に評価し、管理することは、企業経営において欠かせない課題となっています。
ブランド価値を金額で測定する試みは、1980年代から始まりました。以来、様々な評価手法が開発され、ブランド価値評価は、マーケティングや財務の分野で大きな注目を集めてきました。しかし、ブランド価値評価には、まだ多くの課題が残されています。
本コラムでは、ブランド価値評価の主要な手法を詳しく解説するとともに、その意義と課題について考察します。ブランド価値評価に関心を持つ経営者、マーケッター、財務担当者などに、実践的な知見を提供することを目的としています。
ブランド価値とは、ブランドが企業にもたらす経済的便益の現在価値を指します。ブランドは、顧客の知識、経験、感情などに基づく連想の集合体であり、製品やサービスの識別と差別化に役立ちます。顧客がブランドに対して抱く好意的な連想は、ブランド・エクイティと呼ばれ、ブランド価値の源泉となります。
ブランド価値は、一般的に以下の3つの要素で構成されると考えられています。
これらの要素が高いブランドは、以下のような利益を企業にもたらします。
このように、ブランド価値は、企業の競争優位の源泉であり、長期的な収益性に大きな影響を与えます。
ブランド価値評価は、単なる数字の計算ではありません。それは、ブランド戦略の立案、実行、評価に不可欠なプロセスです。具体的には、以下のような目的でブランド価値評価が行われます。
実際に、多くの企業がブランド価値評価に取り組んでいます。例えば、コカ・コーラは、1990年代からブランド価値を財務諸表に計上しています。また、アップルやグーグルなどのIT企業は、ブランド価値を重要な経営指標の一つとしてとらえ、定期的に評価しています。
ただし、ブランド価値評価には、いくつかの課題もあります。まず、評価手法が標準化されていないため、評価結果の比較可能性が低いことです。また、ブランド価値の定義や範囲が曖昧なため、評価の前提条件を明確にする必要があります。さらに、ブランド価値の変動要因が複雑であるため、評価結果の解釈には注意が必要です。
ブランド価値評価には、大きく分けて4つのアプローチがあります。
以下、それぞれの手法について詳しく解説します。
収益還元法は、ブランドが将来生み出すと予想されるキャッシュフローを現在価値に割り引いて、ブランド価値を算定する方法です。具体的には、以下のステップで計算します。
例えば、あるブランドの来年の売上高が100億円、ブランドの貢献度が20%、利益率が10%、割引率が5%だとします。このとき、ブランド価値は以下のように計算されます。
これを複数年にわたって予測し、合計することでブランド価値が算出されます。
収益還元法のメリットは、将来の収益性に基づいてブランド価値を評価できる点です。ブランドが生み出すキャッシュフローは、企業価値を構成する重要な要素だからです。また、投資対効果の観点からブランド戦略を評価することも可能になります。
一方、デメリットとしては、将来予測の不確実性が挙げられます。割引率の設定も難しい問題です。また、ブランドの貢献度を財務データから分離することが困難な場合もあります。
ロイヤリティ免除法は、類似ブランドの使用料をベースに、ブランドの価値を算定する方法です。仮に自社がブランドを保有していなかったと想定し、同等のブランドを他社から借りるとしたら、いくらのロイヤリティを支払う必要があるかを見積もります。
例えば、あるブランドの年間売上高が100億円、類似ブランドの使用料率が3%だとします。このとき、ブランド価値は以下のように計算されます。
ロイヤリティ免除法のメリットは、比較的簡便に計算できる点です。ロイヤリティ料率の相場観があれば、ブランド価値を素早く見積もれます。
デメリットとしては、適切な類似ブランドを選定することが難しい点が挙げられます。また、ロイヤリティ料率の設定においても恣意性が入る可能性があります。
コンジョイント分析は、消費者調査の結果から、ブランドが製品の選好に与える影響を測定する方法です。製品の属性(価格、機能など)とブランドを変化させた複数の選択肢を回答者に提示し、選好を調べます。その結果を統計的に分析することで、ブランドの効用値を算出します。
例えば、シャンプーのブランドAとBを比較する調査を実施したとします。価格や成分などの属性を変化させた複数の製品プロファイルを作成し、回答者に選好を尋ねます。その結果、ブランドAの効用値が+0.2、ブランドBの効用値が-0.1だったとすると、ブランドAの方が選好に対して正の影響を与えていることがわかります。
コンジョイント分析のメリットは、消費者の選好という観点からブランド価値を評価できる点です。ブランドの影響力を定量的に把握できるため、マーケティング施策の効果測定に役立ちます。
デメリットとしては、調査の設計と実施に手間とコストがかかる点が挙げられます。また、調査対象者の選定や質問の設計によって、結果にバイアスがかかる恐れもあります。
市場価格法は、類似ブランドの市場取引価格をベースに、ブランドの価値を算定する方法です。M&Aや資本提携などの際に、ブランドが取引されることがあります。その際の価格を参考にして、自社ブランドの価値を見積もります。
例えば、類似ブランドが10億円で取引されたとします。当該ブランドの売上高が50億円、自社ブランドの売上高が100億円だった場合、自社ブランドの価値は以下のように計算されます。
市場価格法のメリットは、実際の取引事例に基づいている点です。類似ブランドの取引価格は、市場における需給を反映しているため、一定の客観性があります。
デメリットとしては、適切な類似ブランドの取引事例を見つけることが難しい点が挙げられます。また、個別の取引には様々な要因が影響するため、単純に比較することが適切とは限りません。
以上、ブランド価値評価の主要な手法を見てきましたが、どの手法にも一長一短があることがわかります。収益還元法は理論的な整合性が高い反面、将来予測の精度が課題となります。ロイヤリティ免除法は簡便である一方、類似ブランドの選定に恣意性が入ります。コンジョイント分析は消費者の選好を直接測定できるメリットがある半面、調査の実施に手間とコストがかかります。市場価格法は取引事例に基づく客観性がある一方、適切な類似ブランドを見つけることが困難です。
このように、ブランド価値評価には様々な手法がありますが、絶対的な正解はありません。どの手法を採用するかは、評価の目的や対象ブランドの特性、データの入手可能性などを考慮して、慎重に検討する必要があります。また、複数の手法を組み合わせることで、評価の頑健性を高めることも重要です。
ブランド価値評価の標準化に向けた動きも活発化しています。国際規格のISO 10668では、ブランド価値評価の原則と要件が定められました。国際会計基準(IFRS)でも、のれんとして計上されるブランド価値の開示が求められるようになりました。今後は、このような国際的なルールづくりが進むことで、ブランド価値評価の実務が洗練されていくことが期待されます。
また、ブランド価値評価は、財務的な指標だけでなく、非財務的な指標も組み込んでいく方向にあります。ブランドは、顧客との関係性や社会的な信頼といった無形の価値を生み出すからです。ブランドの社会的責任(BSR)や環境・社会・ガバナンス(ESG)への取り組みが、ブランド価値に与える影響も無視できません。今後は、これらの非財務的な要素を定量化し、ブランド価値評価に統合していくことが求められるでしょう。
本コラムでは、ブランド価値評価の主要な手法として、収益還元法、ロイヤリティ免除法、コンジョイント分析、市場価格法を取り上げ、それぞれの特徴とメリット・デメリットを解説しました。また、ブランド価値評価の意義と課題、今後の展望についても考察しました。
ブランド価値評価は、ブランド戦略の意思決定やステークホルダーとのコミュニケーションに欠かせないプロセスです。ブランドの経済的価値を可視化することで、ブランド投資の効果を測定し、ブランドマネジメントのPDCAサイクルを回すことができます。
ただし、ブランド価値評価には様々な手法があり、それぞれ一長一短があることも事実です。評価の目的や対象ブランドの特性を踏まえて、適切な手法を選択することが肝要です。また、評価結果の解釈には注意が必要であり、複数の手法を組み合わせるなど、慎重に吟味することが求められます。
今後、ブランド価値評価の標準化が進み、非財務的な要素も取り入れられていくことで、より精緻で統合的な評価が可能になるでしょう。ブランド価値評価は、単なる数字の計算ではなく、ブランド戦略の羅針盤となる重要な経営ツールへと進化していくことが期待されます。
ブランドは、企業の成長と発展を支える重要な無形資産です。ブランド価値を適切に評価し、戦略的に管理することが、持続的な競争優位の源泉となります。ブランド価値評価の最前線の動向を押さえ、自社のブランド戦略に活かしていくことが、これからのマーケターや経営者に求められる重要な視点だと言えるでしょう。
ブランディング戦略についてさらに理解を深めたい方は、以下の記事も参考になるでしょう。