ユニットエコノミクスとは、一人の顧客から得られる収益と、その顧客を獲得・維持するためにかかるコストを比較する指標です。簡単に言うと、「一人の顧客からどれだけ儲かるか」を表しています。特にサブスクリプション型のビジネスモデルであるSaaSにおいて、重要な指標として注目されています。
ユニットエコノミクスを計算するには、主に2つの指標を使います。
LTVとCACを比較することで、ビジネスの収益性や持続可能性を評価できます。健全なビジネスモデルであれば、LTVがCACを上回っている必要があります。
SaaSビジネスでは、顧客との長期的な関係性が収益に直結します。初期の顧客獲得コストは高くつきますが、一度獲得した顧客を長期的に維持することで、継続的な収益を得ることができます。そのため、一人の顧客がもたらす長期的な収益性を評価することが非常に重要になります。
また、SaaSは継続課金モデルのため、解約率(チャーン)も重要な指標になります。チャーンが高ければ、せっかく獲得した顧客がすぐに離脱してしまい、LTVが下がってしまいます。逆に、チャーンを低く抑えることができれば、LTVが向上し、ビジネスの収益性が高まります。
こうした特徴から、SaaSビジネスではユニットエコノミクスを重視し、適切にモニタリング・改善していくことが欠かせません。
ユニットエコノミクスは、単なる数値指標ではありません。経営判断を行う上で、重要な意思決定ツールとして活用できます。例えば、以下のような場面で威力を発揮します。
このように、ユニットエコノミクスは戦略立案に欠かせないツールです。SaaSビジネスの成功には、ユニットエコノミクスをしっかり把握し、活用していくことが不可欠なのです。
基本的なユニットエコノミクスの計算式は以下の通りです。
ユニットエコノミクス = LTV - CAC
つまり、顧客生涯価値から顧客獲得コストを引いた値が、ユニットエコノミクスになります。この値が正であれば、一人の顧客から利益が出ていることになります。
もう一つ重要な指標が、LTVとCACの比率です。
LTV/CAC比率 = LTV ÷ CAC
この比率が高いほど、効率的に利益を生み出せていることになります。一般的には、LTV/CAC比率が3以上あることが望ましいとされています。
以上の計算式を使うには、LTVとCACを正確に求める必要があります。次項から、それぞれの計算方法を詳しく見ていきましょう。
LTV(Life Time Value、顧客生涯価値)とは、一人の顧客が企業と取引を開始してから終了するまでの間に、企業にもたらす利益の合計金額を表します。つまり、顧客が生涯にわたって企業にもたらす経済的価値のことです。
LTVは、顧客との長期的な関係性構築がビジネスの成功に直結するサブスクリプションモデルにおいて、特に重要視されています。LTVが高いほど、一人の顧客から得られる収益が大きいことを意味します。
LTVを計算するための基本的な式は以下の通りです。
LTV = ARPA × 平均顧客継続期間
ARPAとは、Average Revenue Per Account(顧客一人当たりの平均収益)の略で、一人の顧客から月間で得られる平均収益を表します。例えば、月額1,000円のサービスを提供している場合、ARPAは1,000円になります。
平均顧客継続期間は、一人の顧客がサービスを利用し続ける平均的な期間を表します。例えば、平均顧客継続期間が20ヶ月である場合、LTVは以下のように計算できます。
LTV = 1,000円 × 20ヶ月 = 20,000円
この場合、一人の顧客から平均20,000円の収益が見込めることになります。
LTVを計算する際は、以下の点に注意が必要です。
これらの点に気をつけながら、自社の事業や顧客の特性を踏まえてLTVを算出していくことが求められます。
CAC(Customer Acquisition Cost、顧客獲得コスト)とは、一人の顧客を獲得するためにかかるコストのことです。新規顧客を獲得するための広告費用、マーケティング費用、セールス費用などが含まれます。
CACは、ビジネスの収益性を評価する上で重要な指標です。獲得コストが高すぎると、たとえ優れたサービスを提供していても、利益を出すことが難しくなります。逆に、CACを低く抑えることができれば、より効率的にビジネスを成長させることができます。
CACの計算式は以下の通りです。
CAC = 総顧客獲得コスト ÷ 獲得顧客数
総顧客獲得コストは、ある一定期間(月次や四半期など)に新規顧客獲得のために投じた費用の合計額を指します。具体的には、以下のような費用が含まれます。
獲得顧客数は、同じ期間に新たに獲得できた顧客の数を表します。無料トライアルの申込者数やイベントでの名刺交換数などではなく、実際に売上に結びついた顧客数をカウントすることが重要です。
例えば、ある月に総額100万円を顧客獲得に投じ、50人の新規有料顧客を獲得できたとします。この場合、CACは以下のように計算できます。
CAC = 100万円 ÷ 50人 = 20,000円
つまり、一人の新規顧客を獲得するのにかかったコストが20,000円だったことになります。
CACの計算においては、以下の点に留意が必要です。
自社のビジネスモデルや顧客の特性を踏まえて、適切なCAC計算を行うことが求められます。
ユニットエコノミクスの計算には、以下のようなポイントがあります。
ユニットエコノミクスの計算は、ビジネスの意思決定に直結する重要な指標です。適切な計算ができるよう、関連部門が連携してデータ整備や集計ルールの策定に取り組むことが求められます。
健全なビジネスを運営するには、ユニットエコノミクスがどの程度であるべきか、目安を知っておく必要があります。
先述の通り、LTVとCACの比率(LTV/CAC比率)は、ビジネスの効率性を表す重要な指標です。一般的に、以下の基準が目安とされています。
ただし、この基準はあくまで一般論です。事業の成長ステージや業界特性によって、目指すべき水準は異なります。例えば、市場シェア拡大を優先する成長期であれば、LTV/CAC比率が1を下回っても投資を継続することが戦略的に正しい場合もあります。
ユニットエコノミクスを評価するもう一つの指標が、ペイバック期間です。これは、顧客獲得コストを回収するのにかかる期間を表します。
ペイバック期間 = CAC ÷ 月次平均売上高
例えば、CACが10万円、月次平均売上高が2万円の場合、ペイバック期間は5ヶ月になります。
ペイバック期間の目安は、以下のように考えられています。
ただし、ペイバック期間の評価は、契約期間や解約率とも密接に関わります。年間契約のサービスであれば、ペイバック期間が12ヶ月を超えても問題ない場合もあります。解約率が高ければ、たとえペイバック期間が短くても、ビジネスの持続性に課題があると言えます。
LTV/CAC比率とペイバック期間、両方の指標を総合的に評価することが大切だと言えるでしょう。
ユニットエコノミクスの改善は、LTVを高める、CACを下げる、の2つのアプローチがあります。それぞれについて、具体的な施策を見ていきましょう。
LTVとCACは、密接に関連しています。LTVが高ければ、多少CACが高くても利益を出すことができます。一方、LTVが低い場合は、いくらCACを下げても利益を出すのは難しくなります。両者のバランスを取りながら、改善施策に優先順位をつけて実行していくことが大切です。
ユニットエコノミクスの改善は、一朝一夕では成し遂げられません。継続的にPDCAを回していくことが重要です。
このPDCAサイクルを繰り返し回すことで、ユニットエコノミクスを継続的に改善していくことができます。経営層から現場までが一丸となって取り組むことが、改善のカギを握ると言えるでしょう。
ユニットエコノミクスは、投資判断の重要な指標になります。例えば、新たな広告チャネルへの投資を検討する際、ユニットエコノミクスを使って投資対効果を予測することができます。
簡単な例を見てみましょう。現在、CACが10万円、LTVが30万円だとします。ここに、新たな広告チャネルへの投資を検討しているとします。この広告チャネルでは、CACが15万円になると予想されています。この場合、投資による利益への影響は以下のように計算できます。
投資前の利益 = LTV - CAC = 30万円 - 10万円 = 20万円
投資後の利益 = LTV - CAC = 30万円 - 15万円 = 15万円
この例では、新たな広告チャネルへの投資によって、一人の顧客から得られる利益が5万円減少することになります。ただし、もしこの広告チャネルによって獲得顧客数が2倍になるのであれば、全体の利益は増加することになります。
このように、ユニットエコノミクスを使うことで、投資の意思決定をより定量的に行うことができます。投資によるLTVやCACへの影響を予測し、総合的に投資の可否を判断することが重要です。
ユニットエコノミクスは、事業計画の策定にも活用できます。将来の顧客数やARPAの予測値と、現在のLTVやCACを組み合わせることで、将来のキャッシュフローを予測することができます。
例えば、今後3年間で顧客数が毎年20%ずつ増加し、ARPAは毎年5%ずつ増加すると予測されるとします。LTVとCACが、現在の水準で推移すると仮定すれば、3年後の収益と費用を以下のように計算できます。
3年後の顧客数 = 現在の顧客数 × (1 + 0.2)^3
3年後のARPA = 現在のARPA × (1 + 0.05)^3
3年後の収益 = 3年後の顧客数 × 3年後のARPA × 平均顧客継続期間
3年後の費用 = 3年後の顧客数 × CAC
このような計算を行うことで、将来の投資計画や人員計画を立てることができます。ユニットエコノミクスの予測値を事業計画に反映させることで、より現実的で実行可能性の高い計画を策定できるのです。
ユニットエコノミクスは、経営層だけでなく、現場の社員も理解しておくべき重要な指標です。全社的にユニットエコノミクスへの理解を浸透させるためには、以下のような取り組みが有効です。
ユニットエコノミクスは、特定の部門だけの指標ではありません。マーケティング、セールス、カスタマーサクセス、プロダクト開発など、様々な部門が連携して改善に取り組む必要があります。全社一丸となって、ユニットエコノミクスを追求する組織文化を醸成することが、SaaSビジネスの成功には不可欠なのです。
ここまで、ユニットエコノミクスの重要性について述べてきましたが、SaaSビジネスにおいてユニットエコノミクスが特に重視される理由は何でしょうか。それは、SaaSビジネスの特性に起因しています。
第一に、SaaSは継続課金モデルであるということです。顧客との長期的な関係性が、ビジネスの成否を左右します。一度獲得した顧客を、いかに継続的に利用してもらうか。それがSaaSビジネスの最重要テーマと言えます。この継続性を評価する指標こそが、LTVなのです。
第二に、SaaSはスケーラビリティが高いビジネスだということです。一度サービスを開発してしまえば、追加の顧客を獲得するコストは限りなく低くなります。つまり、顧客基盤を拡大すればするほど、利益率が高くなる構造を持っているのです。このスケーラビリティを最大限に活かすためには、効率的に顧客を獲得し、そこから着実に利益を生み出す必要があります。そのバランスを評価する指標こそが、ユニットエコノミクスなのです。
第三に、SaaSはデータドリブンなビジネスだということです。サービスの利用状況や顧客の行動履歴など、膨大なデータが蓄積されます。このデータを分析することで、より精度の高いLTVの予測や、より効果的なマーケティング施策の立案が可能になります。データに基づいて仮説検証を繰り返し、ユニットエコノミクスを改善していく。それがSaaSビジネスの醍醐味だと言えるでしょう。
SaaSビジネスは、従来のビジネスとは異なる特性を持っています。この特性を最大限に活かすためには、ユニットエコノミクスという新しい評価指標が必要不可欠なのです。ユニットエコノミクスを深く理解し、経営の羅針盤として活用していくこと。それが、SaaSビジネスを成功に導くカギになるでしょう。
本記事では、SaaSビジネスの成功に不可欠なユニットエコノミクスについて、基本的な概念から具体的な活用方法まで、詳しく解説してきました。
ユニットエコノミクスとは、一人の顧客から得られる利益を表す指標であり、LTV(顧客生涯価値)とCAC(顧客獲得コスト)の関係性で評価されます。SaaSビジネスでは、この指標が特に重要視されます。
ユニットエコノミクスを正しく計算し、その数値を改善していくことが、SaaSビジネスの成長には欠かせません。LTVを高め、CACを下げるための様々な施策を実行し、PDCAサイクルを回していくことが求められます。
また、ユニットエコノミクスは単なる数値指標ではなく、経営判断のための重要なツールでもあります。投資判断や事業計画の策定など、戦略的な意思決定にユニットエコノミクスを活用することが大切です。
SaaSビジネスの特性を理解し、ユニットエコノミクスを経営の中心に据えること。それが、激化する競争を勝ち抜き、持続的な成長を実現するための鍵になるでしょう。ユニットエコノミクスを深く理解し、実践していくことが、全てのSaaS企業に求められています。
ユニットエコノミクスはSaaS企業にとって重要な指標ですが、その理解と活用にはノウハウが必要です。もしユニットエコノミクスの改善にお悩みでしたら、ぜひ私たちにご相談ください。 B2Bマーケティング支援会社イノーバは、SaaSのビジネスモデルにも精通しており、皆様のビジネスの成長を強力に後押しできます。どうぞお気軽にご相談ください。
限界利益は一つの商品を追加で販売した時の利益を表すのに対し、ユニットエコノミクスは顧客一人当たりの利益を表す点が異なります。ユニットエコノミクスの方が、顧客との長期的な関係性を考慮した指標と言えるでしょう。
ユニットエコノミクスはSaaS以外のサブスクリプション型ビジネスでも活用できます。例えば、会員制サービスや定期購入型のEコマースなどです。顧客との継続的な関係性を重視するビジネスであれば、ユニットエコノミクスは有効な指標になるでしょう。
ユニットエコノミクスが高いことは望ましいですが、あまりに高すぎるのも注意が必要です。LTVが非常に高く、CACが非常に低い状態は、競合他社の参入を招きやすくなります。適度な水準を保ちつつ、継続的な改善を目指すことが大切です。
ユニットエコノミクスの改善施策は多岐に渡りますが、中でも顧客の継続率(解約率の逆数)を高めることが特に重要だと言えます。継続率を高めることは、LTVの向上とCACの相対的な低減の両方に寄与するためです。顧客の満足度を高め、長期的な関係性を構築することに注力しましょう。
ユニットエコノミクスの目安値は、業界や企業の成長ステージによって異なります。一般的には、LTV/CAC比率が3以上、ペイバック期間が12ヶ月以内であることが望ましいと言われています。ただし、あくまでも目安であり、自社の状況に合わせて適切な目標値を設定することが大切です。
ユニットエコノミクスは、少なくとも四半期に一度は見直すことが望ましいでしょう。特に、事業の成長が早い段階では、数値の変動が大きくなる傾向があります。定期的にユニットエコノミクスをチェックし、改善施策の効果を確認することが重要です。
経営陣がユニットエコノミクスの重要性を理解していない場合、まずは教育することが大切です。ユニットエコノミクスがなぜ重要なのか、どのような意思決定に活用できるのかを、具体的な事例を交えて説明しましょう。また、競合他社がユニットエコノミクスを重視している事例を紹介するのも効果的です。粘り強く対話を続けることで、理解を得られるはずです。